筆者の調査当時、FLP香港のメンバーたちは、香港の香港島中心部にあるヴィクト リア公園において、月に二度、午前10時から2時間ほど、定例ミーティングを開催し ていた。通常の流れとしては、まず、リーダーが開会を宣言したあと、イベント開催 や月刊ブレティンの編集などについての事務連絡にて情報の共有を行い、その後、月 刊ブレティンに掲載されたメンバーたちの投稿作品を相互評価する。その後、礼拝を はさんで皆が持ち寄った昼食をとり、解散したあとは、メンバー各自が、ヴィクトリ ア公園のすぐそばにある香港中央図書館に移動してブレティン編集作業を行ったり、
同郷の友人たちと待ち合わせたり、週末の個人的な買い物を済ませたり、インドネシ
アに送金や荷物配送の手配をするなど、色々な個人的な用事をすませる。また、香港 の公定休日(IDWにも休日となる)である旧正月やクリスマス、メーデーなどが近づ くと、気の合うメンバー同士で映画を見たり、ショッピングモールや現地の観光スポ ット、テーマパークに遊びにいくこともあった。
定例ミーティングに毎回出席し、参与観察を行ううちに、筆者は、FLP香港がヴィ クトリア公園でミーティングが行うのには、それなりの理由があることがわかった。
まず、イスラーム文学創作を活動の目的とするFLP香港は、香港内にある灣仔(ワン チャイ)と尖沙咀(チムシャーチョイ)、九龍(カオルン)にあるモスク、イスラミッ ク・センターなどでもミーティングを行うことができるはずなのだが、これらのモス クは週末には混雑し、落ち着いてミーティングをするのが難しい場所である。その点、
ヴィクトリア公園は、香港全域でも最多のインドネシア人が休日に集まる場所であり、
ゆったりした敷地内部には樹木や植物が植えこまれ、たくさんの訪問客がいても、互 いの距離を気にせずに過ごせるようなデザインの工夫がなされており、腰を据えた議 論が必要なミーティングも比較的やりやすい。また、ヴィクトリア公園は、近隣に FLP香港の活動に関連する商品やサービスを入手できる場所が多くあるだけでなく、
友人などとの待ち合わせにも非常に便利なロケーションにある。たとえば、香港イン ドネシア領事館や、インドネシア洋品店などが軒を連ねるシュガー・ストリートは徒 歩圏内にあり、月刊ブレティンの編集のためにすぐ近くの中央図書館を利用したり、
ブレティンの印刷のために、トラムに乗って灣仔の格安カラーコピー店にも簡単に足 を延ばすことができる。このように、週休が1日しか取れないメンバーたちが効率的 に日曜日を過ごす上で、ヴィクトリア公園で定例ミーティングを行うのは、実利的な 選択であるといえる。
写真:日曜のヴィクトリア公園とIDW(2008年)
ヴィクトリア公園は、5.6ヘクタールを擁する香港最大の公園のひとつであり、東 京でいえば、上野公園のような場所である。香港島中心部にあるロケーションの良さ のせいで、商品見本市やコンサートなどの多彩なイベントが開催されており、家族連 れから観光客まで、さまざまな人間で常ににぎわっている。このような用途に合わせ、
公園としての設備は整っており、バスケットコートやテニスコート、プールなどのほ かにも、広く入りくんだ遊歩道や食堂、ベンチやテーブルなどを備えたあずまやなど がある。トイレも多く、清潔に保たれており、常時、清掃員や警備員などが巡回して 維持管理を行っている。メンバーたちはインドネシア人のたまり場となっていいるこ の公園にどのような設備があるかをよく知っており、日曜はとくに混雑する公園内の 大通りやレストランなどのスポットは避けて、人目にあまりつかないような位置にひ っそりと建っているテーブルとベンチを備えたあずまやを定例ミーティングの場とし
ている。このあずまやの横にはトイレもあるため、用便を足すほかに、食事の前後に 簡単に食器などを洗うのにも使用される。また、礼拝の際には手と顔面のほかに足を も清めるイスラーム教徒には、他人の目を気にせずに水道を使えるトイレを確保する ことは、非常に重要である。なぜなら、香港の公共トイレでは、水道に足を入れて洗 うことは蛮行とみなされ、罰金を取る旨が明記されているとこも多いことから、香港 在住のインドネシア人は、礼拝の前にトイレの水道で体を清める際にこの規則によっ て罰せられることのないように、できる限り目立たないトイレを探そうとするからで ある。
このように、地理上、社会活動上、そして宗教上のすべての面から、ヴィクトリア 公園は、FLP香港とそれ以外のIDW社会運動グループにとって理想的な集合場所であ るといえる。メンバーのIRは、ヴィクトリア公園を「家(rumah)」と表現した。
ヴィクトリア公園は、私たちの「家」みたいなものなの。だって、そこに行けば、み んなに会って、色々と心の内を話すこと(curhat)ができるから・・・13
家事労働者として、雇用者の自宅にて住み込みで働くことを強制されている香港の 外国人家事労働者は、香港では自分の自宅スペースがなく、インドネシアでのように、
