本章は前章の表3-1で示した部分モデル法を改良し、資産・負債の統合モデルとした「健 全性指標評価モデル」を用いて実証分析を行う。シミュレーションは、日本の長期にわた る経験から、中国の生命保険会社が今後直面する可能性の高いリスクを選択し、対象とす ることにした。まず第1 に、長期で見た金利局面の大きな変化である。日本の10年国債 利回りは、バブル時までは6~8%であったものが、長期の金融緩和や経済成長率の低下か
ら2000年代には2~3%程度まで大きく低下している。この過程で、日本の保険会社は資
産運用利回りが予定利率を下回る「逆ザヤ」という異常な状況に直面し、これを主な原因 として業界全体で40 社のうち8社が経営破綻する事態にみまわれた。中国でもシャドー バンキングの拡大や不動産価格の乱高下が起こり、今後、金融市場の混乱とその収縮政策 から日本と同じような金利局面が発生する可能性がある。従って、静態分析に加え、長期 にわたる(10年を想定)金利の上昇局面と下降局面を想定する。
第2に、第1章で見たとおり、中国の生命保険商品は、銀行預金や債券・株式投信など との代替物として利回り(投資収益性)を求められることが多い。この時、保険料の毎月 払いや毎年払いを選択するのではなく、一括して生命保険料を納付する「一時払い契約」
を選択することが多い。一時払い契約は大きな保険料がピンポイントで大量に保険会社に 流入し、保険会社はすぐにその資金を投資に回すため、ドル平均法的な投資が可能な毎年 払い契約などより資産運用リスクが大きいとされる。中国では日本以上にこの傾向が強い と考えらえるため、シミュレーションでは、一時払い契約と毎年払い(以降、年払いと呼 ぶ)区分してシミュレーションし、その差を考察する。
その結果、シミュレーションは、4つの段階に分かれる。まず、①日本の代表的な3つ の金利局面を想定し、それぞれについて、2 つ健全性基準の金利リスクに対する評価(静 態的シミュレーションと呼ぶ)、②日本で生命保険会社の連続的な経営破綻を誘発した金 利の下降局面、上昇局面における動態的な金利リスク評価(動態的シミュレーションと呼 ぶ)、③一時払い契約と年払い契約の金利リスク評価、④株式投資と解約を織り込んだリス ク評価、である。また、①と②に関してはイールドカーブのシフト(フラット化とスティ ープ化)した場合の健全性の変化なども検証した。
42 1.金利前提
なお、イールドカーブの変化は図4-1に示した通り、基準とした金利を0.5倍(よりフ ラット化)と1.5倍(よりスティープ化)することにより表現している。
図4-1 金利水準と形状の変化
出所:筆者が作成。
2.シミュレーション結果
(1)静態的シミュレーション結果
表4-1に2つの健全性基準に基づく健全性水準の計算結果をまとめた。まず、資産は両 基準とも責任準備金と当初自己資本を国債だけに投資したとし、その債券ポートフォリオ を時価評価したものである。負債はソルベンシーⅡでは最良推計値にリスク・マージンを 加えたもの(時価評価)であるのに対し、ソルベンシー・マージン基準では従来の責任準 備金額(簿価評価)である。後者は金利の変化に関わらず負債額は変化しない。なお、前 述の通り、予定利率は、低金利局面が1.18%、平均金利局面が4.38%、高金利局面が7.53%
である。この資産から負債を差し引いたのがソルベンシー・マージン(表ではソルベンシ ーと表記)である。
リスクについては、ソルベンシーⅡ基準ではBSCRの金利リスクとオペレーショナルリ
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スクを、ソルベンシー・マージン基準では予定利率リスク、保有債券の価格変動リスク、
そしてオペレーショナルリスクを計算対象とした。そしてソルベンシー額をリスク総額で 除した「ソルベンシー余裕度」が健全性の水準を示す。「健全性」をリスク総量以上の自己 資本を保有することと定義すれば、ソルベンシー余裕度が1より大きく、その水準が高い ほど健全性が高いことを示す。
具体的に現在日本が置かれている低金利局面で基準ケースを見てみよう。ソルベンシー
Ⅱにおいては、モデル保険会社の資産額は5,680億円、負債は最良推定値5,275億円にリ スク・マージン46億円を加えた5,321億円、資産から負債を引いたソルベンシー額は359 億円となる。一方、リスク総額は、金利リスク81億円にオペレーショナルリスク24億円 を加えた106億円であり、その結果、ソルベンシー余裕度は3.40倍となる。一方、ソルベ ンシー・マージン基準も、時価評価する資産額は同じであるが責任準備金は 5,314 億円、
リスク総額は予定利率が1.17%と予定利率1.5%以下のリスク係数0.01が適応され、わず か1億円と小さい。債券の価格変動リスク108億円等を合わせてもリスク総額は111億円 であり、ソルベンシー余裕度は3.30倍なる。
