宗教的意識1 宗教的意識2 宗教的意識3 宗教的意識4 宗教態度
個人の信仰
もっている(N=140) もっていない(N=276)
M SD
27. 79 5. 00 18. 28 3. 85 10. 08 3. 39 13. 79 1. 45 21. 93 4. 78 りく⑪.⑪5M
20. 98 13. 16 7. 33
12. 99 13. 95
** p〈O. Ol
SD t
5. 71 ll. 97***
4. 08 12. 32***
3. 51 7. 64***
Z96 4. 74***
4.7五 16.24***
*** p〈O. OOI
のt値は16,24と高く,{持っている}という者は内面に意識を持 つだけではなく宗教を肯定的にとちえていることがわかる。 o持ってい るという者}に対してその宗教は家の宗教と同じか,違うか,また違う 者についてはどのような宗教かを問うている。しかしここでは宗教的意 識に有意な差は見いだされていない。次に家の職業,家庭状況について であるが。この両調査とも宗教的意識との間なは特別な関係を見いだす ことはできなかった。
次に地域差と宗教的意識とについて考察をしたい。結果は[表3−4
−20]に示した。H中, M中, T中の学区は,それぞれ社会的背景が 違うことについては既に述べた通りである。生徒の宗教意識を考えると
きこうした社会背景は重要な要因のひとつである。ここでは学校差を見 るのではなく学区を通し地域の差をみているわけであるかちH中,M中 とは表記せず,H地域, M地域と書くことにする。まず1番差がでたM 地域とT地域との比較から述べたい。ここでは意識4をのぞいたすべて の因子で,T地域の平均値が有意に高いという結果が得られた。この中 でも意識2の得点差が大きい。この差の原因としてはT地域が山間農村 部で人口の流出入のきわめて少ない地域であり,古い日本の宗教的伝統
1 IEIi2…
を色濃く残していると考えられるのに対し,M地域は人口が急増し・多 くの価値観を持った幅の広い層が主流を占め,地域に古い宗教的伝統が
[表3一一一4−20]
宗教的意識1 宗教的意識2 宗教的意識3 宗教的意識4 宗教態度
地域差(H地域とM地域の比較)
H (N−159)
M SD
24. 21 6. 07 15. 62 4. 53
8冨54 3.64
12. 97 1. 95 16. 83 5. 92 *Pく⑪.05
M (N−629)
M SD t
23. 77 5. 45 ・ O. 90
14. 88 4. 21 1. 96
8.70 3匿45 一⑪駒52
13. 40 . 1. 66 一2. 55**
IZ 04 5. 09 一〇. 40
** p〈e.ol *** p〈o. eol
地域差(H地域とT地域の比較)
H(N−159) . T(N−49)
M SD
宗教的意識1 24、 21 6.07 宗教的意識2 15、 62 4.53 宗教的意識3 8. 54 3.64 宗教的意識4 12.97 1. 95 宗教態度 16.83 5,92 りく⑪.05
宗教的意識1 宗教的意識2 宗教的意識3 宗教的意識4 宗教態度
M SD
26. 04 5. 69 16. 92 4. 76 9. 80 3. 65 13. 35 1. 64 18. 55 3. 37
** p〈e.ol *** p〈o.ool
地域差(M地域とT地域の比較)
M (N−629)
M ・ SD
23. 76.・ 5. 45 14. 88 4. 21 8. 70 3. 45
13. 40 L66
17. 04 5. 09 * p〈O. 05
T (N−49)
M SD
26. 04 5. 69 16. 92 4. 76 9. 80 3. 61 13. 35 1. 64 18. 55 3. 37
** p〈O.Ol *** p〈O.OOI
七
一1. 87
−1. 73
−2. 11*
一1. 21
−2. 55**
t
−2. 8e**
一3. 23***
一2.12*
O. 23
−2. 89**
照131
少ない為と考えちれる。両地域の持つ無意識,無自覚の宗教教育力の差 が表れたと解釈することができる。H地域とT地域についてはM地域ほ どの差はない。全般的にT地域の宗教的意識が高いもののザ有意差があ るのは意 ft 3 ,宗教態度の両因子だけである。これはH地域がM地域と 比べ市の中心部にあり,比較的古くかちの住宅地,商業地域であり地域 の結びつきが芽生えていて,それが宗教的意識に反映をしているのか,
