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未達成の財源保障と需要額算定の裁量制

ドキュメント内 地方制度を介した (ページ 55-99)

第1節 本章の目的とその前提

1.1 地方財政平衡交付金制度における裁量に基づく運用

国が制度化し、地方公共団体(以下、地方団体という)が運用する地域政策(以下、「地域政 策」と記す)に対する財源保障は地方交付税制度が担ってきた。当該制度は地方財政平衡交 付金制度から地方財政計画や基準財政需要額(以下、需要額という)、基準財政収入額(以下、

収入額という)といった財源保障の仕組みを引き継ぎながら、しかしその財源は所得税、法 人税、酒税の一定割合(以下、この割合のことを交付税率という)に限定された。地方交付税 制度の導入は地方財政平衡交付金法の一部改正によって行われている。交付金から税へと 制度の性格を大きく転換する修正を一部改正によって行うことには国会でも批判の声があ った1)。それでも一部改正によって導入が決定されたことは、その目的、使用する方法など に強い継続性が存在していたことに起因する。この継続性は、地方財政平衡交付金制度が 持つ課題を改善した上で、制度としての成熟を高めていくことを選択した自治庁の意図が 背景にあったものと考えられる2)。それほど地方財政平衡交付金制度の運用期間は短すぎ たのであり、従って単に構造のみならず、その運用も継続していた可能性が高い。それゆ え、地方財政平衡交付金制度は地方交付税制度の財源保障に対する運用を理解する上で示 唆に富んでおり、これを概観することから始めたい。

地方財政平衡交付金制度は連合国最高司令官総司令部(以下、GHQという)の指示によっ て導入された地方財政制度である。この制度は「地域政策」の財源を完全に保障すること を目的とした制度であったが、大蔵省が国の一般会計の収支均衡を図るため、平衡交付金 の額を抑制していたことが分かっている。地方財政計画の歳入では住民税で超過課税が採 用されていると一方的に決めつけて過大な見積もりが行われ、歳出では客観的な検証もな いまま地方公務員の給与水準が国家公務員を上回るとして給与関係費の一定額が削減され るといった過少積算が行われていた3)。地方財政委員会と大蔵省の力関係から平衡交付金 の総額は、法律の規定から乖離したこのような方法で決定されていたから、「地域政策」に 対する財源が十分に確保されていた訳ではなかった。そして、制度導入当初は単位費用の 算定方法が法定されていなかったことも手伝って、この地方財政計画の結果から需要額や 収入額が逆算され4)、単位費用も需要額の総額から割り戻して計算されていた。

藤田(1976)は地方財政平衡交付金制度に関して都道府県と市町村の事例調査を実施して おり、その結果から上記の状況を具体的に確認している。この中で地方財政平衡交付金制 度の問題点を5つ指摘しているが、1つは需要額の過少算定で、今1つは収入額の過大見

1) 54年4月5日、9日の衆議院地方行政委員会における門司亮議員の発言参照。

2) 地方交付税制度の導入では全文改正か、一部改正かで自治庁内部でも意見の違いがあったこ とを説明している(石原(2000)68~69頁参照)。

3) 石原(2000)65頁参照。

4) 50年4月28日の衆議院地方行政委員会における床次徳二議員と奥野誠亮地方自治庁財政課 長の質疑を参照。

積りであった。さらにこれらの問題の原因は国によって平衡交付金が抑制されたことにあ ると説明し、地方財政の実態と比べて平衡交付金の総額が過少であること、不安定である ことを問題点として指摘している5)。藤田(1976)は平衡交付金が地方財政の強化に寄与し ていると評価しつつも、「一般財源の増加はあっても、義務的な事業や行政の実施に精いっ ぱいで、自主的、任意的な行政の拡充に手を伸ばす余力をもたない。また交付金は、村民 の租税負担を積極的に低減するほどの効果6)を生んでいない」7)と結論付けている。

これらの指摘から地方財政平衡交付金制度における需要額算定の実態が見えてくる。ま ず、国の一般会計における負担能力に応じて平衡交付金の額が決定され、この額に応じて 地方財政計画が調整されていく。調整された地方財政計画から需要額が割り出され、需要 額を測定単位などから割り戻すことで単位費用を決定する。つまり、支払うことのできる 財源を決定した後、これから逆算して単位費用などの計数を調整したのである。地方財政 平衡交付金制度は、「道府県又は市町村ごとに、標準的条件を備えた地方団体が合理的、且 つ、妥当な水準において地方行政を行う場合又は標準的な施設を維持する場合に要する経 費を基準」8)に、個々の地方団体の財源不足額を積み上げて平衡交付金の総額を決定する仕 組みであった。これにより政府が地方自治を侵害する危険性を排除することが期待された。

