前章の地域住民の調査で用いた認知症受容度尺度のCronbachα信頼性係数が0.585であ ったことで、尺度の改善を図るために改めて認知症の人に対する態度尺度を作成すること にした。本章では、認知症の人に対する態度尺度とともに認知症に関する知識尺度を作成 を行い、両尺度の妥当性と信頼性について検討する。
さらに、前章の調査から、認知症の人に対する態度に関連する他の要因を加えて研究を 行う必要が認められた。そのため、本章では認知症の人に対する態度に関連する要因とし て認知症の人との関わりに加え、「認知症に関する知識」「高齢者イメージ」を想定し、
仮説検証を行う。
1.研究目的
前章の調査から認知症の人に対する受容的な態度を高めるためには、認知症の人との関 わりや認知症に関する情報に接することが重要であることが明らかになった。しかしなが ら、前章で使用した認知症受容尺度は、構成項目を再検討する必要性が認められた。よっ て、本章では、認知症の人に対する受容の程度を含めた認知症の人に対する態度を測る尺 度を、改めて作成することにした。さらに、開発した尺度を用いて、認知症の人に対する 受容的な態度を高める重要な要因として、認知症に関する知識と高齢者に対するイメージ を想定した。前章で認知症の人との関わりや認知症に関する情報に接する頻度が重要であ ることが示されたので、そのことを踏まえた上で、以下の2つの仮説を設けて、認知症の人 に対する態度との関連要因を明らかにすることを目的とした。
Jordan(1971)は、態度に関わる要因として、態度の対象に関する事実に基づく情報量い わゆる知識を指摘している。高齢者に対しては、加齢に関する知識が乏しいほど、エイジ ズムすなわち差別が強いことが報告されている(原田2008)。統合失調症に対する態度に 関する調査では、統合失調症の心理社会的要因(psychosocial factor)に関する知識を持って いる人ほど、肯定的な態度を示す傾向があると報告されている(Readら2001)。しかし、生 物学的要因を支持する人々で精神障害者に対する社会的距離が大きいことを示した研究も ある(Matthiasら2005)。さらに、Angermeyerら(2006)の1990年から2004年の間の精神障 害者に対する3,651件の文献を検討した態度研究からは、うつ病に関する知識向上のための 介入評価に関しては一部の地域ではその効果が認められているが、ある地域では薬物治療 に対する抵抗が増しており、必ずしも知識の増大がうつ病に対する肯定的な態度に影響を 与えるとは言えないことが明らかにされている。このように知識の内容によって肯定的な 態度に正または負の関連がみられる。認知症に関する先行研究の知見からは、認知症の症 状やその対応方法に関する知識不足が認知症に対する不安を増していることが想定される。
そのため本研究では、認知症の人に対する肯定的な態度を規定する要因として、認知症の 症状に関する知識に着目する。そこで、第1の仮説は、『認知症の症状、とくに行動・心理 症状やその対応方法についての知識があるほど、認知症の人に対する肯定的な態度を示す』
とした。認知症の行動・心理症状(BPSD:behavioral psychological symptoms of dementia)
とは認知症の人にみられる知覚、思考内容、気分または行動の障害による症状と定義され ている。この仮説を検証するため、分析に「知識」を加えて態度との関連を検討した。現 在まで認知症の人に関する態度尺度および認知症の行動・心理症状の理解を重視した知識 尺度が開発されていないことから、改めて認知症の人に対する態度尺度とともに、認知症 に関する知識の尺度を作成する必要があった。本研究においては、新たに開発した尺度を 用いて、認知症の人に対する態度と認知症に関する知識との関連を明らかにすることにし た。
先行研究によると、中学生の高齢者イメージに関する調査では、高齢者になると多かれ 尐なかれ認知症になると思う生徒が半数近く存在しており(平川ら2009) 、高齢者と認知症 を同じように受け止めていることが想定できる。認知症の多くが高齢者であることから、
