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r 資本の地域支配J 概念は、戦後日本資本主義発展にはたした「社会資本 j の役割に注目し、公権力によっ て集積された社会資本・公共サービスおよびそれによって管理された地域資源(土地・水)の大企業の利用独占、

る 。

第 1 部 分から繰り入れられた「収入欠損基金」と「剰余収入」は、異なる項目に分類され ているが、それらはともに年々の収入を原資とするものであり、合わせて調達総額の 46.3%

83  r 資本の地域支配J 概念は、戦後日本資本主義発展にはたした「社会資本 j の役割に注目し、公権力によっ て集積された社会資本・公共サービスおよびそれによって管理された地域資源(土地・水)の大企業の利用独占、

すなわち「地域独占J概念を基礎に形成されるものと理解されている。例えば「企業都市Jや「企業城下町J も、資本の地域支配の具体的な形態として理解される 。「企業都市

j

は、少数の巨大独占体が地域独占を基礎に

「地域独占利潤Jを取得している都市とされ、「企業城下町」は、このような関係のもとで、独占体が政治・文 化・イデオロギ一等の上部構造まで含めた地域社会を支配している都市とされている。この見解では、「地域支 配J の必然化は、「地域独占Jの円滑化と安定的再生産、それを確保するための「住民運動Jへの対応に求めら れる(都丸泰助・窪田暁子・遠藤宏一編『トヨタと地域社会一一現代企業都市生活論』大月書底 1 9 8 7 年) 。 こ のような理解は、戦後日本の経済発展のあり方に注目すれば、事実適合的で説得的な説明と思われるが、資本 の住民支配は、政治的上部構造の問題に関わってもっぱら理解され、富の源泉である人間自然に対する資本の 支配の契機についての認識を欠落した見解である 。「地域支配J 概念は、経済学のレベノレで まず構想される必要 があるように思われる。

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( e b e n  da , 8 . 5 9 9 ) から考察すれば、事態は一変し、労働者の個人的消費は「特定の限界内 では、資本の再生産のー契機 J (eben da , 8 . 5 9 9 ) でしかなく、したがって「労働者階級は、

直接的な労働過程の外部でも J r 資本の付属物 J ( e b e n   da , 8 . 5 9 9 ) でしかない。ここでは、「階 級としての労働者の総『労働力に対する資本の所有権Jl J が現れる

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このように、ブルジョア社会においては、「労働者そのものの、生産および、再生産J 、した がって「労働者階級のたえざる維持および再生産 J が「資本の再生産のための恒常的条件

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( e b e n   da , 8 . 5 9 8 ) であり、「作業場の外 J でも「賃労働者は見えない糸によってその所有者 に繋がれている J ( e b e n  da ,  8 . 5 9 9 ) とすれば、労働者の集住形態により発生し、それなくして は労働者の生命 ・ 生活が維持できない、都市的施設や社会的共同業務は、「階級としての労 働者の総『労働力に対する資本の所有権Jl J 実現の恒常的条件ということになろう 。資本の 論理に従えば、都市施設や共同業務は、その限りで実現されるのであり、従ってその充足も、

「特定の限界内Jに限られるという傾向をもっ。

少なくとも経済学的には、社会的共同業務を担う地方政府の問題は、このような視点から 位置付けられなければならい。ブルジョア社会における社会的共同業務の本質は、総「労働 力に対する資本の所有権Jの実現という点にあるので、あって、自立した諸個人の共同業務と いう点にあるのではない。しかし、「賃労働者の独立」という外観が、かれの個人的消費が 単純流通の形式に包摂されている限り、維持される。この側面は統治の形態、従って、その ブルジョア民主主義的形態を規定する。逆にいえば、この形式を介して、総「労働力に対す る資本の所有権」が実現されるのである(念のために付言すれば、これは資本の論理に従つ ての理解であり、現実の世界での、ブツレジョア民主主義の限度を越えた新しい原理に基づく 民主主義的要求による、社会的共同業務のかの「特定の限界J を越える充足の可能性を否定 するものではなし¥)

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われわれの次の課題は、パロウにおける「産業帝国 J における地域支配、特に住民支配が どのように行われたのかについて、地方政府の発展を中心の考察することであるが、その考 察においてはこれまで述べてきた方法概念が「導きの糸 J として役立つと思われる。しかし、

方法概念にはあくまで方法概念であり、それは事実にとって変わることができない。逆に膨 大な史実との格闘こそ、方法概念を鍛えるものであろう 。

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なお、このような個人的消費に関する理解は、従来決して顧みられることがなかったマルクスの「労働力に 対する資本の所有権」概念に着目し、それを資本蓄積論に位置づけ、ブ、ルジョア社会における労働者の個人的 消費について新しい理解を提示している尾崎芳治『前掲書』によるものである。ここでは、それを社会的共同 業務の経済学的意味付けに適用した。

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この場合、注意しておかなければならないのは、単純流通の形式に包摂された資本家と労働者との対等・平 等の世界は、現実世界において意味をなさないのではなくて、統治の形態を規定するということである 。

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