筋疲労は筋線維膜の興奮性,筋の収縮機構,そして代謝エネルギー供給と蓄積 した代謝産物の除去などの過程が阻害されることで生じる.これまでの筋疲労 に関する研究の多くは単離した動物の筋束や単一筋線維標本での結果によるも のである.しかしながら,これらの方法は血流や細胞内外のイオン濃度勾配と いった疲労に影響する因子が排除されたものであるため,得られる生体情報は 非常に限定的である.さらに,近年の研究ではこれまでに疲労物質とされてい た速筋線維から排出された乳酸が遅筋線維においてエネルギー基質となること が示されており,筋線維間の相互作用も加味する必要がある.そのため,骨格 筋の疲労メカニズムの解明にはホメオスタシスが維持された観察モデルを用い る必要がある.そこで,本研究ではラット生体モデルにバイオイメージング技 法を適用し,筋疲労時の生体情報の可視化を試み,筋疲労メカニズムを明らか にすることを目的とした.
本研究では,筋疲労時の末梢循環動態や筋細胞代謝動態を検討するために,
ラットの背中部に位置する脊柱僧帽筋を対象にした生体顕微鏡観察法を用いた
(Gray 1973).この筋はヒトの大腿四頭筋と類似した筋線維組成であり(TypeⅠ;
40%, TypeⅡA;7%, TypeⅡD/X;17%, TypeⅡB;35%, (Delp & Duan 1996))
, 最薄部位で筋線維数本程度の厚さしかもたず,環状の血管ネットワークが筋の 剥離後も保持されるという特徴を持つため,筋微小循環の研究に用いられてき た.また,その薄さから,顕微鏡観察時の空間的解像度の低下を克服すること ができるために,生体内環境下でCa
2+イメージング評価を行えるようになった96
(Sonobe et al 2008; Sonobe et al 2010).
研究課題
1
では筋疲労モデルの作成のため,表面電極による筋収縮負荷での刺 激条件について,刺激パルス幅,収縮様式に着目して検討をおこなった.筋へ の電気刺激では,周波数依存で最大発揮張力が上昇し,単収縮から不完全収縮,そして完全強縮となる.本研究において,刺激周波数は電気刺激による完全強 縮を生じさせるために
100 Hz
に設定した.筋疲労モデルの作成のために100Hz,
刺激持続時間
0.7 sec
の強縮刺激を3
秒に1
回の頻度で負荷し,50回(2.5 min)を
1
セットとしてこれを5
分間の安静期間をおいて10
セット行なった.研究課題
1‐実験条件 1
において,0.2-および 4-ms
の刺激パルス幅の条件で連続的な等尺性(ISO)収縮を負荷した.その結果,
10
セットの連続的な筋収縮によって,0.2-ms
刺激と比べて4-ms
刺激において初期張力からの大きな低下が観察された(Fig. 3-3).また,同様の刺激方法(4-ms)によって(研究課題
1‐実験 1‐3)
, 先行研究で示唆されているような筋疲労における性差が本モデルにおいても確 認された(Fig.3-4).一方,収縮様式を変えた場合には(研究課題1‐実験 1‐2)
,10
セット後では顕著な疲労が観察されたISO
収縮と比べて,伸張性(ECC)収 縮負荷では張力発揮が維持される傾向であった(Fig.3-5).これらの実験条件の 違いにより観察された疲労における差の要因を検討するために,疲労時の微小 循環動態(研究課題2)および骨格筋の代謝動態(研究課題 3)から検討をおこ
なった研究課題
2‐実験 2
では,筋疲労が筋微小循環に及ぼす影響を検討するために,刺激負荷前後の細動脈および細静脈の内径動態を定量した.その結果,4-ms刺 激において,筋収縮に伴った細動脈血管収縮応答が観察されたが,0.2-ms刺激 では観察されなかった(Fig. 4-2~4-4).また
4-ms
刺激時に観察された血管収縮97
応答は,
α1-アドレナリン受容体阻害によって減弱し, α2
および同時阻害によって大きく減弱化した(Fig. 4-7~4-8).また,
α
アドレナリン受容体阻害によって 筋疲労も抑制される傾向であった(Fig. 4-6).これらの結果から,4-ms
刺激時で 観察された顕著な筋疲労は,連続的な筋収縮によって交感神経性の血管収縮が 生じた結果,安静期における血流量の低下を招いたことで張力発揮の回復不全 が生じたことが起因しているのではないかと考えられた.運動中や運動後での骨格筋微小循環における血管緊張は,交感神経性血管収縮 作用と局所で放出される血管拡張性物質との動的平衡により決定されている
(Thomas & Segal 2004).交感神経活動の増加は,ノルエピネフリンを放出するこ
とによって平滑筋を収縮させる.活動筋では局所的な血管拡張作用が交感神経 性血管収縮作用を抑制し(機能的交感神経遮断),これらの競合する作用の平衡 を拡張方向へ変化させることで血流増加が生じると考えられている. 神経遮断 に働くとされる筋代謝産物は複数あり,K+やNO
がその有力な候補となってい るが(Jin et al 2008; Thomas & Victor 1998),詳細なメカニズムは不明のままである.本研究での
4-ms
刺激による疲労時の細動脈血管収縮応答は,血管収縮‐拡張の 動的平衡が疲労によって収縮作用が優位になることで生じたことが考えられる が,疲労時において交感神経活動が増加したためか,拡張作用が減弱したため に生じたかどうかは明らかではない.平滑筋の緊張は神経性因子や体液性因子 そして内皮由来の作動因子により多重調節を受けている.特に,運動時に生じ る組織血流増加は血管内皮細胞から放出されるNO
などの拡張性血管作動物質 が強力な規定因子となる.Delp and Laughlin (Delp & Laughlin 1997)は運動トレー ニングによりNO
を介した動脈の拡張能が改善することを示しており,血管内 皮機能の可塑性を示している.したがって,筋疲労時では血管内皮細胞による 拡張物質の産生能低下生じていることも推察される.また,運動トレーニング98
が圧反射媒介の交感神経興奮を低下させることも知られている(Mueller 2007).
