(研究課題 1 )
1 .背景と目的
近年の研究により,これまで疲労物質とされていた乳酸は遅筋線維においてエ ネルギー基質となること(Bergersen et al 2006),張力低下の引き金となると考えら れていたアシドーシスは単離筋において温度依存で張力に及ぼす影響が異なる ことが報告されている(Ranatunga 1987).これらの新しい知見は,筋疲労メカニ ズムについて再考する機会をもたらした.これまでの筋疲労メカニズムに関す る研究の多くは,単離した動物の筋束や単一筋線維標本での結果によるもので ある.In vitro条件下の単離した筋は生理的温度である
37℃付近において生存で
きないため,20℃程度の低温下で用いなければならない.したがって,これら の実験対象から得られた生体情報が実際にin vivo
で生じているものなのかにつ いては議論の余地がある.また,筋疲労は神経性調節や血液循環,そして筋収 縮に関与する様々なイオン動態の影響を受ける.それらは単一に変動するので はなく,相互作用しながら同時発生的に生じる(Cairns & Lindinger 2008).また速 筋‐遅筋線維間のエネルギー基質のやり取りが存在する.したがって,筋疲労 メカニズムの解明のためには,生体環境が統合された実験系を用いる必要があ る.この解決方策として,ラットの背中部に位置する脊柱僧帽筋を対象にした 生体顕微鏡観察法(Gray 1973)を用いることが考えられる.この筋はヒトの大腿四 頭筋と類似した筋線維組成であり(TypeⅠ: 40%, TypeⅡA : 7%, TypeⅡD/X : 17%,TypeⅡB : 35% , Delp & Duan 1996)
,最薄部位で筋線維数本程度の厚さしかもた ず,環状の血管ネットワークが筋の剥離後も保持されるという特徴を持つため,20
筋微小循環の研究に用いられてきた(Gray 1973).本研究の目標は,この筋を対象 とした筋疲労モデルを確立することである.
身体活動は筋の発揮する力が起因となるが,筋力は筋の収縮様式によって大き く変化する.筋の収縮様式は静的収縮と動的収縮に分類され,静的収縮は筋長 が維持された状態で張力が発揮される等尺性(アイソメトリック;ISO)収縮で あり,動的収縮は筋が短縮しながら張力が発揮される短縮性(コンセントリッ ク;CON)収縮と伸張されながら張力を発揮する伸張性(エキセントリック:
ECC)に分類される. ISO
収縮は長さ変化を伴わないため,エネルギーは仕事ではなく熱として発揮される.また,ISO収縮は持続的な筋収縮運動であるため,
高強度の
ISO
運動では筋収縮に伴う機械的圧迫により活動筋血流が阻害される.Ichinose
ら(Ichinose et al 2006)はヒトの静的なハンドグリップ運動(ISO収縮)時 において,最大随意収縮(MVC)の30%で筋交感神経活動の増加および血圧の
上昇を示している.一般的に,随意運動時では交感神経活動の増加が生じ,そ の増加は動脈血管の収縮を生じる.活動筋では,交感神経活動が抑制され,血 流を増加させると考えられている.一方,ECC 収縮は他の収縮様式と比べて酸 素摂取量やATP
消費などの代謝コストが低く,筋放電量が小さいにもかかわら ず発揮張力が大きいという特性を持っている(Seger & Thorstensson 2000; Smith1991).したがって,筋疲労は ECC
収縮と比べるとISO
収縮において顕著になることが予想される.また先行研究から,筋疲労には性差が生じることが報告さ れているが(Hunter et al 2004; Hunter & Enoka 2001; Wust et al 2008),その要因は明 らかではない.そこで本研究では,in vivo での筋疲労動態観察モデルの確立の ため,表面電極による筋収縮負荷での刺激条件について,刺激パルス幅,収縮 様式,筋疲労の性差に着目して,これらの異なる刺激負荷による筋の発揮張力 動態の比較および検討をおこなった.
