東北大学大学院法学研究科教授 生田 長人
目次
I.問題意識
Ⅰ.住宅の再建・確保という側面についての問題
皿.被災住宅の再建等に直接公的支援金を支給できないとされる理由について
Ⅳ.被災者生活再建支援法の目的・性格と支援の限界
Ⅴ.被災者の住宅再建に際して地方自治体が給付している金銭に見られる公共性
Ⅵ.私用収用に見られる公共性の拡大と被災住宅支援における公共性
Ⅶ.復興施策全体のなかで見出される具体的公共性と復興のための計画の関係
Ⅷ.復興計画の必要性
Ⅸ.復興計画の内容
Ⅹ.おわりに
I.閉居意識
政府の地震調査研究推進本部の調査によると、宮城県沖においてはこれまで巨大地震が 繰り返し生じており、この200年間の平均発生間隔は37年、昨年1月に公表された発生 確率は、 10年以内で50%程度、 20年以内には90%程度、 30年以内には99%だそうであ る。この発生確率というのは一般人にとってなかなか馴染めない概念であるが、それでも かなり差し迫った状況にあることは理解できる。宮城県では、近づく宮城県沖地震の災害 予防のための施策を強力に展開しているが、その中核となるべき建築物の耐震化は殆ど進 展していない模様である。国土交通省の推計では、新耐震基準を満たさない住宅ストック は4戸に1戸、全国に1150万戸も存在している。耐震基準を満たしているとされる建築 物も、従来から噴かれている施工段階での手抜き問題に加えて、最近では設計段階からの 偽装問題も明らかになってきていて、必ずしも安心していられないようであり、実際に震 度6の地震が生じた場合には相当数の建築物の倒壊破損が生じ、これに地震火災により焼 穀されるものも加わって、住居を失う被災者が極めて多数に上ることが確実視される状況
にある。
自然災害による住居に関する被害は、倒壊等の直接的な第一次被害に留まらず、被災後 の復旧・復興段階で大きく増幅する。それまで平穏に営んでいた日常生活の基礎を突然に 失った被災者の生活は一変し、世界で最も豊かな国のこととは到底考えられないような住 生活に陥ることが多い。また、それに伴って地域コミュニティも極めて大きな影響を受け、
被災者は安定した地域コミュニティに支えられた状態から、単独で生活の再建に取り組ま なければならなくなるのが普通である。自力で生活の再建を行う力を持たない高齢あるい は低所得の被災者にとって、そのような第二次的被害は想像以上のものがあり、復旧・復 興段階の公的支援のあり方如何によって第二次的被害の程度は大変大きく影響される。
しかし、このように重要な機能を果たす復興段階の公的支援策は、災害が発生した後の 混乱状況のなかで、慌ただしくその検討が行われ、ともすれば、既存の施策の寄せ集めの 形をとることが多い。このことは災害直後の応急復旧段階ではやむを得ないとしても、被
災者の将来の生活設計や被災地域の将来の姿を視野に入れる必要のある復興段階において は、問題があるといわざるを得ない。
この稿は、住宅の再建等を中心に、最近の自然災害において明らかになってきた復興段 階における公的支援に関する問題を取り上げ、これまでの議論を整理し、復興段階の施策 のあり方についての検討を行おうとするものである。
Ⅱ.住宅の再建・確保という側面についての問題
平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、死者・行方不明者6,433名という 甚大な人的被害をもたらしたが、一方、物的被害も膨大なものとなり、 10万4906棟の建 物が全壊し、半壊した建物数も14万4274棟に及んだ1。被災者には多くの高齢者や低所 得者等が含まれ、その住居の確保と生活の再建が震災復興の大きな課題となったことは、
既に11年余が経過したにもかかわらず依然として記憶に新しい2。
これら阪神・淡路大震災の住宅被災者に対しては、国・自治体により(それが十分であ ったか、あるいは適切であったかどうかは別として)、かつてないほど手厚い対応が行われ た。自力で住宅の再建等が困難な被災者に対しては、大量の災害復興公営住宅の建設・提 供がなされ、公営住宅の家賃の支払いすら困難な低所得の被災者に対しては、国費による 家賃の減額が実施に移された。民間賃貸住宅に新たな住居を求めた被災者には、後述する 阪神・淡路大震災復興基金から、一定期間家賃の助成も行われた。自力で住宅の再建を行 おうとする被災者に対しては、既存制度による低利の復興住宅融資が行われ、いわゆるダ ブルローンの状況に陥っている被災者に対しては、一定の制約条件下ではあるものの、そ の利子に対する補給の形での助成が行われるなど、被災者の住居の確保に対する公的支援 は、それまでの公的支援と比較しても、格段に充実したものとなった0
