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多感覚間相互作用と観察との関係

4-1 本章と次章における調査の概要

第 1 章では、児童・生徒は、現在の二つの自然観が存在する文化の中で観察を行っている 状況をこれまでの観察観の歴史を踏まえて論じた。第 2 章では視覚だけではなく、多感覚間 相互作用が、触覚や嗅覚が網膜に映る 2 次元の世界を立体的、空間的な認知に寄与すること や、触覚によってトポロジー的な空間認知から概念化しやすいユークリッド的な空間認知 へ向かう発達等について述べた。さらに、第 3 章では、空間認知の発達や美術教育との関係 の歴史について論じた。

そして、これらの先行研究の整理を基に、第 4 章では、多感覚間相互作用が、第 5 章で は、記憶や目的が、それぞれ児童・生徒の表現に与える影響を調査する。この調査によって、

児童・生徒の観察によって引き出される描画表現の力や、観察における対象との関わりにお いて見られる教育的効果等の検討を行う。

また、1-1-1-3 で述べた真船の観察の定義は、視覚だけでなく、嗅覚や触覚を意識した多 感覚間相互作用でなされることと、抽象や捨象、概括、一般化を経て一つの概念に高まるこ との二つの段階であった。ただし、本論では、現象的観察として、一般化をしない場合も含 めて観察としている。

第 4 章は、真船による観察の定義の一つ目の段階での、児童・生徒の表現についての調査 にあたる。指示によって多感覚間相互作用を使って観察するのではなく、主体的に嗅覚や触 覚を使って観察できるよう、あらかじめ意図的に嗅覚、触覚で表現体験させる活動を行わせ た。さらに、意図的にそれらの体験をさせなかったグループとでは、観察による描画表現活 動に生じる変化について考察を行う。主にボトムアップ処理に関わる調査である。

第 5 章は、真船による観察の定義の二つ目の段階での調査である。得た情報(短期記憶)

とこれまでの児童・生徒知っている情報(長期記憶)とを統合した場合と、知っている情報 のみの場合とで生じる表現の違いや、さらに、一般化するという動機の有る場合と、無い場 合とで生じる表現の違いについて調査し、考察を行う。主に、トップダウン処理に関わる調 査である。

第 4 章、第 5 章の二つの調査の流れを、3-1-1-4 で示したマックフェの知覚―描画による 美術教育の P-D 理論で示された、以下の再掲している四つの焦点に沿って調査を行った。

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1 視覚の世界のものを喜んで受け入れようとする

子どもの身体的発達、知能、知覚的発達、文化的背景などのレディネス 2 心理学上の環境によって影響される

子どもの心理的な学習環境(動機づけ、安心と不安の度合い、賞罰の強さなど)

3 受け入れた知識を組織する

知能、認知などの知覚処理の構成要素

4 その反応を伝達するために象徴を作り出したり、借りたりする 表現能力(創造力、形態の特性をとらえ能力など)

図 1 は、本章と次章の調査について真船の観察の定義と P-D 理論を用いて、前述した調 査のポイントを示したものである。第 4 章での、感覚体験表現の「ある・なし」と、多感覚 間相互作用の「ある・なし」を経た表現活動の考察までの流れを、第 5 章での、一般化への 動機づけの「ある・なし」、得た情報(短期記憶)の「ある・なし」を経た表現活動の考察 までの流れを図式化したモデルである。

第 4 章、第 5 章の調査のそれぞれの項目が、P-D 理論の四つのどの項に該当するかを示 している。本調査の項目が、日常の美術教育の表現活動に沿っていることが分かる。

1 多感覚間相互作用および、一般化の動機づけ、短期記憶に関する調査関係図

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4-2 多感覚間相互作用による観察と表現活動の関わりの調査の概要

本章の調査では、小学 4 年と中学 2 年の児童・生徒を、匂うことと触ることの活動に基づ いて事前に表現体験を行った二つのグループと、体験をしなかったグループの合計三つの グループに分け、同じ条件でハムスターを観察によって描かせた。そして、三つのグループ の作品に対して、児童・生徒の作品や感想、複数の美術教員による評価結果の分析から、違 いや傾向について考察を行った。その結果、嗅覚、触覚の表現体験を行った二つのグループ のハムスターの作品は、未体験のグループの作品に比べ、細部の表現や毛並みの表現など、

より深く観察された作品が多いことが確認できた。中でも嗅覚のグループは、背景の表現な どから、観察の深まりだけでなく、他の二つのグループより広いイメージで描かれた作品が 多いことも確認できている。

