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富士山地下水と富士五湖の水

ドキュメント内 富士山世界遺産.indd (ページ 64-68)

山梨県立大学特任教授

 輿 水 達 司

富士山地下水と富士五湖の水の起源

富士山には、山麓を中心に多くの湧水が認められ、また地下水も主に飲料目的に、多く の地点で採取されている。このうち、富士山北麓側の場合、忍野地域には、有名な湧水と して忍野八海が知られ、また、富士五湖の湖水についても、従来は一般的に富士山の地下 水が湧出したものと考えられてきた。ところが、この富士五湖の水の起源につき、湖水に 含まれるバナジウム濃度を基に富士山の地下水中に含まれるその濃度との比較を試みたと ころ、富士五湖の水の起源については単純に富士山の地下水には求められないことを我々 は指摘した(Koshimizu and Tomura, 2000; 輿水, 2005)。

その後、バナジウム以外にもリン元素も含め、我々は富士五湖の水と富士山地下水との 互いの濃度の比較を基に水循環システムの解明目的に検討し(図2、3)、富士五湖の水の起 源については上記の報告と同様に、富士山地下水ではなく、地表部付近を流下する水が主 体をなす、という結論に至った(輿水ほか, 2009)。

図2:富士五湖湖水と富士山地下水中のバナジウム濃度

図3:富士五湖湖水と富士山地下水中のリン濃度

富士山の地下水が流動し、富士五湖の湖水としてでてくるのであれば、下図(図4)におけ る富士山側の地下水と富士五湖側の湖水のバナジウムやリンの濃度が互いに類似した値を 示すはずであるが、前述のとおり実際には大きな濃度差となっている。結局、水の起源や

富士山地下水と富士五湖の水の起源

富士山には、山麓を中心に多くの湧水が認められ、また地下水も主に飲料目的に、多く の地点で採取されている。このうち、富士山北麓側の場合、忍野地域には、有名な湧水と して忍野八海が知られ、また、富士五湖の湖水についても、従来は一般的に富士山の地下 水が湧出したものと考えられてきた。ところが、この富士五湖の水の起源につき、湖水に 含まれるバナジウム濃度を基に富士山の地下水中に含まれるその濃度との比較を試みたと ころ、富士五湖の水の起源については単純に富士山の地下水には求められないことを我々 は指摘した(Koshimizu and Tomura, 2000; 輿水, 2005)。

その後、バナジウム以外にもリン元素も含め、我々は富士五湖の水と富士山地下水との 互いの濃度の比較を基に水循環システムの解明目的に検討し(図2、3)、富士五湖の水の起 源については上記の報告と同様に、富士山地下水ではなく、地表部付近を流下する水が主 体をなす、という結論に至った(輿水ほか, 2009)。

図2:富士五湖湖水と富士山地下水中のバナジウム濃度

図3:富士五湖湖水と富士山地下水中のリン濃度

富士山の地下水が流動し、富士五湖の湖水としてでてくるのであれば、下図(図4)におけ る富士山側の地下水と富士五湖側の湖水のバナジウムやリンの濃度が互いに類似した値を

循環については、「富士山地下水」と「表層水」に大別されたシステムとして理解できる状 況になってきた。

しかし、富士五湖の湖水の形成について、この富士山地下水が湧水等の形で地下深部か ら冨士五湖に全く流入していないのか、という点については既にバナジウム濃度から検討 され、富士山地下水が深部からあるいは側面から富士五湖に一部流入している、と考えら れる。すなわち、我々は個々の湖水について、富士山地下水の湖水への流入割合を、互い のバナジウム濃度の比較から検討し、富士五湖の湖水への富士山地下水の流入は湖による 違いを考慮して、その割合は10%以下に見積もられている(Koshimizu and Tomura,2000)。

以上に述べた、リンやバナジウムの富士山地下水と富士五湖湖水中の互いの濃度差から 推論した水循環システムに加え、実際の台風の襲来時における富士五湖の水位の変化等か らの検討を以下に簡略に示す。例えば、1991年9月27,28日頃に日本列島を横断した台風 19号は、富士五湖の湖水の極端な上昇をもたらし、この増水が富士五湖地域に大きな被害 を与えた。台風による大量の降雨がもたらされた直後1,2日間で河口湖や西湖などに極 端な水位上昇が認められ、湖周辺では床下浸水はもちろん、湖周辺のホテルの床上浸水な どが全国的なニュースとしても報道された。この急激な湖水位の上昇に対し、富士山の湧 水・地下水で形成されている忍野八海では、このような大量の降水直後においても極端な 水位上昇は認められなかったことから、富士五湖の水の形成の主体は、富士山地下水より もむしろ、表層付近からの流入という上述の考えが、支持される。

