第3章では生態組成の一部を標本から見てきたが,本章では野外個体群 の生態,行動特性を解析する.それには個体群の特性に影響を与える食性 や,行動圏利用様式にも影響すると考えられる環境要因,特に餌資源の分 布や量の調査も必要である.
食性は生物学的基礎として重要であるばかりでなく,捕食者と餌の生態 的なつながりを把握する材料となるため,数多くの報告がなされてきた
(Errington,1937;Lever,1959:Eng1und,1965;Goszczynski,1974;
Doncaster et a1.,1990).食性の調査には採餌を観察する直接的な方法 と胃やフンの内容物を検査する間接的な分析法がある.胃内容物を得るた めには個体収集が不可欠であるが,フンの収集はそれより容易である.し かも肉食動物の場合は餌動物の骨や歯などから比較的容易に内容物の同定 ができるため国内でも事例報告以外はみなこの手法を用いている(Abe,!9 75;三沢,ユ979:Yoneda,1982.!983).二次捕食者が生息環境内の何を
どのように餌として利用しているのかは,生息地利用様式や生活史戦略を 理解する上でも重要である.本調査ではフン分析法を用いてキツネの餌リ
ストを作成し,食物の出現頻度を季節ごとに求めた.また足尾調査地内の 低標高部(750m)と商標高部(1200m)の比較と,日光市千手地域および栗 山村上栗山地域との比較も行った.
次にテレメトリマーク個体を用いた生息個体数(密度)の推定を行った.
哺乳類の個体数推定法には,大型哺乳類の場合目撃によるカウントやルー トセンサス法が,また小型哺乳類では捕獲による推定法があり,その応用 例は多い(Caugh1ey,1977;Robinson&Bo1en,!989;My11ymakiet2⊥.,
!97ユ).また捕獲した個体をマーキングする個体数推定は昆虫をはじめと して様々な動物で行われ,推定法も発達してきた(Seber,1982).しかし 中型哺乳類は大型哺乳類に比べ目撃しにくいことからセンサス法などが適 用しにくい.キツネの場合は夜行性であることの難点も加わる.また捕獲 も容易ではないため個体マーキングを使った方法も使いにくく,マーク・
再捕獲による再マークにも現実味がない.またもしできたとしても,経験 によるワナヘの忌避などが考えられる.このため捕獲の均一性が保たれて いる保証はなく,ノヨリー・セーハ 法の適用は困難といえる.これらの 問題からこれまで実用的な個体数推定法は提出されてこなかった.それで
もヨ ロソパやアメリカでは捕獲法の改良を行ったり,労力を使うなどし て多くの個体をマークして,やや仮定に難はあるものの,ペテルセン法(マ ーク・回収による1回観察)による個体数を推定しており,キツネの個体 数推定においてはこれが主流といえる(Marcstrom,!968;Stormet辿.,
1976).またより簡便な相対密度の推定が一般的ともいえる (Linhart&
Robinson,1975).
Arnason&Barnik(!978.1980)は目撃によるペテルセン法(マーク・再 発見法)を開発したが,例えば行動圏内によく使う道路がある個体とそう でない個体では発見率が違うと予想されるので,ペテルセン法がそのまま 使えない(Seber,1970)などやはり仮定に難があった.Minta&Mange1(19 89)はこの点に改良を加え,モンテカルロ・シミュレーションによるマー
ク・再発見データからの個体数推定法を提案した.これは個体による発見 率の違いをはじめから仮定し,それに合ったシミュレーションを行うもの である.またこの手法は大量の確認数,つまり高密度を前提とするセンサ ス法とは違い,低密度地域でも使えるため,国内の中型哺乳類でもテレメ マークができれば適用可能と考えられる.そこで本調査では個体追跡のた めにテレメマークした個体を用い個体数推定を試みた.
密度は個体群生態の重要な特性であるが,今回求める密度は第3章で示 した生態特性とは得られた条件が異なり,栃木個体群の生態特性として統 一するには問題がある.また個体群特性を語るには出生を含む繁殖パラメ
ータが不足している.したがってこの生息密度は行動圏のサイズや利用様 式を理解するための補助資料的側面が強い.その上でテレメトリ調査から キツネの日周期性,行動圏のサイズ,行動圏内部利用様式,そしてハビタ
ットの利用様式といった行動,生態的特性について分析する.
