第1節 本章の目的
戦後の地方財政制度は地方自治法を頂点に地方財政法、地方交付税法の3つの法律を中 心に体系化されてきた。しかし、内務省が解体されると、その調整能力は大幅に低下し、
国が制度化してきた地域政策(以下、「地域政策」と記す)の財源確保に際してしばしば大 蔵省の意向が優先された。その結果、地方財政制度の基本法からは全く乖離した財源保障 の運用が頻発したのである。
1974年に参議院で伯仲国会が実現すると、地方制度では短期間に法律、組織、財源、運 用の見直しが進められた。このことは戦後改革以降放置されてきた「地域政策」に対する 財源保障を修正する手続きでもあった。この変化を象徴する1つが 76 年の地方財政法等 の一部を改正する法律である。同法の成立で国庫負担金の総額決定を国の予算制約に合わ せて調整する規定が削除された。国庫負担金に関する限り、地方財政制度の運用を歪めて きた一般会計の影響を排除することに成功する。さらに超過負担の是正から「地域政策」
の財源保障が概ね実現したことは地方財政制度の基本法に従って関係省庁の地方制度を統 合していくプロセスであった。そして、70年代にある程度超過負担を克服したことは戦後 改革によって導入された地方財政制度が完成の域に到達したことを意味していた。これに よって長らく放置されてきた「地域政策」に対する財源保障が概ね充足されたのである。
実効性を獲得した地方財政制度の基本法の下で、80年度以降ルールに基づく運用が継続 している。基準財政需要額(以下、需要額という)の算定では、算入職員比率が80年度以 降一定に保たれ、国の社会資本の長期計画に組み込まれている地方単独事業の達成率も概
ね100%を超えている。需要額の算定が裁量からルールに移行したことで、地方財政対策
の規模は拡大し、これが頻発する。これらは財政の均衡化を目的とした裁量的運用が失わ れ、需要額の算定がルール化したことを示している。本章の目的は 80 年度以降を対象に 需要額の拡大に寄与したルールに基づく運用を地方制度に則して特定し、需要額拡大への 影響を把握することである。これらの検証によってルールに基づく運用を特定するととも に、80年代以降需要額の拡大をこうした運用が支配していたことを示していく。
さらに需要額と基準財政収入額(以下、収入額という)の連動性についても再検討を行 った。2章では需要額と収入額の相関係数が 80 年度以降も比較的高い水準で維持されて いたことを見てきた。これは収支均衡を目指す裁量制が存在することを示す結果であった。
再検討によって 80 年度以降需要額と収入額の連動性が失われていたことを確認する。こ れらの検討によって、この時期、収支均衡を意図した裁量的運用がほぼ失われていたこと を明らかにする。
第2節 検討の前提
2.1 需要額の算定対象と算定方法
ルールに基づく運用を特定するに当たり、ここでは需要額の算定方法について改めて確
認する。需要額は単位費用と測定単位、補正係数を乗じて算出した。単位費用は地方交付 税法12条3項を根拠に、その額は同法の別表で法定される。測定単位は同法12条2項で、
根拠となる資料のみが法定されている。これに対し、補正係数は同法13条各項において、
設定する係数が決められているが、その具体的な数字は自治省令である「普通交付税に関 する省令」で決定されている。需要額の算定はそれぞれ地方交付税法が根拠であるが、そ の拡大に大きな影響を与えてきたのは単位費用である。この点を留意しながら、需要額の 算定方法について確認していく。
2.1.1 需要額の算定対象
本研究では需要額が「地域政策」を算定していることを前提に議論してきた。このこと をまず確認することから始める。需要額は経常経費と投資的経費、その他の経費の3つに 分けられ、経常経費と投資的経費はそれぞれ道路橋りょう費や高齢者保健福祉費などの款 別費目に分割できる。需要額の個々の算定式は主にこの款別費目ごとの経常経費、投資的 経費で設定され、これらを個別算定経費と呼んできた。99年時点の個別算定経費は表1-7 で整理している。この需要額の算定を詳細に説明している資料に『地方交付税制度解説(単 位費用篇)』(以下、『制度解説』という)などがある。例えば、高齢者保健福祉費について同 書を見ると、経常経費と投資的経費に関して表4-1に示すように細目、細節が設けられ、