富士五湖周辺の表層水の物質運搬とクニマス生息環境

この項においては、富士山周辺の表層を流動する水の移動プロセスを把握した上で、さ

としては富士山側である。この富士山については、山頂部付近は長期間にわたり雪で覆わ れるため、雪も含めた富士山表層部の雪・水の流動について、富士山特有な“雪代”(ゆき しろ)現象が重要となる。この雪代現象については、その発生頻度は富士山の火山活動に らべ、遙かに高く、富士山麓地域においては、防災面からも雪代の研究は重要課題である。

一方で、富士五湖北側御坂山系側からの表層水の流入も、前項で述べたように例えば河 口湖・西湖付近については、台風等の大雨の際に実体験としても、富士五湖に流入するシ ステムが理解できる。大雨の場合に、単に湖水面の急激上昇のみではないケースもある。

1966年(昭和41年9月)には、台風26号が当時の足和田村西湖地域を直撃した。御坂山地 側の表土が台風の大雨により崩れ運搬され、西湖には土石を主体とした大量の物質移動・

堆積現象として現れた。多くの尊い人命が失われた。この時の調査から、土石流という用 語がそれ以前の山津波に代わって学術用語としても定着したようだ。西湖付近の土石流の 現象が、災害として激しかった念場地域以外にも、西湖の北岸には数か所にわたり、その 痕跡が認められている。西湖付近における土石流現象は、この時より更に過去に遡っても、

しばしば発生していることが分かるようになってきている(輿水ほか, 2009, 2010など)。 実は、西湖付近における、御坂山地側からの土石等の湖水への物質運搬現象は、意外に も最近確認されたクニマスの生息環境を育んでいることの理解を促すようになってきた。

つまり、クニマスが西湖の中で北側に、しかも水深30メートル付近に生息している事実は、

西湖および周辺における地質・地下水の科学的知見と融合して考察すれば、御坂山地側か らの土石流の存在が、クニマス生息に重要な環境条件を与えているわけである。この点で

は、本年(2012年)9月に国土地理院によって48年振りに実施された湖底地形調査の成果は、

今後の総合的なクニマスの将来にわたる保全・管理へ果たす役割からも重要と思われる。

文献

小林 浩・輿水達司(1999)富士山及び甲府盆地周辺に位置する地下水及び湧水中のリン起源.地下水学会 ,41, 177-191.

小林 浩・輿水達司(2005)地下水、湧水中のリンおよびバナジウム濃度を基に推定された河川水における 人為的影響によるリン濃度.地下水学会誌, 47, 97-115.

輿水達司(2005)富士山麓の地下水.日本の地質-増補版-,共立出版, 150-153.

輿水達司・京谷智裕(2002)バナジウム濃度を指標とした富士川及び相模川水系水中多元素の地球化学的挙 動.陸水学会誌, 63, 113-124.

輿水達司・酒井陽一・戸村健児・大下一政(1998)地球環境変化の健康への影響-地球科学より-.地球環 , 2(2),215-220.

Koshimizu, S. and Tomura, K.(2000) Geochemical behavior of trace vanadium in the spring, groundwater and lake water at the foot of Mt. Fuji, central Japan. In Groundwater Updates,by K. Sato and Y. Iwasa(ed.), springer, 171-176.

輿水達司・戸村健児・小林 浩・尾形正岐・内山 高・石原 諭(2009)富士山北麓の地下水循環と富士 五湖の水の起源.19回環境地質学シンポジウム論文集, 153-158.

としては富士山側である。この富士山については、山頂部付近は長期間にわたり雪で覆わ れるため、雪も含めた富士山表層部の雪・水の流動について、富士山特有な“雪代”(ゆき しろ)現象が重要となる。この雪代現象については、その発生頻度は富士山の火山活動に らべ、遙かに高く、富士山麓地域においては、防災面からも雪代の研究は重要課題である。

一方で、富士五湖北側御坂山系側からの表層水の流入も、前項で述べたように例えば河 口湖・西湖付近については、台風等の大雨の際に実体験としても、富士五湖に流入するシ ステムが理解できる。大雨の場合に、単に湖水面の急激上昇のみではないケースもある。

1966年(昭和41年9月)には、台風26号が当時の足和田村西湖地域を直撃した。御坂山地 側の表土が台風の大雨により崩れ運搬され、西湖には土石を主体とした大量の物質移動・

堆積現象として現れた。多くの尊い人命が失われた。この時の調査から、土石流という用 語がそれ以前の山津波に代わって学術用語としても定着したようだ。西湖付近の土石流の 現象が、災害として激しかった念場地域以外にも、西湖の北岸には数か所にわたり、その 痕跡が認められている。西湖付近における土石流現象は、この時より更に過去に遡っても、

