第 3 章 スピン軌道結合格子におけ る弱反局在の理論る弱反局在の理論
3.2 伝導度に対する量子補正効果
WolffハミルトニアンはSOC効果を相対論的に含む強結晶 SOC系物質の有効模型であ る.今回の計算では簡便性のため等方的な分散をもつ模型を考える.同バンド,同スピン間 の不純物散乱を含んだ二次元の等方的Wolffハミルトニアンは以下のような4×4の行列で 与えられる
HW=H0+V(r) (3.2.1)
H0=
[ ∆ iℏγσ·k
−iℏγσ·k −∆ ]
(3.2.2) ℏは換算プランク定数,k= (kx, ky)は波数ベクトル,2∆はバンドギャップ,γは速度,σ はパウリ行列である.Wolffハミルトニアンの基底は (|c↑⟩,|c↓⟩,|v↑⟩,|v↓⟩)である.こ
3.2 伝導度に対する量子補正効果 41 こでc/v ↑,c/v↓はk= 0における伝導帯,価電子帯のスピンを表す( 厳密には↑,↓は時 間空間反転対称性を有するときのクラマース二重項のスピン自由度を表すが本論文では単に スピンと呼ぶ).不純物ポテンシャルは短距離型を考え,
V(r) =u0
∑
i
δ(r−Ri) (3.2.3)
とする.V(r)はバンドとスピンを変えない対角的なものを考慮する.しかし,電子の固有 状態はSOCによってバンドとスピンがそれぞれ混ざったものとなる.u0は散乱の強さ,Ri
はi番目の不純物の位置を指定する.運動量緩和時間は最低次のボルン近似を考えると ℏ
2τ =π∑
k′
⟨| ⟨i,k|V(r)|i,k′⟩ |2⟩impδ(EF −Ek′)
=πρ0niu20λ2+ 1
2λ2 (3.2.4)
と求まる.エネルギー固有状態|i,k⟩は式(1.3.29)-(1.3.32)を用いた.λ= EF/∆とおい た.ρ0は状態密度,niは単位体積あたりの不純物濃度である.またEF > 0と仮定する.
ここで不純物散乱の過程においてエネルギー固有状態を変えないことを考慮している.なぜ ならば⟨1,k|V(r)|2,k′⟩ =⟨1,k|V(r)|3,k′⟩ = 0となるからである.ただし1から4への 遷移確率は⟨1,k|V(r)|4,k′⟩ ̸= 0である.この過程は良い金属の条件,(EFτ ≫1)が満た されているときには電気伝導度の量子補正効果に対して(EFτ)−1のオーダーとなるため無 視できる.この詳細は後に述べる.
電気伝導度に対する量子補正δσW(L)は久保公式より [32, 43, 71], δσW = ℏe2
π
∑
q
Γ(q)∑
k
vxkvqx−kGRkGAkGRq−kGAq−k
(3.2.5) ただしWはWolffを表す.GR/Aはグリーン関数でGR/A= (EF−Ek±iℏ/2τ)−1である.
Γ(q)は粒子-粒子間の無限次の不純物散乱を表しており,クーペロンを与える.vkは電子の速 度で,ハミルトニアンの波数微分により,vk =⟨1,k|∂H0/∂k|1,k⟩=γ√
Ek2−∆2/Ekcosϕk
と与えられる.Γ(q)は以下のBethe-Salpeter方程式を満たす.
Γ(q)kk′ = Γ0kk′+∑
k′′
Γ0kk′′GRk′′GAq−k′′Γ(q)k′′k′ (3.2.6) Γ0は以下で与えられる.
Γ0kk′ =⟨⟨i,k′|V(r)|i,k⟩ ⟨i,−k|′V(r)|i,−k⟩⟩imp
= 1
2πρ0τ [
γ0+γ1ei(ϕ−ϕ′)+γ2e2i(ϕ−ϕ′) ]
(3.2.7)
42 第3章 スピン軌道結合格子における弱反局在の理論
= +
Γ Γ
i,k i,k’
i,q-k’
i,q-k i, k i, k’
i,q-k i,q-k’
i, k i, k’
i,q-k i,q-k’
i,k’’
i,q-k’’
i,k
i,k i,q-k
i,q-k
Γ
(a)
(b)
図3.2.1 ダイアグラム.(a)電気伝導度に対する量子補正効果,(b)Bethe-Salpeter方程式.
