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芸術・ズレ・無意識

ドキュメント内 創造性と不調和 (ページ 51-71)

 

渡邊 太・森⽥ 亜⽮⼦

躍動する無 

森⽥ ユーモアの理論は複数ありますが、なかでも、ズレや落差に着⽬して笑い を説明する理論は汎⽤性が⾼く、研究者の著作においても頻繁に引⽤され ます。不調和やズレは、ユーモア現象の中核に位置づけることができます。

芸術とユーモアの共通点にズレがあるというのは、興味深いことです。

ズレに着⽬した笑いの研究者に、故⽊村洋⼆先⽣1がいます。⽊村理論は難 解だと⾔われますが、渡邊先⽣は、⼤学院時代から⽊村先⽣の研究会に参 加されていましたね。⽊村先⽣は、しばしばJR⼤阪駅前でダンボールを かぶって路上⽣活者を装い、学⽣を驚かせたそうです。関⻄⼤学2は学⽣数 が多く、駅前で何時間か待てば、知り合いの学⽣が⽬の前を通ります。⽊

村先⽣を⼀瞥して通り過ぎる学⽣に「おーい」と声をかけると、学⽣はは

1 木村洋二(きむら・ようじ、1948-2009) 日本の社会学者。関西大学教授。日本笑い学会 副会長。ユーモア・サイエンス学会会長。著書に、『笑いの社会学』(世界思想社)1983 年。

『視線と「私」:鏡像のネットワークとしての社会』(弘文堂)1995 年。

2 関西大学 日本の私立大学。大阪府下に 5 つのキャンパスを有するほか、8 つの併設校を 擁する。大学には 13 学部と 16 大学院・研究科と留学生別科があり、30,745 名の学生が在 籍している(2018 年 5 月 1 日現在)。1886 年に開校した関西法律学校を母体として、1922 年に設置された。

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っと気づいて、⽬を丸くしたり⼾惑ったり、多様な反応をします。綺麗な 服装をしていなければ教授と気づかないのです。時には「なにをしている のですか。教授らしく振る舞ってください」と学⽣に叱られることもあっ たそうですが、思い込みの滑稽さに気づいて笑う学⽣はいい学⽣だという のが、⽊村先⽣の持論でした。

渡邊 ⽊村先⽣の笑いの統⼀理論は、簡単にいうと「ズレて、ハズレて、ヌケて、

アフレる」と要約されます。われわれの認識枠組みである「図式」からの ズレが笑いのきっかけとして重要です。⼤阪駅前での悪戯

いたずら

も、⼤学教授と 路上⽣活者という落差がズレになっていますね。⽊村理論も参照するハー バート・スペンサーの笑い理論によれば、予期(原図式)と認知(異化図 式)のズレには⼆種類あります。認知が予期を上回るとき(「思った以上 にすごい!」=上昇性の不⼀致)には驚きが対応し、認知が予期を下回る とき(「思った以上にショボい!」=下降性の不⼀致)には笑いが対応し ます。⼤学教授と路上⽣活者という落差も、下降性の不⼀致として図式に 充填された余剰出⼒がハズレてヌケてアフレることで笑いとばせるわけで す。

森⽥ 「幽霊の正体⾒たり枯れ尾花」に例えると、不審な影を「幽霊に違いない」

と思い込んだら枯れ草だった時の笑い(「なんだこりゃ(笑)」)が、下 降性の不⼀致ですね。スペンサーが前提とした精神エネルギーの存在は、

現在は否定されていますが3、⽊村理論は「精神エネルギー」を神経信号に 読み換えて、現代への適⽤を試みます4

3 スペンサーの理論については、序論を参照。

4 木村の笑い理論には、電気回路に象徴される機械論的なしくみが適用されている。木村は、

科学と人文学の融合を目指し、複合的な新領域の学問が笑いのメカニズム解明の鍵にな ると確信していた。木村理論が発表されてから、さらなる科学の発展をみた現在、これまで ヴェールに隠されていた笑いの諸現象の複雑さが白日のもとにさらされつつある。笑いのメ

⽊村理論5のポイントは、図式です。「なんだこりゃ(思っていたのが事実 と違う)!」と驚いて笑う時に、思い込み(「⼤学教授はスーツを着てい るものだ」)から解放されることを、「図式がズレて、ハズレる」と表現 します6。⼀⽅で、驚いたまま笑えない状態(「⼤学教授が路上⽣活者と同 じ格好をしているなんて…!」)は、図式がハズレていないと考えます。

「⼤学教授」や「路上⽣活者」などのカテゴリで他者を判断するというこ とは、ひとりひとりの⼈間をよく⾒ないということです。⾝なりや職業だ けで⼈を判断することはできません。駅前での悪戯

いたずら

は、思い込みから解放 される笑いを体験してほしいとの願いが込められた活動でもありました。

渡邊 ただし、真⾯⽬すぎる学⽣の場合、路上⽣活する⼤学教授に「聖なる貧

カニズムを説明するうえで、木村理論に限界があることは否めない。しかし、笑いを理解す るうえで、複合的なアプローチの重要度はなお増している。木村が参照したスペンサーは、

