第 2 章 <語り>に着目した文学の授業
第 1 節 「羅生門」(国語総合)
本章では、「羅生円」と「舞姫j としづ、二つの教材を取り上げて、第1章で述べてき たく語り>を読むとはどのようなことなのか、ということについてさらに具体的に述べて し、く。また、「羅生門」と「舞姫」は高等学校の国語科の教科書のほとんどに掲載されて いる、所謂「定番教材」である。特に「羅生門」は高等学校の全ての国語総合の教科書に 掲載されており、高校生たちが読む入門期の小説としても大変重要な教材である。さら
に、それぞれく語り>の形式が異なっているため、く語り>を読むということについて具 体的に考えるためには適当な教材であると考えられる。「羅生門」(筑摩書房『国語総合』
2012年検定済教科書,P.30〜P43)と「舞姫J(筑摩書房『精選現代文B』2013年検定済 教科書, P.368〜P.397)の本文は【資料編】に掲載することとする。
着衣を剥ぎとる。この下人の心理の推移を主題とし、あわせて生きんが為に、
各人各様に持たざるを得ぬエゴイズムをあばいているものである。思うに彼が 自らの恋愛に当たって痛切に体験した、養父母や彼自身のエゴイズムの醜さ と、醜いながらも、生きんが為にはそれが如何ともすることの出来ない事実で あるとしづ実感が、この作をなした動機の一部で、あったに相違ない340
下人は羅生門の下で途方に暮れながら、「飢え死にするか盗人になるかJとしづ葛藤に 答えを出せずにいた。そのような下人が盗人になる「勇気jを得たのは、老婆の話を聞い たからである。老婆が語った話によって、老婆と死人の女が生きるために持たざるを得な かったエゴイズムが暴かれることとなった。下人はエゴイズムの醜さと、生きるためにそ の醜いエゴイズムを持たなければならないという事実を痛切に感じ、自らも引剥になった
ということである。そして下人のこの実感は、芥川自身も感じたものであり、「羅生門」
を創作した動機の一部であると述べられている。また、吉田はこれらのことについて、さ らに次のように述べている。
もし理想主義の作家で、あったならば、下人が盗人となろうと思った心を、娠の 醜い行為の前に、翻然と忘れて義憤を発する所で巻をとじるか、或はそうした 悪心をすて去らしめて結局するであろう口しかし龍之介は却って、熱烈な正義 感に駆られるかと思うと、やがて冷たいエゴイズムにとらわれる、善にも悪に も徹底し得ない不安定な人間の姿を、そこに見た。正義感とエゴイズムの葛藤 のうちに、そのような人間の生き方がありとし、そこから下人にエゴイズムの 合理性を自覚せしめている。そうしたエゴイズムの醜さをのがれようとすれ ば、彼の生存を否定するよりほかはない。ここに龍之介の感じ且つ生きたモラ ノレが見える350
先述したように、下人はエゴイズムの醜さと同時に、生きる為にはエゴイズムを持たざ るを得ないという事実、つまり、エゴイズムの合理性を自覚することとなる。「羅生門」
ではこの後、下人は盗人となるが、もし芥川が理想主義の作家であれば他の結末も考えら れるはずである。その他の結末とは、下人がエゴイズムの合理性を自覚しながらも、正義 感によって醜いエゴイズムを乗り越え、悪心をすててしまうというような結末である。し かし、芥川はそのようにしなかった。このことも含めて吉田は、養家や自己のエゴイズム の醜さを自覚しつつも受け入れなければならなかった界川自身と結び付けて価値づけてい る。
(2) 三好行雄「羅生門」論
34吉田精一 (1979)『芥川龍之介I』,桜楓社,P.57o 35向上,P.57o
三好行雄(1976)は、作品論的なアプローチによって「羅生門」論を展開している。吉 田の論と同様に、作家である芥
J
11と結び付けて作品を価値づけているが、下人と老婆の遭 遇を「認識と認識の出会い」であるとしているところに差が見られる。三好はまず、「羅生円」に現出している作品世界を次のように述べている。
龍之介の描くく羅生門>は死の世界、いや、死につつある世界の象徴である。
死体が放置されているのは、死者を受け入れるべき世界がすでに朽え、崩壊し つつあることを示している。外には、死者を捨て、下人を放逐する世界がまだ 存在していたとしても、羅生内の時空は確実に病んでいる。そこに、死と破滅 の予感に満ちた世界に、負け犬が迷い込む。かれは外から来て、外へ出口をも たぬままに、ただひとり、死者の国の扉にもっとも近く立っている。「羅生 門」は、その下人の生への帰還のものがたりである360
