救急医学講師
真柴 智
(平成 5 年卒業)
平成23年3月11日、三陸沖を震源とした東日本大 震災は北海道、東北、関東、信越地区に未曾有の被 害をもたらしたのは周知のことであります。今回の
震災で、被災された方々、お亡くなりになられた方々 にお悔やみ申し上げます。金沢医科大学病院の医療 救護班第2班として、4月4日〜4月7日まで派遣さ れ、活動の経過及び自分が感じたことを述べたいと 思います。今回自分たちに与えられたことは、現地 避難所の巡回診療及び第1班が約束した旧水浜保育 所という避難所にマイコップを届けるということが 最低限のミッションでありました。コップは病院管 理課の方で準備頂き、まず自分は、派遣先の現状を 把握することからはじめました。すでに当院から派 遣された第1班が帰って来ていたこともあり、現地 での状況の申し送りを頂き、インターネットから情 写真4 若林地区
報を引き出しまた、派遣日前日の夜にちょうどNHK で石巻日赤病院の状況もこと細かく放映され、ある 程度のイメージを頭の中に入れることができました。
そして自分なりに現在医療ニーズはこんなものがあ るだろうとシミュレーションしました。(想定?)但 し、今回の震災で想定外という言葉は流行していま したが、自分の中では想定はしても想定を越えたと きどう対処、対応するかが重要であると考えていま す。それは、能登半島地震の時、門前地区、旧門前 町に同じく医療救護班で派遣され、避難所で一晩に 40名を越えるノロウイルス感染者が発生、持参し た医薬品が底をついた時学んだことでした。想定さ れなかった病気が発生したときにどう対処するか?
ということを災害医療時に必要であるということを 身体で学んでおり、このことも考えつつフレキシブ ルにいろいろなケースも考えておきました。今回の 担当する地域は石巻市雄勝地区、旧雄勝町で、石川 県から派遣されている医療機関が代わる代わる現地 に入り医療を提供している地区であります。現地の 状況をイメージをする為、第1班が撮影した写真を
みせて頂き、産業は牡蠣の養殖、硯 の生産を行っている地域であったこと などをテレビなどから入手することも 行い、派遣に備えました。初日は金沢 医科大学病院から石巻日赤病院に向か い、自分達の前の班である金沢医療セ ンターの医師、看護師、薬剤師、事務 の方々からの申し送りを受け、全体的 な医療状況を石巻日赤病院の石井正先 生から伝えて頂き、宿泊所に向かう行 程となりました。翌日は加賀市民病院 と2班一緒に現地に入ることとなりま したが、そこでとても有り難い事が起 こりました。申し送りだけではすべての状況が把握 出来ませんでしたが、翌日一緒に現地に行く加賀市 民病院から派遣された医師が金沢医大同窓生の鈴木 智先生であったことでした。おかげさまで、細かい ことも聞くことができ、状況も一段と把握すること が出来、気分的に落ち着いた状態を迎えることがで きました。また、宿泊所に到着後、「あっ、金沢医大だ!
僕、金沢医大の卒業生だよ!」と言って寄ってくる 方がおられ、愛媛大学で救急医学教授になられた相 引眞幸先生(S53年卒)からも声を掛けて頂くことが あり、自分にとって見知らぬ土地に行き、とても心 強く感じることができました。こんな事があると、
同窓生は有り難いものだなあと思います。2日目は 今回の震災のなかで、前途有望な小学生が沢山死亡、
行方不明になった大川小学校のそばを通りました。
そこは川にかかる橋が流され、残った橋の上にはが れきがのり、堤防は決壊し、田畑は水没し、その中で、
自衛隊、消防、警察が行方不明者を捜すという現場 をみて、現地に入り、巡回診療を開始することにな りました。第1班が約束したマイコップを届けるこ 被災し、全く使用不能となった石巻市立雄勝病院
金沢医科大学病院ドクターカーと被災した南三陸町庁舎及び志津川病院
ともできました。ちょうどフジテレビ系列の沖縄テ レビから巡回診療の取材の申し込みがあり、クルー を同行し、雄勝地区の災害の医療を宮城県内及び沖 縄県に伝えることができました。現地雄勝地区に入 り感じたことは、テレビやインターネットなどでみ た画像がそこに存在していましたが、平面でみるも のと、実際現地で立体的に見る光景は感覚的に違う ということでした。霞ヶ関に居る大臣などは実際に 現地に行って視た方がいいということを感じました。
また、存在していた病院、診療所は津波により全壊 し、医療過疎も起こってきていた地区に突然襲った 医療崩壊を目の当たりに見てました。3日目は石川 県立中央病院の医療班と共に医療活動を行い活動は 終了しました。4日目、石川県に戻る日でありまし たが、早朝にメールが舞い込み、その内容は気仙沼
市立病院の成田先生から簡易血糖測定器が不足して おり、インスリン自己注射を行っている方々が困っ ており、機械を届けて欲しいというものでした。早 速石巻日赤病院に出向き、対策本部に相談に行った ところ、以前から災害医療関係でお世話になってい る山形県立中央病院の森野一真先生に会うことが出 来、対策本部で指揮をとる石井正先生をご紹介頂き、
簡易血糖測定器を譲って頂き、無事気仙沼市立病院 に届けることが出来ました。成田先生は素早い行動 をとても感激し、感謝されておりました。その後気 仙沼市内、南三陸町を視察し、当院の方にもどりま したが、三陸沿岸部は津波により被災した状態が延々 と続くものでありました。
今回の派遣で、金沢医科大学が開学して約40年の 月日が流れ、同窓生も増えており、全国的な活動が 出来る力が出来て来ておりま すが、災害医療では全国規模 の医師のつながりが必要であ ると実感しました。
自 分は大 学に残っ て学 生 を育てていく任務も担ってお り、全国規模で働く事のでき る卒業生を育てていければと 思います。
火災後の気仙沼市内
医療救護班第2班メンバー
沖縄テレビの取材を鈴木智先生と受ける