第 2 章 量子輸送理論
2.4 量子補正効果の計算
前節の電気伝導度の計算において二つの電子線を跨ぐような不純物の寄与は無視してい た.本章では特に不純物線が交差するような過程を考える(図 2.4.1 ).このダイアグラム は二粒子の運動量の和k+k′ =q が小さい領域で特異性をもつことが知られている [68]. この特異性が電気伝導度に対する量子補正効果を与える [48].下側のグリーン関数の向き を反転させれば粒子-粒子間のはしご型の散乱過程になる.このダイアグラムは等比級数で 表されるため収束半径を超えない限りは,和を解析的に求めることができる.図2.4.2のよ うに二体間の相互作用を自己無撞着な形で書いた式をBethe-Salpeter方程式という.この
Bethe-Salpeter方程式を満たすΓは超伝導理論との類推からクーペロンと呼ばれる.超伝
導の場合との違いは相互作用が静的な不純物ポテンシャルであるため,2粒子間の振動数が 交換されない点にある.
図2.4.2のBethe-Salpeter方程式は以下で与えられる.
Γ(q) =γ0+γ0Π(q)γ0+γ0Π(q)γ0Π(q)γ0+· · ·
= γ0
1−γ0Π(q) (2.4.1)
ここでΠは
Π(q) =∑
k
GR(k)GA(q−k) (2.4.2)
である.γ0はBethe-Salpeter方程式における既約ダイアグラムで,nを不純物濃度,u0を 不純物ポテンシャルの強度として
γ0=nu20 (2.4.3)
である.またq =k+k′である.Π(q)を計算する前に,いくつかの近似を導入する.今q が小さい領域を考えているので,
Ek+q =Ek+k·q m + q2
2m ∼Ek+vF ·q (2.4.4)
2.4 量子補正効果の計算 27
= +
k k’
k’ k
k k’
k k’
k k’
k k’
k1
-k
1
+
k k’
k’ k
k1
+ …
Γ+ + + …
k+k’ -k
2
k+k’ -k k+k’ 1
k2
k k’
k k’ k
1 k k k’
1 k
2
k k’
k’ k -k
1 k’ k
k+k’ -k
1
k+k’ -k
2
k+k’
+
k k’
k’ k
=
= + + …
k’
k’ k
2
k -k k
k+k’ 2
k
k’
|
-k
1
k+k’
k1 k
1
-k
1
k+k’
= + Γ
Γ
k k’
k’ k
k k’
k’ k -k
k+k’ 1
k’ k
k k k’
1
|
■
+
■+
■+
■■
+ +
+
■+
■+
■+
■+
■+
■+
■+
■+
■■
+ +
■+
■+
■+
■図2.4.2 Bethe-Salpeter方程式を表すダイアグラム
が成り立つ.また,伝導に寄与する電子はフェルミ面近傍のものを考えているので(付録 A を参照).
ℏk
m ≡vF (2.4.5)
とおくことができる.これらを用いるとΠ(q)は
Π(q)∼2πρ0τ(1−Dq2τ) (2.4.6) と計算できる.ただし拡散係数D= 12v2Fτ を用いた.式(2.4.6)を式(2.4.1)に代入すると
28 第2章 量子輸送理論 Γは以下のようになる.
Γ(q) = nu20 Ωτ
1
Dq2 (2.4.7)
Γを用いると伝導率の補正項は以下のようになる δσ =−e2ℏ
πΩ
∑
q
∑
k
(ℏ m
)2
kxkxGR(k)GA(k)GR(−k)GA(−k)Γ(q) (2.4.8) ここでΓ(k+k′)はk+k′ → 0のとき最も大きい寄与を与えることからグリーン関数部 分においてk′ = −k とおいた.系が時間反転対称性をもつ場合−k → k とすることが できる.また等方的であること,およびフェルミ面近傍の量が重要であることを用いて,
kx2∼m2vF2/2とおけることに注意すると,k積分はグリーン関数にのみ作用し,
∑
k
GR(k)2GA(k)2= 4πρ0τ3 (2.4.9) となる.続いてq積分を行う.長波長極限ql≪1より,カットオフとして上限を平均自由 行程ℓの逆数,下限は系のスケールLの逆数とすると局在の効果を評価でき,
∑
q
Γ(q) = 1 2π
nu20 Dτ lnL
ℓ (2.4.10)
となる.したがって,δσは最終的に,
δσ =− e2 π2ℏlnL
ℓ (2.4.11)
となる.二次元系では電気伝導度の補正が系のスケールの対数依存性を示すことが分かる.