しかし、それにも関わらず、住宅の再建に関しては、滅失した住宅に対する補償を請求 する声が上がるなど住宅被災者に対する公的支援のさらなる充実を求める強い動きが見ら れた。その背景には、平成2年に発生した雲仙普賢岳の噴火による災害あるいは平成5年 に発生した北海道南西沖地震による津波被害に際して、主として義援金からなるものであ るが、1000万円を超える金銭が住宅被災者に対して手渡されたという状況が存在したこと が挙げられる3。これに対して、阪神・淡路大震災の場合は、極めて多額の義援金4が寄せ
られたにもかかわらず、被災者の数が多かったために、個々の被災者に配分された額が数 十万円にとどまり、自力での被災住宅の再建等が困難な状況に直面した被災者が多かった
のである。
この個人の住宅の再建に対して直接支援を求める動きについては、当初、いわゆる個人 補償(自然災害により失われた個人の財産に対する補償)を要求するものとして一般に認 識されたこともあり、これを正面から拒絶する政府当局等との間に厳しい対立を生じた不 幸な経緯もあったが、より広範な形で、住宅被災者の生活再建に対する新たな支援策の実 施を内容とする「被災者生活再建支援法」の制定に結実したところである。さらに、この 被災者生活再建支援法については、その後、法施行後5年を目途として検討が行われた結 果、平成16年、同法中に後述する「居住安定支援制度」が創設されるに至った。この制 度においては、被災者の住居の再建・確保に向けての努力を支援する形で、被災した住宅 の解体費、建替え・補修に係る費用のローン利子等、被災世帯が賃借する住宅家賃等が支
援対象経費として認められる等被災者‑の支援が拡充され、一定の要件を満たす全壊住宅 被災者に対しては、最大で300万円の金銭支給が行われることとなっている。
しかし、この制度は、一部に住宅の再建の前提となる費用等‑の支援を含むものの、あ くまで住宅被災者の「生活の再建」を支援することを目的としており、依然として正面か ら住宅再建・確保に対する支援の形をとっていないことから、地方公共団体の中には、現 在もなお、被災した住宅本体の再建・確保に公的支援を行うべきであるとする意見が強い
ようである5。 ′
Ⅱ・被災住宅の再建等に直接公的支援金を支給できないとされる理由について‑被災 者生活再建支援法の改正に際しての考え方
平成10年に制定された当初の「被災者生活再建支援法」は、自然災害によって住宅が 全壊した世帯の生活再建を支援するため、 100万円を限度として∴日常生活に必要な家財 の調達に要する経費を支給する内容となっていたが、同法の附則第2条においては、 「自 然災害により住宅が全半壊した世帯に対する住宅再建支援の在り方については、総合的な 見地から検討を行うものとし、そのために必要な措置が講ぜられるものとする」という規 定が置かれていた。
平成16年に行われた同法の改正によって整備された「居住安定支援制度」は、この附 則第2条の規定を受けて検討が行われた結果誕生した制度である。繰り返しになるが、
この居住安定支援制度は、被災した住宅の解体・整地に係る経費、住宅の再建・補修に係る ローンの利子、賃貸住宅に入居する場合の家賃等までは支援の対象としているが、個人が その住宅の本体の再建・補修を行う場合の経費については、依然としてこの制度による支援 の対象から外されている。
その理由に関しては、この制度改正に先立っ平成14年7月に「中央防災会議基本計画 専門調査会」から出された「防災体制の強化に関する提言」に、次のような記述がある。
「‑しかし、私有財産である個人の住宅が全半壊した場合に、その財産の損失補填を 公費で行うことは、持家世帯と借家世帯との公平性が確保されるか、自助努力で財産 の保全を図る意欲を阻害しないかなどの問題がある。これに対する備えとしては、地 震保険や共済制度‑の加入により対処することが基本である。 ‑.行政としては、被災 者の生活再建を支援するという観点から、住宅の所有・非所有に関わらず、真に支援 が必要な者に対し、住宅の再建・補修、賃貸住宅‑の入居等に係る負担軽減などを含 めた総合的な居住確保を支援していくことが重要である。」
この記述を見てまず気がつくのは、個人の住宅再建等に対して公費による直接支援がで きないと考えられている訳ではないらしいということであり、次に、 (にも関わらず)公 費による直接支援を行わないとする理由は、専ら、住宅を持たない世帯や自助努力で保全 措置を講じている世帯との「公平性」にあるとしていることである。
この提言では、この支援を政策的支援として位置づけていると思われるが、政策的支援 を行うに当たって、 「公平性」はその支援の正当性を支える重要な根拠であることは間違い ない60しかし、これだけで、個人の住宅再建等に対して公的支援を行わないとする根拠と するのは、些か問題があろう。住宅を持たない世帯に対しての支援や自助努力で保全措置 を講じている世帯に対する配慮を行うことにより、公平性の問題は相当程度解消すること