• 検索結果がありません。

金融機関を取り巻く環境の変化

第 5 章 最近の金融動向と今後の展望

1. 金融機関を取り巻く環境の変化

40

41

の20%を超える、或いは、1,000億ユーロを超える場合とされている137

(3) ECBの非伝統的政策とその影響

金融危機やその後の欧州債務危機が深刻化するのに伴い、2012年末にかけてのECB の対応は主に流動性供給や高債務国の国債購入による対応を行った。債務危機が峠を 越え、景気が復調に向かった 2013 年以降に関しては、ECB は、ユーロ圏景気回復の 緩慢さやデフレリスクの対応に追われることになり、非伝統的政策(マイナス金利政 策や量的緩和政策)を導入した。こうした非伝統的政策は、短期的には金融機関の収 益を押し上げるものの、中長期的には収益の重石となるとの見方がなされている。

(i)マイナス金利政策(2014年)や量的緩和政策の導入(2015年)

ユーロ圏では、債務危機が峠を越えた2013年以降、景気が復調した。しかしながら、

その足取りは重く、低インフレの長期化リスクが警戒される中、ECBは2014年6月5 日の定例理事会で、世界の主要な中央銀行で初めて「マイナス預金金利」の導入を決 めた138。これにより、2014年6月11日以降、ドイツの銀行も含めてユーロ圏の民間 銀行がECBの「預金ファシリティ(deposit facility)」を利用する際139、或いは、同 民間銀行がECBの当座預金に所要準備を上回って資金を預ける際、マイナス0.1%の 金利が付利される、即ち、民間銀行はECBに0.1%の手数料を支払うことになった140。 その後ECBのマイナス預金金利は引き下げが続き、2014年9月にマイナス0.2%141、 2015年12月にマイナス0.3%142、2016年3月にマイナス0.4%143となった。民間銀行 は、マイナス金利を避けるため、ECBへの預金には準備預金制度で必要な最低限度(所 要準備)だけを残し、残りは企業に対して積極的な貸し出しを行うことが期待された。

マイナス金利政策に加え、ECB は、4 年長期固定 TLTRO(Targeted Long Term Refinancing Operation)により4,000億ユーロという多額の資金を低金利で民間銀行 に供給することを発表し、市場の資金を潤沢にすることによって、融資や経済活動を 活発化させようとした144。4 年長期固定 TLTROは、ECBから(金融機関以外の)ユ

137 BaFin, “Annual Report 2013”, p.75

https://www.bafin.de/SharedDocs/Downloads/EN/Jahresbericht/dl_jb_2013_en.html

138 ECB, “ECB introduces a negative deposit facility interest rate”, 5 June 2014 http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2014/html/pr140605_3.en.html

139 預金ファシリティとは、ECBの金融政策オペレーションの1つであり、ユーロ圏の民間銀行に余剰資金をECBに預け入 れさせることで、市中に出回る流動性を吸収することが目的である。

140 即ち、当座預金のうち所要準備を上回る分(所謂、超過準備)に対して、マイナス金利が適用されることになった。。

141 ECB, “Monetary policy decisions”, 4 September 2014

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2014/html/pr140904.en.html

142 ECB, “Monetary policy decisions”, 3 December 2015

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2015/html/pr151203.en.html

143 ECB, “Monetary policy decisions”, 10 March 2016

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2016/html/pr160310.en.html

144 ECB, “ECB announces further details of the targeted longer-term refinancing operations”, 3 July 2014, https://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2014/html/pr140703_2.en.html

なお、TLTROで資金を借り入れる場合に適用される金利は、借入時点におけるMRO(main refinancing operations)金 利+10bpsとされた(2015年1月に10bpsの上乗せは撤廃)。MROは、ECBの金融政策オペレーションの中で最も重要 なものであり、民間銀行はECBに対して適格担保と呼ばれる債券等を差し入れると共にMRO金利を支払い、ECBより 資金供給を受ける。7日後、民間銀行は適格担保をECBより買い戻すことにより、ECBから受けた資金供給額を返済し、