それともここでは測定できなかった他の要因が働いているのかは定かで はない。M地域とH地域との比較では意識4についてM地域が有意に高 いという結果を得たがこのことだけで地域差があるとは言えない。『これ
らのことからT地域が他の地域と比べ宗教的意識を育て易い環境にある と言うことができる。これは地域が閉鎖的な山間農村地域であることを 考えると非常に興味深い結果と言える。
最後に性差について述べたい。結果は[表3−4−21〕に示した。
ここでは意識4で有意な差は出ていないものの,残りの全ての因子で女 子の方が男子と比べ平均値が有意に高いという結果を得ている恩第2章 2節でも述べたように,Franc i. s(前掲書)は宗教に対する態度は女子の
[X3−4−21]
宗教的意識1 宗教的意識2 宗教的意識3 宗教的意識4 宗教態度
性差
男子(N=425)
M SD
22. 8e 5. 85 14. 77 4. 21 7. 84 3. 54 13. 30 1. 76 16. 01 5. 36
* r} 〈o. os
M
25. 22 15. 53 9. 67 13. 34 17. 80
** p〈e.el
女子(N=409)
SD
5. 06 4. 42 3. 22 1. 68 4. 91
*** p〈o.eel
t
−6. 40.***
一2. 55**
一7. 84***
一〇. 30
−3. 92***
方が高いという見解を示している。本研究とは違う尺度ではあるが女子 の方がより宗教的であるという点では結果が一致している。なぜ女子の 宗教的意識が高いのかその理由はわかちない。しかし二つの可能性があ ると考えちれる。ひとつは宗教的意識には発達差があり女子の方が早く 発達しているとする見解である。宗教的意識と少し次元が違うが,スタ ーバック,コーの示した宗教的回心の年齢は女子の方が2〜3才早く1 3〜16才であるということから考えれば,この発達差が平均値の差と なって表れていると考えることができる。第2は本質的に女子の方が宗 教的意識が高いという見解である。オルポート(前掲書)は「宗教諸研 究の結果かち女子がいかなる定義にせよ宗教と呼ばれるものに,より関 心を持つことはすべての研究に共通して見ちれる。としている。」この ことからすれば女子の得点が高いという本三三の結果も本質的なものが 現れたに過ぎないということになる。この結果だけではどちちの見解を 支持するのかを結論づけることはできない。しかし多くの研究と同様女 子の宗教的い高いという結果が得ちれたことは興味深いことである。
、. ネ上宗教的意識と環境との関係について考察を進めてきた。ここで明 らかになったのは日本の伝統的な宗教に基づいた宗教的諸環境の多くの 部分が,宗教的意識をより高める働きを持つということである。このこ
とは宗像(前掲書)や森岡(前掲書)が示した宗教環境が持つ無意識的
・無意図的宗教教育を実証的に示したと言える。そして本研究で示した 仮説2をかなりの部分で支持していると言える。
なおこれらの統計処理にはSPSS統計パッケージを用いた,また計 算には大阪大学大型コンピューターを用いた。
k−5
5節,総合的考察
1節,研究の目的及び仮説で述べたように,本研究は日本の社会の宗 教的特徴から宗教的意識尺度を作製し,それをもとに3つの大きな仮説 を立て研究を進めてきた。その細部に及ぶ考察は3節,4節で述べてき たが,ここでは研究の全体を眺めながら明らかになったことを整理し考 察したい。
1,中学生は全般的に,宗教的意識は得点高く,宗教に対する態度 得点は低い。このことから本研究で示した意識と,態度との間に はずれがあると考えられる。しかし宗教的意識と宗教に対する態 度との間には明確な相関関係があり,この両者の間には密接な関 係があることがわかる。
2,中学生の宗教的意識は全般的に高く,その中でも先祖崇拝意識,
自然への畏敬の念,因果応報,生への感謝,と言った日本の伝統 的宗教につながる意識が高い。
3,本研究の尺度に基づいた至高的体験者の宗教的意識は高く,両者 の間にははっきりとした相関関係がある。
4,宗教的意識を強くもつものほど社会態度尺度における,自己受容,
他者受容因子の得点が高い。このことは宗教的意識を強く持つ者 ほど本研究の尺度に基づいた自己実現的な生き方をする傾向演強 いことを示している。
5,宗教的意識を持つ者ほど他人との関わりを持とうとする。特に否 定的な生き方をする者に対しては救済の念を持ち易い。逆に宗教 的意識の低い者ほど健康的な人格に対しても懐疑的になり易い。
6,宗教的意識は家庭の宗教環境に大きな影響を受ける。宗教的象徴 があるだけではなく,それが生活の中に生きていることが宗教的
じ具6.