4-2-1 観察による認知過程(Cognitive process)

4-2-1-1 美術教育の題材設定と認知過程

本章では、主に多感覚間相互作用と観察に焦点を絞り、調査を行う。無論、制作過程にお いて児童・生徒は、対象との関係や、動き、多感覚間相互作用によって、総合的に空間を認 知し、これまでのさまざまな経験や知識から表現の手法や、描き方を自己決定して描くと思 われる。多感覚が相互作用する状況を観察の際に意図的に作り出し、意図的に相互作用が行 われない場合と比較し、描写や主題にどのような変化が見られるかの調査である。

実際の学校現場での観察による表現活動の環境や題材を考えるにあたり、児童・生徒のこ れまでの一人ひとりの経験を大切にしつつも、多感覚間相互作用を重要視する場合が多い と考える。その根拠としては、観察による表現活動の場合、考えたことよりも、その場で見 たことや感じたことを、色や形で表すことが多いことが挙げられるからである。もう一つの 根拠は、児童・生徒一人ひとりの経験知や、知識の理解の把握は難しく、評価における達成 度を設定しにくいということが挙げられる。

4-2-1-2 感覚器官の限定

今回の調査では、特に、匂い(嗅覚)や触った感覚(触覚)を意識した児童・生徒の観察 による表現作品と、それら感覚を意識しなかった児童・生徒の表現作品とを比較し、その特 徴や傾向を考察する。嗅覚は、2-1-4-3 で述べたように、ボトムアップの感覚でありながら、

観察者の対象との関係につながる長期記憶を導く可能性が高く、触覚は、2-1-4-2 で述べた

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ように、観察する対象の表面の状態や環境状況など描画表現に必要な直接的な情報を認識 するだけでなく、ピットリーニらの fMRI を使用した、全盲被験者と晴眼被験者の実験で示 したように、視覚と触覚のクロスモーダルは、複雑な立体の認識や空間の認識の際に活性す る、背側経路の働きが大きいと言われているからである。

なお、視覚-聴覚のクロスモーダルは、2-1-4-1 で述べたように、主に動きの認識との関 係が大きいことと、美術室での音の設定のし分けが難しかったため、嗅覚と触覚についての みの調査とした。

4-2-1-3 調査対象児童・生徒の限定

第 3 章で、観察における発達段階について述べたが、小学 3 年から 4 年にかけて、社会性 が広がり、五感が発達・定着し、観察表現への関心が生まれる段階であり、造形教育活動に おける中心的課題の一つとして「主観的な観察表現」を挙げている。また、表現を視覚型と 触覚型に分けたローエンフェルドも同時期を「写実主義の開始の時期」1)とし、リードも「視 覚的写実の時期」2)としている(表 1)。また、学習指導要領でも「見たこと」の文言が記載 されるのが同学年以降の学年である。

遠藤友麗がエリクソン(Erik HomBurger Erikson 1902-1994)の発達段階を基に 1999 年 にまとめた、「人間の発達課題と美術教育とのかかわり」(表 2)によると3)、諸感覚や、

観察や見つめることについては、発達段階で顕著な変化が二回見られる。10 歳前後での諸 感覚の発達と観察表現への関心、15 歳前後での写実欲求の増大である。さらに遠藤は、中 学 2 年から高校 1 年までの思春期にかけて、観察力が発達し、主題が明確化する段階として いる。 造形教育活動における中心的課題としては、客観的(写実的)表現欲求の増大、心 情的観察と客観的観察の重視等を挙げている。さらに、思春期以降、論理的思考に基づく知 的表現力の発達と、表現効果の理解や計画性の発達により、目的を持った表現活動の姿勢が 見られるとしている。

よって、本調査では、遠藤の作成した発達課題とローウェンフェルド、リードの発達段階 を考慮して、小学校 3、4 年と中学校 2、3 学年を対象に実施する。

4-2-1-4 発達課題(developmental Task)と観察

遠藤友麗によれば発達課題とは「人間が適切に成長していく上で、誰でも必ずクリヤーし ていかなければならない課題で、特定時期にその獲得が臨界期(その課題の獲得行動が特に 強く現れる重要な時期)にある課題」4)としている。さらに、遠藤が示している発達過程に は、明確な段階的区切りがあるものではなく、「川の流れのように徐々に、しかし、確かに 流れ発達していくものであり、しかも発達の質や速さ、獲得に要する期間などには個人差が ある」5)とも述べている。つまり、観察による描写は、他者からの指示でなく、美術の発達

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