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芸術教育に必要な美的経験:とは

第三章  教育における美的なもの

第一節  芸術教育に必要な美的経験:とは

 本章では、問題の所在で述べたような現代社会における目的合理性、計画可能 性、効率性の追求の中で生きている子どもたちにとって、どのような教育が必要 なのかということを検討する。現代の社会の中で適応していくためには、子ども ρ内的な能力を育成し引き伸ばすこと力球められる・そレて澗騨鞍の糸口を

見つけ出すことが必要である。

 第二章であげた美的経験では、芸術を媒体として、子ども自身が思いもしない 自己を作り出す機会を子どもに与えるとした。そして、美的なものが、思いがけ ない自己へと変換する可能性を子どもに提供する。そこで、この美的経験が教育 とどのように関わることが求められるのか、教育と美的経験の関連性について述

べる。

1. 芸術教育の問題

 ここで、現代の教育的根本問題について考える。学校での教育は、芸術教育に 限らず教育活動全般にわたって、子どもの可能性を狭めているのではないか。決 められた範囲のなかで行われる教育は、子どもたちの可能性を引き伸ばすどころ か妨げてしまっているような傾向にある。

 芸術教育学者である山本正男によれば、芸術教育が、学校教育と共に一種の挫 折状況におかれているω。つまり、現代の学校教育のなかでは、学級崩壊、校内 暴力といった様々な問題を抱えており、このような学校現場では、芸術教育を、

シラーらが述べた調和的・楽天的な芸術教育観から考え始めることはできない。

 しかし、・どのような場においても、子どもたちにとって、何かをして起こる喜 びや達成感などの新鮮な体験を味わうことが重要であり必要なのである。そのよ

うな体験をいかに子どもたちが経験できるかが、問題の鍵となるのではないか。

 美的活動が、人間形成へとつなげるものは、 「嬉しい」 「悲しい」といった自 己の感情を生じさせる体験である。しかし、この体験を規範という枠の中に押し 込んでしまえぼ、強制的な感情に帰着してしまうことになる。そして、美的活動 が人間形成に何らかの意味を成すとき、単なる感情を越えるものになるというこ

とを考慮しなければならない。

2.創造性の意味

 創造性は、問題に直面した場合、すでにある観念に縛られることなく、柔軟な 態度で新しい解決方法を考え出す能力である。また、自らが進んで問題を見つけ、

解決していこうとする意欲をも導き出す。この能力は、自己実現につながるなに ものかとなる。学校教育の場でも、この能力は、詰め込み学習とは異なり、応用 力を身につけることに繋がる。

 このように教育の中で、重要視されている創造性の意味について考察する。創 造とは、新しいものを作りだすことである。その力には、未知に世界を即知に変

え、不可能を可能にし、新しく価値あるものを作りだすことでもある。発明・発 見、芸術作品の創作など創造と呼ばれる。このような働きが創造性である(2)。

 創造でも様々な意味があり、①何も無い状態から何かを生み出す。②すでにあ るものを作り変える。①は、いつどんなものができるのかまったく想像できない ため研究の対象にはされない。教育の中でとりあげられるのは、②であり、これ は、何らかの要素はすでに存在しているが、全体構造に従来みることがなかった 新しさをもつものである。このように、すでに存在する過去の経験を基盤に創造 性が成り立っていることが伺える。これは、美的経験で見られた、知性と感性の 融合とも重なり合う点がある。

 このように、過去の経験やすでに存在する要素は、新しい形でプラスにされる ものである。それゆえに、他人の考えていたことをもとに発展させたり、自分の

考えの中に他人の考えを取り入れたりという行為は頻繁に行われる。このように 見ても、この創造という行為の中には、模倣という行為が含まれているようにも

思われる。

 この模倣という行為は、美的経験の場合においても見られた。美的なものを表 現するとき、最初から創造的な表現をみることはできない。創造的なものに発展

させるために、典型的な表現をいかに上手く模倣できるか。そして、その模倣が、

単に模倣という行為に終わるのではなく、個性的な新しいものへ導き出せたとき 真の創造的な表現が生まれる。それゆえに、模倣と創造はまったく別のものでは なく、模倣することからあるものを取り入れ、受容し創造的なものにするのであ