認知症の人への態度は、高齢者イメージとの関連があるのではないかと思われる。高齢者 に対する否定的なイメージやエイジズムは認知症の人に対する軽視の風潮や差別の主な要 因と推定される。認知症高齢者は精神障害に対する偏見とともにエイジズムに対する偏見 に曝される二重の危険(double jeopardy)をもっていると指摘されている
(WHO-WPA2002)。そのため、高齢者イメージが認知症の人に対する態度に関連してい るかを検証する必要がある。よって、第2の仮説は、『「高齢者イメージ」が肯定的である ほど、認知症の人に対する肯定的な態度を示す』とした。
2.調査対象者および方法 1)調査内容
(1)認知症の人に対する態度尺度の作成
本研究における認知症の人に対する態度尺度は、認知症の人に対する肯定的ないし否定 的感情とともに、受容的または拒否的な行動の傾向を測定するための尺度である。
Kada(2009a)やNorgergyら(2006)が行った認知症の人に対する態度の研究は形容詞を 用いた認知症の人に対するイメージの傾向を把握した研究である。O’Connorら(2010)が開発 した認知症の人に対する尺度(Dementia Attitude Scale)はアルツハイマー型認知症に限ら れた尺度であり、因子分析を行った結果、「認知症の知識(10項目)」(dementia knowledge)、
「社会的満足(10項目)」(social comfort)の2つの因子が抽出されている。また、因子負荷量が 0.4以下の項目が多尐含まれおり、認知症の人に対する感情や行動傾向を表す項目はなく、
アルツハイマー型認知症に対する認識の側面に限定した尺度である。この尺度は「態度」
と「知識」が分離されておらず、本研究とは異なる視点から作成された尺度である。
このように、認知症の人に対する態度の先行研究は、形容詞を用いたイメージ研究やア ルツハイマー型認知症に限られている。また、認知症の人に対する感情や行動傾向を含め た態度研究には至っておらず、こうした観点から認知症の人に対する態度とその関連要因 を検討した研究はない。そのため尺度作成にあたって態度研究の多くを占める精神障害者 に対する態度調査を参考にした。
統合失調症などの精神障害に対する態度調査(岡上ら1986、大島1992、池田ら1999、北 岡(東口)2001、深谷2004)、精神障害者に対する社会的距離およびスティグマ(黒田2001、
Crispら2005、 Kingら2007、望月ら2008、半澤ら2008)、障害者(児)に対する態度調査(生 川1995、豊村2004、松本ら2009、豊村2009)など、参考になると思われるさまざまな文献 を収集し検討を行った。これらの研究で用いられた質問紙では、精神障害者や障害者(児) に対する差別、同情、不安、受容、否定的な見方、地域社会での交流、社会的な評価など の項目があげられており、その中から認知症の人に対する態度に適切であると思われる項 目を、尺度の定義に照らして抽出し、文言を検討した。
以上の手続きを経て態度尺度に関する15項目を設定した。各項目の適切さに関しては認 知症のケアに携わっている専門職とともに検討を重ね、内容的妥当性を高めた。回答選択 肢は「全く思わない」「あまり思わない」「ややそう思う」「そう思う」の4件法とした。
(2)認知症の関する知識尺度の作成
国外の研究では、認知症に関する知識を測定する尺度の開発が進められている一方で、
日本では一般市民における認知症に関する知識を測定した研究は極めて尐ない。
Gilleardら(1994)は認知症に関するクイズ形式のスケールを開発した。Araiら(2008)は一 般の人々を対象とし、認知症の症状を含む医学的知識とその関連要因を調べた。アルツハ イマー型認知症は認知症の最も一般的な原因であるため、アルツハイマー型認知症に関す る知識の現状を検討した研究は多く報告されている(Dieckmannら1988、Werner2001、