19 世紀にいちはやく神経メカニズムの概念をふまえた理論を構築した。今となっては一部 が否定されているとしても、その研究はのちの諸学の発展に影響を与えた。

5 晩年の木村は、教育と研究の両面において科学的なアプローチを積極的に取り入れた。

「笑いとユーモアの科学」「笑いの総合科学をめざして」と題した講義を設置し、多様な分野 の研究者と実務家を講師に招いた。関西大学人間健康学部にユーモア・プログラムを創設 したのも木村である。晩年、国際ユーモア学会の会長を務めたロッド・マーティンをカナダ から迎えて開催した国際シンポジウムの概要は、木村洋二(編)、木俣肇、苧坂直行、ロッ ド・A・マーティン(著)『関西大学国際シンポジウム「笑いを科学するⅡ」』(関西大学ソシオ ン研究プロジェクトユニット、2009 年)にまとめられている。なお、このシンポジウムは、吉本 興行株式会社の支援を得て開催された。

6 図式がズレて、ハズレる 木村は、次のように述べている。「すなわち、《笑い》はある特定の

図式系だけをリアルに体験させるような固定的な回路構成を、まさに一笑のうちに打破する ことによって、たまたまリアルなものとして構成されたひとつの世界を唯一不偏の《現実》と 信じて疑わない《物象化された精神》に回復不能な生理的打撃を与え、その硬直した世界 構成を根底から転覆・相対化すると同時に、カセクシス負荷回路の自在性を高めることによ って人間精神を自明性の呪縛から解放し、より自由でしなやかな世界構成への生理学的 条件を準備するのだ。」木村洋二著『笑いの社会学』(世界思想社)73頁。

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者」7のような崇⾼さを感じてしまい、驚きから崇拝へ⾄るような危うさも

⽣まれかねません。そのあたりを笑いとばせというメッセージも、⽊村先

⽣の笑い理論には込められていると感じました。

森⽥ 図式のハズレは、⽬からうろこ鱗が落ちるような体験です。固定観念にとらわれ ていては、⾃由な着想を得られません。⽊村理論では、図式がハズレた時 に開かれる可能性を「躍動する無」と表現します。既存の価値観を絶対視 せず、思いがけない出来事を楽しむ⼼が、豊かな創造性とユーモアの発現 を可能にします。

渡邊 とかく真⾯⽬な世界の中では、ズレるのはよくないとされ、ズレたらちゃ んと修正しましょうと諭される。基本的に我々の⽇常というのはズレを許 さない真⾯⽬な世界として成り⽴っているわけですが、そればかりだとつ まらなくなってしまうのも事実です。ズレる⾃由というか、ズレる余裕み たいなものがあって初めて新しいものが⽣まれるんじゃないかなと思いま す。おそらくは、笑いのないところに新しい価値の創造はありえないので はないでしょうか。

7 聖なる貧者 世界各地の神話や民話のなかに普遍的にみられるイメージの1つ。托鉢を行

う修行僧や、清貧を実践したアッシジのフランチェスコなどに、このイメージを重ねることが できる。分析心理学者のカール・G・ユング Carl Gustav Jungは、こうした普遍的イメージを 産出する型を元型 (アーキタイプ archtype)と呼んだ。

ズレと芸術性 

森⽥ ユーモアや笑いは、有機的8なプロセスです。私たち⼈間は有機体です。有 機体は、細胞の1つ1つも常に変化しています。私たちを取り巻く世界も また、とどまることなく変化しています。この変化が⽌まると、世界は死 を迎えます。⽣きることは、変化し続けることだといえるでしょう。その

⾃由が失われれば、活⼒も損なわれます。

渡邊 芸術の世界もやはりズレと創造をくりかえしています。特にデュシャン9以 降、現代美術や現代アートと呼ばれるものの中では、そもそもアートとは 何なのかということを⾃⼰⾔及的に問いながら芸術作品を制作するという

⼊れ⼦構造になっていて、その構造の中でさらにループするのですが、そ のループの中で必ずズレざるをえない。だから、ある意味ズレが構造化さ れた世界になっている。そうすると、今度は構造化されたズレとは別の仕

⽅でどうズレるかという問題になってきます。

森⽥ ⽬的と有⽤性を重視する世界では、ありとあらゆる作品にコンセプトが求 められます。芸術作品も例外ではありません。芸術は表現活動ですが、何 かを表現していなければ芸術ではないのか、そもそも表現とは何か、とい う根本的な問いと向き合いながら、作っては崩し、崩しては作る過程で、

アートが⽣まれつづけます。

8 有機的 いくつもの部分によって構成される全体と部分とが緊密に連携し、必然的な関係 にあって、統一をなすさま。有機体とは、すなわち生物のこと。

9 マルセル・デュシャン Marcel Duchamp (1887-1968) フランス生まれの美術家。伝統的な

美術の概念に対して挑戦的な手法をとり、ダダやシュールレアリズムの運動を加速させた。

ポップアートに与えた影響も大きく、20 世紀の美術を語るうえで欠かすことのできない重要 人物である。

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