はじめに
近年、経済発展が著しい新興国の資源需要の増加等を背景に、リサイクル資源貿易が拡 大している。リサイクル資源貿易は、各国のリサイクル資源市場における需給ギャップを 緩和する機能を有しており、各国の循環型社会形成において重要な役割を果たすものと考 えられる。しかし、リサイクル資源が有する環境汚染性のために、輸入国での不適正な技 術による処理過程で環境汚染が発生する問題が生じている。この問題に対処するために各 国で貿易規制措置が取られる場合があるが、適正なリサイクル資源貿易の機会の損失にも なり、貿易規制による環境汚染リスク管理が円滑なリサイクル資源貿易の障害になるとい ったジレンマが生じている。ところで、循環型社会形成のための制度構築の鍵となるのは、
拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility: 以降、EPR)という考え方である。
これは製品の生産、販売、消費段階までの生産者責任を、製品使用後から廃棄、適正な処 分に至るまで拡大してより効果的な管理体系をつくるものであり、リサイクル資源の供給 主体側の責任範囲に着目した取組である。しかし、この制度はリサイクル資源貿易の相手 国まで拡張することはできない。そこで考えられるのが、リサイクル資源の需要主体側の 責任範囲に着目した取組の可能性(1)である。具体的には、リサイクル資源貿易に係る環境汚 染リスク管理において、リサイクル資源に関する需要主体の調達責任を問うことであり、
途上国における適正な廃棄物管理やリサイクル処理の能力向上を図る上でも有効であると 考える。何故なら、適正な調達責任を有する企業は、適正なリサイクル資源の輸入事業者 や処理事業者を調達先として積極的に評価するとともに、調達先に環境配慮面で不十分な 点があれば必要な投資として資金や技術面での支援を行うことが期待されるからである。
需要主体の調達責任に着目した管理体系の可能性検討の手始めとして、本章では、鉄ス クラップのうち分別品質が低いために有害廃棄物が混載されて環境汚染が発生している
「その他くず」という分類を対象とし、その貿易構造の分析を通じて環境汚染リスクが高 い貿易パターンを特定する。また、環境汚染リスクの高い国におけるリサイクル資源の需 要主体の存在状況や環境汚染リスクを把握し、それらの特性に応じた政策課題を導出する ものである。
第1節では、リサイクル資源貿易の問題点を踏まえて需要側の責任範囲に着目した取組 の必要性を示し、本章の位置づけと検討範囲を示す。第2節では、リサイクル資源貿易構 造分析に関する先行研究レビューを踏まえて、鉄スクラップ貿易構造分析の考え方の整理 を行い、第3節では、鉄スクラップを対象とした貿易構造の仮説を設定しデータ分析を行 う。第4節では政策的含意を導き出し、むすびで本章のまとめを行う。
1.リサイクル資源貿易の環境汚染リスクとその管理
1-1.リサイクル資源貿易に伴う環境汚染リスク
リサイクル資源貿易の拡大によって、各国はより低コストでリサイクル資源の調達が可 能となり、リサイクル資源の利用率が高まることで、市場全体での資源効率性も高まると 考えられる。しかし、リサイクル資源は廃棄物から分別や抽出を行った資源であることか ら有害物質の残留等のリスクを有しており、リサイクル資源貿易によって環境汚染輸出入 となるリスクを孕んでいる。環境汚染リスク管理については、有害性のある廃棄物の輸出 入を管理する国際条約であるバーゼル条約(2)にもとづいた取組が行われている。有害性が明 確な廃棄物については、この条約下での管理で対処しているが、中古品として、あるいは 部品のリユース目的で輸出される廃自動車、廃家電等については規制対象外となっている。
輸出先で中古品や部品のリユースなどが行われずに、金属のリサイクルのための解体・分 別等の処理において環境汚染が発生するケースが報告されている(細田2008b)。また我が 国では、廃家電等を国内で解体・分別せずに、様々な金属スクラップが混在する雑品とし て輸出される場合があり、輸入先での解体・分別作業時に環境汚染が発生する可能性(3)があ る(OECD 2010)。以上のような環境汚染リスクを管理するために、各国で貿易禁止等の 措置をとる場合がある。この場合には、ごく一部の不正な貿易を取り締まるために、多く の適正なリサイクル資源の貿易の機会の損失を招くこととなり、貿易規制による対応が円 滑なリサイクル資源貿易の阻害要因(4)となっている 。
1-2.リサイクル資源の需要側に着目した取組