それぞれ根拠法を明らかにし、「地域政策」が積算対象となっていることが分かる1)。 投資的経費でもそれぞれの細節に対して法律が割り当てられている構造は経常経費と 同様である。つまり、投資的経費においても「地域政策」がその積算の対象になってきた と言えるだろう。こうした経費に対して、高齢者保健福祉費では経常経費で2種類、投資 的経費で1種類の個別算定経費があり、それぞれ単位費用と測定単位が設定されている。
表 4-1 高齢者保健福祉費の内訳(2000 年度)
細 目 細 節 根拠法
経常経費
高齢者福祉費 高齢者福祉対策費 老人福祉法 高齢者施設福祉事業費 老人福祉法 在宅福祉費 在宅福祉事業費 老人福祉法 高齢者保健費 高齢者保健費 老人保健法 介護保険費 介護保険費 介護保険法 給与改善費
追加財政需要額 投資的経費
高齢者福祉費 高齢者福祉施設費 生活保護法 老人福祉法等 資料:制度解説
1) 『制度解説』に掲載されている法律には地方自治法の別表1~4に掲載されていない法律も ある。1つは長野(1995)の指摘にある組織や運営に関する法律であり、もう1つは法律によ る義務付けがない場合が考えられる。
これらの実態から需要額が積算している事務の太宗は「地域政策」であることが分かる。
この「地域政策」を具体的に把握するには『制度解説』の根拠法と単位費用を構成する積 算基礎を見ていく必要がある。積算基礎は経常経費でしか明らかになっていないため、投 資的経費では分からない。しかも、経常経費の積算基礎も「地域政策」ごとに計上されて いるわけではないから、個々の積算基礎がどの「地域政策」を根拠にしているかを正確に 把握することはできない。しかし、個々の地方公共団体(以下、地方団体という)が独自 に判断して導入する公共事務や行政事務を示す積算基礎は存在しない。このことから積算 基礎が「地域政策」を対象としてきたと判断できる。
2.1.2 需要額の算定方法
需要額の算定対象は、経常経費の場合単位費用から把握できるが、「地域政策」のサービ ス内容や組織体制を反映しているのも主に単位費用である。投資的経費の場合2)には、3章 6.2 項で見たように単位費用からこうした実態を把握できないため、地方財政計画から把 握している。需要額は単位費用に測定単位、補正係数を乗じて得られる個別算定経費を合 算した結果である。補正係数は測定単位を補正するために乗じる係数で、測定単位は事務 量を測る指標である。これに対して単位費用は事務内容やサービス水準などを反映してお り、法改正で「地域政策」の内容が変更されれば、単位費用が修正されることになる。こ の詳細を説明しているのが『制度解説』であり、こうした理由から単位費用の算定方法を
『制度解説』から見ていく。
市町村の単位費用では気候や地形等の制約がない、人口 10 万人の都市を想定し、この 標準団体が行政サービスを提供する際に必要な財源を見積もっている。表4-1で取り上げ た高齢者保健福祉費を例に、65歳以上人口を測定単位とする単位費用の内訳が表4-2であ る。標準団体の事業費を細目、細節ごとに算出したものが「総額」である。高齢者保健福 祉費には使用料、手数料が存在しないが、国庫支出金と都道府県支出金があるから「国庫 支出金等」にはこれらの合計が計上される。総額からこれを控除したものが「一般財源」
で、これを65 歳以上人口である 1.8 万人で割った計数が単位費用に算入されている。標 準団体では人口10万人に対して、65歳以上人口が1.8万人と想定されており、その1人 当たりの費用は6.9万円/人ということになる。
『制度解説』では、単位費用は細節ごとに内訳が示され、総額と特定財源を構成する積 算基礎が把握できる。例えば、高齢者保健費は経費の総額が 3.26 億円、特定財源が0.51 億円となっている。その内訳は課長1名、職員27名の給与費が1.80億円、繰出金が0.04 億円で、健康手帳作成費、訪問相談費などの需要費等も1.33億円見積もられている。これ らの経費を積み上げていくと、総額で3.26億円となるのである。
一方、特定財源は、需要費等のうち、0.76億円分を対象にその3分の1を国と都道府県
2) 事業費補正が適用される「地域政策」ではその経費が補正係数を通じて配分されており、す べての経費が単位費用に反映されるとは限らない。