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観察と美術教育との関わり

3-1 知覚の発達と美術教育

美術教育では、子どもの実態をとらえ、保育、教育を考え、題材を作り、子ども達が生成 する主題を共有するために、発達段階での特性を理解する必要がある。津守真は「子どもの 世界で起こっていることを、そのあるがままにとらえる」ために必要な心構えについて次の ように述べている1)

子どもの世界で起こっていることの重要な点あるいは本質に触れるのは、おとなの側で、

動きのイメージによってとらえることが必要になる。それは、言語以前の精神状態であ り、視覚よりむしろ、触覚運動感覚に追うところが大きい。それ故に、子どもと一緒に 走り、手を動かし、体を動かすことにより、子どもと体験を共有することが子どもの世 界をとらえるのに役立つ。

美術教育においても、触覚運動感覚などをとりいれた造形遊びの重要性が語られて久し い。前章で述べた、ピアジェとイネルデの空間認知の同定課題の実験も触覚による空間認知 へのアプローチだった。そして、4 歳以降、トポロジー的特徴に依拠することから、しだい に直線対曲線等のユークリッド的特徴に基づく単純な対処ができるようになるということ だった。無論、美術教育で観察によって表現するために、長期記憶や多感覚間相互作用(ク ロスモーダル)な考えが必要になるが、本章では、それぞれの発達段階で、「子どものある がまま」の観察と表現について考察する。

3-1-1 発達理論における観察

3-1-1-1 認知の発達

ピアジェは、認知発達上の大きな変革は 3 回起こる(表 1 の A,B,C)と述べている。1 回目は、感覚運動期に起こるとしている。これまで、自己を無意識に世界の不動の中心とみ なし、世界は自分の行為と関わりにおいてのみ存在していた発達初期の自己中心性から、自 分の行為とは独立に存在する世界を認め、世界を構成する特殊な物体として自己を位置づ

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けることが出来るようになる。ピアジェは、この認知的改革を天動説から、コペルニクスの 地動説への宇宙論になぞらえてコペルニクス的改革と呼んでいる2)。その後、2 回の大きな 改革によって四つの発達の段階に区別している。

1 認知発達における四つのコペルニクス的改革(中垣啓,2007を基に作成)

慣習的発達区分

(認知発達の段階) 脱中心化 認知的展開 成立す

る世界 革命の中身

時 期 A

(段 階

乳児期 (感覚運動期) sensory-moter

period, 0~2 歳

身体運動的 脱中心化

身体的運動の世界

↓ 世界の中の身体

行動的 世界

自己の身体と世界とが未分化で、世 界の中のものがあたかも自己の身体 の一部であるかのようにふるまって いる時期から、自己の身体が世界か ら分化し、自己の身体も世界の中の 諸物体の中の 1 つとして位置づけ、

自己と異なる他者への存在も認識で きる時期へ。

時 期 B ー 1

( 段 階

幼児期 (前操作期) preoperational

period, 2~7 歳

表象的 脱中心化

表象の中の自己

↓ 自己の中の表象

表象的 世界

自己が現実について抱く表象と現実 そのものとが未分化で、あたかも自 己の表象が現実と一致しているかの ようにふるまう時期から、自己の表 象が現実から分化し、現実に反映す るものであっても現実と異なり、他 者の表象とも異なることが認識され るようになる時期へ。

時 期 B ー 2

(段 階

児童期 (具体的操作期)

concrete operational

period, 7~12 歳

現実的 脱中心化

状態の中の変換

↓ 変換の中の状態

現実的 世界

現実世界について抱く表象におい て、状態が変換に対して優位であっ て、あたかも現実における変換が状 態の継起でしかないかのように認識 される時期から、変換が状態に対し て優位となり、現実における状態が 変換の結果として認識されるように なる時期へ。

時 期 C

( 段 階

青年期 (形式的操作期)

formal operational

period, 12 歳以降

形而上学的 脱中心化

現実性の中の 可能性

↓ 可能性の中の

現実性

可能的 世界

現実世界について抱く表象におい て、現実が可能なものは現実の部分 的延長でしかないように認識されて いる時期から、可能性が現実に対し て優位となり、現実を超えた可能な ものの世界を構想できると同時に、

現実派可能なものの 1 つの現実化と して認識されるようになる時期へ。

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このように、ピアジェは、人間の発達段階を観察することで、知的な思考能力(認知能力)

を中心とした人間の発達観を確立したと言える。ピアジェの思考発達論では、「シェマ (schema,スキーマ)」という知的枠組みを想定して、「人間の思考・知能」が外部世界を認識 したり操作したりする方法の枠組み(シェマ)が段階的に発達していくと考えた。

3-1-1-2 認知の美的発達

そして、このピアジェの発達段階の規範に当てはめて、美的な認知の発達を説明したのが、

パーソンズ(Talcott Parsons:1902―1979)である3)

パーソンズは表 2 のとおり、五つの美的発達段階で示している4)。エフランド(Arthur D.