意識形成に果たす役割も大きい。
以上の点が本研究により明ちかになったことがちである。次にこれら 6つの点を総合的に見てみたい。本研究の最も重要な点は従来の宗教意 識,情操という個人の内面を扱った諸研究が,その実態把握と言う範ち
ゅうに留まっていたのに対し,本研究はそこから一歩進め,宗教的意識 を持つ者の,日常生活における社会・対人態度にまで考察を広げたこと にある。この考察を通し,日本の伝統的な宗教を背景とした,素朴な神 仏崇拝,自分を越えたものに対する畏敬の念,生あることへの感謝とい う心情を持つことJまたそういう心の構えを有することが,日常生活に おいても,他人の意見を聞き,他人を認め尊重するという,本研究の尺 度に基づいた自己実現的生きかた,健康な人間性と関係いが深いことが 明ちかになった。さらにこうした点かち本研究で示した宗教的意識がオ ルポートの内発的宗教,フロムの人道主義的宗教といった日常生活にお いて自己実現を促進する方向を持つ宗教と深く関わりを持つ可能性が見 いだされたζとは非常に重要であると考えている。さらに至高的体験と 宗教的意識との関係について述べると。本研究で示した至高的体験はマ スローの至高経験ほどの精神的深さ,広がりはない,しかし精神的成長 過程にある中学生が灘牽ゆすぶちれるほどの経験ではないにしても感動,
感激,、時の経つのも忘れる,という経験を持ち,そうした経験を持つ者 ほど宗教的意識が高いということも非常に重要であると考えている。そ
してこのような宗教的意識を育てる環境が日本の伝統的な宗教の中にあ ることを合わせて考ネると,伝統的な宗教形態を古いものとして排斥す るのではなく,また形だけ保存しようとするのでもなく,その中にある 意味を充分に理解した上で生活の中に生かしてゆく努力が必要なのでは ないかと考えるのである。
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最後に教育と宗教的意識との関係を考えてみたい。家塚(1985)は宗教 情操教育は公立学校でも可能であるとの立場から「宗教的なものを全く 排除した形でのみ教育が行われたとするならば,このような(このよう なとは物質的な物を越えたより高いものへの希求)希求と探求の意識は 芽生えの段階で摘み取ちれてしまうことになるであろう」〈( )内は 筆者〉と人陰形成の上での宗教教育の必要性を説いている。さちに安斉
(1979)は道徳教育は宗教的基盤に立たなければなちないとの見解かち宗 教情操教育の重要性を述べ,家庭や学校が宗教的雰囲気にあふれていな
ければ充分な教育効果は期待できないとしている。筆者(1985)も教育現 場の実態から現在の教育的荒廃の原因を宗教情操教育の欠如に求め,か つて日本の伝統的宗教が持っていた,宗教情操を養う機能を見つめ直す 必要を説いた。こうしたことと,本研究で明らかになった宗教的意識を 持つ者の自己実現的側面とを合わせて考えると,学校教育において宗教 的情操を育てる教育を促進させる必要性を強く感じる。
6,問題点及び今後の課題
目的及び仮説に記したことのかなりの部分が明ちかになった。しかし 研究を進めることによって生じた問題点や今後の課題も数多くあるここ ではそうしたものをまとめておきたい。
(1),宗教的意識尺度について
第1章3節で宗教的意識の位置を明らかにし,第3章1節2)の研究 の目的において具体的内容について述べた。そこから本研究の宗教的意 識が日本の伝統的宗教文化を基礎とし,その文化の中に生活する人間が 内面に持つ,態度 情操,意識の複合した概念であると位置づけた。こ の立場からすれば宗教的意識には感情面,思考面の両面がなけれ成ちな
肯118一