金利を0.5倍しイールドカーブを下方シフトかつフラット化すると、当然ソルベンシー
Ⅱの時価計算する負債額は基準ケースより約200億円増え、5,531億円まで膨れる。ただ、
同時に金利リスクとオペレーショナルリスクが減少するため、リスク総額も約 50 億円縮 小する。このため、ソルベンシー余裕度は4.45倍に改善する。ソルベンシー・マージン基 準の計算においては、負債額が変化せず、また、リスクの算定も固定のリスク係数かける ため変化が小さく、結局金利低下で資産評価額が増加する分だけ、ソルベンシー余裕度は 4.16倍に改善する。
逆に、金利水準を1.5倍し、イールドカーブを上方かつよりスティープ化した場合には、
ソルベンシーⅡでは割戻金利が上昇するため、負債が小さくなる(基準ケースに比べ約200 億円減少)一方、資産価値も減少するため、ソルベンシーの増加額は約100億にとどまる。
また、金利リスクとオペレーショナルリスクが基準ケースに比べ約40億円増加するため、
ソルベンシー余裕度は3.11倍に低下する。
ソルベンシー・マージン基準においては、金利上昇で資産価格は下落するものの、負債 の責任準備金額は変わらず、ソルベンシーは逆に100億減少し266億となる。リスク総額 は大きく変わらないため、ソルベンシー余裕度は2.44倍まで低下する。
低金利局面では、ソルベンシー余裕度がソルベンシーⅡ基準においては金利水準の低い
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順から高い順位に 4.45⇒3.40⇒3.11 倍と変化し、ソルベンシー・マージン基準も 4.16⇒
3.30⇒2.44倍と同様の動きを示しているように見える。しかしながら、その構造は、前者
がソルベンシーを増加させながらリスク量も増加するのに対し、後者はソルベンシーが減 少する中でリスクが横ばい(固定的)と大きく異なる。
この構造格差は、平均金利局面で見ると一層鮮明になる。ソルベンシーⅡ基準において は金利が上昇するに伴い資産の減少を越える負債の減少が見られ、ソルベンシー増加する。
リスク増加は緩やかであり、ソルベンシー余裕度は0.02⇒1.34⇒2.08倍に変化するのに対 し、ソルベンシー・マージン基準では、固定的なリスク量の中で、負債は一定のため資産 の減少がそのままソルベンシーの減少につながり、ソルベンシー余裕度は、3.23⇒1.60⇒
0.09倍と変化し、両基準は全く逆の動きを示す。この動きは高金利局面でも同じで、ソル ベンシー余裕度は、ソルベンシーⅡ基準で同余裕度は-1.17⇒0.62⇒1.63倍と金利上昇に 伴い改善するのに対し、ソルベンシー・マージン基準では同2.41⇒0.78⇒-0.63倍と逆に 低下する動きを示している。
とりわけ、保険会社の経営破綻リスクが高いことを示すマイナスのソルベンシー余裕度 が、ソルベンシーⅡでは0.5倍ケースで、ソルベンシー・マージン基準では1.5倍ケース で発生することになる。万が一、ソルベンシー・マージンからソルベンシーⅡに基準が無 条件に変更された場合、保険監督と保険会社の経営に混乱が生じる懸念がある。
表4-1 シミュレーション結果(1)基準ケースとイールドカーブのシフト
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出所:筆者がシミュレーション結果をまとめたもの。
次に、金利3局面における基準金利において、当初持ち込み自己資本が上下2%変化し た場合にソルベンシー余裕度がどう変わるかを見てみよう。表4-2にその結果を示した。
表4-2 シミュレーション結果(2)当初持ち込み自己資本の大きさが指標に与える影響
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出所:筆者がシミュレーション結果をまとめたもの。
なお、各金利局面の「基準5%」のケースはシミュレーション(1)の基準ケースと同じ 値である。このシミュレーションは単純であり、両健全性基準共に資産は時価評価される ため、例えば、自己資本を3%に圧縮するとその自己資本2%相当額約100億円(低金利 局面)を時価評価した当初資本が減少することになる。金利局面によりその評価額が変化 することになる。
ソルベンシーⅡ基準においては、低金利局面では、基準の270億の自己資本は2%の圧 縮分も含め162億へ108億円減少する。同じく、平均金利局面では同101億円、高金利局 面では91億円の減少となる。このため、低金利局面では、3%のソルベンシー余裕度は2.37 倍と基準ケースの3.40倍から1.03倍低下するのに対し、平均金利局面では同0.89倍の低 下、高金利局面では 0.31 倍の低下とその影響度は小さくなる。この傾向は、ソルベンシ ー・マージン基準でも同様である。