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記憶と動機づけによる観察と表現活動の関わり

5-1 本章の概要

第 4 章では、「多感覚間相互作用による観察と表現活動の関わり」について、調査、考察 を行った。結果として、多感覚の相互作用は観察への影響があるため、触覚や嗅覚などの感 覚器官で感じ取ったことを表現する活動は、観察による写実表現に大きく関わる可能性が 高いことが分かった。

本章では真船の定義の二つ目の段階、「表象が他の表象と比較されたり、分析されたり、

総合されたりして抽象や捨象が行われ、概括され、一般化されて一つの概念に高まる」につ いて調査を行う。観察対象物について、知っていること(長期記憶)と与えられた知識で知 ったこと(短期記憶)と、描く目的や動機についての調査である。

短期記憶として情報を与えられた者は、短期記憶として活用しようとし、情報が与えられ なければ、長期記憶のトップダウンだけで描くことになる可能性が高い。そして、描く動機 として、学習のためのイラストレーションとして使用する目的であることを伝え、観察の対 象を一般化し、新たな概念に高められるか否かで表現がどのように違ってくるかを調査し 考察を行う。

方法としては、医学についての専門知識がない 48 名の学生を、「医学知識」と「描画表現 の目的」の情報の与えられ方の異なる組み合わせによって四つのグループに分け、医学標本 である頭蓋モデルを用いて描画を行わせた。描かれた作品は、医師を含む医学・医療関係者 によって「絵として美しい、良いと思う作品」と「理解しやすい、説明図として使用しやす いと思う作品」についてそれぞれ評価された。

これらの評価、学生らの感想、および作品の解析などの結果を合わせて検討した結果、「描 画表現の動機づけ」あるいは、一般化への意欲の明確化が、描画表現への最も重要な要素の 一つであることが明らかになった。つまり、短期記憶を使用するのではなく、すでに概念化 された長期記憶をトップダウン処理しつつ、観察することの方が有効である可能性が高い ことが分かった。

すなわち、写生の授業等、対象物に関して短期記憶に該当するような知識を共有するので はなく、これまでの経験や概念化された記憶から具体的な場面設定をイメージさせること で、児童・生徒にとって表現しやすくなると考えられるのである。

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5-2 調査の研究の背景と目的

5-2-1 本調査の全体イメージ

本調査では、短期記憶の情報を与えられたグループと、描く目的が与えられた(明確に動 機づけされた)グループ、その両方を与えられたグループ、その両方とも与えられなかった グループの四つのグループに分けて調査を行った。

短期記憶の分け方は、まず、描画対象である人間の頭蓋モデルの下半分の医学知識の情報 を得たか得ていないかでグループを分ける。このことで、医学知識の情報を短期記憶に蓄積 し、この情報を用いて描くグループと、長期記憶から、これまで抱いた頭蓋モデルのイメー ジや概念を使って描くグループに分かれることになる。

さらに、この絵は医学生などが医学の勉強に使用するこという目的を聞いたか否かでグ ループを分ける。このことで、明確な動機づけがされると同時に、頭蓋モデルの視覚的情報 や、場合によっては短期情報を一般化して描くことになる。

そして、医学・医療に携わる医師や、看護師、美術、デザイン、イラストレーションなど に関わる専門家による評価などをもとに、考察を行う。

5-2-2 本調査のねらいと予想

5-2-2-1 本調査でのねらい

本調査では、描く目的の「ある・なし」での表現活動の違いを確認する以外に、第 1 章で 述べた、自然科学に寄与することを目的に観察して描くことと、現象的観察によって描くこ とによる表現の差異の確認の意図を持たせた。調査の対象となった学生は美術系の学生で あり、科学的観察を目的にすることを伝えなければ、対象物を一般化して描かずに、対象物 そのものを現象的にデッサンすると想定したからである。

18 世紀以降、認知科学が進む中で、“Logos”の枠組みは、外界から人間の内側へと移って きた。そこで、観察対象への知識、概念やこれまでの経験との関わりを考察材料にしながら、

科学的観察と現象的観察の二つの観察観による描画表現の差異を考察する。

さらに、第 3 章で述べた、マックフェの P-D 理論の動機づけによって、認知による表現 への関わり方、特に、本章では、長期記憶のみの表現と、与えられた知識による短期記憶と これまでの知っていた長期記憶との双方の活用した表現について検討したい。