MROは終了する。

また、2016年3月にはTLTROの第2弾が発表された。その目的はTLTROと変わらないが、TLTRO2を通じて貸出を 一定額以上増加させた銀行に関して、TLTRO2で資金を借り入れる場合に適用される金利がマイナスとなる、即ち、民間 銀行が金利を受け取る仕組みとなっている点がTLTROと大きく異なっている。

ECB, “ECB announces new series of targeted longer-term refinancing operations (TLTRO II)”, 10 March 2016 http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2016/html/pr160310_1.en.html

42

ーロ圏の企業(特に中小企業)に対する融資額が目標未達と判断された場合は、2016 年 9 月に強制的に償還される貸出条件が付随していた。マイナス預金金利とともに

TLTROによる景気浮揚、国債金利の低下、株価上昇、ユーロ安等の効果が期待された。

その後も景気回復ペースは緩やかとなり、また、デフレリスクが強まったことを受 け、ECBは2015年1月22日の定例理事会で、ユーロ圏各国の国債等を毎月600億ユ ーロ購入すること(同年 3月から実施)、即ち、量的緩和政策を導入することを決定 した145。2016年3月10日の定例理事会では、購入規模が毎月800億ユーロに引き上 げられた(同年4月から実施)146。ただし、量的緩和政策の弊害が懸念され、同年12 月8日の定例理事会では、購入規模が毎月 600億ユーロに縮小された(2017年4月 から実施)147。2017年10月26日の定例理事会では、購入規模が毎月300億ユーロ

(2018年1月から実施)に縮小され148、2018年6月14日の定例理事会では、条件付 きながら、同年12月で資産購入を終了することが決定された149

(ii)ドイツの金融機関に対する影響

ECBのマイナス金利政策に伴って、預金ファシリティの利用が多いドイツの民間銀 行も預金金利の引下げに連動して、家計や企業向けの預金金利を引き下げる傾向にあ り、家計貯蓄動向にも悪影響を及ぼす可能性があると思われる。預金金利がインフレ 率を下回るため、時間とともに預金の実質価値は下がることになるからだ。ドイツの 報道では「今後貯金のやりがいがあるのか」や「今後、貯蓄することは愚行に過ぎな い」のようなヘッドラインが増えている。また、ドイツ家計の貯蓄行動に変化が生じ ているのは前述の通りである150。一部の銀行では、個人向けの預金金利がマイナスと なっている。基本的には高額預金への適用であり、それによる実体経済への影響は大 きくないと思われるが、日本では考えにくい状況と言える151

また、マイナス金利政策や量的緩和政策による低金利は、中長期的にみて、ドイツ の民間銀行にとってリスクとなる可能性がある。そうしたリスクは、金利収益への依 存度の高い貯蓄銀行や信用協同組合において相対的に大きいと考えられている。この 点に関しては、第5章(4)節で詳述する。

145 ECB, “ ECB announces expanded asset purchase programme”, 22 January 2015 http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2015/html/pr150122_1.en.html

146 ECB, “ ECB adds corporate sector purchase programme (CSPP) to the asset purchase programme (APP) and announces changes to APP”, 10 March 2016

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2016/html/pr160310_2.en.html

147 ECB, “Monetary policy decisions”, 8 December 2016

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2016/html/pr161208.en.html

この決定に先立ち、ECBの理事会メンバーからは量的緩和政策の弊害に対するコメントが聞かれた。例えば、当時のコ

ンスタンシオ副総裁(Constâncio(2016))は「ECBの政策は銀行の収益性に及ぼすプラスの影響は時間と共に弱まり、い ずれ剥落する」と指摘したほか、プラート理事(Praet(2016))は「ECBの政策は現時点で銀行の収益性に悪影響を与え ていないが、低金利環境が続けば銀行の収益性に逆風となる」と発言していた。

148 ECB, “Monetary policy decisions”, 26 October 2017

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2017/html/ecb.mp171026.en.html

