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西湖に生息するクニマス

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としては富士山側である。この富士山については、山頂部付近は長期間にわたり雪で覆わ れるため、雪も含めた富士山表層部の雪・水の流動について、富士山特有な“雪代”(ゆき しろ)現象が重要となる。この雪代現象については、その発生頻度は富士山の火山活動に らべ、遙かに高く、富士山麓地域においては、防災面からも雪代の研究は重要課題である。

一方で、富士五湖北側御坂山系側からの表層水の流入も、前項で述べたように例えば河 口湖・西湖付近については、台風等の大雨の際に実体験としても、富士五湖に流入するシ ステムが理解できる。大雨の場合に、単に湖水面の急激上昇のみではないケースもある。

1966年(昭和41年9月)には、台風26号が当時の足和田村西湖地域を直撃した。御坂山地 側の表土が台風の大雨により崩れ運搬され、西湖には土石を主体とした大量の物質移動・

堆積現象として現れた。多くの尊い人命が失われた。この時の調査から、土石流という用 語がそれ以前の山津波に代わって学術用語としても定着したようだ。西湖付近の土石流の 現象が、災害として激しかった念場地域以外にも、西湖の北岸には数か所にわたり、その 痕跡が認められている。西湖付近における土石流現象は、この時より更に過去に遡っても、

しばしば発生していることが分かるようになってきている(輿水ほか, 2009, 2010など)。 実は、西湖付近における、御坂山地側からの土石等の湖水への物質運搬現象は、意外に も最近確認されたクニマスの生息環境を育んでいることの理解を促すようになってきた。

つまり、クニマスが西湖の中で北側に、しかも水深30メートル付近に生息している事実は、

西湖および周辺における地質・地下水の科学的知見と融合して考察すれば、御坂山地側か らの土石流の存在が、クニマス生息に重要な環境条件を与えているわけである。この点で

は、本年(2012年)9月に国土地理院によって48年振りに実施された湖底地形調査の成果は、

今後の総合的なクニマスの将来にわたる保全・管理へ果たす役割からも重要と思われる。

文献

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輿水達司・酒井陽一・戸村健児・大下一政(1998)地球環境変化の健康への影響-地球科学より-.地球環 , 2(2),215-220.

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輿水達司・戸村健児・小林 浩・尾形正岐・内山 高・石原 諭(2009)富士山北麓の地下水循環と富士

クニマスはサケの仲間で、外観はヒメマスに酷似する。また、秋田県田沢湖の固有種で あったが、1940(昭和15)年頃には絶滅したものと考えられていた。絶滅前の1930年か ら 1935 年頃にかけて、長野、山梨、富山などに卵移植の記録があるが、いずれも定着し なかったものと考えられていた。しかし2011年、京都大学の中坊教授の発見報告により、

およそ70年ぶりに山梨県の西湖で生存が確認された。

西湖は富士五湖の一つで、標高約 900m、周囲約 10km、面積 2.1km2、最深部約 72m である。チッソやリンなどの栄養塩から判断すると貧栄養湖に属するが、近年透明度の低 下などにより中栄養湖に進行しているともいわれる。湖の歴史は浅く、平安時代(約1,200 年前)の貞観の噴火以降、生息魚は新たに入り込んだものと考えられている。明治時代の 在来種はフナ、コイ、ウグイ、ナマズ、アブラハヤの5種という説もある。その後水産利 用のための移植放流は大正年間のアユ、ヒメマスに始まり、多くは昭和以降に行われてき た。現在の生息魚類はヒメマス、ワカサギ、コイ、オオクチバスなどの 15 種程度と考え られている。

漁場を管理している西湖漁協では、特にヒメマスに力をおいて増殖に努めており、年間 20~30万尾の稚魚を主体に放流している。種卵は中禅寺湖、阿寒湖の天然卵に加え、当所 の養殖卵も導入し、所有するふ化施設でふ化させ、稚魚を放流してきた。遊漁(釣り)は ヒメマス・ワカサギ、ヘラブナ、オオクチバス、コイなどを主体にして行われ、ヒメマス の釣り人の数は最盛期2万人前後であったが、近年は5千人から1万人で推移している。