ここで述べられている、「下人の生への帰還のものがたり」とはどういうことだろう か。そして下人はどのようにして生へと帰還するのだろうか。吉田は「下人の心理の推 移Jを、老婆の話を聞いた下人がエゴイズムの醜さとエゴイズムの合理性を自覚したこと
によるものとしているが、三好は老婆の論理について次のように述べている。
こうしなければ餓死をするから、仕方なしにするのだ。老婆の論理は明快で、
素朴である。しかし、その明快さは下人になにも教えない口おなじ論理を、か れは認識の内部にすでに育てていた。また、老婆は確かに、下人の惑いをつき ぬけた存在である。だからといって、観念を実践する彼女の行為だけが、下人 に行動の可能性をひらいたのではない。なぜなら、下人のたゆたいは、かれの 臆病に起因するのではない。下人に真に必要だ、ったのはく許す可らざる悪>を 許すための新しい認識の世界、超越的な倫理をさらに超えるための論理にほか ならぬ。下人と老婆の遭遇は認識と認識の出会いなのである370
老婆は死人の女も自分を許してくれるだろうと語る。そして下人も、生きる為には仕方 ないとし寸論理、老婆を許し、自らも許される世界に身を投じていくのである。だからこ そ下人は、老婆に「では、己が引剥をしようと恨むまいな」と言うことができるのであ
る。このように、生きる為に仕方のない悪のなかでお互いの悪を許しあった、「悪が悪の 名において悪を許すことを許容する世界」が現前したのだと三好は述べている。そして、
この「悪」は「人間」と置き換えることができ、そのような世界は「論理の終駕する場 所」であるとも述べている。これは一体どういうことなのだろうか口
36三好行雄 (1976)『芥川龍之介論』,筑摩書房, P.60o
37向上,P.63a
ここで三好が問題としているのは、下人が老婆との出会いを経て、老婆の論理を受け入 れたことではなく、「<許す可らざる悪>を許すための新しい認識の世界」を下人が獲得 できなかったということである。下人と老婆の出会いは「認識と認識の出会しリであると 言うことができるが、老婆の論理は下人にとって特別意外なものというわけでもない。そ して下人の老婆を蹴倒して行くとしづ行為は、具体的な行為としては老婆を乗り越えるよ うなものではあるが、その実、老婆の論理の枠組みの中で老婆を蹴倒したに過ぎない口つ まり、下人は老婆の認識を超えるような認識を持つに至らなかったということである。本 来ならば老婆の行為は許されるものではないが、このような老婆の姿は生にしがみつく人 間の姿そのものであり、人間の存在自体が抱えている問題でもある。それが乗り越えられ なかった。その意味で、「羅生門」に救いはなく、く無明の闇>に通じるとも述べられて し、る。
「羅生門」のドラマはし、かなる救済をも拒否する精神性をまるごと剥離された 生の裸系、そのむきだしの我執はもはや罪ではなく、人間存在のまぬがれがた い石のような事実である。老婆や下人がそうしたように、生きるためには仕方 がないどいう理由で、暗黙に許しあうことがだけが可能である。かれらの我執 は、裏がえせば、生きのびねばならぬ人間の意志である。…(中略)…芥川龍 之介が「羅生門」で描いてみせたのは地上的な、あるいは日常的な救済をすべ て絶たれた存在悪のかたちである。人間存在そのものが、人間であるゆえに永 遠に担いつづけねばならぬ痛みであり、生きであることにまつわるさまざまな 悪や苦悩の根源である380
「羅生門jで描かれているような、人聞が人間である限り逃れられない存在悪は、実際 的な救済を絶たれている。これはあらゆる苦悩の根源であると同時に、「生きのびねばな
らぬ人間の意志JでもあるD そのような人間の持つ存在悪から救済されるような論理、観 念を下人は獲得する必要があったのだと三好は述べているのである。このように、下人を 批評しているという点において、三好の論には吉田の論との差異が見られる。
三好はさらに、「羅生門」の初出稿では、最後の一文が「下人は、既に、雨を官して、
京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあった。Jで、あったのを、芥川が後に「下人の行方は、
誰もしらない。」と書き変えたことに注目し、下人の救済はその後の芥川の作である「像 盗」で試みられるが、その試み自体がきわめて観念的であるために挫折しているとも述べ ている。
38三好行雄(1976) ,P.70。