149 ECB, “Monetary policy decisions”, 14 June 2018

http://www.ecb.europa.eu/press/pr/date/2018/html/ecb.mp180614.en.html

150 脚注138

151 個人預金に対するマイナス金利の適用状況は、代田(2018)が詳しい。

43 (4) 銀行のデジタル化

ドイツのリテール金融分野では、2つの意味で銀行のデジタル化が進んでいる。第1 に、従来なら主に対面等で行われていた金融取引が、インターネットを通じて行われ るという「オンライン・バンキング」の普及である。第2に、新たな規制等を背景に、

金融機関がFinTech企業等と連携し、新しい金融サービスを提供するという「オープ ン・バンキング」の拡大である152

(i)オンライン・バンキングの普及

ドイツでは、ポストバンクや貯蓄銀行協会等の伝統的なリテール金融機関が、デジ タル化の推進を戦略として掲げてきた153。ここでのデジタル化とは、スマートフォン やタブレットの普及に伴うテジタル端末を使ったウェブサイト閲覧に始まり、顧客或 いは会員専用サイトにおける残高・取引状況の閲覧、金融機関担当者とのコミュニケ ーション、金融商品取引等を含む、オンライン・サービスのことである。デジタル化 を推進する中で、各機関はオンライン・サービスの強化を謳い、例えば、ポストバン クではビデオチャット等を利用したアドバイザリー機能の強化を、貯蓄銀行金融は専 用アプリを使った個人間の送金を可能とする方針を打ち出している154

リテール金融機関においては、オンライン・サービスを強化することが合理化を通 じた競争力強化に繋がるとの見方が一般的になりつつある。実際、ポストバンクはデ ジタル化を推進する一方で、一部支店の廃止や統合を実施してきた155

(ii)オープン・バンキングの拡大

銀行のデジタル化は、上述したオンライン・バンキングの普及に加え、金融機関の

FinTech 企業等との連携によっても進んでいる。こうした動きはオープン・バンキン

グと呼ばれる。

オープン・バンキングの追い風となっているのが、EU の 2 つの規制である(詳細 は第5章(3)節)156。1つ目は、第2次決済サービス指令(PSD2, Directive 2015/2366/EU)

である。PSD2により「オープンAPI」が進むことで、非金融機関は、金融機関の決済 システムや口座情報等を利用することが可能になる157。2つ目は、一般データ保護規則

(GDPR, Regulation 2016/679)である。GDPRにより、金融を含む個人データの移 管・消去が、そのデータが帰属する本人の意思に基づいて行われることになる。これ らの EU 指令・規則により、金融機関は従前のように顧客の個人データを囲い込むこ とが困難となり、FinTech 企業等の非金融機関が様々な金融サービスを提供出来るよ うになっている。

152 例えば、日本銀行は、「FinTechとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、金融サービスと 情報技術を結びつけた革新的な動き」と説明している。(閲覧日:2018年6月28日)

https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/kess/i25.htm/

153 Postbank, “Annual Report 2015”, pp.7-15

https://www.postbank.de/postbank/docs/PBGB2015_E.pdf

Deutscher Sparkassen- und Giroverband, “ Zusammenfassung Statement Dr. Joachim Schmalzl” auf der Bilanzpressekonferenz des Deutschen Sparkassen- und Giroverbandes am 15. März 2016

https://www.dsgv.de/_download_gallery/Material/160315_Statement_Dr_Schmalzl_kurz.pdf

154 同上

155 ポストバンクの国内支店数は、2017年末時点で1,023であり、3年前(2014年末)から53店舗減少した(Postbank, “Annual Report 2017”, p.16、”Annual Report 2014”, p.46)。

156 PSD2及びGDPRに関する記述は、特に断りの無い限り、神山・富永(2017)に基づく。

157 APIは、オペレーティング・システムやアプリケーションの機能を利用するための接続仕様であり、APIを介することで、

企業間の情報共有等の連携が容易となる。オープンAPIとは、APIの仕様を公開することであり、それにより第3者企 業が金融機関の決済口座等にアクセスし、新たな金融サービスを提供することが可能となる。

関連したドキュメント