テレメトリ法を使った調査は捕獲を伴うため,捕獲技術の十分確立して いない国内では北海道(三沢ら,1987)や阿蘇(中園,1989)での事例報告に
とどまっていた.この中でEguchi etギ.(1977)は3個体の追跡によって 日周期性を明らかにしている また最近になって足尾個体群ではテ タの 等質性を考慮した計画的な調査が行われたため,活動性を明らかにすると
ともに,行動圏利用様式においては統計処理解析が可能となった(Takeu−
chi&Koganezawa,1991.1992).また阿蘇についても同様の解析結果が
報告された(Cavarini,1gg2).
Takeuchi&Koganezawa(1991.1992)は本研究の前期の結果(!989−!990)
をまとめたもので,雄3,雌1個体を月50点以上の追跡し,行動圏の大き さとハビタット利用の季節変化を示している.テレメトリによる調査は欧 米でも3ヵ月を超えるものはほとんどなく,長期の連続調査によって行動 圏利用の季節変化を捕えたものは少ない.しかしこれらの研究では雄の追 跡期間は春と夏のみである.雌については出産前後の行動圏利用様式を繁 殖ステージごとに追跡している国内で始めての報告で,行動圏と繁殖周期 との同調を明らかにしたが,追跡期問は1年に満たず1個体の事例にすぎ ない.これを受けて本研究の後期(1991−1994年)では,複数個体の追跡か ら周年にわたる生活史周期を明らかにし,行動圏のサイズと内部利用様式 の生活史周期変化を解明することを目的とした.
餌の質と量や分布などの資源環境の存在様式は,行動圏利用様式に直接 関係し生活史戦略を規定する要因となり得る.スエーデンでは餌資源の増 減がキツネの繁殖率,子の数,生存数そして個体群全体の死亡率にどう影 響を与えるかが分かっている(Lindstrom,1988.1989).またキツネの餌 であるハタネズミ(Microtus agrestis)の個体群動態は長期にわたって追 跡されており(My11ymaki,1977;Hansson,1978),餌動物と捕食者の関係 についても盛んに論争されている(Andersson&Er1inge,1977:Er1inge
et a1.,1983.1988).
この研究の発展には捕食者の餌資源利用様式に関する詳細な研究が不可 欠である.したがって本研究ではキツネの行動圏の内部利用様式,特にハ
ビタット利用様式を明らかにすることを目的とした.ハビタット利用の基 礎データは,行動圏内の植生や地形などの環境要素を地図の読み取りと実 地踏査による植生,地形解析によって調べた.
これらの調査結果を解析の期待値とし,キツネのテレメトリ追跡結果から ハビタットの利用頻度を重ね,選択性の解析を行った.また餌資源の配置 について,ネズミ類の生息分布と生息数調査を捕獲から,シカの分布と生 息数・死亡数を直接観察とセンサスによって調査し,キツネの行動圏配置
との関係を解析した.
2.材料と方法
2−1.調査地
調査地は栃木県日光市と上都賀郡足尾町にまたがる南北25㎞,東西15㎞
のおよそ375㎞2の地域である(Fig.24).最高峰は調査地北西端の白根山
(日光白根)2578mで調査地西側には2000m級の山稜が連なる(皇海山2143m など).調査地中央を東西に走る日光一足尾境界の山嶺は1800m程度であ るが,その南北は気候,その他の面で大きな違いがある.北側には中禅寺 湖や戦場ヶ原,小田代ヶ原に代表される湿原,そして一部に植林はあるも のの広大な自然林があり,全体が日光国立公園に属する鳥獣保護区である
(一部特別保護区).一方南側は松木地区と呼ばれる渡良瀬川源流部で,標 高1500m程度の高さをもつ4つの山群とその間を流れる松木川,安蘇沢,
久蔵沢,仁田元沢などが渓谷を形成している.これらの地域の3割は崩壊 裸地であり,森林のほとんどが植生回復事業による植林である.この地域 は国立公園外ではあるが鳥獣保護区である.これらの小河川が合流して渡 良瀬川になり,その川岸に足尾町民約5000人が居住している.居住区の
ほとんどは銃猟禁止区域であるが,その周辺の山林では猟が可能である.
日光側の植生は白根山頂付近の高山帯におけるハイマツーコケモモ群落 から始まり,標高が下がるとともに亜高山帯植生のコメツガ,ブナーチシ マザサ群集に急激に変化する(Fig.25:環境庁,!98!;日光の動植物編集 委員会,1986を改変).標高1300mの千手ヶ原附近にはハルニレやカラマ
ツ植林帯があり,再び標高が上がるとともに1500−1800mの市町境山領は 主にブナーミヤコザサ林となる.一方松木地区は1800m附近の一部にブナ 原生林を残すのみで,標高1500m以下の森林のほとんどが人工林である.
当地の原生林は!870年代の足尾鉱山の本格的な操業による森林伐採や幾度