21
2 .方法
1.被験動物
本実験では,9-16週齢の
Wistar
系ラット(日本SLC)を用いた.全てのラッ
トは,室温23±2
℃,湿度55±10%で 12
時間の明暗サイクルに管理された飼育室 において餌と水を自由摂取できる状態で飼育した.全ての実験は電気通信大学 動物実験委員会の承認を得たものであり,本学動物実験指針に沿って行なわれ た.2.外科的処置
本実験では,ラット脊柱僧帽筋を対象とした.脊柱僧帽筋は薄い膜状筋であり,
神経活動や血流が維持された状態での顕微鏡観察が可能である(Gray 1973;
Sonobe et al 2008).外科手術のために,ラットにペントバルビタールナトリウム
(共立製薬,70mg/kg/Body weight)を腹腔内注入(i.p.)して麻酔をした.麻酔 は必要に応じ適宜追加した.処置中のラットは,体温を保持するため,37℃に 維持したホットプレート(BWT-100,バイオリサーチセンター)上に静置した.
すべての外科手術は実体顕微鏡下でおこなった.
麻酔下において,ラットの正中線から
3 cm
程度切開し,右背柱僧帽筋の組織を 傷つけないよう慎重に組織から剥離し,表面を覆う結合組織を取り除いた.脊 柱僧帽筋に特徴的なアーチ状の細動静脈システムを維持するため,筋の近位部 において主となる供給動脈を傷つけないよう注意しながら筋の一部分を剥離し た.剥離した筋は馬蹄型の針金のリングに筋長を維持するように縫合糸(Sigma)で固定された.筋収縮刺激負荷のために,筋の両端に電極を結びつけて電気刺 激装置(3F46,NEC 三栄)に接続し,収縮中の筋の発揮張力を測定するため筋
22
の端を運動負荷装置(RU-72 形,NEC メディカルシステムズ)にワイアーで結 びつけた.
外科手術の間,対象筋表面の乾燥を防ぐため,95% N2
-5% CO
2混合ガスによりpH 7.4
に平衡化し,37℃に維持された恒温槽に入れて保温したバッファー(Krebs-Henseleit Buffer: KHB ,132 mM; NaCl(Wako), 4.7mM; KCl(Wako),
21.8mM; NaHCO
(関東化学)3, 2mM; MgSO
4(Wako), 2mM;CaCl
2*2 H
2O
(Wako)) により常に保湿した.外科手術終了後,ラットを
37℃に維持したガラスホットプレート(Kitazato Supply)に固定し,脊柱僧帽筋部分は,呼吸や拍動以外の要因による観察部位の
ズレを防ぐためにガラスプレート上で固定した(Fig.3-1).3.実験手順
実験は,以下の
3
つの実験条件下にておこなった.・実験
1-1.電気刺激パラメーターが張力発揮に与える影響
上記の電気刺激装置により,実験開始前に電気刺激負荷の状態と筋の収縮状態 を確認した後,6-8 V,100Hz,刺激持続時間
0.7 sec
の等尺性(アイソメトッリ ク:ISO)強縮刺激を3
秒に1
回の頻度で負荷し,50
回(2.5 min)を1
セットと してこれを5
分間の安静期間をおいて10
セット行なった.電気刺激のパルス幅 の違いが張力発揮に与える影響を検討するために,上述の電気刺激をⅰ)4-ms の矩形波(N = 4),ⅱ)0.2-msの矩形波(N = 5)の2
条件で負荷した.・実験
1-2.様式の異なる筋収縮負荷が張力発揮に与える影響
本実験では,異なる収縮様式が張力発揮に及ぼす影響を検討するために,ⅰ)
23
ISO
収縮(N = 3),および,ⅱ)伸張性収縮(エキセントリック収縮:ECC,N = 4)
負荷時における張力発揮の比較をおこなった.ISO
収縮負荷条件は上述の4-ms
条件と同様におこなった.筋が伸張されながら収縮するECC
収縮を負荷するた め,脊柱僧帽筋遠位部に繋いだワイアーの一端を電気刺激装置と連動したひず み計を有する運動負荷装置に固定した.筋の伸張は安静時のサルコメア長に対して
10%程度の伸張(2.7µm
からおよそ3.0µm
まで)を伴うように回転角度を30 degree,角速度を 100 degree / sec
に設定し,電気刺激開始から0.2 sec
後に伸 張刺激を負荷した.・実験条件
1-3.性差が張力発揮に与える影響
本実験では,ⅰ)16週齢の雌ラット(N = 4),および雌ラットとの体重差を考 慮して,ⅱ)10-12週齢の雄ラット(N = 3)を用いた.電気刺激条件は上述の
4-ms
のISO
収縮負荷条件(実験条件1)でおこなった.
