越 の 意 義
華厳本経より見たる華巌哲麟?と題し︑其の大要を説明するのであるが.今華厳本経と一再ふのは.六十容の大華巌離 を指して居るのである︒華巌躍に新奮二語の存ずる中︑特に六十唱の奮語大華巌経を︑本研究の中心とする所以は.
爾語の封比研究から明かなるが如く︑奮罷は新語に比し︑未だ整備吐ダ﹂る貼を有し︑叉其の重要部分に於いて︑多少 扶けた賠は存するのであるが︑其の器文の優麗文服の明確なる賄︑宗教書として哲閣申書として︑示唆するカ甚だ大 怠るものあり︑漢語せられたととによって︑原意を一層深めたるの観あり︑只最初の大語として︑事者が多く之を依 用して来たと一五ふ理由許りではない︒此の賠から敢て本研究の中心として︑此の程乞依用ぜんとするのである︒次に 特に華蔵本経より見たる華厳哲組?と題する所以は何鹿にあるかと一再ふに従来華厳哲皐とは︑彼の智償法蔵等の諸大 師の説く十玄践起無碍法門と云ふ︑十種の範曙によって説明せられたる率的組織を意味して来たのである︒然し︑彼
の智償法臓等の諸大師が︑か
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る準設を組織するにしても︑華巌大経︑特に六十省大華巌経に基いて︑此の準設を立て られたのである︒して見れぽ︑六十各大華巌魁の中︑何れの酷を根底として︑かふる闇申設を立てられたのか︑即ち十
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玄縁起無碍法門と一五ふが如き感設は.大経中の何れの賠に依って出て来たか︑固より爾大師等の愚設によって︑業の 最後の目標たる人生観世界観の虞相を把握すれば事足ると一五へぽ一一際中んではあるが︑然し︑事皐術の分野に於いては
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ふる畢説の根本義が︑如何たる賠に淵源し︑如何に稜濯して来たか叉内容が如何に展開して来たか友明かにし
其の異相を知るととは.最も重要且不可眠たる仕事である︒而して︑かaふる努カの結果に於いてとそ︑業所に人生観
たり世界観・たりの異質の意味が︑更に明かに把握ゼられるととにたるのである︒故に︑敢て此の疑問を解かんとしたの が今の研究である︒・択に従来の研究方法を一民ふと︑屡華隈本経を飴り震を・?に華巌事を説いて居先様ゑ賠もあった︒従 って原典そのものの研究に就いては︑多少足らざる賠の存したととは避けられゑいのである︒故に余は寧るより原本 的たものに向︒て謹むととを心掛け︑党原典との封比研究から.本経を解るまで寵みとゑさうと努力したのである︒
余の研究方法己にかくの如くでるって︑一に本経を封象とし︑其の中に汲み得︑其の中に鷲見せる畢設を説明する賠
たる
十種
の範
噂︑
に就いて︑特に華巌本経より見たる華厳哲嵐?と題したのである︒然し−ながら︑巴に述べたるが如く︑華巌哲撃の根本
十玄門の原形左探るにあるのであるから︑差首り今は其の根本思想の設明︑乃至其の理解では友
ぃ.即ち其の純粋哲嵐ずではたく.其の準設の形式を求めて居るととは勿論である︒
二︑大華厳経の目的
然らば︑先づ.大華巌経の目的は何所にあるかと一足ふに︑二様に考へるととが必要である︒其の一つは︑原始的な 目的︑即ち華巌回申徒が考へて居る原本的注目的で︑
之は卸ち十地である︒
に︑菩薩が十大願を起し︑十波羅蜜を修行する菩薩修詮の道程を︑十階段に組織したものであって︑之は菩塵として
の備の一生の経歴を十匝分にして表して居る︑所謂十大事巴白血
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然らぽ十地とは何ぞやと一E
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要する
である︒而して︑之は叉菩薩としての
悌のみに限らや・纏て備の如くならんとする.勤求菩提の一切の人々︑菩提薩撞のそれでもある︒従って華巌経の目 的乞かく見る時は︑経題としての華巌の思宮ゐ吋回目白なるものは︑西域の一種の控巌具︑邸ち幾重かの階段を有する 一の巌具によって示さる与が如く.之はる一︿段階的なものを去すとととなり︑話口薩行の戎第して修謹する謹に名づけ られるととは︑一躍正しき設を方であるだらう︒市して︑之はの
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の語義を二一言語率的に説くものとして
は正しきものに相還ない︒然し訟がら︑凡そ経題は一経の杢内容を短的に表現するととを目的とし法華経と共に此 の経の題目は全く属大たる書店職である.従って表面に表れた洩略の意義の外に︑業の奥底に存ずる深蹴の本義を探り 金躍としての︑異寅にして根本的た意義を解せる上に於いて︑其の異質の意義を付せねぽたらぬのである︒かくの 如くにして︑華巌の
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−を只段階的注意義のもの位に取り置くととは︑起源と幾多の護謹と佐内蔵する︑か
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る大警鴎の経題乞五解する所以ではないと思ふ︒然らぽ其の異質義は如何と云ふに︑成る程︑華巌皐徒が長い間に
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に述作した︑各々の経設から一足へぽ.上述の如き原本的注意義でよい︒然し︑之等の諸の述作を集成編述して.
一個の性格を兵へた一大経典として終つては︑原本的友目的は決して失れて怒った理ではないが︑自ら其の重賠とす る所は襲︒て来たのである︒然らぽ何う嬰ったかと一区ふに.最初︑苫口一陸選としての十地を設くととから︑此の十地の 中の最後位たる第十地に於いて菩躍最後の智境界左説くととに襲って来たのである︒菩薩最後位の智境界とは何か と一足ふに︑其れは所調蓮華蔵世界である︒即ち十地を説くととから之笠通過して︑詮入すペき最後の畳の境界を詑︿
ととに︑業の目標が嬰って来たのである︒目標がか主うに移動して探ると︑華践は即ち雑華巌節︑雑華を以って巌飾 せられたるもの︑即ち蓮華蔵世界の義に外怒らたい︒故に華巌経とは︑所謂雑華を以って巌飾せられたる︑蓮華顕世
界を説く経典と一広ふととになるのである︒
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三︑蓮華蔵世界の意義
蓮華戴世界とは︑叉蓮華蔵珪巌世界