はじめに
先進国では、特に 1990 年代以降に、容器包装廃棄物の増加や、処理困難なあるいは汚染 度の高い有害物質を含むような e-waste の増加に伴い、廃棄物管理の公的部門の負担増や 最終処分地の逼迫といった問題が深刻化していった。以上のような問題に対処するため、
OECD諸国では、拡大生産者責任(EPR:Extended Producer Responsibility)という政 策原則を取入れた廃棄物処理・リサイクル政策を展開している。OECD(2001)によれば EPRとは、「製品に対する生産者の物理的および(または)財政的な責任について、製品ラ イフサイクルの使用後の段階にまで拡大するという環境政策アプローチである。」と定義し ている。つまり、製品に対する生産者の責任を製品使用後の段階にまで拡大することで、
a.地方自治体主導による廃棄物処理・リサイクルシステムから生産者が関与するシステム へと転換し効率化を図ること、b.製品設計の際に環境に配慮する(Design for Environment, 以降、DfE)よう生産者に動機を与えること、を目的とした政策原則である。
一方で途上国の廃棄物処理・リサイクルにおいては、第2章及び第5章で確認したよう に、行政によるフォーマルなシステムが不十分であること、インフォーマルなリサイクル が大きな割合を占めるといった状況下で、外部不経済が顕在化してきている。こうした問 題の解決に向けて、一部の途上国ではEPR政策の導入を進めているが、先行研究において、
途上国では次のような問題点からEPR政策が十分に機能しない可能性があることが指摘さ れている。まず、中古品や模造品等を扱うインフォーマルな小規模生産者が多く、EPR を 担うべき生産者や輸入者を特定できない場合が多いこと。次に、インフォーマルなリサイ クル市場が相当な割合を占め、フォーマルなリサイクルの障害となっていること、などで ある。
確かにこうした点は、EPR 政策の実施を阻む要因であると考えられるが、途上国といっ た一括した視点ではなく、経済・社会条件の相違によってEPR政策の障害要因の重点も異 なると考えられる。以上の問題認識にもとづき、本章では、経済・社会条件の異なる途上 国のEPR政策導入に関する課題分析を行い、途上国における EPR 政策形成の段階的なアプ ローチに関する考察を行った。
第1節で EPR政策の基本構造を整理し、第2節で途上国へのEPR政策適用に関する先 行研究レビューを行い、第3節で分析枠組みを整理している。本稿の分析枠組みは、途上 国において、経済・社会条件の相違によってEPR政策の障害要因の重点も異なる、との視 点にもとづき、EPR 政策に関するアクター・レジーム分析を行う、というものである。第 4節では、そうした分析枠組みにもとづき、途上国におけるEPR政策適用可能性分析を行 う。第5節では、以上の分析結果を踏まえた政策的含意として、途上国におけるEPR政策 形成の段階的なアプローチ法を考察し、むすびで全体のまとめを行う。
1.EPR政策の基本構造
まず、OECD(2001)によれば、EPR政策における生産者とは、「生産者とは材料の選択と 製品の設計に最大の支配力をもつ者と定義される。これは製造業者、ブランド・オーナー、
又は輸入業者であり得る。」としている。また、各生産者がそれぞれ自社の製品を回収する のは実際的ではなく経済的にもあまり実現可能性がない場合がある。そうした場合には、
第三者機関を設立して生産者が共同で製品回収を管理できるようにする例がある。これら の機関は生産者責任機構(PRO)と呼ばれ、使用後の製品を管理し収集する有効な機関で ありえるとしている。
EPR政策の基本的な例として、ドイツの家電リサイクル法(ElektroG)の概要について、
Deubzer(2011)をもとに以下のように整理した。まず、この法令では、家庭からのe-waste の回収は公的な廃棄物管理機関としての自治体が行う。各自治体は、各家庭や小売から
e-waste を持ち込めるように各管内に回収ポイントを設置しなければならない。この場合、
自治体は無料で e-waste を引き取る。一般世帯以外からのe-waste については、代替品が 購入された場合は生産者が回収・処理を行う。この法令以前の e-waste に関してはその最 終保有者が処理を行う。回収ポイントでは、対象製品を 5 つに分類するための回収コンテ ナーが設置されている。生産者は無償で回収コンテナーを自治体に提供しなければならな い。自治体は、この5つの分類で回収された e-waste を無償で生産者に引き渡す。自治体 は、引渡し情報をクリアリングハウスである廃電子機器登録財団(Elektro-Altgeräte Register/EAR)に連絡することで、引き渡した e-waste の再利用やリサイクルなどの処 理と、その報告が生産者の義務として生じる。