しかし、実態は制度の主旨とは全く異なるもので、大蔵省の都合を優先した、極端な裁量 的運用に支配されていたと言ってもよいだろう。従って、「地域政策」に対する財源保障は この時点では全く充足していなかったと見るべきである。

1.2 地方交付税制度の運用主体

地方財政平衡交付金制度では大蔵省の影響力が大きく、自治省より大蔵省が平衡交付金 の金額決定に対する主導権を握っている9)。この意味で大蔵省による裁量的運用が実施さ れていた。これに対して、地方交付税制度は地方財政平衡交付金制度の構造をそのまま引 き継いでいるが、地方交付税の財源(以下、交付税財源という)を法人税、所得税、酒税の一 定割合とした点が異なる。しかし、この変更によって地方交付税制度の運用主体は大蔵省 から自治省に移行し、自治省が地方交付税制度を裁量的に運用していた可能性が高い。運 用主体が自治省と大蔵省では結果に対する解釈が全く異なるから、ここではこれらの点に ついて確認していこう。

地方財政平衡交付金制度では需要額や収入額を操作することで平衡交付金を削減でき

5) 藤田(1976)316~318頁参照。

6) GHQの戦後改革によって零細な町村の租税負担は拡大していた。例えば、55年の『国の予

算』は義務教育による財政負荷が町村に深刻な影響を与えていたことを示唆している(同書の 130頁参照)。

7) 藤田(1976)318頁参照。

8) 地方財政平衡交付金法14条、52年以降2条7号の単位費用の規定参照。

9) GHQが米国政府に提出した報告書には大蔵省の地方団体に対する役割が記されている。こ れによると、地方税、地方予算の調製、地方債発行に関しては大蔵省にも権限がある(自治 大学校(1960)117頁参照)。大蔵省設置法4条19項はこの権限が戦後も継続していたことを 示しており、このためこれが強力に行使された結果と解釈すべきかもしれない。

たため、大蔵省は地方財政計画の策定に介入して歳入を過大に、歳出を過少に算定してい る。しかし、地方交付税制度では収入額を過大にしても国が負担する地方交付税の額は減 少しないから大蔵省が収入額の算定に介入するインセンティブは明らかに低下する。需要 額でも過少見積もりによる財源の減少が発生することはないから、需要額の算定に対して も大蔵省の介入は著しく低下することが予想される。

一方、地方団体の場合、この総額決定方法を導入すると、地方交付税の交付団体と不交 付団体で異なる思惑が生じる。不交付団体は需要額を適切に算定することを要求するだろ うが、地方団体の太宗を占める交付団体は需要額の過少積算をむしろ支持するかもしれな い。需要額が適切に算定されれば、財源不足額は増加するから交付団体は確実に増える。

財源が一定である以上、交付団体の拡大は割り当てられる地方交付税の減額を意味する。

この方法は従来地方交付税を受け取っていた地方団体や、受け取る可能性のある地方団体、

その可能性がほとんどない地方団体で対応が異なる。従って、この制度変更には地方団体 の意思統一を図ることを難しくする効果が期待できる。恐らく収入額の算定でも同様の効 果をもたらすだろう。地方財政平衡交付制度では、需要額算定を適正化すると平衡交付金 が増加するため、地方団体にとって統一要求となりえたが、新たな総額決定方式を導入す ることで、これを分断する効果が発生していた可能性がある。

地方財政平衡交付金制度は大蔵省が主導権を握り、裁量的にその総額を決定していた。

これが地方交付税制度に移行し、新たな総額決定方式を導入したことで、大蔵省による制 度介入のインセンティブは著しく低下したと考えられる。地方財政平衡交付金制度では強 硬な姿勢を示していた地方団体も統一的な要求行動は難しくなる。制度に積極的に介入し た大蔵省と地方団体の双方が地方交付税制度への関与を低下させれば、相対的に自治省の 影響力は高まる。地方財政平衡交付金制度では、コントロール権限が大蔵省に付与されて いたが、地方交付税に移行すると、この権限は相対的に自治省に移っていく。地方交付税 制度への移行を理論的に捉えてみると、地方財政平衡交付金制度で大蔵省が裁量的な運用 を行っていた段階から、自治省の運用、あるいは自治省による裁量的運用の段階に移行し たことを示唆している。これが地方交付税制度に移行した効果であると言えるだろう。