4.張力測定
上述のそれぞれの刺激負荷時における発揮張力は,運動装置のひずみ計を介 したコンピューター(Power Book,1400c/133)と解析装置(Mac Lab/8s,AD
Instruments Pty. Ltd.)にてモニターし,解析ソフト(Chart 3.5.6/s, AD Instruments
Pty. Ltd.)を用いて定量した.筋疲労の指標として,50
回の収縮のうち刺激開始後
5
回と終了前の5
回の張力を平均し,1,5,10セット時における1
セットの 初期張力からの変化を相対値化してグラフ化した.5.統計処理
本実験における統計量は,平均値 +/- 標準誤差(SE)として示した.統計処理
24
は全て,Prism ver.4(GraphPad Software)を用いておこなった.グループ内の初 期張力からの変化には繰り返しのある一元配置の分散分析によりおこない,有 意性が示されたときに
Bonferroni
の多重比較検定をおこない,5%未満の危険率 を有意水準とした.25
Fig.3-1. A schema of direct microscopic observation for spinotrapezius
muscle and its force development in vivo.
26
3 .結果
実験
1-1.刺激パラメーター
図
3-2
は0.2-ms
と4-ms
のパルス幅での電気刺激時における連続的なISO
収縮中の相対的な発揮張力の変化を示している.0.2-ms のパルス幅の条件下では,セ
ット内で
20-40%の張力低下が観察され,安静期間の後に初期張力付近まで回復
することが示された.一方,4-ms の条件下では,セット内における張力低下は
0.2-ms
条件と同様に20-40%程度であったが,セット間では安静期間を置いても
初期張力までの回復は観察されず,セットを繰り返すごとに初期張力の進行的 な低下が観察され,特に
10
セット時では68 +/- 8%の有意な低下が観察された(P
< 0.01)
.実験
1-2.筋収縮様式
図
3-3
はISO
収縮とECC
収縮プロトコル中に測定した筋発揮張力の相対変化 を示している.ISO
収縮群ではセット内で20-30%程度の張力低下がみとめられ,
10
セットの終了時では初期値から42 +/- 7%まで低下した(P < 0.01)
.一方で,ECC
収縮群では,セット内で張力が低下する傾向がみられたが,10セットを通 じて有意な張力低下は示されなかった.実験
1-3.筋疲労の性差
図
3-4
はMale
とFemale
のISO
収縮プロトコル中に測定した発揮張力の相対変化を示している.Maleのデータは条件
2
におけるISO
収縮群の値を用いた.Female
ではセット内で20%程度の張力低下が観察されたが有意なものではなく,
その低下は
Male
と比較すると小さく,10
セットの終了時において39 +/- 7%ま
での低下であった.27
Fig.3-2. Changes of relative tetanic force during contraction protocols.
Force normalized to initial (100%) denotes the average of first and last 5
contractions of sets 1, 5, and 10 from 0.2-ms pulse duration condition
(closed circles) and 4-ms pulse duration condition (open circles). Values are
means ± SE (0.2-ms: N = 5, 4-ms: N = 4). Significance compared with
initial value for each condition: *P < 0.01.
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Fig.3-3. Changes of relative tetanic force during ISO and ECC protocols.
Force normalized to initial (100%) denotes the average of first and last 5
contractions of sets 1, 5, and 10 from isometric (ISO, open circles) and
eccentric contraction protocol (closed circles). Values are means ± SE
(ISO: N = 3, ECC: N = 4). Significance compared with initial value for
each condition: *P < 0.05, **P < 0.01.
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