2004年12月「痴呆」から「認知症」へと呼称が変更された。この変更を契機として、2005 年度より「認知症を知り地域をつくる10か年」構想が実施され、認知症に関する理解の普 及を促進し、認知症の人やその家族を支える地域づくりを一層促進するため、自治体や関 連団体を中心として、認知症地域支援体制構築等推進事業、認知症サポーター100万人キャ ラバン、認知症になっても安心して暮らせる町づくり100人会議、「認知症でもだいじょう ぶ町づくり」キャンペーンなど、さまざまな取組みが進められている。
本章では、その取組みの中の一部である認知症地域支援体制構築等推進事業の実施地域
(A市)における地域住民の認知症の人に対する態度の実態を明らかにするとともに、認知 症サポーター100万人キャラバンの効果について取り上げ、今後、認知症に関する啓発活動 のあり方を検討する。
1.研究目的
人口の高齢化に伴い認知症高齢者が増え続けており、2005年現在で約169万人であったが、
2015年には約250万人、2025年には約320万人に達すると予測されている。認知症の人は、
認知機能の障害から起こる症状により、周りの人との関係が損なわれることもしばしば見 られ、家族は介護負担やストレスを感じることが尐なくない(一宮2001、荒井2004、柳2007)。
認知症の人を含む要介護高齢者の家族介護者を対象に、心理・教育的介入を実施すること で、介護負担感が減尐したことが報告されている(望月2005、井上1999)。認知症の症状 に対する周囲の理解や受容があれば、認知症の人が地域で安心して暮らすことは可能であ る。そのためには、家族を含め地域住民の認知症に関する正しい知識の普及が必要である。
認知症は誰にでも起こりうる病気のひとつであり、地域社会全体で認知症の人を支える取 組みを発展させることが重要な課題となっている。
厚生労働省は、2007年度から認知症地域支援体制構築等推進事業を全国42都道府県82モ デル地域でスタートさせ、各地域で独自の取組みが行われている。より効果的な取組みを 行うためには、地域住民の認知症の人に対する態度の実態を把握し、それに合わせた展開 が必要である。一般の人々の認知症の人に対する理解は、未だに十分とはいえず(本間2001、
Crispら2005、杉原ら2005)、認知症の発症に対する不安を抱えている人が尐なくない(小 澤ら2007)。しかし、認知症の人に対する受容的な態度を高めるためには、どのようなこと が重要であるかに関して検討した研究はない。
そこで、本研究では、より効果的な啓発活動に向けて、2007年度に認知症地域支援体制 構築等推進事業の取組みを開始したA市の地域住民(老人クラブの会員、市民まつりの参加 者、認知症サポーター養成講座受講者)を対象とし、認知症受容度尺度を用いて、認知症 の人に対する態度とその関連要因を検討した(以下、地域住民の調査)。
さらに、認知症サポーター養成講座受講者(以下、講座受講者)を対象に、追跡調査を 行った。全国で認知症サポーターを育成するにあたって「認知症サポーター100万人キャラ
バン」を展開し、2009年5月31日をもって、ついに100万人を突破したところである(厚生 労働省 2009)。この事業は、自治体と全国キャラバン・メイト連絡協議会から認められた 者に対し「キャラバン・メイト養成研修」を行い、キャラバン・メイト(講師役)を養成 する。キャラバン・メイトは学んだ知識を地域、職場、学校などで地域住民に伝え、その 講座を受講した者を「認知症サポーター」と称する。この事業の趣旨は、地域住民の中に 認知症の人が安心して暮らせるための担い手を育成していくことである(全国キャラバ ン・メイト連絡協議会2006)。
現在、各地域で取り組まれている認知症に関する啓発活動の目的は、認知症に対する誤 解や否定的な見方をなくし、正しい知識を伝達することである。統合失調症などの精神障 害に対しては、学生や一般人を対象にした講座や教育プログラムの実施により、障害に関 する知識の増加(Pinar2006)、ネガティブな態度や偏見の減尐といった効果を検証した研 究が報告されている(Tanakaら2003、Schulzeら2003、Watsonら2004、山口ら2007、Mann ら2008、Spagnoloら2008)。しかし、認知症の啓発活動を担うボランティアの活動内容に 関する研究や(竹生ら2010)、認知症に関する啓発活動をより効果的に行うため認知症の人 との関わり度に関連する要因を分析した研究は見られるものの(久保ら2008)、認知症に 関する啓発活動の効果についての評価を行った研究はない。