る。

3.創造性の教育

 近代の学校教育では、 「生きる力」であるとか「自ら学び考える力」などが教 育目標とされている。これは、社会に適応するための感受性・柔軟性・創造性が、

子どもたちに求められていることを意味する。ではどのような教育がこれらの事 柄を育むことができるのか。

 創造的であるということは、感受性が豊かであることを意味する。また、』柔軟 性でなければ、創造的にはならない。このように考えると創造性の教育が重要と なってくる。そして、感受性の豊かな人は感覚の領域において、知覚することが 優れている(3)。現代の教育では、知的能力の過大な評価が行われている。そこで、

感覚による基本的経験に立ち返えることが 美的教育に求める点ではないか。

 創造性とは、新しい思想内容を産みだすために必要な人間の能力である。しか し、様々な経験を得ている大人は、子どもに自分の考えを押し付ける行為や簡単 なやり方を教えてしまうおそれがある。それでは、子どもたちは自らの力で造り だすこともできず、考えることの妨げにもなってしまう。それどころか、いっし

か創造することさえもなくなってしまう。創造性は、誰かから学ぶものではなく、

ある行為に対して直接自然に持つものである。大人の役割は、創造性を植えつけ るのではなく、引き伸ばしてやること、そして発揮できる環境を整えることであ

る。

 創造性のある人とは、①開放的で自発的な人問 ②変化に係わる立場にいる人 間 ③先入観に狭められない人間 ④自由自在に広く物事を考える人間 ⑤何か を生み出そうという意欲がある人間などを意味するω。このような人間を育てる ための手助けとして、美的教育は何らかの意味をなすのである。

4.  美的経験と芸術教育の関連性

 それでは、具体的に創造性を育む教育とはいったいどのようなものなのか。美 的経験とどのような関係にあるのか。

 従来の教育は、問題解決学習の形がとられていた。この問題解決学習とは、道 徳的・論理的に問題解決する傾向があったため形式的なものに拘束され、規則に 縛られた習慣的な形成が重視されていた。これでは、多様な個性を尊重した俗に 言う「生きる力」の育成にも繋がらないということは、先に述べた通りである。

 まず、 「生きる力」の主体となる「自己」について考える。ある美的なものに ふれたとき、自身の造形世界を模索し、それによって自分自身と同一化する。こ れが子どもの場合、いかに自己を表明するか、そして内面的なものが外に現れる かである(5)。 「自己」とは、外との環境と相互作用する中で生じ、それを繰り返 すことで経験を統合し再構成される。

 そこに生じる行為として、「思考」があげられる。この「思考」は、問題解決 学習重視の教育の中でも起こることでもある。しかし、問題解決学習の中での

「思考」は、規範的なものである。ここで、この問題解決学習のように拘束され たなかで「思考」する行為を打ち破る経験として、美的経験がその役目を果たす

ことになる。

 この場合、美的経験がもたらす行為は、知性と感性が一体化した「思考」によ って非概念的なものを直接感じ理解したり、概念を創造したりして、内面の中で 反復思考のやりとりが繰り返されるのである。美的な経験によって、美的なもの に見られる実際に存在する生のものに触れるとき、もともと持っている知性とそ のものを感じる感性とが融合し合い、子どもの多様性の中に一体となるものを感 じ取ることができる。ここで、他の経験と異なる美的経験が、子どものために役 立つのである。そして、この経験こそが教育の中で必要とされているのである。

(1)小笠原道夫 『教職科学講座 第1巻 教育哲学』福村出版、1991年、191頁。

(2)木村信之  『創造性と音楽教育』 音楽之友社、1980年、35〜36頁。

(3)R.ザイツ  『子どもを生かす美的教育』 木川美子訳 玉川大学出版部、1985 年、31頁。

④同上書、32頁。

(5)市村尚久ほか  『経験の意味世界をひらく一教育にとって経験とは何か』東信 堂、2003年、105頁。

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