したがって,運動後の血管緊張の調節機序を検討する際には交感神経系と内皮 由来因子との両方の影響による比較が必要であるだろう. 本研究では,筋収縮 と交感神経刺激を同時に負荷することによって,ヒトにおいては観察が困難で ある微小循環における機能的交感神経遮断を
in vivo
で検討することが可能にな った.本研究で用いたラット生体モデルにより,筋疲労時に細動脈において特 異的な血管収縮応答が生じることが,はじめて明らかになった.研究課題
3
では,in vivoでの骨格筋における筋細胞の代謝動態を検討するた めに,ラット生体モデルに蛍光指示薬を用いたバイオイメージング法を適用し,筋疲労時の筋細胞代謝動態の評価を細胞内の
Ca
2+およびpH
動態に焦点を当てて おこなった.研究課題3(1)では,ISO
およびECC
収縮負荷によって筋細胞内 の[Ca2+]i
がセットとともに増加することが明らかになり,特に,ECC収縮では 早い段階から大きな増加が生じていた(Fig.5-4).またECC
収縮時の張力成分を 活動張力と受動張力成分に分けて検討をおこなったところ,活動張力はISO
収 縮と同様の顕著な低下を示していたが,受動張力においては顕著な低下が示さ れなかった(Fig.5-2).これまでの先行研究から,単発的なISO
収縮負荷後ではCa
2+の蓄積が生じないことが報告されているが(Balnave & Allen 1995),疲労困憊 に至るような慢性的な筋収縮負荷(2~4 h)によって筋細胞内にCa
2+の蓄積が生 じることが報告されている(Gissel & Clausen 1999; 2003).筋疲労は発揮張力の低 下および筋弛緩時間の延長を生じる.発揮張力の低下にはCa
2+放出量の低下が 関与し,弛緩時間の延長には,1)SRによるCa
2+放出の停止,2)SRのCa
2+取 り込みや筋形質のCa
2+緩衝剤への結合,3)トロポニンからの解離,4)クロス ブリッジサイクルの終了といったこれらの過程が疲労により遅延する可能性が99
ある(Allen et al 2008). SRの
Ca
2+取り込みにはATP
が必要であることから,研 究課題2
で観察されたように,疲労による循環量の低下によってATP
再合成過 程に不全が生じ, Ca2+の取り込み不全が生じることが要因となった可能性が考 えられる.また,同様のISO
収縮を負荷した場合に観察された性差には(実験1
-3),[Ca2+
]i
が起因している可能性が示唆され(Fig.5-8),OVXラットとの比 較によってエストロゲンは疲労時の筋細胞内Ca
2+蓄積に対し直接的に関与しな いことが示された(研究課題3(2)
).近年の研究では,疲労の性差には循環動 態が関与することが示唆されている(Saito et al. 2007, Sandra et al. 2006, 2008). したがって,筋疲労時にみられる性差の要因を明らかにするためには,血管内 を蛍光色素を用いて可視化するといった方法により本モデルを発展させ,筋細 胞の代謝動態と活動筋への血流動態を同時に計測するなどの更なる検討が必要 だろう.また,細胞内の[Ca2+
]i
上昇は,筋損傷を惹起することが知られている(Gissel 2000;Gissel & Clausen 2001). [Ca
2+]i
上昇によってタンパク質分解酵素であるカルパ インが活性化し,筋損傷が生じることが示唆されており (Belcastro et al. 1998),実際,ECC収縮後にタイチンなどの細胞膜タンパク質が崩壊することが報告さ れている(Verburg et al 2005; Zhang et al 2008).ECC収縮は,筋細胞膜表面の機械 受容チャネル(Stretch-activated channels; SACs)を介した[Ca2+
]i
上昇を生じることが
in vitro
での研究において報告されている(Yeung and Allen, 2004).したがって,研究課題
1‐実験条件 2
において観察されたECC
収縮時に張力が低下しな かった理由として,ECC収縮で観察された顕著な[Ca2+]i
の増加が筋損傷を引き 起こし,その結果,筋の最適長がシフトすることにより受動張力の増加が生じ たのではないかと考えられた(Whitehead et al 2003; Whitehead et al 2001).本モデ ルにおいて,ECC収縮時の[Ca2+]i
増加にはSACs
が関与することが明らかにな100
っており,筋損傷においても[Ca2+
]i
動態の違いによる性差が観察されている(Sonobe et al 2008; Sonobe et al 2010).また,ECC
収縮負荷後の[Ca2+]i
動態には,筋線維毎に異なった振る舞いがみられることも明らかとなった(Fig.5-3).筋疲 労や筋損傷は組織全体に均一に生じるのではなく,線維選択的に不均一に生じ ることが知られている.この不均一性には筋線維タイプや運動強度の違いによ る動員パターンの違いが起因すると考えられるが,本モデルでは電気刺激によ り筋収縮を誘発しているため,筋は均一的に動員されると考えられる.したが って,本研究で観察された[Ca2+
]i
動態における不均一性は筋線維タイプの違い により生じた可能性があるため,ミトコンドリアに特異的な蛍光色素負荷によ って筋線維タイプや酵素活性の違いと[Ca2+]i
動態との関連性を同時観察すると いった方法で本モデルを発展させることにより,筋組織に特有の不均一性を明 らかにすることができると考えられる.また,研究課題