そこで、本研究では、地域住民の調査対象者の一部である講座受講者に関しては、講座 受講前、講座受講後、受講3ないし6か月後の3つの時点で質問紙調査を実施し、認知症受容 度の変化および講座の効果を検証することを目的とした(以下、追跡調査)。
2.認知症受容度尺度の作成
精神障害者に対する態度の調査の中に認知症が含まれている研究はあるが(Crispら 2005)、一般住民を対象とした認知症に関する意識調査は数尐なく(本間2001、小澤ら2007)、
認知症に対する啓発活動に関する研究もわずかしかない(久保ら2008、竹生ら2010)。また、
Turnerら(2004)が行った調査は、認知症の初期ケアに関する態度に限定されており、Kada
(2009a)やNorgergyら(2006)が行った認知症の人に対する態度の研究は形容詞を用いた 認知症の人に対するイメージの傾向を把握した研究である。認知症の人に対する態度尺度 は、アルツハイマー型認知症に対する認識を中心とした尺度に限られている(O’Connorら2010)。
そこで、本研究では、認知症の人に対する態度の測定にあたって独自に尺度を作成した。
認知症は精神障害のひとつとされていることから、精神障害分野における研究を参照し、
さまざまな文献から精神障害者に対する恐怖心(岡上ら1986、黒田2001、Readら1999、
Watsonら2004、Tanakaら2003、Schulzeら2003)、身内の恥の感情(岡上ら1986、黒田2001、
Tanakaら2003)、地域生活上の問題(Tanakaら2003、Schulzeら2003)、日常生活上の関 わり方(Watsonら2004、Schulzeら2003)に関する項目を中心に検討を行った。その結果、
12項目を設定した。認知症の人に適用できるような項目になるよう認知症の予防啓発やケ アに従事している専門職と意見を交えて修正を加えた。回答選択肢は「1.そう思う」、「2.
ややそう思う」、「3.どちらでもない」、「4.あまり思わない」、「5.全く思わない」の5
件法とした。
認知症の人に対する態度を測定する尺度を開発する過程で、2007年6月、A市の老人クラ ブのイベント参加者105人を対象とし、集合調査法を用いて、表2-1に示す12項目の質問紙 に回答してもらった。老人クラブ会員は60歳以上の比較的元気な人が多いものの、認知症 を身近な存在として意識する年齢層であると考えた。その回答分布を調べ、Item-Total(以 下、IT)相関分析を行い、Pearson相関係数が0.3に達していない4項目を除外した。この8 項目の合計得点(8~40点)を算出し、認知症受容度とした。認知症受容度尺度は、人々が 地域コミュニティを認知症の人を支える場として認識し、認知症の人を受け入れ、認知症 の人に対して示す好意的な態度の程度を測定のための尺度である。なお、社会心理学辞書
(社会心理学小辞書2002)によると、受容とは対人関係で他者の言動を肯定的に評価し、
認めることである。障害分野における「障害受容」として、「自己受容」と「社会受容」
という概念が議論されている(南雲2003、細田2009、南雲2009)。後者は社会が障害を受 け入れることであり、障害者に対する偏見や差別からの苦しみを緩和する必要条件である。
「認知症受容度」は、認知症に対する「社会受容」を測定するものである。
尺度の合計得点を算出する際、肯定的な内容を表す文については回答点数を逆転させ「そ う思う」を5点、「全く思わない」を1点とし、点数が高いほど受容的な態度を示すように 向きを一致させた。選択した8項目は上記に示した認知症受容度の定義に照らして、内容的 妥当性があると判断した。
表2-1 認知症受容度尺度の構成項目案12項目のIT相関係数 n=105 IT相関係数 12項目 8項目 認知症になっても、その人の意思をできる限り尊重してあげたい 0.331 0.473
身近に認知症の人がいたら、お世話してあげたい 0.459 0.517
家族が認知症になったら、協力をうるために、近所の人や知人などにも知って
おいてほしい 0.347 0.357
自分が認知症になったら、周りの人の手を借りながら自宅での生活を続けたい 0.317 0.347
認知症の人にどのように接したらいいか分からない 0.303 0.303
認知症の人とは、できる限り関わりたくない 0.510 0.589
家族が認知症になったら、近所の人にはあまり知らせたくない 0.621 0.582
認知症の人は何をするか分からないので怖い 0.618 0.679
認知症になった人は、気の毒である 0.233
家族が認知症になったら、主治医は診断結果を家族(本人)に告げてほしい 0.207
認知症の人の介護はとても大変である 0.091
自分が認知症になったら、主治医は、診断結果を自分に告げてほしい 0.194