Ayalonら2004、杉原ら2005、Carpenterら2009)。これらの研究では、アルツハイマー型認 知症に関する一般的な知識、中核・周辺症状、治療など医学的な知識を取り上げて、認知 症に関する知識とその関連要因を検討している。
本研究における認知症に関する知識尺度は、認知症に関する一般的な知識(3項目)とと もに、認知症の症状、とくに行動・心理症状および症状の対応方法(12項目)から成る尺 度とした。一般的な知識に関しては、認知症の症状を理解するために必要な知識と考えら れる3項目を加えた。項目作成にあたって、認知症の症状に関する成書(日本老年精神医学 会2005、山口2009、日本認知症ケア学会2008)や論文(杉原ら2005、Ayalonら2004、Arai ら2008)を参照し、内容的妥当性の確保に努めた。各項目の適切さに関しては、認知症の ケアに携わっている専門職らとともに検討を重ね、内容的妥当性を高めた。回答選択肢は
「そう思う」「そう思わない」「分からない」の3件法とした。
(3) 調査項目
認知症の人に対する態度、認知症に関する知識とともに、高齢者イメージを質問した。
高齢者イメージの研究は、SD法を用いた研究が多く見られ、イメージ分析は因子分析に おける因子負荷量を求める方法がよく用いられている。高齢者イメージの測定は、保坂ら (1988)、中谷(1991)、中野ら(1994)、古谷野ら(1997)、藤原ら(2007)を参考にし、12の形 容詞対とした。高齢者イメージは、12個の形容詞対とした。回答選択肢は形容詞対XとYに
ついて「とてもX」、「ややX」、「どちらでもない」、「ややY」、「とてもY」の5件 法で求めた。
さらに、質問紙の基本属性は、回答者の性別・年齢のほか、①認知症の人との関わりの 有無、②認知症の人との関わりの内容、③認知症についての関心の有無、④認知症に関す る主な情報源、⑤認知症に関する情報に接する頻度、⑥認知症の人との同居の有無、⑦家 族構成で構成した。
2)調査対象と倫理的配慮
本研究の対象者は、A大学の1年生49人、2年生64人、B大学の1年生125人、合計238人であ った。調査は2010年4月に実施し、対象となった学生全員から回答を得た。また、調査開始 前に、学生全員に口頭にて調査の趣旨を説明し同意を得た学生からのみ回答をもらった。
調査票は、個人が特定されないように無記名とした。
3)分析方法
分析対象者の基本特性については、度数分布を用いて、それぞれの項目における割合(%)
を示した。
態度尺度においては、逆転項目の処理を行い、肯定的であるほど点数が高くなるよう各 項目に1点から4点を付与し、合計得点を求めた。構成概念妥当性を検討するために、まず 探索的因子分析(主因子法)を行い、次に負荷量が0.3以下の1項目を除き、14項目を用いて 確認的因子分析を行い、データに対するモデルの適合度を調べた。さらにIT相関分析を行 い、合計得点と各項目間の相関係数を確認した。因子分析およびIT相関分析の結果、1項目 は不適切だと判断し、最終的に14項目からなる尺度として分析を行った。知識尺知識尺度 は「正答」を1、「誤答」と「分からない」を0とし、15点満点とした。また、IT相関分析 を行った。信頼性については,両尺度において内的整合性を測るCronbachα信頼性係数を 求めた。
高齢者イメージは各形容詞対についての回答に、ポジティブなイメージほど点数が高く なるよう1点から5点を付与し、合計点数を求めた。また、因子分析を行い、因子の解釈と 命名を行った。因子の抽出は主因子法、因子軸の回転はプロマックス法を用いた。
次に、認知症の人に対する態度に関連する要因を明らかにするために、認知症の人に対 する態度を従属変数とし、性別、認知症の人との関りの有無、認知症についての関心の有 無、認知症に関する情報に接する頻度、認知症に関する知識得点、高齢者イメージ得点を 独立変数とし、重回帰分析を行った。
統計学的有意水準をp値5%とし、分析にはSPSS17.0J for window、Amos17.0を用いた。
3.結果
1)分析対象者の基本特性(表3-1)
対象となった学生の内、認知症の人との関わりがある人は238人の中63人であった。具体