となる.ここで,弾性散乱であること,フェルミエネルギー近傍の波数が重要であることを 用いて,
γ0= 1
1 +Xk4F, γ1= 2Xk2F 1 +Xk4F, γ2= Xk4F
1 +Xk4F, XkF =
√EF2 −∆2
∆ +EF
(3.2.8)
Nk=Nk′ =NkF, Xk=Xk′ =XkF (3.2.9) とおいた.
Γ(q)がΓ⟨⟨1,k′|V(r)|4,k⟩ ⟨1,−k|′V(r)|1,−k⟩⟩impのように異なるエネルギー固有状 態間の行列要素をもつ場合,δσにおけるグリーン関数部分は
ρ0
∫
dEk⟨4,−k|GˆR|4,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨1,k|GˆA|1,k⟩ ⟨1,−k|GˆA|1,−k⟩= ρ0πiτ2 EF
(3.2.10)
3.2 伝導度に対する量子補正効果 43
Γ
1 1
1 2
(i) (ii) (iii)
(iv)
Γ
1
1 1
Γ
1 2
1 2
Γ
2 1
1 1
(vii)
Γ
2
1 2
(viii)
Γ
1 1 1
2
(x)
Γ
1
1 1
(xi)
Γ
3 or 4 1
1 3 or 4
3 or 4
3 or 4
2
(v)
Γ
1 2
1 2
(vi)
Γ
2 2
1 1
(ix)
Γ
3 or 4
1 1
1
(xii)
Γ
1 3 or 4
1 3 or 4
(xiii)
Γ
3 or 4 3 or 4
1 1
(xiv)
Γ
3 or 4 3 or 4
1 3 or 4
図3.2.2 量子補正効果に寄与しないダイアグラム.1∼ 4はエネルギー固有状態|i,k⟩ のiを表す.(i)∼(iii),(v)∼(vii)速度行列要素によりゼロとなる.(iv)Bethe-Salpeter 方程式の不純物散乱の行列要素(式(3.2.7))によりゼロとなる.(viii)∼(xiv)良い金属が 満たされているとき無視できる.1と2を入れ替えた場合も同様である.
44 第3章 スピン軌道結合格子における弱反局在の理論 となる.この過程は同じ固有状態間の行列要素をもつ場合,
ρ0
∫
dEk⟨1,−k|GˆR|1,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨1,k|GˆA|1,k⟩ ⟨1,−k|GˆA|1,−k⟩= 4πρ0τ3 (3.2.11) に比べて(EFτ)−1で小さい.同様にしてその他の過程,
ρ0
∫
dEk⟨1,−k|GˆR|1,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨4,k|GˆA|4,k⟩ ⟨1,−k|GˆA|1,−k⟩=−ρ0πiτ2 EF
ρ0
∫
dEk⟨1,−k|GˆR|1,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨1,k|GˆA|1,k⟩ ⟨4,−k|GˆA|4,−k⟩=−ρ0πiτ2 EF
ρ0
∫
dEk⟨4,−k|GˆR|4,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨1,k|GˆA|1,k⟩ ⟨4,−k|GˆA|4,−k⟩= ρ0πτ EF2 ρ0
∫
dEk⟨4,−k|GˆR|4,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨4,k|GˆA|4,k⟩ ⟨1,−k|GˆA|1,−k⟩= ρ0πτ EF2 ρ0
∫
dEk⟨1,−k|GˆR|1,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨4,k|GˆA|4,k⟩ ⟨4,−k|GˆA|4,−k⟩= ρ0πτ EF2 ρ0
∫
dEk⟨4,−k|GˆR|4,−k⟩ ⟨1,k|GˆR|1,k⟩ ⟨4,k|GˆA|4,k⟩ ⟨4,−k|GˆA|4,−k⟩= ρ0πiτ2 EF
(3.2.12) はすべて無視できる.また速度行列要素に対して⟨1,k|ˆv|2,k⟩= 0が成り立つことを考慮す ると|1,k⟩,|2,k⟩が混合する過程も無視できる.図3.2.2に量子補正効果に寄与しないダイ アグラムをまとめた.結果として,異なるエネルギー固有状態間の散乱過程は無視すること ができる.この近似は文献 [76, 93]と本質的に等価である.ただし,Bethe-Salpeter方程式 を解く過程においては異なるエネルギー固有状態間の散乱過程の寄与も取り込まれる可能性 がある.この効果について第4章で議論した.