これはスケーリング理論によって得られる結果と等しい.またスケーリング理論では分から なかった数係数についても求めることができた.電気伝導度に対する補正項が顕にℏを含む という点からも,量子補正効果が,まさに量子論的な効果であることが分かる.量子補正効 果は物質によらない普遍的な定数のみで表すことができる点は興味深い.しかし実際には考 慮する運動量弾性散乱以外の散乱(スピン軌道結合効果をもった不純物,磁性不純物)による 緩和時間が式中に現れる.本研究では特にスピン軌道結合の効果に主眼を置くので次節でス ピン軌道結合の効果について論ずる.
2.4.1 スピン軌道結合効果がある場合の量子補正効果の計算
SOC散乱を考慮した場合の局在の補正効果の計算を行う.Bethe-Salpeter方程式は以下 のようにスピンに依存する形で与えられる.
Γαγβδ(q) = Γ0αγβδ+∑
µν
Γ0αµβνΠ(q)Γµγνδ(q) (2.4.12)
2.4 量子補正効果の計算 29 グリーン関数の中に現れる緩和時間τ は前節の計算で示されたようにτ−1 → τ0−1+τso−1 と置き換えるだけでよい.したがってΠの計算はSOCが無いときと同様で以下のように なる.
Π(q) = 2πτ(1−Dq2τ) (2.4.13)
ただし
1 τ = 1
τ0
+ 1 τso
(2.4.14) である.拡散係数はD=vF2τ /2である.有限の膜厚を持つとして,SOC散乱の三次元成分 が有限である場合を考える.散乱の強度に対して,運動量の面に平行な成分(∝σx, σy)が等 方的であるとするとΓ0は以下で与えられる.
Γ0α1α3α2α4(q) =xδα1,α3δα2,α4−yσαz3α1σαz2α4−z(σxα3α1σxα4α2+σyα3α1σyα4α2) (2.4.15) ただし
x= ℏ 2πρ0
1 τ0
(2.4.16)
y= ℏ 2πρ0
1 τso,z
(2.4.17)
z= ℏ 2πρ0
1 τso,x
(2.4.18) および
1 τso,µ
= 2πnu20ρ0λ2so⟨[k′×k]2µ⟩F
(2.4.19) である.式(2.4.12)においてバーテックスΓの解の形は,式 (2.4.15)と同様に,σに依存 しない項と依存する項に分けられると考えられる.よって以下のように仮定できる.
Γα1α3α2α4(q) = ΓAδα1,α3δα2,α4+ ΓBσαz3α1σαz2α4+ ΓC(σxα3α1σxα4α2+σαy3α1σαy4α2) (2.4.20) 式(2.4.15),(2.4.20)を式(2.4.12)に代入すると
∑
α,β
Γαββα= ℏ 2πρ0
2 τ2
{
− 1 2
1
D0q2+ 1
D0q2+ (τ2
so,z + τ2
so,x)/[1−(τ2τ
so,z +τ2τ
so,x)]
+ 1 2
1 D0q2+ τ4
so,x/ (
1− τ4τso,x) }
(2.4.21)
30 第2章 量子輸送理論 となる.電気伝導度に対するSOCを含む量子補正は式 (2.4.21)を式(2.4.8)に代入すると,
δσ=− e2 2π2ℏ
[
logℓ−2+ℓ−so,z,x2 L−2+ℓ−so,z,x2
− 1
2logℓ−2 L−2 +1
2logℓ−2+ℓ−so,x2 L−2+ℓ−so,x2
]
(2.4.22) となる.ここで
ℓ−so,z,x2 =
2 τso,z +τ2
so,x
D0
{ 1−(
2τ
τso,z +τ2τ
so,x
)} (2.4.23)
ℓ−so,x2 =
4 τso,x
D0
{
1− τ4τso,x} (2.4.24)
とおいた.
式(2.4.22)においてτso−1が0になるときは第二項目と第三項目が互いに打ち消し,第一項 目が通常の弱局在効果を与える.一方τso−1が有限のときは第一項目と第三項目の発散が抑 えられ,第二項目の寄与が主要になる.このときの符号は通常の弱局在の場合と逆符号で入 るために弱反局在効果を与えることがわかる.一般に系がもつ普遍的対称性に応じてハミル トニアンはAltrand-Zirnbauer (AZ)の10個のユニバーサリティクラスに分類される [7].
τso,x,y−1 が有限のときはSOCを含むハミルトニアンに対する時間反転演算子Θに対して,
Θ2=−1となる.このときをAZの分類ではクラスAII (またはシンプレクティック)と呼 ぶ.その他のAIIクラスとしてディラック方程式と同型のハミルトニアンがあり,第1章で 示したように時間反転演算子の二乗はΘ2 =−1となる.このような系では一般に弱反局在 が生じうる.SOCが存在する場合でもτso,x,y−1 = 0のときは,スピンフリップを伴わずハミ ルトニアンがσz と交換する.このときは時間反転演算子はスピンレス系のものと実効的に 等しくΘ2= 1となる.このときをクラスAI (オルソゴナル)とよぶ.磁性不純物がある場 合(時間反転対称性を破る場合)はクラスA (ユニタリー)である.