循環型社会形成は、我が国をはじめ国際社会全般に3Rという政策概念に従って進められ ている。リデュース(廃棄物の発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再生利用)
という優先度による取組によって、経済社会全体の資源生産性を高め、最終処分地の不足 という問題に対応するものである。リサイクルという取組は、資源の採取・調達→製品の 生産→流通・販売→消費→廃棄→最終処分といった直線的な物質の流れに、廃棄→回収→
リサイクル(分別・解体・抽出等によるリサイクル資源化)→資源としての再利用という プロセスを連結させて物質循環の環を形成することである。こうした物質循環の環を形成 するとともに、この物質循環の環の中を流れる物量自体を低減させ、環境汚染性の低い物 質へと転換していくことが、循環型社会形成の目標像である。この循環を形成するために、
多くの先進国では、先述のとおりEPRという考え方での管理制度を導入している。これは、
リサイクル資源のフローから見れば、リサイクル資源の供給システムの制度化に他ならな い。フロー上の環境汚染リスクもこのEPRを負う主体によって対処するものである。しか し、中古品や金属スクラップの雑品類の輸出先での環境汚染リスクについては、例えば、
海外に輸出された廃家電等の流通を捕捉できたとしても、海外でのリユースやリサイクル について、国内のEPR制度を拡張して適用することは現実的ではない。そこで、考えられ
る手立てとして、今後は、需要側の責任も設定し、供給側と需要側の双方の責任による管 理体制の構築が必要であると考える。輸入国での需要主体の責任範囲に着目した取組とは、
具体的には、リサイクル資源貿易に係る環境汚染リスク管理において、リサイクル資源に 関する需要主体の調達責任を問うことであり、途上国における廃棄物管理やリサイクル処 理の適正な能力向上を図る上でも有効である(5)と考える。
1-3.需要側に着目した取組の検討枠組み
1-2.で提示した、需要主体の調達責任に着目した取組の可能性を検討するためには、
第1にリサイクル資源貿易の構造を把握した上で、第2に環境汚染リスクの高い貿易パタ ーンを特定し、第3にそのような貿易パターン下にある国での、需要主体とリサイクルの 特性を分析する必要がある。また、第4に需要主体を中心とした適正なリサイクルシステ ム構築の優良事例を分析し、第5に環境汚染リスクの高い国での、需要主体を中心とした 適正なリサイクルシステム構築のあり方を提言するといった検討枠組みが考えられる。本 章では、第1のリサイクル資源貿易の構造分析、第2の環境汚染リスクの高い貿易パター ンの特定、第3の輸入国での需要主体とリサイクルの特性の概要把握を行うものである。
2.リサイクル資源貿易構造分析に関する予備的考察
本節では、リサイクル資源貿易と環境汚染、リサイクル資源貿易構造の決定要因に関す る先行研究を概観し、リサイクル資源貿易構造の分析を行うための予備的な考察を行う。
2-1.リサイクル資源貿易と環境汚染に関する研究
基本的には、リサイクル資源貿易によって貿易当事国間の厚生が向上する。通常言われ る貿易の利益の他に、例えば、Grace et al.(1977)は、国際的なリサイクル市場の存在に よって、各国内のリサイクル市場の価格の安定性が増すことを示している。
しかし現実には、リサイクル資源貿易は環境汚染輸出リスクを有している。これまでの 貿易と環境問題に関する多くの研究成果から得られる最も一般的な結論は、環境問題によ る外部性がある場合には、各国内でそれを完全に内部化したうえで自由貿易を行うことが ファーストベストであるということである。リサイクル資源貿易と環境汚染に関しては、
上記のような内部化が必要としながらも、国内でのリスク回避が困難な場合には、貿易制 限が正当化される場合がありうるという見解がある。そうした研究実績として、第1章2-1.
で示したように、例えば、竹歳(2009)、佐竹・斉藤(2011)、Copeland(1991)、Puckett et al.(2002)等の成果がある。
またRauscher(2001)は、有害廃棄物の貿易について、バッズである有害物質の輸出は、
その輸入国から有害廃棄物の貯蔵・処理を行うサービス(グッズ)を購入するものとみな して、次のような結論を導いている。輸入国において適切な政策がとられずに、有害廃棄 物輸入に伴う外部不経済が発生している場合、この貿易は輸出国の余剰を増加させ、輸入