第 5 章第4章
3.1 貢献の指標の定義
第 3 章
チャットはプレゼンテーション発表 型議論に貢献しているか
チャット併用会議における最初の疑問点は,聴衆と発表者の認識のずれである.聴衆は 発言機会が増えたことからチャット併用会議を評価しているが,発表者はチャットに有用 でない発言があふれることを危惧している.これは,チャット・ログから発表者自身に関 係のあるチャット発言を抽出しづらいため,発表者の視点からはメリットよりもデメリッ トが大きく感じられているのではないかと考えられる.そこで本章では,チャットは議論 に貢献しているかどうかについて検討を行う.
そこで,本論文は様々な会議の中でも特に定例で行われる進捗報告に限定して扱う.定 例進捗報告に限定した理由は以下の通りである.
• 単発ではなく継続的に複数回行われるため,回数が多く会議のやり方も固定化され ているため,研究対象として安定である
• 進捗報告の資料という具体的な成果が毎回生産されており,その資料をもとにした 議論が行われると想定される
• 進捗報告の資料には前回の進捗報告からの差分があり,前回の進捗報告で指摘され た点への対応や結果が含まれる
伊藤らはReflectionを用いて議論を構造化することで会議の要旨をまとめることができ
るとしており[83],繰り返し生成される進捗報告は伊藤らのReflectionと同等のものであ ると考えられる.具体的には,進捗報告資料としてプレゼンテーションに注目する.定例 進捗報告ではn回目の進捗報告時に使われるプレゼンテーションPnが,(n-1)回目の進捗 報告におけるチャットCn−1 の具体的な成果物の1つであり,これらの資料の差分に対し て分析を行うことで,チャットが議論に対して貢献しているかどうかを検討することがで きる.
貢献しているかどうかを計る指標として,名詞キーワードの発生と消滅を対象とする.
名詞キーワードの発生とは,(n-1)回目のプレゼンテーションPn−1 に含まれなかった名詞 キーワードkが,n回目のプレゼンテーションPn で新たに追加される現象である.名詞 キーワードの消滅とは,発生とは逆に,(n-1)回目のプレゼンテーションPn−1 に含まれて いたキーワードkが,n回目のプレゼンテーションPn では使われない現象である.この キーワードの発生と消滅が,(n-1)回目のチャットで行われたチャットCn−1 と関連してい るかどうかを評価する.
関連しているかどうかは,(n-1)回目のプレゼンテーションPn−1と,n回目のプレゼン テーションPn のキーワードkを単純に比較した「単純発生」および「単純消滅」と,さ
表3.1 プレゼンテーション中キーワードの名詞の発生・消滅パターン分類
n-1回目 n回目
分類 プレゼンテーション チャット プレゼンテーション 単純発生 登場しない - 登場する
単純消滅 登場する - 登場しない 同期発生 登場しない 登場する 登場する 同期消滅 登場する 登場する 登場しない
らにキーワードkがチャットCn−1 にも存在するかどうかという条件の重ね合わせである
「同期発生」「同期消滅」を比較することによって評価する(表 3.1 参照).これにより,
進捗報告者がチャット上での議論によらず自分自身で追加・削除した名詞キーワードと,
チャットで取り上げられた内容の影響を受けて追加・削除された名詞を分離して検討する ことが可能になる.
3.2 計算手法
まず,プレゼンテーション Pに含まれる,すべての名詞(代名詞を除く)集合を取り 出す関数W(P)を考える.名詞集合から重複しない名詞の個数を数える関数をcount(W) とおけば,n回目のプレゼンテーションPn での単純発生の単語数NAdded(n)は,差集合で W(Pn)だけに存在するものの数であり,2つの集合の重複要素を取り除く二項演算子「\」
(集合Aから,集合Aと集合Bの重複要素を取り除く場合は「A\B」となる)を用いて
NAdded(n)=count(W(Pn)\W(Pn−1)) (3.1)
と表すことができる.同様に,n回目のプレゼンテーションPn での単純消滅の単語数 NRemoved(n)は
NRemoved(n)= count(W(Pn−1)\W(Pn)) (3.2) となる.同期発生と同期消滅については,さらに(n-1)回目のチャットCn−1にも含まれ ている必要があるので,n回目のプレゼンテーションPn での同期発生NS yncAdded(n)と同 期消滅NS yncRemoved(n)はそれぞれ
NS yncAdded(n)=count((W(Pn)\W(Pn−1))∩W(Cn−1)) (3.3)
NS yncRemoved(n)= count((W(Pn−1)\W(Pn))∩W(Cn−1)) (3.4) である.
さらに,ある発表者についてすべての期間で発生と消滅のどちらが多いかを表す指標値 として発生消滅係数Rおよび同期発生消滅係数RS yncとして算出する.発生消滅係数は,
プレゼンテーションの編集が発生側に偏っているか消滅側に偏っているかを表す係数であ り,発生側に偏っていれば正,消滅側に偏っていれば負数となる指標値とする.この時,
単純な個数で比較すると,たまたま大きな変更を行った発表者がいた場合,その発表者が チャットを参考にしたかしていないかによって結果全体が歪んでしまう.これでは発表内 容が安定している発表者と大きな変更を伴った発表者を同一の基準で評価することができ ない.そこで,発表者ごとの編集特性に影響されない指標を作るため,発表者毎に発表者 が行ったすべてのプレゼンテーション中に使われた数で除算する.
発表者が行った進捗報告がm回あるとし,同じ発表者によるすべてのプレゼンテーショ ンに含まれる名詞群をWAllとおけば発生消滅係数Rは,
R= 1
count(WAll)
∑m
i=2
(NAdded(i)−NRemoved(i)) (3.5)
と定義し,同期発生消滅係数RS yncは
RS ync= 1 count(WAll)
∑m i=2
(NS yncAdded(i)−NS yncRemoved(i)) (3.6) と定義する.
現実ではまずおこり得ない値ではあるが,Pn に存在した名詞群 W(Pn) が,Pn+1 です べて消滅しW(Pn+1) = ∅となる場合(全消滅),発生消滅係数 Rは最小値-1をとり,逆 にW(Pn) = ∅ かつ W(Pn+1) , ∅ となる場合(全発生),最大値 1 となる.分子である
count(WAll)は同じ発表者が行ったプレゼンテーションに使われたすべての名詞の数であ
るので,全消滅・全発生を何度繰り返しても最小値-1〜最大値1の範囲に収まる.また,
いかなるプレゼンテーション中にも一切名詞が含まれない場合はcount(WAll) = 0となる ので,計算不能である.すなわち発生消滅係数Rおよび同期発生消滅係数RS yncは,対象 となる期間中の進捗報告プレゼンテーションすべてについて,1.画像や音声・映像のみで 構成され全く文字を含まない場合,2.名前やタイトルすら書いていないほど内容がない場 合,には計算不可能である.