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⼼肺をめぐる笑い

ドキュメント内 創造性と不調和 (ページ 71-96)

〜デカルト『情念論』へと⾄る循環器の構造 但⾺ 亨

自己紹介  

わたしの専⾨は科学史で、より詳しくは近代の数学や物理学の歴史です。で すから、実を⾔うとお⾨違いも甚だしいと申しましょうか、皆さんに笑いにつ いての何らかの新しい知⾒をお伝えできるのか、かなり疑問をもって京都から やってまいりましたが、どうぞよろしくお願いします。

大哲学者デカルトとフランス語著作 

今⽇扱うテーマは、古代から存在する医学についてのある学説―それは⼼臓 についてなんですが、その学説を巡っていろんな古今東⻄の学者が議論を繰り 広げてきました。とくに近代思想の代表的な⼈物にデカルト (René Descartes、

1596-1650) というフランスの哲学者がいます。彼はラ・エー (La

Haye-en-Touraine) というフランス中部の町出⾝ですが、⻄洋近代合理主義思想の祖、近

世哲学の⽗として有名な存在です1。また、哲学だけではなく数学でも重要な研 究をしているので、デカルトの業績は今でも不朽であるといえます。代表的著

1 現在、この町はまさにDescartesという名称で呼ばれている。

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作に『⽅法序説 (Discours de la méthode) 』 (1637) 、『省察 (Meditationes) 』 (1641) 、『哲学原理 (Principia Philosophiae) 』 (1644) などがあり、他にも「デ カルト座標」やCogito ergo sum「我思う、ゆえに我在り」など、数学や⾃然科 学,そして哲学の世界においては重要な、近代思想の夜明けのような存在です。

図 1 フランス・ハルス (Frans Hals) によるデカルトの肖像画

デカルトの研究をする場合には必ず調べなければいけない必読の全集があ り、これはアダン (Charles Adam) とタヌリ (Paul Tannery) という⼆⼈の偉⼤

な研究者によって編まれたもので、その頭⽂字をとってAT版と呼ばれていま す。さて、ここである参加者の⽅から、デカルトはフランス語だけで⽂章を書 いたのかという疑問をいただきました。基本的にはラテン語が当時の学問の共

⽤語なので、デカルトもラテン語で書く⽂化の最後の時代に属しており、ラテ ン語での書物も多く残しています。ただ、ラテン語ばかりかというと、実はそ うではなくて、別の代表的な著作をフランス語でも書いています。知識⼈なの

に、なぜ俗語のフランス語でも書くのかというとそれには理由があります。ラ テン語の学術書については、当然学者は読めます。もちろんラテン語のトレー ニングを受けているので⼤学の知識⼈は読めるのですが、それ以外の⼀般の⼈

はラテン語が読めないのです。ですから、⼀般の⼈にもちゃんと知識を伝える ために、この17世紀の初めの哲学者や科学者は、たとえばガリレオ・ガリレイ にしてもラテン語で物書きはできるのですが、あえて書かないで、⽇常空間で 話されている俗語であるイタリア語で本を書き始めます。デカルトやガリレオ はそういうことをした第⼀世代にあたるのです。

『情念論』における心臓と「笑い」 

そこで、この⼀般向けに書かれたフランス語のもので「笑い」についてデカ ルトは議論してないのかということで、『情念論 (精神の諸概念) 』 (1649 ) と いう著作を読んでみました。フランス語での正式な書名はLes passions de l'âme といいます。ここでのâmeとは魂の意味です。そしてpassionsは「情熱」と訳 されることが多いのですが、ここではそれは正しくありません。もともとキリ ストの受難を表す⾔葉ですが、中世からactionpassion、つまり能動と受動と いう意味が付加されます。つまり魂に何らかの働きがけをした時に、その魂が どのような反応 (passion) をするのか、を扱った書物が『情念論』という著作 なのです。この中で笑いについての記述はどのようなものがあるか、⼀部分を 引⽤してみました。第2部124節「笑いについて」という記述で、⽇本のデカ ルト研究を⻑くリードしてこられた野⽥⼜夫先⽣による名訳です。

