緊急・避難時における不登校児童生徒への対応と役割
5 調査結果
1 平常時:事前の危機管理(未然防止の対応):危機管理マニュアル ①防災リテラシー(13)の育成:災害(津波)教育
白銀中学校には市教委による危機管理マニュアルがあり、津波の想定はしていなかったものの 火災や地震を想定した避難訓練は行なっていた。
適応指導教室では、避難訓練を参加可能な児童生徒で行なっていたが、津波についての防災教 育は実施できていなかった。今後、防災教育についても学校等と連携しながら検討していきたい とのことだった。
KATEKYO 学院は危機管理マニュアルはなく避難訓練を実施していなかったが、震災後にマ ニュアルを作成していた。ウイング高等学院は危機管理マニュアルの作成や避難訓練も大事だ が、実際に子どもを守ることの方が大事だと考えている。それは、避難訓練をすれば実際に人が 救われるという保証はないという発想にもとづく。むしろ、より大事なのは施設管理者の責任意
識、子どもを守る強固な意識、実行力が大切だとされていた。公的な施設はシステムで子どもを 守り、民間の教育施設はシステムだけに頼ることなく、平常時から子どもを守る対応が重要であ るとの認識であった。
②安否確認連絡体制と管理責任
湊中学校では、不登校生徒であっても在籍している以上、管理責任があるという認識だった。
具体的には、学級担任又は心の相談員が電話や家庭訪問で毎日安否確認している。また、電話や 携帯電話で連絡がつかない場合には、家庭訪問をして安否確認をする。退職教員からなる心の相 談員は校長や学級担任に近況を報告し、生徒を家庭から学校まで連れてくる場合がある。
管理責任について別の考え方として、生徒が校地内にいる場合とそうでない場合とで分ける考 え方もある。つまり、生徒が校地内にいる場合は学校に全責任があるが、校地外にいる場合はそ うではないという考え方である。さらに細かく見ていくと、休日でも部活動中であるならば管理 責任はある。また、不登校生徒の情報は地域の民生委員にすべて出していたということだった。
一方、適応指導教室は、通室は保護者による送迎が原則で、その間については保護者の責任で あるが、施設内の責任は適応指導教室が負うことになっている。また、欠席の連絡は保護者から することになっていた。
次に、KATEKYO 学院については、安否確認の連絡体制は震災時は未整備だった。一義的に は親に責任があるという体制で臨んでいたためである。現在では連絡体制を整備している。
最後に、ウイング高等学院では、院長が身をもって子どもを守るという対応を取っている。安 否確認体制や防災マニュアルは、それらを整備すること自体が目的になってしまってはならない という考えを持っている。
2 災害時:緊急事態発生時の危機管理
①避難場所と避難ルートの安全の確認
2011年 3 月11日14時46分、巨大地震が発生し、停電した。
白銀中学校ではハンドマイクで「素早い避難」ではなく校内待機を指示した。なぜなら、校舎 裏の石垣には倒壊の恐れがあり、一方で、十勝沖地震後、校舎では耐震改修が行なわれており、
また、高台に位置しているので津波の危険も低く校内の方が安全と判断されたからだった。この 判断は校長の独自のものであった。
また校長は避難行動マニュアルの詳細を把握していたものの、実際の被災直後にはそれに目を 通すのではなく、自分が実際に経験したチリ地震から得た知見をもとに素早く、また適切な判断 を下した。
ただし、校長はマニュアル自体にも一定の意義を認めており、たとえば、現行マニュアルは津 波を想定していないので、作りなおす必要があると考えている。
適応指導教室では、この日の下校時間が12時30分で、地震発生時は既にすべての通所者は下校 していた。したがって避難させるということもなかった。避難場所については、今後に示される 市の防災計画に従って確認するとのことだった。
KATEKYO 学院では、揺れが激しく立っていることもできず、どうすることもできなかった という。建物から出ないで机の下に隠れ、揺れが収まるまで待った。本部(長野県)から連絡が あったのも22時30分過ぎだったという。これまで防犯・防災マニュアルを作ったことはなかった が、作成するよう本部より指示を受けた。そこで、事務局責任者(教室長)が教師・生徒を最低 限、管理する程度のものを、A4 版 2 頁を作成した。
