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補助動詞構造

ドキュメント内 「ダグール語の述部の諸相」 (ページ 75-85)

第三章 述部の基本構造

3.2. 動詞述語の概要

3.2.2. 補助動詞構造

本節では複数の動詞が複合的に用いられる、いわゆる補助動詞構造についてまとめる。

3.2.2.1. ではダグール語における補助動詞構造について定義づけをし、次の 3.2.2.2. では具

体的なダグール語における補助動詞構造についてまとめる。3.2.2.3. ではその他の補助動詞 構造のような構造についてまとめる。

3.2.2.1. 補助動詞構造とは

本論文におけるダグール語の補助動詞構造に関して、モンゴル語の補助動詞構造を扱っ た斯欽格日楽 (2015) による定義づけを参考として次の 3-2 のように規定する。

(3-2) 補助動詞構造

2つ以上の動詞が形式上複合的に用いられており、先行する動詞 (本動詞) が語彙

的な意味と名詞項を支配する機能を保持し、後続する動詞 (補助動詞) が補足的な意 味を加えるという構造

そしてダグール語における典型的な補助動詞構造は、二つの動詞の組み合わせによって 例 3-3 のように進行相をはじめとしたアスペクトの意味を表す構造や、例 3-4 のように

「~できる」という意味を表す構造などが想定される。

(3-3) sonseǰaabei sonse-ǰ+aa-bei

to.hear-SIM+to.be-NPST

「聞いている」

(3-4) husgulǰeǰ šadbei husgulǰ-ǰ šad-bei to.speak-SIM to.be.able-NPST

「話せる」

世界の言語の補助動詞構造について記述した Anderson (2006: 4) では、「補助動詞」の「補 助」(auxiliaries) について「動詞連続や節連結、動詞+補文節の組み合わせや時制・相・法 の接辞を含む広い意味での形式・機能の連続体において、それぞれが独立せずに単独の節 を成す狭い意味での形式・機能の組み合わせであり、それ自体離散 (discrete) していないも の」であると言う。先の 3-2 では、組み合わさった二つの動詞が形式上複合的な形をとる こと、そして一方の動詞が文法的意味を担うことで、「狭い意味での形式・機能の組み合 わせ」という構造が形成されるものと考える。またこの構造では語彙的な動詞が文法化し 補助動詞となる。補助動詞が語順的には本動詞に後続する点は、ダグール語における接辞

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が基本的に主要部に後続する接尾辞型の言語であることと並行的な現象に見える。

ダグール語における典型的な動詞連続を表す形式、例えば並列の -ǰ, 先行の -AAr を伴う 動詞は二つの動詞節が単純な継起関係にあることを表すものとして頻繁に用いられるもの である。しかし並列の -ǰ が現れたとしても、全てを補助動詞構造と呼ぶことはできない。

次の 3-5 のような構造は単純に二つの動作の継起関係を表すものであると考える。

(3-5) sonseǰ gaigbei.

sons-ǰ gaig-bei

to.hear-SIM to.be.surprised-NPST

「聞いて驚く」

3-2 で形式上複合的.

としたのは、必ずしも複合であると断じがたいものだからである。

個々の現象について詳細は 3.1.2.2. にて記述するが、たとえば音的に両要素の融合度が高 い例 3-3 の -ǰ+aa_ も、その間に =l (=EMP) などの要素を挿入することが可能であること から、厳密には複合であるとは言えない。その他の補助動詞構造も、否定の ul という語を 本動詞と補助動詞の間に置くことが可能である (3-6)。

(3-6) usgulǰeǰ ul šaden

usgulǰ-ǰ ul šad-n

to.speak-SIM NEG to.be.able-NPSTII

「話せない」

山越 (2005: 103) はモンゴル語族のシネヘン・ブリヤート語について文法的にひとまとま りを成す複合形式と、音韻的に1語であると言える複合語を区別し、複合形式でありながら

1語を成さない複合体を認めている。ダグール語の (3-2, 3-3) が成す「ひとまとまり」の構

造は、山越 (2005: 135) が言う「非常にゆるやかな複合体を形成している」にあたると言え よう。

先行する動詞が語彙的な意味と名詞項を支配する機能を保持し、後続する動詞が文法的 な意味を担うという特徴は比較的明解であり、例 3-4 の šad_「できる」は本来有していた 目的語項を支配する力を、この構造において失っている (3.2.2.2.の◆「~できる」「~でき ない」「~してもよい」を表す補助動詞 において詳述)。補助動詞構造では、補足的な意味 を表す補助動詞を除いても (本動詞の動詞接辞を調整すれば) 文は成立するが、本動詞を除 くと文が成立しない。しかし例 (3-3) の aa_ は、本来の用法が自動詞として主語項のみを 支配するものであるとするなれば、この補助動詞構造において主語項を失っているかどう かは判別しにくい。また、次のように補助動詞構造によって項を追加することになる補助 動詞構造も認められる。

68 (3-7) sanesen huudee hiiǰ ukenbi.

