第 2 章 <語り>に着目した文学の授業
第 2 節 「舞姫J (現代文 B)
第 1項 「舞姫J先行研究(作品論)
本項では、これまで「舞姫」がどのように読まれてきたのか、ということをいくつかの 先行研究を挙げながら分析していく。「羅生門Jと同様に、く語り>に着目したく読み>
との差異を明らかにするために、アプローチの方法とそれによって「舞姫Jの主題がどの ように価値づけられているのかということに着目した。
( 1) 小堀桂一郎「舞姫J論
小堀桂一郎(1996)は、作家論的なアプローチによって「舞姫」論を展開している口小 堀の「舞姫」論の特徴は、作家である森鴎外自身の手による原稿の訂正や補筆のうかがえ る草稿などを手がかりとして、そのような原稿の訂正や補筆によって鴎外がどのような意 図を作品にもたらそうとしているか、ということを論じている点であるD また、鴎外自身 に「舞姫」に登場するエリスのような恋人がし、たとしサ事実から、一般的に主人公である 太田豊太郎と鴎外が同一視されることは多い。それと同時に、その他の登場人物である天 方伯や相沢はそれぞれ、山県有朋と賀古鶴所がモデルであると考えられている。このこと についても小堀は、そのように作中の登場人物と実在の人物を重ねて読むことは作家であ る鴎外に仕組まれたことであり、それには鴎外のある意図が働いていると述べている。
例えば、作中で「明治二十一年の冬は来にけりJという一文があるが、明治二十一年と は鴎外が帰朝した年であり、史実とは合致しない。それなのに、このように年号を明示し ていることについて、小堀は、明治二十一年十二月の山県有朋と賀古鶴所の一行の渡独と 二重写しにしてそのモデル性を暗示するためであると述べている口確かに、年号が明示さ れている以上、当時の社会状況と小説内の出来事を結び付けて読むことは自然であり、そ れがちょうど明治二十一年に渡独した山県有朋と賀古鶴所に結び付けられでも何ら不自然 ではない。それでは、このようなモデ、ル性を示すことには鴎外のどのような意図が働いて いると言えるのだろうか。小堀はこのことについて次のように述べている口
『舞姫』はなるほどテーマ小説にちがいない。だがそのテーマは、はたして佐 藤春夫氏がいうところの「封建人が近代人となる精神変革史ともいふべきも
の」で、あったろうか。…(中略)…要するにベルリンにおける太田は近代人で あったと言いえよう。そこで彼が近代市民社会の一員という自分の存在にめざ めたことはまちがいない。だが天方伯の庇護のもとに日本に帰り、天方伯に代 表される、かつては太田が反抗し、そして憎まれた上司の属する現体制の側へ 再びもどってゆくときの太田は、ここに言う意味での近代人でありつづけるこ とはできないだろう。…(中略)…太田の愛欲の悲しみに仮託して作者が表白 せ ん と し た の は 彼 の 西欧文化への訣別の悲しみで、あった610
ここでは、「舞姫」のテーマとして、太田豊太郎が「近代人としての自我を確立できな かった」のだということが述べられている。小堀の論によれば、「舞姫」におけるエリス は「便利の皿を弔った緒をそっとひく、白い、優しい手の持主」で、あったばかりではな く、むしろエリスこそは「自然科学を育てる雰囲気のある、便利な国」「何の師匠を求め るにも便りの好い、文化の国」の象徴で、あったのである。つまり、豊太郎にとってエリス
61小堀桂一郎 (1966)「『舞姫』論J,『慶応義塾大学経済学部 日吉論文集』。引用は長谷川泉編(2000)
「森鴎外「舞姫」作品論集近代文学作品論集成E』(クレス出版,P.258)による。
と別れるということは、そのまま西洋文化と別れるということを意味していたのである。
また、モデル性を示す鴎外のもう一つの意図として、小堀は次のようにも述べている。
『舞姫』は、如上の読み方に従えば、レアリスト森鴎外がドイツよりの帰朝と いう人生行路の岐路に立って、自分自身に与えた現実復帰の強い指針で、あっ た。同時にやはり、不本意ながら示さざるをえなかった、いわゆるエリス問題 についての巧妙な解決宣言で、あった。さらにまた、文学的官険心、文壇的野心 のあらわれでも勿論あった620
ここで述べられているような、エリス問題の弁明の意図があったという点について、大 里恭三郎(1986)と長谷川泉(2000)もそれぞれ次のように述べている口