Efland)によれば、特に第 2 段階(10 歳)になると、認知構造の分化がおこり、何がよい美 術で、何が悪い美術かについての特定を始める。そのアイデアは、人物や物事の善し悪しの 模倣と言えるとしている。同時にこの時期は、再現が主導的観念となるため「本物のように 見える」など、観察よる写実的再現についても、客観的な理由となる。したがって、第 2 段 階での観察の指導によっては、人の価値形成に大きく影響する可能性が高いと思われる。第 4 章では、この段階の児童での調査を行っている。

2 芸術の理解のためのパーソンズの発達段階 (エフランド2011)を基に作成

段 階 言葉による見分け方 心理学的属性

1.お気に入り(5 歳):

他人の物の見方に少しは気 づく:絵を楽しい刺激と見 る:好みで判断する:美術の 優劣の観念が欠如している

「それは私の好きな色」

「犬だから好き」

「空から落ちてきた大きなピクル スみたい」

「それ、みんな、いいんじゃない」

喜びが原理になる。

2.美と写実(10 歳):

美術の優劣が絵のないよう によって決まる

「それってむかつく,ほんと,醜い」

「婦人がボートに乗っている情景 や、山に二匹の鹿がいる景色のよ うな美しいものを期待している」

「本物のように見えるね」

再現(representation)が主導的概 念になる。魅力的な主題と写実的 再現が客観的理由となる。

3.表現力(少年期):

表現力と共感を中心に構成 される。

他人の経験の内面性に新た に気づく。

「作家が彼女に対して本当に気の 毒だと思っているのがわかるよ ね」

「変形することで感情が表される」

「人によって経験の仕方が違う」

表現された経験が真であること を集中と関心が確信させてくれ る。技術や主題の美しさは二義的 である。

113 4.様式とフォルム(青年期):

スタイルの伝統を俯瞰する ことが重要になる。

「ハンカチを持った手の線に張り つめた悲しみがある」

「彼は目で見て楽しんでいる。それ はカップやボート以上に見える:視 覚的メタファーだ」

芸術作品の意義は、個人的に達成 されるよりも、社会的に達成され たものとなる。作品は伝統の中に 存在する。

5.自立性(専門的な訓練を受け た大人):

特定の作品、派、または、芸 術的価値について形成され た批評的合意に疑いを持つ

「結局、このスタイルはしまりがな く、自己満足だ、もっと自己抑制し たものが見たい」

「技法的にすぎると思っていたが、

今は感動する」

学問的な伝統の中で形成されて きたコンセプトとの価値に疑問 を持ったようになり、自らの理解 の光の中で、承認済みの見方を肯 定したり修正したりする。

3-1-1-3 前認知的描画の発達理論

第 1 章の 1-5-1 で述べたように認知を内面でとらえ始めた 18 世紀後半から、心の内面や 脳内の研究が進むとともに、子どもの表現の発達の研究が始まっている。これらの研究で最 も影響を与えたのがフロイト(Sigmund Freud:1856 – 1939)とユング(Carl Gustav Jung:

1875 - 1961)であることは自明であろう。さらに、心理学を基盤に 1940-50 年代にかけて美 術教育に影響を与えたと思われるのが、リード(Herbert Edward Read:1893 – 1968)とロ ーウェンフェルド(Viktor Lowenfeld:1903–1960)である。

アメリカの美術教育学者ローウェンフェルドは、1947 年『美術による人間形成』で子ども の描画表現には「視覚型」と「触覚型」があり、その傾向は前写実期からだと述べている。

グレイの研究では、視覚型は見たままそのままを正確に再現しようとするタイプで全体の 47%、触覚型は主観的解釈に基づき、情緒的な反応を絵に表現するタイプで全体の 23%で あるという 5)。残りは明確に区分できないか、「中間型」に分類できる。そして、これらの 型は「遺伝的あることを強く示唆している」6)

3 リードの気質による分類 筆者作成

思考型 写実主義 印象主義

自然という外部の世界に対する 模倣的態度

外向 列挙的 内向 有機的 感情型 超現実主義

シュールレアリスム

外の世界から反撥して非物質的

(精神的)価値の方へ向かう

外向 装飾的 内向 想像的 感覚型 表現主義

フォーヴィズム 芸術家個人の感動を表現 外向 感情移入的

内向 表現派(触覚型)

直感型 構成主義 キュビスム

資材固有の(抽象的)形態と性質 に気を取られている

外向 律動型 内向 構造的形態

*右の分類は児童画の経験分類名

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