san’-sen huu-d-ee hii-ǰ uk-n=bi

to.miss-PERF person-DAT-REFL to.do-SIM to.give-NPSTII=1SG

「懐かしい人に (手紙を) 書いてやるんだ」(恩和巴图他 (编) 1988:244)

これは uk_「与える」を補助動詞とする補助動詞構造 (下線部) において、受益者項

huudee「人に」(二重下線部) が追加されたものと考えることができる。

以上のように個別の例を見ると、先に述べた定義には問題もあるが、補助動詞構造と呼 べそうな構造の凡その外枠を決めることはできそうである。こうした表現では先行する動 詞が取る動詞接辞が限られ、主として単純な時間的関係を現す -ǰ (並列)、-AAr ~ -AA (先行)、

-n (随伴) がもっぱら現れるといった制限があることを指摘できる。

次節 3.2.2.2. ではダグール語における補助動詞構造の具体的な例を掲載し、個別に考察 する。補助動詞構造を含む述語の複合的な構造に関する問題は、3.4. において再度議論す る。さらに 3.2.2.3. では、補助動詞構造に似るが本項で見たものとは構造が異なるものに ついて述べる。

3.2.2.2. ダグール語の補助動詞

恩和巴图 (编著) (1988) はダグール語の補助動詞としてaa_「ある」、bai_「立つ」、tali_

「置く」、aw_「取る」、uk_「与える」、ir_「来る」、ič_「行く」、yaw_「行く、歩く」

の 8 つを特に取り上げ、この他に補助動詞的に用いられるものとしてさらに bar_「終わ る」、eurkee_「始める」、uǰ_「見る」、gar_「出る」、yad_「できない」、bol_「なる」、

ol_「得る」を挙げている (鈎括弧内は本動詞としての代表的な意味を表す)。山田 (2011) で はこれにekil_「始める」(ハイラル)、šad_「できる」を加えた。さらに dulee_「過ぎる」に ついても補助動詞的な用法があることをチチハルで確認している。以下ではこれらの補助 動詞について個々に様相を概観する。

◆進行相アスペクト的な意味を表す補助動詞構造

aa_「ある」が補助動詞として用いられると、「~している」という進行相の意味を表す補

助動詞構造を成し (3-3 再掲)、その使用頻度は極めて高い。なお存在動詞 aa_「ある」は、

本動詞としては次の例 3-8 下線部のように用いられる。

(3-3 再掲) sonseǰaabei sonse-ǰ+aa-bei

to.hear-SIM+to.be-NPST

「聞いている」

69 (3-8) ter giaad harben dolootii boltlaa aasen.

ter giaa-d harben doloo-tii bol-tl-oo aa-sen that town-DAT ten seven-PROP to.become-TERM-REFL to.be-PERF

「私は街に17 歳になるまでいました」(恩和巴图等 (编) 1985: 14)

3-3 に見られる構造では、本動詞と補助動詞の両形態素の融合の度合が強く -ǰ+aa_ と記 述した。両形態素の間に =l (=EMP), ul (NEG) などの要素を挿入することが可能であることか ら、複合と言えるほどの融合度でないと見て、このことを反映した表記として + を用いた。

当該形式を複合 (-ǰ-aa_とするなど) と見て、融合度の低い -ǰ aa_ あるいは =l (=EMP) を 挿入した -ǰ=l aa_とは別形式であると見る可能性もありうるが、ここでは意味や機能などの 面で両形式を区別するほどの根拠が見いだせないため、別形式であると区別することはし ない。なお、恩和巴图 (编著) (1988) の記述では -ǰ aa_ 両形態素を完全に融合したものであ るかのように -ǰaa_ という単独の形態素として記述しているが、母音はじまりの補助動詞 (uk_「与える」、uǰ_「見る」など、後述) についてはいずれも先行する同時副動詞接辞 -ǰ と 融合すると見ているようである。

aa_ と並んで進行相アスペクトを表す補助動詞として、bai_「立つ」がある。モンゴル語 では同源の形式 bai_「ある」がダグール語の aa_ のような意味機能 (本動詞の「ある」か ら助動詞的用法まで) を担っていると言えるが、ダグール語では中世モンゴル語の存在動詞 aa_ を保持し、同時に中世モンゴル語の bai_「立つ」も意義をおそらくそのままに保持し ていると言える。この語も aa_ と同様に「~している」のようなアスペクト的意味を成す とされるが、筆者は実例に出会っていない。恩和巴图 (编著) (1988: 399) によれば、bai_ に よる補助動詞構造は必ずいわゆる副動詞接辞を取り、主文の述語にならないという。

(3-9) goiǰ baigaar čuagd yawsen.

goi-ǰ bai-gaar čuag-d yaw-sen to.request-SIM to.stand-ANT army-DAT to.go-PERF

「ずっと頼んで、兵隊になった」(恩和巴图 (编著) 1988: 399)