Bethe-Salpeter方程式(3.2.6)の解は,式 (3.2.7)と同様にei(nϕ−mϕ′) に比例した形にな ると考えられる.よって以下のように解を仮定する[76, 93].
Γkk′ = 1 2πρ0τ
∑
n,m
Γnmei(nϕ−mϕ′), (3.2.13)
Γ0kk′ = 1 2πρ0τ
∑
n,m
Γ0nmei(nϕ−mϕ′). (3.2.14) Ek積分は
∫
dEkGR(k′′)GA(q−k′′) = 2πτ
1 +iτvF′′ ·q (3.2.15)
3.2 伝導度に対する量子補正効果 45 である.
Γnm= Γ0nm+ ∑
n′m′
⟨
ei(n′−m′)ϕ′′
1 +iτvF′′ ·q
⟩
F
Γ0nm′Γn′m (3.2.16)
Πm′n′ =
⟨
ei(n′−m′)ϕ′′
1 +iτvF′′ ·q
⟩
F
(3.2.17) とおけば,
Γ = ˆˆ Γ0+ ˆΓ0ΠˆˆΓ (3.2.18) と行列で表すことができる.ただし⟨· · · ⟩Fはフェルミ面における角度平均である.また
Γˆ0=
γ0 0 0 0 γ1 0 0 0 γ2
, (3.2.19)
Π =ˆ
1− 12Q2 −2iQ+ −14Q2+
−2iQ− 1− 12Q2 −2iQ+
−14Q2− −2iQ− 1−12Q2
(3.2.20)
および,
Q+=Qx+iQy, Q−=Qx−iQy (3.2.21) Qx =|vF|cosϕ′′qx, Qy =|vF|sinϕ′′qy (3.2.22) とおいた.Γnmについて解くと
Γ00 = αt
(ℓ−t2+q2) (3.2.23)
Γ11 = αs
(ℓ−s2+q2) (3.2.24)
ここでℓ−t2= (λ−1)2/(λ+ 1)2αtℓ−02,ℓ−s2= 2/(λ2−1)αsℓ−02とおいた.ℓ0=√
D0τ は平 均自由行程,D0=vF2τ /2 は拡散定数,vF =γ√
E2F −∆2/EF はフェルミ速度である.αt
とαs はそれぞれ三重項と一重項のクーパー不安定性の強度を与える重要なパラメータで,
それぞれ
αt= 4
λ2+ 3, αs=− (λ2−1)2
2(λ2+ 1)2. (3.2.25)
46 第3章 スピン軌道結合格子における弱反局在の理論 となる.Γ22は発散的な寄与をしないので無視する.またΓnmの非対角成分はq積分の角 度積分を行うことですべてゼロになる.以上よりクーペロンは
Γ(q) = ℏ
2πρ0τ (Γ00−Γ11) (3.2.26) となる.