1.3 先行研究の整理

需要額の算定を議論している先行研究で、地方財政平衡交付金制度との関係を詳細に扱 っている研究はほとんどない。財政史の視点から藤田(1976)や石原(2000)は地方財政平衡 交付金制度や地方交付税制度の需要額算定に言及している。ただこれらも需要額の算定を 比較分析しているわけではない。このため、需要額の算定に関する先行研究は多くが地方 交付税制度のみを扱ったものとなっている。

地方交付税制度に関する需要額算定の先行研究には貝塚・本間他(1986)、中井(1988)、古 川(1995、2005)、石原(2000)、東(2000)、宮島(2001)、赤井他(2003)、井堀他(2006)などが あり、それぞれ異なるアプローチから需要額の算定を扱っている。貝塚・本間他(1986)と 中井(1988)、井堀他(2006)は市町村の需要額を回帰分析を利用して検証し、古川(1995)は

地方団体の需要額の実績値を費目別構成比等から経年的に分析している。また、石原(2000) は所管省庁の立場から政府の公式資料を整理しつつ、需要額の運用等を議論し、東(2000)、

宮島(2001)、赤井他(2003)は需要額算定の裁量的運用を扱っている。東(2000)と宮島(2001) は需要額と収入額の相関性を指摘しており、赤井他(2003)は破綻しそうな地方団体を救済 するため国が需要額を裁量的に拡大させてきたとして需要額の膨張を説明している。

これらの先行研究のうち、実際の制度を考慮した分析としては古川(1995、2005)があり、

ここでは補正係数の経年変化なども扱っている。また、貝塚・本間他(1986)、中井(1988)で は計量分析を行う際、測定単位などに配慮して説明変数を決めるなど、制度を考慮した分 析も行われている。しかし、比較的制度を扱っている古川(1995、2005)でも補正係数など の推移を検証しているに留まっており、この分野の研究の嚆矢として地方交付税制度にお ける運用結果とその変化を広範に提示することが目的であったと考えられる。

一方、裁量的運用を扱っている東(2000)、宮島(2001)、赤井他(2003)では地方交付税法に 基づく運用は検証対象ではなく、裁量的運用をそれぞれ特定して議論したり、検証したり している。この中で東(2000)、宮島(2001) (以下、東・宮島論文という)は需要額と収入額の 連動性を指摘し、特に宮島(2001)は需要額と収入額の対前年度伸び率を散布図にしている が、これには明らかに相関が存在している。東・宮島論文は需要額全体が拡大してきた理 由を端的に説明しているが、ともに地方交付税制度を主なテーマとしていないため、この 指摘も十分な検証が伴ったものにはなっていない。需要額が収入額に則して決定されてき たのであれば、需要額の拡大は収入額に依存してきたことになる。それゆえ、需要額の算 定を理解する上でこれらの関係をさらに検証することは十分に意味があると考えられる。

1.4 本章の目的

地方財政平衡交付金制度は個々の地方団体における「地域政策」の財源不足額を完全補 填する財源保障制度であった。完全補填できるだけの財源がないために大蔵省が制度に介 入し、需要額や収入額を裁量的に決定していた。こうした運用が地方団体との間に軋轢を 生み、混乱を招いたことから、この完全補填を放棄し、国税3税の一定割合を財源とする 地方交付税制度に移行したのである。地方交付税制度は完全補填を放棄したものの、「地域 政策」に対する財源保障機能は維持したため、地方交付税法に6条の3第2項を追加し、

長期的な観点からは財源保障機能が維持できるように修正された。

地方交付税制度に移行して需要額算定のコントロール権は自治庁に移動していた可能 性は高い。しかし、「地域政策」の財源が不足していたことは地方交付税制度に転換しても 本質的には変わらない。それゆえ、地方財政平衡交付金制度で採用されていた裁量的運用 が継続していたことが考えられる。東・宮島論文では需要額と収入額の長期的な連動性を 指摘しているが、この連動性は収支が極端に不均衡にならないから需要額の算定方法とし ては有効かもしれない。極端な不均衡が生じれば、地方財政平衡交付金制度と同様に国と 地方の深刻な対立に発展する可能性もあっただろう。従って、収支均衡を確保しうる東・

宮島論文の結果は地方交付税制度の運用を説明できるかもしれない。このため、本章では

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