2.4.2 クーペロンの成分と拡散方程式
前節ではBethe-Salpeter方程式を満たすΓ を仮定し代入法により解いた.もう一つの
解き方としてΓ を対角化する方法がある.この方法は物理的な意味を捉えやすく代入法 よりも計算量が少なくて済む.Bethe-Salpeter方程式を対角化後,位置表示に移ることに よりクーペロンが拡散方程式を満たす準粒子であることを見る.Γ の行列表示の基底を (⟨α4| ⊗ ⟨α3|)ˆΓ(|α1⟩ ⊗ |α2⟩)とする.α= {↑,↓}である.式(2.4.20)に↑,↓を代入するこ
2.4 量子補正効果の計算 31 とで
Γ =
ΓA+ ΓB 0 0 0
0 −2ΓC ΓA−ΓB 0
0 ΓA−ΓB 2ΓC 0
0 0 0 ΓA+ ΓB
(2.4.25)
となる.またΓˆ0は
Γˆ0=
x−y 0 0 0
0 −2z x+y 0
0 x+y 2z 0
0 0 0 x−y
(2.4.26)
である.二つのスピンのテンソル積の基底から多重項の基底に移るにはクレプシュゴルダン 係数Uを用いれば良い[91].Uは
U =
1 0 0 0
0 √12 √12 0 0 √1
2 −√12 0
0 0 0 1
(2.4.27)
である.このUを用いるとΓ,Γ0は対角化されスピン三重項と一重項に対応するクーペロ ンが得られる.これらは以下のようになる.
U†ΓU =
Γ1 0 0 0
0 Γ2 0 0
0 0 Γ3 0
0 0 0 Γ4
(2.4.28)
U†Γ0U =
Γ01 0 0 0
0 Γ02 0 0
0 0 Γ03 0
0 0 0 Γ04
(2.4.29)
ここで
Γ1= ΓA+ ΓB (2.4.30)
Γ2= ΓA−ΓB+ 2ΓC (2.4.31)
Γ3= ΓA−ΓB−2ΓC (2.4.32)
Γ4= ΓA+ ΓB (2.4.33)
32 第2章 量子輸送理論 および
Γ01= Γ04= 1 2πρ0
(1 τ0
− 1 τso,z
)
Γ02= 1 2πρ0
(1 τ0
+ 1
τso,z
− 2 τso,x
)
Γ03= 1 2πρ0
(1 τ0
+ 1
τso,z
+ 2 τso,x
)
(2.4.34) とおいた.l= 1,2,4が三重項に対応し,l= 3が一重項である.Π(q)のフーリエ変換は,
Π(r,r′) =∑
q
Π(q) eiq·(r−r′) (2.4.35) となる.これを用いて式 (2.4.12)を変形すると,対角化された位置表示のBethe-Salpeter 方程式は,
Γl(r,r′) = Γ0lδ(r−r′) + Γ0l
∫
dr′′Π(r,r′′)Γl(r′′,r′)
∼Γ0lδ(r−r′) + Γ0l [
Π(0) +1 2
∂2Π(q)
∂q2 (i∇)2 ]
Γl(r,r′) (2.4.36) となる.ただしここで,
Γl(r′′,r′) = Γl(r,r′) +∇Γl(r,r′)·(r′′−r) +1
2∇2Γl(r,r′)·(r′′−r)2+· · ·
=e(r−r′′)·∇Γl(r,r′) (2.4.37)
という関係を用いた.式(2.4.36)をΓ(r,r′)について解くと,
[−D0∇2+τl−1]
Γl(r,r′) = δ(r−r′)
2πρ0τ2 (2.4.38)
となる.ここでτl−1を
τ1−1=τ4−1=
2
τso,z + τ2
so,x
1−τso,z2τ − τ2τso,x, τ2−1=
4 τso,x
1−τso,x4τ , τ3−1= 0 (2.4.39) とおいた.Γ(r,r′)は拡散方程式のグリーン関数に対応することが分かる.クーペロンのエ ネルギー分散関係はDq2+τl−1である.電流-電流相関の中に電子とは異なる“粒子”が潜 んでいたことは,グリーン関数の階層性を反映していることに他ならない.これは相互作用 がある場合の一粒子グリーン関数が,多粒子グリーン関数を用いて再帰的に表されること,