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この 14 項目の額面通りの取り組みを行うのではなく,その趣旨を熟慮し,自社の属する業界や規模,地域特性な どと総合し,対応を工夫すべきである。

Ⅵ 結 論:和歌山県下事業所の CSR 経営の発展と普及に向けて

本書は,社会的責任経営の国際的制度というべき

ISO26000

の理解度や適合度を目安に,和歌山県下に所在 する事業所の

CSR

経営の状況を調査し,その特徴と課題,そして問題解決の一端を提示してきた。調査前の見 立てでもあり,実証すべき仮説として以下の課題を設定した。それは地方都市の中堅・中小企業とはいえ,日本 企業は,意図してか,意図せずしてかにかかわらず,ISO26000 の求める

CSR

課題に,一定程度には取り組んで いる。しかしそれを

ISO26000

に適合している,もしくは

CSR

活動に取り組んでいるという自覚は稀薄で,かつ諸々 の

CSR

課題に個々別々に取り組むのではなく,CSR 諸課題を統合し,組織の意思決定の枠組みに組み込み,

ルーティンもしくはオペレーショナルに対処する「CSR のマネジメント」という次元には至っていない,というもので あった。

146

社の質問票に回答してくれた事業所のデータの集計と分析の結果から指摘し得る,和歌山県下事業所に

おける

CSR

経営の状況は,比較的以前から

CSR

の問題として提起されてきた課題で,法的に対応の求められる 事項には,総じて対処し得ていたが,近年になって急速に問題視されだした課題への対処は途についたばかり であった。また

CSR

経営としてそれらの従来からの課題にコミットしているというよりは,コンプライアンス事項として 取り組んでいるというのが実情であろう。

CSR

という用語や概念については,比較的多くの事業所に浸透していたのに対して,調査時点では

ISO26000

の存在や内容に関しては,認知度がそもそも低かった。ISO26000 の存在やそれが

CSR

課題として提起している 諸課題を承知していないにもかかわらず,多くの事業所がルーティンに行っている慣行が,ISO26000 が求める課 題に合致しており,146 社の殆どは妥当な取組実績を示していた。

しかし,より高度な取り組みとして,CSR 諸課題に組織的にオペレーショナルに取り組むという次元でのコミットは 芳しくなかった。諸々の

CSR

課題に個々別々に取り組むのではなく,それらを統合し,組織の意思決定の枠組み の中で体系的,継続的にコミットする,CSR のマネジメントという取り組みは,全体的にも低調で,その実績は主に 県外に本社を置く,全国規模に事業を展開する,従業員も資本金も巨大な事業所に牽引されていた。

こうした現状を改善すべく,ISO26000 の考える社会的責任経営の諸原則を参考に,CSR のマネジメント機能を 向上させる方法を提示した。それはきわめて一般的なものではあるが,調査の集計・分析と

ISO26000

を指針にし た場合,合理的な提言であると考える。

本書は報告書であるとはいえ,学術的な調査研究である以上,実証すべき仮説を設定し,その検証を試みるこ

とに主眼を置き,質問票や調査方法を設計,実施した。しかし本質的な関心は和歌山県下の

CSR

経営の特徴を

客観的に抽出し,現状を浮き彫りにすることにあった。そしてその解決とまではいかなくとも,緩和・改善の術を提

示することに努めたつもりである。実証結果に関しては,様々な分析結果を総合した解釈に依存しており,その妥

当性については第三者の判断を仰がなければならない。しかし,146 社を対象として明らかにした和歌山県下事

業所の

CSR

経営の現状や特徴に関しては,客観的分析手法に基づく,客観的な結果の集積から語られたもので

あり,傾向や特徴を,一端に過ぎないとはいえ,浮き彫りししていると思う。われわれの知る限りではあるが,和歌 山県下を対象にした,この種の調査ははじめてであり,調査データや分析結果は貴重な資料になるであろう。こ の点が本書の一番の貢献かもしれない。

その意味でも,本調査に惜しみない協力を提供してくれた,和歌山県経営者協会と事務局の和田好史氏,津 田 健氏に厚く御礼を申し上げる。また本書の完成が当初の予定よりずいぶんとずれ込んでしまったことをお詫び する。本書の分析結果は

2012

11

月前後の現状を抽出したものである。その後,経営者協会やその他の経済 団体,業界団体などの尽力により,諸々の和歌山県下の事業所における

ISO26000

に対する認識度もおそらくは 格段に高まっているであろう。現に質問票においては,「CSR や

ISO26000

に組織的,本格的には取り組む必要 性を感じていない」と回答していた県内資本の事業所が,CSR 経営に本格的に取り組みだした。その理由や動機,

そしてどこまでを目指しているのかは不明であるが,ISO26000 や

CSR

経営を対岸の火事として静観し得ない時 代であることに多くの県内事業所も気づき出したのであろう。

わずかであっても本書がそうした事業所の一助になれば幸いである。社会への知の還元を使命とする研究者と して,社会的責任経営の発展に,そしてそうした難題に果敢に挑もうとする地元の事業所に,貢献する意欲と用 意はある。とりわけ地域に根付いた地場の事業所の