気軽に友人を自宅に招くことができない。そして、インドネシアにおいては無数に存 在しているモスクも香港では比較的少数であることから、友人たちと過ごしつつ、食 事や礼拝を休日にまとめて効率に行うための動線を確保するために、ヴィクトリア公 園はいわば自宅の代用としてIDWには認識されている。換言すればこれは、雇用者の 親密圏にて親密性労働を請け負う家事労働者女性たち自身が、雇用者宅での住み込み を強制されているがゆえに自分自身の親密圏スペースを奪われているからこそ、休日 にたまり場を形成して社会活動への参加することを「家でくつろぐ」――または、自
らの親密圏で様々な友人たちと交流することに例える状況が起きているということで ある。このような認識からは、家庭を私的領域と定義し、公的領域と対立させるよう な公私の線引きが、メンバーたちには当てはまらないことがわかる。メンバーたちに とっての香港での「家」としての親密圏は、少なくとも休日においては、彼女らの住 所がある雇用者宅ではなく、ヴィクトリア公園にあり、しかしそこで彼女らは「私 的」な時間を「社会活動」によって手に入れている。この意味において、メンバーた ちから見た香港の生活は、従来の「公私二元論」を超える社会関係/空間、領域認識 のもとに成立しているといえる。
しかし、たとえ、ヴィクトリア公園がメンバーの「家」であったとしても、そこは
「家族=メンバー」に限定される場ではまったくない。たとえば、FLP香港の定例ミ ーティングの場であるあずまやを見ると、あずまや内の備え付けのベンチやテーブル は、たいてい、FLP香港のほかに、ほかのIDWグループや、チェスゲームをしに集ま る中華系の老人たちや旅行者、その他の現地住民によって占有されていたため、この あずまやは、雑多な人々の寄合世帯のような体をなしていた。加えて、清掃員や警備 員が常に巡回し、メンバーたちとすでに顔見知りになったスタッフは、あずまやに来 る常連であるメンバーたちと短い会話や挨拶を交わすこともある。ある日、リーダー のARは、筆者に向かってこのように語った。
写真:中華系男性の集いのすぐ近くでくつろぐメンバーたち
この公園の警備員って、月給は7,000ドル(約11万円)くらい。ここから食費や家賃 を自分で払うわけだから、月給3,580ドル(当時)で家賃と食費がタダの自分たちと
(手取り月収は)変わらない。それを考えれば、BMIはむしろ恵まれているのに、買 い食いなんかの無駄遣いが多いのよ。警備員たちは水筒と弁当を持参してるっていう のに、困ったもんだわ14。
ARが言うように、日曜や公定休日においては、ヴィクトリア公園の至るところにイ ンドネシア人女性が集い、ベンチに腰かけたり、芝生やコンクリートの地面にビニー ルシートや新聞を敷いておしゃべりにいそしむ姿が見られる。彼女らの殆どがIDWで あることを考えると、たまの休日には、炊事仕事は休んで買い食いなどしながら羽を
伸ばしたいと考えるのは、理解できる話である。そして、このような女性たちを目ざ とく見つけては、大きなバッグを提げたインドネシア人女性がジャワ語で「ソト、ソ ト、ソト(インドネシア風のスープ)よ、姐さん達、ソトはどう?」などと声をかけ て回っている。公園内では無許可の販売行為は禁止されているため、このような売り 子の女性たちは、みな目立たない服装に大きなショルダーバッグを掲げ、注文をとっ てから、自分たちの荷物置き場に戻って、隠してある大鍋からソトをよそってプラス チック容器に入れ、バッグに収めて注文者のところまで戻って商品を引き渡したのち に、代金を受け取る。「私の同郷の友達がやってるけど、実入りはかなりいいらしいわ よ」ARは内緒話をするように、小声で筆者に教えてくれた。食品以外にも、現地のプ リペイド携帯に度数をチャージするカードを取り扱う売り子のアルバイトをするIDW がおり、ヴィクトリア公園内でも待ち合わせなどの人々で込み合う、歩道橋の下のセ ブンイレブン前などで商売をしている。このような売り子らしき人物に目星を付けて 声をかけ、一般の店舗の販売価格よりも若干安い価格で商品やサービスを購入するの がIDWには一般的である。このように、ヴィクトリア公園という「家」の中とその周 辺では、IDWが休日に郷土料理を楽しみながら、個人的な買い物をすませることがで きるような便利なサービスが数多く提供されていた。
定例ミーティングのある日には、FLP香港メンバーたちは9時半ごろからだんだん と姿を見せはじめ、あずまやの定位置にビニールシートを敷いて場所とりをする。ま た、印刷済みのブレティンや、メンバーとともに一般向けでもある貸本サービス用に 購入した書籍など、ミーティングに必要な備品については、公園からほど近い貸倉庫 に預けてあるため、担当メンバーが貸倉庫に出向き、これらの荷物をキャスター付き スーツケースに入れて、ミーティングに持ち込む。ミーティングが散会したあと、食 事と礼拝を終えたメンバーたちは、午後の残りの時間をいくつかのグループに分かれ て行動するのだが、通常は少なくとも一つのグループがビニールシートのある定位置