生産者は、自治体が設置する回収ポイントからの回収に当たり、3つの方法を選択でき る。第一は生産者が単独で自社製品のみを回収する、第二は生産者が単独で自社製品の区 別にこだわらずに回収する、第三は複数の生産者が共同で回収するといった選択肢である。
それぞれの生産者は、市場に投入した製品の割合に応じて、回収及び処理費用を負担する。
消費者は新製品を購入した小売店で使用済み製品を引き取ってもらうことができる。ま た、消費者には e-waste を他の一般ごみから区分して、上記のスキームに従った排出をす ることが義務付けられている。小売事業者にも e-waste の分別回収が義務付けられている が、小売事業者から e-waste を自治体や生産者の回収システムに引き渡すことは義務付け られておらず、いわゆるブローカーに流れる可能性もある。特に、企業から排出される
e-wasteについては、企業は中古品として再販する傾向があるが、実際にそうしたものが中
古品としての機能を維持しているか否かはわからない。
以上のような各主体の役割分担のもとに、管理システムが全体として効果的に運営され るためには、生産者の登録、生産者の製品の市場シェア等の測定、生産者が回収すべき量 の算定、その他各種のモニタリング情報の管理など、システムを機能させるための集中情 報管理機能が必要である。ドイツでは生産者が共同で基金を設立して、こうしたクリアリ ングハウスであるEARを設立している。
2.途上国へのEPR適用に関する先行研究
Agamuthu and Victor(2011)は、途上国においては、EPR政策のような先進的な政策 の導入よりも、適正な回収システムや処理設備などの基本的な廃棄物管理システムの整備 の方が、緊急性が高いと主張している。
小島ら(2008)は、アジア諸国の廃棄物管理制度やリサイクルシステムの現状を踏まえ た上で、EPR 政策の途上国への適用について次のような課題があるとしている。第1に、
途上国では生産者や輸入者を特定できない場合が多いという点である。途上国では、先進 国に比べて中古市場での製品の流通が活発であり、もとの製品とはほとんど異なる部品構 成での修理品なども出回っている。こうした市場では、インフォーマルな主体も含めて零 細な修理事業者やリサイクル事業者が中心で膨大な数に及ぶため、中古品の生産者を特定 することは難しい。また、途上国のパソコン市場などでは、小さなショップが様々なメー カーの部品を組合せて独自に組立てた製品が多いという。加えて、途上国ではブランド製 品の模造品も多く流通し、海外のブランド生産者が使用済み製品を適正に回収する障害と なっている。そして輸入品の場合には、途上国の場合には密輸という輸入者を特定できな い場合が先進国よりも多いことも問題点としている。第2の課題として、途上国において 生産者や輸入者を特定できたとしても、インフォーマルなリサイクル業者の存在が、フォ ーマルな回収・リサイクル業者が市場で適正に機能するための障害になるという点をあげ ている。フォーマルな回収・リサイクル事業者は、環境対策や労働衛生対策を十分に行っ ているが、それらを具備しないインフォーマルな事業者は、家庭からの回収の際にフォー マルな事業者よりも高い価格で買い取ることができる。結果的に、フォーマルな事業者に ものが集まらずに、環境汚染や健康被害などの外部不経済を伴うリサイクルが実施される。
また、フォーマルな事業者であっても、回収量や処理量について虚偽の報告を行い、補助 金を不正に得るような可能性も高いとしている。以上のような課題への対応には相当な社 会的コストが必要であり、途上国においてEPR政策の導入を検討するにあたっては、そう した認識のもとに導入の有効性を追求する必要があるとしている。
Akenji et al.(2011)は、以上の課題の他に、途上国ではEPR政策の運用に不可欠な廃 棄物回収・処理に関する基本的なインフラや能力が不足している点を挙げている。そうし たインフラや能力として例えば、自治体による廃棄物回収システムや処理施設、環境汚染 や健康被害が発生しない適正なリサイクル技術、そうした技術を使える人材、日本の宅配 便のような物流システム、リサイクル教育等があるとしている。これらのインフラや能力 を全て一度に獲得することはできないので、EPR 政策導入については段階的なアプローチ の必要性を説いている。さらに、途上国は先進国からの中古品の輸入国となる傾向がある 点も指摘しており、そうした貿易は e-waste の密輸の温床となっていることが問題である としている。
Scheijgrond J-W(2011)は、EPR 政策の導入では、単に行政にあった責任を企業に移