例 3-9 は goi_「頼む」という動作が進行継続していたことを表すが、進行相というより は長時間の継続という意味を表すものと考えられる。また bai_「立つ」という主動詞の意 味機能はこの構造において失われている。gar_「出る」も、補助動詞として用いられると長 時間の継続を表す例がある。

70 (3-10) udrii tiab geridee sawoo garsen.

udr-ii tiab geri-d-ee saw-oo gar-sen day-GA all.day.long home-DAT-REFL to.sit-ANTII to.go.out-PERF

「一日家で座っていた」(恩和巴图 (编著) 1988: 403)

◆完了相の意味を表す補助動詞構造

tali_「置く」、aw_「取る」は補助動詞として用いられると、「~してしまう」という完

了相アスペクト的な意味を成す (3-11)。恩和巴图 (编著) (1988: 387) の挙げる用例では、本 動詞は全て先行 -AAr ~ -AA を取る。

(3-11) bii idee taliyaa

bii id-ee tali-yaa 1SG to.eat-ANTII to.put-VOL

「私が食べてしまおう」(恩和巴图 (编著) 1988: 387)

なお、派生接辞によるアスペクト形式として接辞 -ǰik_ が類似の意味を表し、この補助動 詞との使い分けが問題になる。-ǰik_ とtali_ などの補助動詞が共起するような用例は得られ ていないが、こうした非分析的な形式との使い分けは不明である。この例 3-12 では先行す る主動詞の動詞接辞に同時 -ǰ が用いられている。

(3-12) dansii kaartii nemǰ tali

dans-ii kaart-ii nem-ǰ tali-ø form-GA card-GA to.add-SIM to.put-IMP

「登録カードに書き込んでください」(锡莉・布日古德 2014: 125)

◆その他のアスペクト的意味を表す補助動詞

その他のアスペクト的な意味を表す補助動詞表現として、「~し終える」「~し始める」「~

したことがある」がある。この他に移動動詞を補助動詞として用いた場合にもアスペクト 的な意味で用いる用法があるが、これについては次項で扱う。

bar_「終わる」は補助動詞として用いられると、「~し終える」という意味を表す。動作 の完了という局面を表すという点で、上述の完了相アスペクト的な意味を表す補助動詞と の異なりが問題となる。bar_ は話者の意識として動作が完全に終了しており、次に生じる 動作と分断されていることを表す。それを端的に表す例として、補助動詞としての bar_ は、

ul bar(-n) の形式で「~するに留まらず」「~するばかりでなく」の意味で用いられたり、

bar-ǰ, bar-aar などの形式で「~したら」「~してから」の意味で極めてよく用いられる。チ

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チハルにて得られたデータでは tii baraa, tii araa などの形で「それから」という接続詞的に 用いられるが、これはbar_ が本動詞としても似たような用法を持つことを示す。

(3-13) hoyooloo baisǰ ul baren degiisel aulii doterini učiiken gurees taulie herem yekee hoo gačerǰ barǰ hauyaaraa hoo baisǰaawei.

hoyool-oo bais-ǰ ul bar-n degii-sel aul-ii doter-ini by.two-REFL to.rejoice-SIM neg to.finish-ASS bird-PL mountain-GA inside-3SG učiiken gurees taulie herem yekee hoo gačer-ǰ bar-ǰ

small animal rabbit squirrel something all to.come.out-SIM to.finish-SIM hauyaar-aa hoo bais-ǰ+aa-wei

by.everyone-REFL all to.rejoice-SIM+to.be-NPST

「二人で喜ぶばかりでなく、鳥たちや山の中の小動物、ウサギやリスやなんかがみ んな出てきてそれから皆で喜び合った」(山田 2018: 199)

eurkee_, ekil_「始める」は補助動詞として用いられると、それぞれ「~し始める」の意を 表す。なお、ekil_ はハイラル方言に見られる語形である。

(3-14) uwel bolguootoor čas warǰ eurkeesen.

uwel bol-guootoor čas war-ǰ eurkee-sen winter to.become-SUC snow to.enter-SIM to.start-PERF

「冬になると雪が降り始めた」(恩和巴图 (编著) 1988: 367)

(3-15) šii udeš ert yeekeeyees weilee kiiǰ eurkeesenšie?

šii udeš ert yeekee-yees weil-ee kii-ǰ eurkee-sen=šie 2SG yesterday morning when-ABL job-REFL to.do-SIM to.start-PERF=2SG.Q

「君は昨日の朝何時に仕事を始めたのだ」(塩谷 1990: 75)

dulee_「過ぎる」は、ハイラル・ダグール語において補助動詞として用いられ、「~した ことがある」の意を表す。これは漢語の「过」(「過ぎる、~したことがある」) の翻訳借 用であろう (3-16, 例文中の述語人称は脱落している)。

(3-16) bii beeǰend ičeǰ duleesen.

bii beeǰen-d ič-ǰ dulee-sen 1SG Pekin-DAT to.go-SIM to.pass-PERF

「私は北京に行ったことがある」DS

ドキュメント内 「ダグール語の述部の諸相」 (ページ 75-85)