第 5 章第4章
3.5 議論
単純発生消滅係数 R は平均値こそ同期発生消滅係数RS ync の平均値-0.0095 より小さ
い-0.0285 であるものの,中央値は同期発生消滅係数 RS yncの中央値-0.0106 よりも大き
な-0.0021 となっている.また,単純発生消滅係数Rの分散 0.0243も同期発生消滅係数
RS yncの分散0.0002よりも大きく,ばらついている.前回の進捗報告のプレゼンテーショ
ンに存在する単語数が,次回の進捗報告で増加または減少すると仮説を立てた.増加も減 少もしない単純発生消滅係数R=0を帰無仮説としてt検定した結果,単純発生消滅係数 Rは,平均−2.85×10−2,分散2.57×10−2,t= 0.754(P= 0.461)で有意差がないことが 分かった.すなわち,単純発生消滅係数は個々人の編集傾向によって大きく異なっている と考えられる.
進捗報告プレゼンテーションの中で新しい名詞が頻繁に現れる人も,次々と名詞が削除 される人もいる.極端な例では,なかなか研究テーマが決まらず,進捗報告ごとに研究の 方向がぶれたり,実現したいシステムが大きく変わったケースもあった.
一方,同期発生消滅係数は一貫してわずかな減少傾向を示している.減少の一例を挙げ ると,興味の拡張について研究している学生のプレゼンテーションで「興味」という名詞 が59回出現した.内容としては興味の分類(潜在的興味,情緒的興味など)の説明,対 象とする興味の種類の言及,興味の取得方法などである.この内容に対して,チャットで は「いかにして潜在的興味につなげていくのでしょう.>>∗」など,対象とする興味と,
提案手法のマッチングに関する質問が8件ほど寄せられた.次の進捗報告では,分類など の定義は残ったものの,自分の研究としてどのような手法を用いるかという内容にフォー カスしたプレゼンテーションに修正され,「興味」の出現回数は半数以下の23回に減少し た.このように,質疑応答に対応して減少するものが多く見られた.
そこで,前回の進捗報告のプレゼンテーションに存在し,かつ,チャットで言及された 単語が,次回の進捗報告では増加または減少すると仮説を立てた.増加も減少もしない
同期発生消滅係数RS ync = 0を帰無仮説としてt検定を行ったところ,同期発生消滅係数 RS yncは平均−9.53×10−3,分散1.65×10−4,t = 3.15(P =0.006)で有意に減少すること が分かった.前回の進捗報告のプレゼンテーションに存在しかつチャットで言及された単 語は,次回の進捗報告では削除される傾向があることが分かった.
プレゼンテーション自体の編集傾向には一貫した傾向がないのに,チャットで言及の あった単語に限定すると一貫して減少する傾向が見出されたことから,チャット併用会議 は発表者が成果物として作り出すプレゼンテーションに影響を及ぼしていることが分かっ た.ただし,チャットを併用すると常に単語が減少すると結論付けるのは尚早であろう.
本実験では,進捗報告を対象としているため,聴衆は発表者の研究をブラッシュアップ しようという前提で発言を行っている.研究活動においては発散プロセスと収束プロセス のうち,収束プロセスにおいて研究を統括することが求められている.統括は研究活動以 外においても求められており,基本的にはアイディアを提案し,その可否を議論し,残る ものと消えるものが選別されるという点は研究以外の進捗報告でも同様である.この聴衆 の意図がチャットに強く表れたために,単語の減少という形でプレゼンテーションへ影響 を及ぼした可能性がある.思考を発散する目的でチャット併用会議を行った場合には,単 語の増加という形で影響を及ぼすことも考えられるだろう.
本実験から,プレゼンテーションの編集傾向には単語の増加・減少に一貫性がなくて も,チャットと同期するものには単語が一貫して減少する傾向があることが分かった.こ
こから,McCarthyらが「バックチャンネル(チャット)では口頭対話に付随した話題や
議論の進行などの会話が行われる」という予測は正しく,チャットの内容は議論の成果と して進捗報告に反映されていることが確認された.
第 4 章
チャットと口頭対話との時間的関 連性
4.1 はじめに
本章では,チャット・メディアと実世界メディアを繋ぐ対口頭対話返信を自動的に認識 させることが可能であるかどうかを検討する.本研究が扱う対口頭対話返信は,実世界メ ディアとチャット・メディアの間,つまりバックチャンネルとフロントチャンネルの間に 成立する返信である.MaCarthyらの主張によれば,対口頭対話返信は実世界メディアに 対して時間的制限を受けているとされている.
実世界メディアにおける口頭対話での応答に時間的制約が存在するのはよく知られてお り,一定時間以上応答がなかった場合は会話が途切れてしまうなどの経験は誰にでもある
だろう.Nishimotoらは音声を非同期で録音・再生できるシステムを開発し[84],そのシ
ステムは音声の時間的関係から返信関係を推定してツリー表示する機能を持っているが,
推定された返信関係が正しいかどうかは検証されていない.テキスト・チャット内での時 間的制約については,水上らが2者間での研究において時間的制約によるアルゴリズム を提案[85]し,宮部らは2者間の対話では1分51秒以内に応答が行われる[86]として
いる.
バックチャンネルがフロントチャンネルの影響を時間的に受けていることから,時間的 パラメータに着目することで対口頭対話返信を自動検出できる可能性が予見される.そこ で本章では,対口頭対話返信を自動的に認識させることを試みる.