ΓnmはΓ(q)kαkβ を多重項の基底で表したときの成分に対応している.q →0に対して,
(⟨kβ| ⊗ ⟨−kβ|)Γ(|kα⟩ ⊗ |−kα⟩)を計算することにより,Γ00∝ ⟨T|Γ|T⟩とΓ11 ∝ ⟨S|Γ|S⟩ となっていることが分かる.ただし|T⟩ = |c↑⟩ ⊗ |c↑⟩ はバンド内三重項であり,|S⟩ =
√1
2(|c↑⟩ ⊗ |v↓⟩ − |v↓⟩ ⊗ |c↑⟩)はバンド間の一重項である.ここでバンド内三重項とは|c⟩ と|c⟩もしくは|v⟩と|v⟩の三重項を意味しており,バンド間一重項とは|c⟩と|v⟩の一重項 を意味している.Γ22 はもう一つのバンド内三重項(|v↓⟩ ⊗ |v↓⟩)と対応する.バンド内一 重項 √1
2(|c↑⟩ ⊗ |c↓⟩ − |c↓⟩ ⊗ |c↑⟩)とバンド内三重項の √1
2(|c↑⟩ ⊗ |c↓⟩+|c↓⟩ ⊗ |c↑⟩)の 成分をもつクーペロンは現れない.これはkz = 0のHLN理論においてこれらの一重項と 三重項が現れない理由と同じであると考えられる. Γ(q)kk′ は|q| ≪ |kF|が満たされると き,qのみに依存する.(ただしk′=q−kとした.)このときΓ(q)kk′のkとk′の添字を 取り除き,Γ(q)kk′ ∼Γ(q)とすることができる.電気伝導度に対する量子補正(3.2.5)は,
δσW(L) =−e2ℏ π
∑
q
Γ(q)γ2EF2 −∆2
EF2 ⟨cos2ϕ⟩Fρ0
∫
dEkGR(k)GR(−k)GA(k)GA(−k)
=− e2 2π2ℏ
(
αtlogℓ−t2+ℓ−02
ℓ−t2+L−2 +αslogℓ−s 2+ℓ−02 ℓ−s 2+L−2
)
(3.2.27) となる.Lは系のサイズである.第一項目がバンド内三重項,第二項目がバンド間一重項で ある.二次元結晶に対して垂直方向に磁場を印可した場合の磁気伝導度は
δσW(B) =− e2 2π2ℏ
∑
i=t,s
αi
[ Ψ
(1 2 +ℓ2B
ℓ20 +ℓ2B ℓ2i
)
−Ψ (
1 2+ ℓ2B
ℓ2ϕ + ℓ2B ℓ2i
)]
(3.2.28) となる.ℓϕ は位相緩和長である.二電子対の磁気的長さを ℓB = √
ℏ/4eB とおいた.図 3.2.3に磁気伝導度の磁場依存性をプロットした.EF/∆∼1のときは弱局在を示し,EF/∆
が十分大きいときは弱反局在がおきる.B →0の極限ではディガンマ関数の漸近展開より,
式(3.2.28)は
δσW(0)∼ − e2 2π2ℏ
∑
i=t,s
αilogℓ−02+ℓ−i2
ℓ−ϕ2+ℓ−i2 (3.2.29) となる.δσW(0)はδσW(L)においてL→ ℓϕ と置き換えたものに等しい.EF の変化によ るWLからWALへのクロスオーバーは以下に示すようにバンド内三重項(αt)とバンド間
3.3 WAL領域におけるσWとσHLNの比較 47
2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 -0.5
1.0 0.5
0.0 -0.5
-1.0
0 2
/
B2=1.01 2.0
4.0 6.0
8.0
10.0
∆ σ
W( B ) E
F/ ∆
図3.2.3 ∆σW(B)の磁場依存性.∆σ(B) = [δσ(B)−δσ(0)]/(e2/2π2ℏ)とした.λを 変えて,それぞれプロットした.ℓ0/ℓϕ =0.1とした.
一重項(αs)の関係によって理解することができる.図 3.2.4 にαtと−αs の大きさのEF
依存性をプロットした.EF ≲Ec のときαt は−αsよりも大きくなる.すなわち電気伝導 度の量子補正効果は正となりWLが生じる.しかしEF ≳Ecのときαsは−αtよりも大き くなり,結果としてWALが生じる.この性質はHLN理論によって説明される希薄SOC 系におけるWALとは明らかに異なる振る舞いである.
48 第3章 スピン軌道結合格子における弱反局在の理論
0.8
0.6
0.4
0.2
10 8
6 4
2
α
t, − α
s− α
sα
tE
F/ ∆
図3.2.4 αtと−αsのλ=EF/∆依存性.