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博物館標本から推定した個体群組成

1.はじめに

 標本から得られる個体群牛態学的知見は少なくない.特にフィールド調 査が難しい中型以上の哺乳類研究にとって標本の役割は大きい.例えば標 本の年齢査定や性別判定を行うことで,個体群の齢構成や性比など個体群

の主要な特性を知る重要な手がかりとなる.

 齢構成は個体群組成の様々な面に関係する基本的な要素であり,特に出 生と死亡を反映している.ただし標本における齢構成は死亡様式の影響を 受け,実際の生存個体群を反映しない可能性もある.実際の生存個体群と 死亡個体の集団から推定された齢構成が一致するためには,齢別死亡率が 同じでなければならない.しかし哺乳類の死亡率は通常初期と末期に高く なるU型を示す(Caugh1ey,!977).すなわち死亡個体集団の齢構成を齢別 死亡率で補正しなければ生存個体群の齢構成を推定できない.このように 標本集団からの推定値を使うにしても,慎重さが必要であるが,齢別死亡 率を求めるにはフィールドでの詳細でかつ長期にわたる調査が必要であり,

生存個体群の齢構成を知ることは難しい.そこで一般には標本集団から求 めた個体群組成を簡易推定値として用いることが多い.

 性比は出生前を一次,出生性比を二次,出生後を三次性比と区別してい る(西田,1984).標本から得られる性比は主に三次性比で,これは齢別,

性別死亡の様式を反映すると考えられる.特に死亡個体の標本集団から読 み取れる性比は死亡様式と密接な関係にある.これら個体群組成は個体群 静態要因として重要であるばかりでなく,繁殖率,死亡率等とともに動態 を予測する主要因でもある.またこれらの情報は個体群の繁殖集団の割合 など,野牛動物管理にも重要な資料を提供する.

 キツネの個体群組成(死亡率,齢構成,性比等)に関する研究も,主に死 亡個体集団から求められた推定値を用いているが,それらは主に狩猟産物 を標本集団としてきた(Jensen&Nie1sen,1968;Eng1und,1970;L1oyd,

1980a;Yoneda&Maekawa,1982;Uraguchi et a1.,1991).単一の死亡 要因からなる標本集団を対象にしてきたため,個体群組成と密接な関係に

ある死亡要因の種類や強さ,死亡時期などの死亡陳式に関する情報は得ら れなかった.一方少数例ではあるが,生存個体群との一致をはかるため,

フィールドでの情報から補正を試みる研究も行われている.その…つは Storm et a1、(1976)の研究で,大量のマーク個体を回収しワナ猟や銃猟 がキツネの主な死亡要因であることを明らかにした.またHarris&Smith

(1987)は独自の収集方法とフィールド調査から,都市に生息するキツネ

(Urban fox)の6割が交通事故死することを示した.

 もう一つの方法として,博物館の標本を利用することが考えられる.こ れは上の二つの研究方法の中間に位置するだろう.すなわち博物館が収集 する標本集団は生存個体群集団とは異なるが,幅広いルートから収集され ているため,死亡要因やその強さの解析が可能である.実際アメリカでは 博物館標本を使って哺乳類の生態データを解析している(Genoways,et a1.

1976).日本の博物館も死体の収集を行っており,栃木県立博物館(1989)は ニホンジカの大量餓死標本集団から齢構成,性比のデータを報告した.し かしこれも収蔵資料目録として提出されただけで解析は遅れている.

 標本集団の解析手法のうち動物の年齢査定法は,個体群組成の研究上重 要な技術である.年齢査定は形質の加齢変化から年齢を推定するものであ

り,大泰司(!977)は哺乳類の齢査定方法を以下のようにまとめている.一 つは歯の崩出・交換・摩滅,頭骨の縫合や肢骨骨端線の消失,水晶体の増 量,体長や耳長の伸長,枝角,毛色及び体形の変化等,発育・成長及び老 化に伴う連続的変化を用いる方法.もう一つは歯のセメント質および象牙 質,下顎骨外基礎層板等の組織中に年周期で形成される年輪を用いる方法 である.後者は精度の検討などが多方面からなされ,キツネの研究におい ても確立した技術である(Jensen&Nie1sen,1968;Harris,1978).