ヒメマスは漁協組合員も網漁でなく、釣りでのみ採捕している。釣り人・組合員併せて多 い年で1~2トンの漁獲があると推定されている。

西湖でクニマスが発見されて以来、魚類の専門家をはじめとし、一般県民の方や報道関 係者などからも注目を浴びるようになり、水産に関する県内唯一の専門機関である当所に 寄せられている期待としては、クニマスの保全と県内産業(養殖業)などへの活用の2つ がある。保全にあたっては、現在行われているヒメマス漁業との共存が必要であり、また クニマスの生活史解明など、保全に必要な情報を収集し関係者に提供することも必要であ る。活用にあたっては、クニマスを増やし地元や県内の産業に新たな材料、つまり地域資 源として提供することが必要であり、秋田県への里帰りへの協力も必要である。これらを 将来的な目標として、当所では平成 23 年度からクニマスの生態調査と増殖試験に取り組 むこととした。

採捕したクロマス(種判別する前の成熟魚の総称。ヒメマスも含む)について幽門垂、鰓 耙数の測定により簡易な種判別を行った。その他に魚群探知機による湖底の地形調査や湖 岸の目視調査を実施して産卵状況の把握に努めた。いずれ種判別が確定したあとで、産卵 実態の推定や効果的な禁漁のあり方の提言などを図りたいと考えている。

さらに、刺網調査で捕獲されたクロマスを用いて人工増殖試験を行った。現状ではクロ マスのうちいつどこで採れたものがクニマスか、また卵の管理方法や稚魚飼育にも不明な 点が多いので、これらの条件を整理するための予備試験として位置づけ取り組んでいる。

種判別の確定後、クニマスの子供を選抜し、増殖技術、養殖技術の確立など、本格的な試 験に取り組みたいと考えている。

産卵実態調査について、クロマスの月別、水深別の採捕状況を見ると、産卵前後のクロ マスは、10月から3月にかけて、主に水深30~40mの深い場所に出現し、湖岸では確認 されないことが分かった。目を引く特徴として、捕獲されるクロマスの大部分が雄であっ たことである。また、雌のおよそ4割は産卵後のものであった。湖岸調査でも産卵後に浮 き上がった魚(浮魚という)が昨年と同程度見つかっていることから、捕獲された雌、産 卵前の雌に対して、同数以上の自然産卵が行われたものと考えられた。今後の種判別の結 果を待って、クニマスとヒメマスの産卵実態について解析したいと考えている。産卵ピー ク時の1月に採捕した親魚(16尾)の形質について、西湖のクニマスの報告(中坊ら2011) に一致する11尾は、産卵期や産卵場所などの状況も併せるとクニマスといえる。残りの5 尾については、幽門垂数がクニマスの範囲から外れているものの、産卵期などはクニマス の生態に矛盾しないため、クニマスの可能性があると考えられた。いずれクニマスかどう か確実に判別するため、今後のDNA鑑別手法の公表(論文発表)を待ち、検討したいと 考えている。

交配については、採卵可能な雌は全て使用したが、雄はクニマスらしい外見(黒点が少 ない)の個体を選んで使用した。人工受精は1対1の交配で行い、ふ化した稚魚(1月採 卵魚の場合)は、現在全長8cm、体重3gに成長し、1,000尾程度飼育している。早ければ 3年で成熟し2世が誕生する予定である。現在、稚魚の成長や生残率、パーマークなど外 部形態を継続観察中である。

クニマスを巡る最近の動きとして、環境省では今秋までにレッドリストの見直し作業を進め ており、絶滅から野生絶滅に変更するのではないかと、最近マスコミ報道されたばかりである。

最後にクニマスの保全については、当所ではクニマス生息量の把握が先決と考え、24年 度の最重要課題に取り上げ、現在調査を進めている。産卵場については現在までに1か所 明らかになっているが、その保全には湖底からの湧水量が重要との指摘がなされているた め、今後地下水の取水制限の検討も必要になってくるものと考えられる。また、公共下水 道も完備されてはいるものの、末端の接続が不十分との指摘があり、湖水の水質監視も重 要と考えられる。さらに、同時期に移植されたクニマスの子孫が隣の本栖湖にも生息して いる可能性があるため、今後魚の移動などにおいては注意が必要との指摘もなされている。

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