笑いは⼼臓の右⼼室から動脈性静脈 (肺動脈 ) を通ってきた⾎液が、肺臓を 突然にしかも何度も繰り返して膨張させることによって肺臓に含まれる空 気を、気管を通じて激しく押し出し、このとき気管の中で空気が不明瞭な爆 発的な声を⽣むということである。 (デカルト2002、235⾴)

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このような「笑い」についての定義、「笑い」とはこういうものだという議論 を 124 節という、『情念論』のかなり後⽅でデカルトはしています。そして、

すぐ後の126節に笑いの原因についての説明があります。

そして私はそのように突然肺を膨張させる原因を次のような2つしか認めな いのである。第1は驚きの不意打ちであって、これが喜びに加わることによ って⼼臓の出⼊り⼝を急に開くことができるので、肺への⾎液や⼤静脈から

⼼臓の右⼼室でたちまち⼊り、そこで希薄になりそこから動脈性静脈 (肺動 脈 ) を通って流れ出て肺臓を膨張させるのである。 (同237⾴)

さらに続く笑いの原因について引⽤してみましょう。「第⼆の原因は⾎液の希 薄が促進する、ある液が混じることである。そういう液としては脾臓からくる

…」 (同237⾴)_ 。ここで脾臓が強調されます。実は古代からヨーロッパ⼈に とって脾臓は「笑い」の臓器というふうに位置づけられてきました。現代のフ ランス語の表現にもこの古代⼈の発想は残っていて、「脾臓をふくらませる

(épanouir la rate) 」という表現は「笑う」と同義、さらに⾔うと快活な「笑い」

を指します。先を続けましょう。「脾臓からくる⾎液の流動的な部分以外に、

適切なものを私は⾒いださない」 (同 237 ⾴) 。つまり、脾臓から⾎液が来る ことによって笑いは起きる。笑いとは脾臓に起因しているのだという意味です。

さらにつづく部分では、「⾎液のこの部分は「驚き」の不意打ちによって加勢 された憎しみの軽い感動により、脾臓のほうへ押しやられ、⼀⽅で喜びが多量 に⼼臓に送り込んでいるところの、⾝体の他の部分から来た⾎液のうちに混⼊

して、この⾎液を普通よりもはるかに⼤きく膨張させるのである」 (同237⾴) とあります。⻑⼤で少し分かりづらいですが、重要なところはこの「混⼊して」

という表現です。⾎液を普通よりもはるかに⼤きく膨張させるので、膨張させ て爆発的な笑いが起きるのだ、とデカルトは結論しています。

ここで⼼臓の構造についておさらいする必要があります。単純化した⼼臓の 模式図を⾒てみましょう。

図 2 心臓の模式図 © (財) 北海道心臓協会

全⾝の細胞を巡って来た静脈⾎がどこに戻るかというと、⼤静脈を経て、右

⼼房に⼊ってきます。房とは⽇本語の解剖学⽤語では⾎液が⼊ってくる⽅、す なわち⼊⼒側の部屋のことをいいます。それから三叉弁に代表されるような弁 構造が⼼室、⼼房について1つずつあります。この弁構造によって⾎液の⼀⽅

通⾏の流れが保証され、次の室に送られる構造になっています。そうして、右

⼼室に運ばれた⾎液は、先ほどのフランス語では別の表現でしたけど、現在の 解剖学的表現ですと肺動脈を経て肺に送られます。さらに肺循環というサーキ ュレーションがあって、つづいて左⼼房に⾎液が流れ込む。最終的に、ここに も弁がありますが、⼤動脈を経由して左⼼室から⾎液がまた全⾝に送り込まれ る。これが⼼臓の解剖学的な⾒地から知られる⼤構造です。

