一
5)池尻遺跡
遺 跡 名 イケジリイセキ 地図名(5万分の1)
和気 池尻遺跡(仮称)
所 在 地
岡山県赤磐郡瀬戸町菊山上内池遺跡の内容
炉壁集中箇所が2,3ケ所確認され,その一部から鉄鉱石が採集された。また周 辺から須恵器杯の高台部が採集されている。時 期
不明鉄 器
鉄関連遺物 鉄鉱石,製錬津,炉壁 そ の 他 須恵器
試料番号
S299調 査 年
調 査 者
神谷正義 岡山市教育委員会文 献
備 考
この付近は製鉄炉跡や炭窯跡が見られ,製鉄遺跡の集中地域である。麹
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国、乞歴史民俗博物館研究報告 第59集(1994)
資料番号1(S299)
一 考古学的調査 1資料観察表
池 尻
調査
区出土状況
遺 構1 出土状況
炉壁片集中部周辺から出土時 期
根 拠
登録番号 歴博番号
所蔵者番号
299 8 法
長径 8.3cm 短径 6.7cm
磁着度2
メタル度なし
色 調 青黒色 遺 物 名 鉄鉱石 量 厚さ 5.7cm
重さ 939,49
遺存度破片 破面数6
角ばった全体に歪んだ方柱状の形態で,全面破面である。色調は部分によって 異なり全体に青黒く ︐ 長軸端部側はススけたよ うな黒褐色, 端部の一部は灰色 である。表面は部分的に茶色の酸化物に覆われ, ごく細かい縞状の部分が横走 し,斜方向に淡緑色をした粒状の脈石部が走っている。また, 結晶面の一部が 所 見 キラキラと輝いている。 したがって結晶粒子や成分系が微妙に異なる鉱石塊と
考えられる。 明らかな打撃痕は2ケ所で, いずれも長軸端部の稜部分である。
黒く変色しているのは加熱によるのか自然にそうなったのかは不明であるが,
表面の割れからみると前者の可能性も考えられ, 部分的なバネともみられる。
もしそうだとしたら採掘の際に鉱石の露頭を加熱し,急冷したことによって生 じた痕跡かも しれない。
分析試料
放射化分析する。短軸端部にある突出部の1/5を直線状に切断し,鉱石部を化学分析,電子顕微鏡,備 考
態
二 自然科学的調査 1化学分析
2 放射化分析
3 電子顕微鏡写真(図版108)
4 写真中の部分分析値 三 備考
鉄鉱石は,みそのお遺跡A地点出
土の鉄鉱石と同じくらい純度が低い。また,TiO2, V, Cr, Cl,A1203,
MgOなどの不純物が多いという特徴
をもつ。
写真5 池尻遺跡出土鉄鉱石(縮尺1 3)
一
㊧
FeK水
HgKc〈 PKα K Kα TIK。〈
㊨ SlKα
一一一一一IRIKα
CaK
FeKぱ HgKoくPKo〈 TエKα
S−Kc(−K Kc< U−Ko⊂一ト1nKα CuKα
1 4 00
表9 池尻遺跡化学分析値(%)
資料番号
SNo. T』TeM.Fe FeO Fe203 Sio2 A1203 MgO Tio2
池尻1 299 37.44 0.34 18.14 32.89 22.6 8.4 3.3 1.83
資料番号
SNo.MnO CaO ⑭ Na20 P S Cu V
池尻1 299 0.38 8.43 0,602 0,483 0,109 0,004 0,Ol3 0,033
表10 池尻遺跡放射化分析値(ppm)
資料番号
SNo.Na Mg Al
SiS Cl K Ca Sc Ti
池尻1 299 6900 49000 58000 <31% <13% 3800 6800 97000 31 11000
資料番号
SNo.V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga As
池尻1 299 230 190 3000 23% 39 180 <280 590 18 96
資料番号
SNo.Se Br Rb Sr Zr Mo Ag Cd In Sn
池尻1 299 <2.4 <0.28 15 く260 <390 <1.6 <30 <4.1 <0.60 <140
資料番号
SNo.Sb Te
1Cs Ba La Ce Pr Nd Sm
池尻1 299 3.8 <4.0 <15 <1.2 240 33 74 <4.4 57 8.7
資料番号
SNo.Eu Tb Dy Yb Lu Hf Ta W
IrAu
池尻1 299 3.0 1.2 <3.6 2.4 0.38 5.9 2.4 1.6 <0.0090 0.18
資料番号
SNo.Hg Th u
池尻1 299 1.2 <1.3 4.6
国立歴史民俗博物館研究報告 第59集(1994)
6)勝央工業団地遺跡第VI地点
遺 跡 名 ショウオウコウギョウダンチイセキタ イ6チテン 地図名(5万分の1)
津山東部 勝央工業団地遺跡第VI地点
所 在 地
岡山県勝田郡勝央町植月中茂平遺跡の内容
鉄津の包含層・石敷ピットと横口式木炭窯跡1が検出された。包含層は窯の埋没 後に堆積したもので窯とは無関係である。時 期
時期の決め手となる遺物がないので類似遺跡との比較から,窯は7世紀末〜平安 時代と考えられている。したがって包含層はこれより後出する。鉄 器
鉄関連遺物 製錬津,炉壁,木炭
そ の 他
試料番号
Sl68,69調 査 年
1975.6.12〜7.16調 査 者
山本行彦,勝央町教育委員会文 献
『勝央中核工業団地建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』勝央町教育委員会。1976
備 考
横口窯は木炭窯,土師器窯,かまど跡の可能性が考えられているが,もし木炭窯 とすれば鉄生産を考える上で興味深い。3韮i・.
藁翼
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