194 5-2-2-2 調査の流れ

まず、描画対象物についての医学知識を情報として与えられた場合とそうでない場合、描 画表現の目的の情報を与えられた場合とそうでない場合の組み合わせによって、四つのグ ループに分かれた学生が描画を行う。学生は医学的な専門知識を持たず、ほぼ同じ描画力で ある。40 分間の描画後、作品は、医師を含む医療関係者によって、「絵として美しい作品、

良い作品」と、「理解しやすい、説明図として使用しやすいと思う作品」についての選択に よる評価を行った。その結果と描画後の学生の感想等から、それぞれの四つのグループの傾 向を考察した。

5-2-2-3 調査結果の予想

医学知識や使用方法などの描画表現の目的の情報を多く得るほど、絵としての魅力はさ ほど大きくないが、一般化された説明図としてより理解されやすい作品を描くと予想した。

また、逆にそれらの情報が少なければ、条件に縛られずに自由に主題を生成することができ、

絵としては魅力ある作品であるが、説明図としては理解しにくい作品となると予想した。

5-3 調査の概要

5-3-1 調査参加学生とグループ分け

5-3-1-1 参加学生の実態

描画を行った学生は、川崎医療福祉大学医療福祉デザイン学科(以下、川崎医福大と表記)

1、2 年の学生 26 名、および岡山大学教育学部美術科(以下、岡山大と表記)1 年から大学 院 1 年までの学生 18 名の合計 44 名である。

川崎医福大は、デザインやメディカルイラストレーションで病院や医療に寄与する人材 を育成することを目標にしている。入学希望の学生の多くは、学びの目的を理解しているが、

高校からデッサンなどの経験が浅く、また、大学入試でもデッサン等の実技試験はない。参 加した学生は今回の実験の描画対象である医学モデルについての医療の知識はまだない。

岡山大は、主に中学校・高等学校の美術教員を養成することを目的にしている。高等学校 まで作品制作を行ってきた学生が多いが、デッサンなどの経験が浅い学生も少なからずい る。美術教育として、自己の描画技術の向上のプロセスを、生徒のためにどのように活かし て実践するかを目指している学生の割合が高い。

二大学とも、高い表現力より、寧ろ職業人としての目的が明確であることに共通点がある。

195 5-3-1-2 グループ分け

それぞれの大学の描画対象物についての医学知識の情報の有無と、描画表現の目的につ いて与えられる情報の有無の組み合わせによって、表 1 のとおり、A から D までのグルー プを構成した。学年はほぼ均等に分かれている。描画後のアンケートによるデッサン経験年 数の平均には、ややばらつきがある。C グループの経験年数が一番少ない。二大学全体の平 均経験年数は 3.5 年だった。

表1 グループ分けの内訳

5-3-2 描画対象物の設定

5-3-2-1 対象物の概要

頭蓋のモデル(図1、プラスチック製)

を描画対象物に内頭蓋底の描画を行った。

内頭蓋底は、頭蓋腔の床で脳をのせる深い 窩である。この窩はさらに前方より後方に かけて、前頭蓋窩、中頭蓋窩、後頭蓋窩の 三つの高さの違う窩に分けられるが、前部 ほど階段状に高い。前頭蓋窩は大脳の前頭 葉を、中頭蓋窩は大脳の側頭葉を、後頭蓋 窩は大脳後頭葉と小脳を、 中央部の斜台

は橋、延髄をそれぞれ乗せる台である。

図1 頭蓋モデルの内頭蓋底と設置

196 5-3-2-2 対象物設定の理由

内頭蓋底を描画対象物とした理由は、頭蓋の内部は美術系の学生にとって比較的馴染み が少ないからである。一方、概念としてあるいはイメージとして頭蓋をとらえている可能性 は高く、概念と観察による新たな発見による認知がしやすいと考えた。説明のない状態で内 頭蓋底の三つの窩をまとまりのある窪みとして捉えることは難しいが、それぞれの役割と 脳の形との関係など与えられた医学知識から、「脳の器」としての役割を考え、まとまりの ある形状として描くことができると期待したからである。

5-3-2-3 対象物設定の設置方法

学生 4~5 名ごとに一台テーブルを設置し、テーブルのセンターに描画対象物である頭蓋 モデルを配置した。配置の際には頭蓋モデルを自立させるために、図 1 のように、スタンド として紙コップを置いた。机はできるだけ離して設置し、他のグループの描画の様子ができ るだけ視界に入らないよう配慮した。

5-3-3 描画表現の流れ 5-3-3-1 グループの動き

2 実験の流れと各グループの動き

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