CSR

のマネジメント次元の取り組みの向上に対してである。

そのためには本書の分析結果や改善策を,更なる検証によってより精緻化させなければならない。

本調査は元々,定量分析だけではなく定性分析によって,CSR を触媒にしたイノベーションのプロセスの探求を 射程にしていた。CSR 活動にコミットすることに伴う,コスト増をいかに吸収するか,またそこから(CSR に取り組む こと)企業・経営革新にいかに接合するのか,を明らかにすることをである。質問票調査はそのヒアリング調査の対 象を発見するためでもあった。和歌山県下事業所全体の一般的な

CSR

経営の状況を明示し,そこに見いだせる 総論的な

CSR

経営のプロセスを提示することも意義あることであるが,一般からははずれた特異な事例に見いだ せる社会的責任経営の実現メカニズム,少なくとも

CSR

活動に起因するコスト増を吸収し得る仕組みや工夫を明 らかにし,その汎用化を考えることも

CSR

経営の普及・発展には有益となろう。本調査の集計や分析結果を手掛 かりに,こうした定性研究に着手することが喫緊の課題となる。

ところで

CSR

経営は,ISO26000 をも含め,多くの

CSR

課題に合致したり,それらを提起するステークホルダーの 要請や要望に迎合することではない。しかし理論的に

CSR

経営は,そのあり方として,益々ステークホルダーへ の対応を指向し,かれらの要求を満たす行いを推奨する傾向にある。それこそが

CSR

経営の本質であり,究極の 目的であるかのようにである。ステークホルダーグループごとに,対応すべき課題を設定し,その課題への対処実 績,つまりステークホルダー・パフォーマンスのマネジメントを

CSR

マネジメントと捉え,そのパフォーマンスの良し 悪しを改善や管理の対象にする。ステークホルダー満足の高低で測られるステークホルダー・パフォーマンスの マネジメントを

CSR

経営と捉える(Clarkson 1991,1995a,1995b; Clarkson Center for Business Ethics 1999;水尾・

田中 2004;小山 2011)。それは諸刃の剣である。ステークホルダーの要求や満足は必ずしも社会の発展や公益 にかなうとは限らない。むしろ偏った共益を助長し,CSR という概念や行為を徹頭徹尾忌み嫌ったミルトン・フリー ドマンが危惧した,公共空間の浸食を招きかねない。それを回避する

CSR

経営を実現するために,かれの

CSR

批判にも真摯に耳を傾ける必要がある。

ISO26000(やその他のCSR

経営の制度,指針,ガイドラインの類いもおそらく)は,直接的にではないにしろ,か

つ意図したことではないにしろ,このステークホルダー指向のマネジメントを助長する危険がある。ISO26000 の課

題領域やその課題項目にはそれぞれ相応のステークホルダーグループが想起される。実際に

CSR

課題を提起 するものその課題にかかわるステークホルダーである。ISO26000 は企業組織のみでなく,あらゆる組織体を対象 とした社会的責任経営を標榜することから,その

CSR

課題領域の中に,株主や所有者を対象にした課題がない。

事業体の所有構造は

CSR

経営の実行力を左右する重大な要因であるにもかかわらずである。

多様なステークホルダーの,多数の要望事項ごとに対応することは,膨大な労力を要する。経営資源の乏しい 中小企業には過大な役になる。そもそもステークホルダーごとの要請や特定の課題に合致,適合することが

CSR

経営の目的でも本質でもない。

CSR

経営の特徴である,抑制と制御の意思決定は自己犠牲を前提にした他者のためではなく,自己の目的達

成のためにある。ステークホルダーの要請やルールに規定された文言に安易に迎合するのではなく,時には自 制の下で対峙を厭わないことが重要である。頭の中の構想ほどたやすくはないであろうが,その対立が

CSR

を触 媒としたイノベーションの入り口であり,その超克のためにステークホルダーとの協働が必要となる。したがって,

ステークホルダーのマネジメントは

CSR

経営の目的ではなく,手段もしくは前段に過ぎない。ステークホルダーの 要請への対処や満足度向上は,その協働の前提であったり,報いである。報いである以上,企業組織は対価を 得なければならない。そのために自己の行動原理や欲求,衝動に基づく判断の制御や抑制を必要とするのであ る。ただしそこでは,当事者同士の益のためではなく,その当事者を内包した,より広い関係性,つまり社会の秩 序や公益にも,自由とフェアネスの精神に基づき心を配らなければならない。

いかなる次元の取り組みであろうと,CSR 経営の実践においては,こうした陥穽にはまらないよう戒心することを

諭告しておく。

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