マニュアルでは、教室は八戸城本丸の跡地で高台にあり津波の心配はないが、他の災害を考慮 して避難場所を教室前の市役所前広場としている。
さらに、不審者対策として午後10時以降の玄関施錠、さすまたを用意し、懐中電灯、消火器、
梯子の位置確認をした。今後も避難訓練は予定していないが、防災マニュアルは大事だと思って いる。組織として、少なくとも本部には、防犯・防災についての専門的知識の蓄積が必要である
緊急・避難時における不登校児童生徒への対応と役割
と考えられる。
なお、ウイング高等学院については、上記のとおり緊急時の院長の現場力を重視するという考 えから防災マニュアル等の整備や防災訓練などは考えられていない。
②安否確認
白銀中学校では、地震発生当日海沿いの家庭の生徒は、保護者が迎えに来るまで学校に留め置 いた。最後の保護者が迎えに来たのは20時頃であった。それ以外の家庭の生徒は、教員が引率を して15時30分頃に町内別に下校させ、帰りに不登校生徒宅に寄って安否確認をした。在校生、約 400人中、親の迎えを待っていたのは約70人であった。
適応指導教室では、通電後ネットや電話で学校からの安否連絡を受ける体制をとっており、ま た、そもそも、教育委員会が学校ベースで通所者を含む児童生徒の安否情報をとりまとめること になっているので、学校と連携しながら安否の確認をしている。
KATEKYO 学院は停電の為、電話が繋がらず信号が止まり渋滞していたが、各先生が子ども を家まで送っていった。しかし、保護者の側も迎えに教室に向かったため、すれ違いとなった例 もあり、その場合、家庭に保護者が不在のため教室に戻ってきた生徒もいる。この様な電話連絡 がつかない場合を想定し、安否確認方法を事前に家庭に連絡すべきであったという。
一方、ウイング高等学院は前述したように安否確認も大事だが、第一に子どもを守ることであ るとの認識を示した。
3 事後の危機管理
①児童生徒のメンタルケア(トラウマ、グリーフ、心的外傷性ストレス障害等のケア)
湊中学校は平常時から臨床心理士、カウンセラーとの面談体制があるが、要望はなかった。
適応指導教室はメンタルケアについて通所児童生徒だけでなく広く窓口を開いており、教育委 員会八戸市総合教育センターとして、市内小中学校の児童生徒についての「心の健康調査」を行 ない、状況の把握と支援にあたった。支援にあたっては、東京学芸大学の小林正幸教授や臨床心 理士からの情報、阪神淡路大震災・新潟県中越地震のデータを参考にしたという。
KATEKYO 学院とウイング高等学院は臨床心理士や精神科医師によるケア対応体制はなかっ たが、公的機関である学校や八戸市総合教育センターが受け入れ体制を整えている。
学校で「要望がなかった」ことはケアが必要な生徒がいなかったと素直に捉えると不幸中の幸 いだ。しかし、いつ起こるかもしれない緊急事態での事後の子どもを守る大切な対応の一つとし て保護者や生徒へその存在とその利用方法の周知をより徹底する必要があるであろう。
②震災直後の不登校児童生徒の状態
湊中学校の学区では、不登校気味の生徒が避難所で生活している間は、登校したというエピ ソードがあった。
③避難所・近所の人々の手伝い
適応指導教室の指導主事によると、不登校児童生徒であっても、地域や避難所での役割が明確 になると、子どもたちに自分の居場所ができ、外に出る機会、すなわち社会と繋がる機会となり 自信に繋がる場合があると考えられるという。家庭に引きこもっている不登校児童生徒にとっ て、とにかく家庭の外に出ることは、社会に結び付く大きな第一歩であり意義があるという。
4 その他
①コミュニティ・ネットワーク(地区の町内会・自治会・防災組織)
2011年度、湊中学校と消防と大がかりな訓練をすることができたが、町内会長に町内の子ども の顔を知って貰う機会はなかった。赴任後の湊中学校と地区防災組織の連携は発生前にはなかっ た。しかし、発生後校長が中学校と地区の防災組織との連携を呼びかけた。もともと湊地区は地 域が子どもを育てている認識があるので、すぐに地区の防災組織の協力が得られた。今年10月 5 日には共同で避難訓練を行なう予定であり、今回の訓練で町内会長に町内の子どもたちの顔を確