しばしば発生していることが分かるようになってきている(輿水ほか, 2009, 2010など)。 実は、西湖付近における、御坂山地側からの土石等の湖水への物質運搬現象は、意外に も最近確認されたクニマスの生息環境を育んでいることの理解を促すようになってきた。

つまり、クニマスが西湖の中で北側に、しかも水深30メートル付近に生息している事実は、

西湖および周辺における地質・地下水の科学的知見と融合して考察すれば、御坂山地側か らの土石流の存在が、クニマス生息に重要な環境条件を与えているわけである。この点で

は、本年(2012年)9月に国土地理院によって48年振りに実施された湖底地形調査の成果は、

今後の総合的なクニマスの将来にわたる保全・管理へ果たす役割からも重要と思われる。

文献

小林 浩・輿水達司(1999)富士山及び甲府盆地周辺に位置する地下水及び湧水中のリン起源.地下水学会 ,41, 177-191.

小林 浩・輿水達司(2005)地下水、湧水中のリンおよびバナジウム濃度を基に推定された河川水における 人為的影響によるリン濃度.地下水学会誌, 47, 97-115.

輿水達司(2005)富士山麓の地下水.日本の地質-増補版-,共立出版, 150-153.

輿水達司・京谷智裕(2002)バナジウム濃度を指標とした富士川及び相模川水系水中多元素の地球化学的挙 動.陸水学会誌, 63, 113-124.

輿水達司・酒井陽一・戸村健児・大下一政(1998)地球環境変化の健康への影響-地球科学より-.地球環 , 2(2),215-220.

Koshimizu, S. and Tomura, K.(2000) Geochemical behavior of trace vanadium in the spring, groundwater and lake water at the foot of Mt. Fuji, central Japan. In Groundwater Updates,by K. Sato and Y. Iwasa(ed.), springer, 171-176.

輿水達司・戸村健児・小林 浩・尾形正岐・内山 高・石原 諭(2009)富士山北麓の地下水循環と富士

クニマスはサケの仲間で、外観はヒメマスに酷似する。また、秋田県田沢湖の固有種で あったが、1940(昭和15)年頃には絶滅したものと考えられていた。絶滅前の1930年か ら 1935 年頃にかけて、長野、山梨、富山などに卵移植の記録があるが、いずれも定着し なかったものと考えられていた。しかし2011年、京都大学の中坊教授の発見報告により、

およそ70年ぶりに山梨県の西湖で生存が確認された。

西湖は富士五湖の一つで、標高約 900m、周囲約 10km、面積 2.1km2、最深部約 72m である。チッソやリンなどの栄養塩から判断すると貧栄養湖に属するが、近年透明度の低 下などにより中栄養湖に進行しているともいわれる。湖の歴史は浅く、平安時代(約1,200 年前)の貞観の噴火以降、生息魚は新たに入り込んだものと考えられている。明治時代の 在来種はフナ、コイ、ウグイ、ナマズ、アブラハヤの5種という説もある。その後水産利 用のための移植放流は大正年間のアユ、ヒメマスに始まり、多くは昭和以降に行われてき た。現在の生息魚類はヒメマス、ワカサギ、コイ、オオクチバスなどの 15 種程度と考え られている。

漁場を管理している西湖漁協では、特にヒメマスに力をおいて増殖に努めており、年間 20~30万尾の稚魚を主体に放流している。種卵は中禅寺湖、阿寒湖の天然卵に加え、当所 の養殖卵も導入し、所有するふ化施設でふ化させ、稚魚を放流してきた。遊漁(釣り)は ヒメマス・ワカサギ、ヘラブナ、オオクチバス、コイなどを主体にして行われ、ヒメマス の釣り人の数は最盛期2万人前後であったが、近年は5千人から1万人で推移している。

ヒメマスは漁協組合員も網漁でなく、釣りでのみ採捕している。釣り人・組合員併せて多 い年で1~2トンの漁獲があると推定されている。

西湖でクニマスが発見されて以来、魚類の専門家をはじめとし、一般県民の方や報道関 係者などからも注目を浴びるようになり、水産に関する県内唯一の専門機関である当所に 寄せられている期待としては、クニマスの保全と県内産業(養殖業)などへの活用の2つ がある。保全にあたっては、現在行われているヒメマス漁業との共存が必要であり、また クニマスの生活史解明など、保全に必要な情報を収集し関係者に提供することも必要であ る。活用にあたっては、クニマスを増やし地元や県内の産業に新たな材料、つまり地域資 源として提供することが必要であり、秋田県への里帰りへの協力も必要である。これらを 将来的な目標として、当所では平成 23 年度からクニマスの生態調査と増殖試験に取り組 むこととした。

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