『舞姫』における鴎外の場合、作品は、エリス事件の弁明という意味合いをな にかしら担っていたのであり、その点で作者は、結末において主人公を帰国さ せなければならぬという制約をはじめから負っていた630
鴎外は「舞姫」において、太田豊太郎の自我が、エリスの処女性を尊び、エ リスを一人の人格ある女性として扱う知く構想しながら、なお陰窮には、エリ スは「真に愛すべき人jで、はなかったが故に、手折って棄てられたのであり、
そのことはやむを得なかったものとする男性のエゴイズムの心象を染め出して いる。恐らくは、そのことは、鴎外の女性観に通い、鴎外の留学中の人生観と 行動のステロ・タイプ。で、あったであろう640
これらの論からみても、エリス問題の弁明の意図があったという点は無視できないもの であると言えるだろう。そして、そのような意図があるとするならば、それがさらにどの ような意味作用を作品にもたらしているのか、ということも読む必要があるのではないだ ろうか。例えば、竹盛天雄(1972)は次のように述べている。
二つの方向にひかれて背信の淵に叩き落され、醜なるおのれの心の所在を自覚 することは、そのまま、故国へ回帰することにほかならなかった。たしかにそ れは、詠嘆的でありいたるところに膳化もあって、主人公の責任の所在はあい まいに描かれているものの、醜なるおのれの心を自覚して帰国してくる人間の
62小堀桂一郎(1966) ,P.260a
63大里恭三郎(1986)『近代小説の解体』,桜楓社,P.8。
64長谷川泉(2000)「舞姫J,長谷川泉編『森鴎外「舞姫」作品論集 近代文学作品論集成E』,クレス出 版,P.126a
物語として提出されているのだ650
これはかなり鋭い指摘である。竹盛は「主人公の責任の所在はあいまいに描かれてい る」というように、このような小説を書く鴎外の自覚のあり方を問題としている。その一 方で、竹盛は鴎外の美的感覚として、「舞姫」には「醜J「醜なる美」が描き出されている のだということを論じており、それ故に手記の登場人物としての豊太郎と手記を書いてい る豊太郎、そして作家である鴎外とを区別しようとしていない。このために混乱が生じて いるのだと考えられるが、「醜なるおのれの心」を自覚しているととと、主人公の責任の 所在が暖昧に描かれているということを同列に扱うことはできるのだろうか。このことに ついては第2項の作品研究においても詳しく述べるが、後から過去のことを振り返って手 記を書くというこの小説の構造上、少なくとも、「醜なるおのれの心Jを自覚して「帰国
してくる」豊太郎と豊太郎の責任の所在を暖昧に描いている鴎外を区別する必要がある。
( 2) 助川徳是「舞姫」論
助川徳是(1986)は、作品論的なアプローチによって「舞姫」論を展開している。先述 したように、竹盛の「舞姫」論は、手記の登場人物としての豊太郎と手記を書いている豊 太郎、そして作家である鴎外とを区別しようとしていないがために、鴎外が主人公の責任 の所在を唆昧にしているということと、「醜なるおのれのこころ」を自覚して帰国すると いうことの批評性が不十分にならざるを得なかった。それに対して、助川の「舞姫J論で は少なくとも登場人物としての豊太郎と手記を書いている豊太郎とが区別されている。こ のことがよく分かるのが次の部分である口
「舞姫」の「鳴呼、何等の悪因ぞこの思を謝せんとて自ら我僑居に来し少女は ショッベンハウエルを右にしシルレルを左にして終日瓦座する我読書の窓下に 一輪の名花を咲かせてけり」の条りは、「舞姫」の叙述の遠く質を典型的に示
している。「鳴呼、何等の悪因ぞ」と痛恨とともに認識するのは、西と東の結 界である「セイゴンjの港にいる太田豊太郎で、あって、夢魔に襲われたような 青春の時間を生きているかれではない。読者は、「事件の進行した過去の時 間」に直接立ち合うことができない。「語り手の現在」の認識や判断や情念が 硝子の板のようにそれを保護している。豊太郎が生きた青春の時間は、その夢 から醒めた現在の豊太郎の意識に侵襲されている。であるならば、前者はじつ は論評は不可能である。過去は豊太郎の意識の中で完結しており、読者が知る
65竹盛天雄 (1972)「「明示廿一年の冬」ー「舞姫j論ーj,東京大学国語国文学会編『国語と国文学』第 577号,至文堂,P.27。