 ところで個体群をどこで区切るかは,その根拠の所在,実行面からみて も難しい問題である.生物学的根拠はないにしても,栃木県に生息するキ ツネを栃木個体群としてとらえることは有用である.なぜなら分布や捕獲 数を統書十として取りまとめる単位は県であり,保護や駆除などの鳥獣行政 も県単位で適用されるからである.後者は県内の個体が他県と比べ,同様 の管理状況下におかれていると考えうる要因である.栃木県(1978)は,県

内に生息する動物の現状を把握するために,キツネを含む中・大型8種の 分布地図を作成している この調査は環境庁によって言立画された全国統一 のアンケート調査によるもので,全国版が1981年に報告された.いっぽう 栃木県独目では栃木県立博物館が中心となって,1988年に再アンケート調 査を行っている.これに標本の採集地情報を加えた分布調査結果が報告さ れている(小金沢,ユ989).またヰツネは毛皮獣として狩猟の対象になって いるため,狩猟者は環境庁長官に対して狩猟数の報告を義務付けられてい る.栃木県の場合この報告は栃木県林務部自然環境課発行の鳥獣関係統計 と栃木県猟友会の鳥獣狩猟集計にまとめられる.また栃木県猟友会は1983 年と!993年に狩猟数の集計を区画ごとに行っている.

 本章では行政報告などに独自の調査を加え,栃木県におけるアカキツネ の分布域,生息状況の把握を行う.また博物館の標本作成過程の齢査定,

解剖等から得た齢構成,性比,死亡要因の種類,死亡時期,死亡数等の個 体群組成を明らかにする.また博物館標本の有用性,収集のバイアスおよ び博物館研究と野生動物管理との協同について考察する.

2.材料と方法

2一ユ.分布調査

 栃木県におけるキツネの分布を示した文献資料には,環境庁(1981)・小 金沢(1989)・栃木県野生動物研究会(!991)がある.環境庁の調査は鳥獣保 護員,狩猟監視員に対するアンケート結果を集言十したものである.分布は 国土地理院の1。・一25,000地形図を4等分した区画(4.5×5.5㎞)地図ご とに示されている.小金沢(1989)はこれに準拠した方法で調査し, 410名 に依頼し90%の370名から回答を得た.栃木県野生動物研究会(1991)の調 査は独自のものと思われるが,結果を同じ区画地図に表している.このよ

うに3つの調査は同じ区画地図を用いているため,比較するのに都合がよ い材料である.これに加え栃木県猟友会(!993)は,同じ区画を使って狩猟 数を集計しており,上の情報とは質的に異なるものの分布を知る資料とし

て扱った.

 次ぎにこれらの資料に情報を追加する調査を行った.追加調査にあたっ

ては,調査方法が完全に把握でき元テ タを検討することができた小金沢

(!98g)をもとに,分布の空白地区の補填を日的とした.また上の4調査結 果をまとめたものに対しても検討した.調査は1991年2月一1993年!0月ま での随時,空白域を直接踏査し目撃,足跡,フン等の生息痕跡を確認した・

また聞き取り調査も随時行った.

 また生息状況を把握するために,小金沢(1989)の元テ タから区画こと の確認数を求めた.また栃木県猟友会(!993)の区画ごとの捕獲数を用い,

生息の濃淡を示す示標とした.これらの情報から生息状況の把握を試みた・

2−2.博物館標本

 試料には栃木県立博物館が198!年から1991年までに収集したキツネ130 個体を用いた.この標本の66%は単一の毛皮業者経由で収集された.ここ からはワナ猟,交通事故および銃猟による死亡個体が収集された.残りの 33%は県民および林務事務所,鳥獣センター等行政機関経由で,主に交通 事故死個体が収集された.よって今回のサンプルに病死,餓死,捕食等の

自然死個体はほとんど含まれていない.

 県立博物館が収集する動物死体は死亡要因と回収経路が様々である.ま た死体の状態も違う.そのため回収場所,死亡時期の報告がないものや,

腐敗がひどく雌雄の判定が不可能なものなどがあった.これらは解析から

除外した.

 さらにサンプルの人手経路が異なることや,死亡要因に対する反応が性 や年齢で異なること(Lindstrom,1982b)を仮定すると,結果を一概にまと めることができなくなる.今回はこれらの仮定の存在を積極的に支持する データを持っていない.しかし結果の評価には必要な項目であるため,デ ータをまとめるにあたり以下のことを考慮した.一つは収集バイアス,す なわち収集ルートに特徴的な死亡要因が存在するかの検証.二つめは生物 学的バイアス,すなわち性,年齢に特徴的な死亡要因が存在するかの検証 である.このため齢構成,性比,死亡様式についての解析は年齢群,雌雄,

死亡要因によって類別された標本群ごとに行い,各群の特徴の検出を行っ た.この視点から結果を解析した上で,これらの特徴が全体の結果,すな

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