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生理学への熱意 

ここまでは現在の我々の知っている解剖学的な⼼臓の構造です。ただし、こ の構造をデカルト以前の古代の医者がどのように理解をしていたのか、という 点を念頭におきながら、このデカルトの箇所を分析してみますと、奇妙なこと が分かります。天動説が地動説に変わるように、科学的な常識が180度転換す ることをパラダイムシフトと⾔いますが、デカルトの記述を読んでみると、16 世紀に解剖学における⼤きなパラダイムシフトが起こった後であるのにも関 わらず、古代の学説と近代の学説の「奇妙な共存」を⾒出すことができるので す。

デカルトの『情念論』の構成について⾒ますと、実は「笑い」についての議 論は⼤変少ないことが分かります。ほとんど真⾯⽬に扱われず、後ろのほうに 少しだけ出てきます。もともとデカルトが最初から論じた基本的な情念・感情 はどういうものかというと、6 種類しかありません。この6 種の組み合わせに よってさらに多種多様な感情が出てくるとデカルトは補⾜しています。まず、

1 つは尊重とその反対側の概念である軽視。つぎに、⾼邁と⾼慢そして謙遜と 卑屈といった具合です。こういった感情を結びつけることによって、他の感情 が⽣じるというふうにデカルトによれば考えられています。ちなみに同時代⼈

に、「⾎液循環説」を実証し、⽣理学 (Physiology) という重要な医学の⼀分野 を築いたウィリアム・ハーヴェー (William Harvey,1578-1657) というイギリス

⼈医師がいます。ハーヴェーはこの時代では最⾼レヴェルの医師であり、デカ ルトはそんなハーヴェーの研究に強く惹かれていました。ただデカルトは基本 的に⾃分がどの⼈のどの本を読んでこのアイディアを思いついたのかという 痕跡はほとんど書き残さず、他⼈の意⾒を無断で失敬するという傾向がありま した。

ここで、「笑い」を扱う学会なだけに、デカルトは過去の記述をパロディに したのかという疑問を抱く⽅がいるかもしれません。この場合はパロディとい

った内容の改変・編集等を含む知的操作でなく、むしろそのまま他⼈の書いた ものを盗⽤してしまうことの⽅が⼀般的でした。著作権法などの締め付けが緩 い次代だったのでこのようにひどい剽窃をしても⼤きな罪には問われなかっ たのですが、誰の本を読んでこういうことを思いついたのか、という情報をデ カルトのような偉⼈でも基本的にはほとんど書かないのです。

ただし、唯⼀例外的なのがこのハーヴェーです。ハーヴェーが当時発⾒した ばかりの⾎液循環説 (1628 年) 、つまり 17 世紀初頭に⾒つかったばかりの⽣

理学の最新学説について、もともと医師ではないデカルトは興味深く集中的に 勉強し、その成果は約20年後の1649年に出版された『情念論』でのハーヴェ ーについての⾔及 (第1部 7 節) に表れています (同 141 ⾴) 。引⽤をほとん ど残さないデカルトがハーヴェーの名前だけわずかに書いています。何度も繰 り返しますが、このデカルトの引⽤はきわめて珍しく、デカルト研究において は重要なアクセントとなっています。つまり、デカルトは当時最新の⽣理学説 について強く関⼼をもっていて、理解しようと懸命に励んでいたことの紛れも ない証拠であるのです。

古代末期の大医学者ガレノス 

さらに話を進めてまいりましょう。デカルトには最後にまた戻りますが、こ こではガレノス (Galenos, ca.130-216) という、また別の古代の医師に話を移し ます。彼は2世紀に活躍した現在のトルコ共和国の⼀部である⼩アジア、ベル ガモン出⾝の医師です。ベルガモンという都市は現代ではあまり知られていま せんが、古代末期においてはたくさんの知識⼈・学者が住み、先端的研究が⾏

われる⽂化都市でした。この時代で、たくさんの偉⼤な学者がいて⼤きな図書 館があってというと、アレクサンドリアというエジプトの⼤都市を想起します が、知的活動が盛んで⼤発展をした他の都市としては、このアレクサンドリア という町に次ぐ規模であり、知的⽣産層の集積がこのベルガモンでは起きてい たのです。

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