第 5 章 福祉 国家類型 論とジェンダ ー
1. エスピン-ア ンデ ルセンの福祉 国家類型 論
先 進 資 本 主 義 諸 国 お い て は 、 二 つ の 世 界 大 戦 の 戦 間 期 も し く は 戦 後 に82、 戦 争や大恐慌に よる失業 や貧困などの 社会問題 にたいして、 市民の権 利として給 付やサービス を供給し 社会的生存を 保障する 福祉国家シス テムが出 現した。
T. H. マーシャルは 社会的市民権 、すな わ ち、市民と 国家との「 社会契約」83 のもとで、市 民の権利 として社会権 が保障さ れることこそ が福祉国 家の核心的 な理念である と主張し た( Marshall, 1950)。エスピン -アンデ ル センは、こ の マーシャルの 社会的市 民権という概 念が、法 的あるいは実 践的な所 有権のあり 方にかかわり 、業績に 応じてではな く市民の 権利としてそ れが保障 されている のであれば、 社会権は 個人の地位を 市場原理 に対して脱商 品化する ものである と位置づけた( Esping-Andersen, 1990=2001: 22)。社 会権によ っ て社会サービ スを権利とし て獲得し た個人は、自 らの労働 力を市場 で販 売するこ とにその生 存を委ねるこ となく生 活を維持でき るように なり、労働力 の脱商品 化が生じる ということで ある。 脱 商品化は、ポ ランニー ( 1944=2009)の言葉 を借りれば 、 自 己 破 壊 的 な 市 場 経 済 メ カ ニ ズ ム84か ら 人 間 社 会 シ ス テ ム を 防 衛 す る た め に も
82 19 世 紀 後 半 以 降 に お け る 社 会 福 祉 ・ 社 会 保 障 制 度 の 発 展 を も っ て 福 祉 国 家 の 発 展 段 階 を 論 じ る も の も あ る 。 例 え ば 、 ヘ ク ロ (1981: 386-387) に よ れ ば 、 1870 年 代 か ら 1920 年 代 に か け て は 福 祉 国 家 発 展 の 試 行 期 、1930 年 代 か ら 1940 年 代 に か け て は そ の 確 立 期 、 1950 年 代 か ら 1960 年 代 に か け て は そ の 拡 張 期 、 1970 年 代 以 降 は 再 編 期 と な る 。 福 祉 国 家 の 胎 動 に つ い て は こ の よ う に 見 解 の ズ レ は あ る も の の 、 戦 後 、 先 進 諸 国 に お い て 福 祉 国 家 が 本 格 化 し た こ と に 対 し て は 、 議 論 の 余 地 は な い 。
83 原 (2016) に よ れ ば 、 戦 後 福 祉 国 家 に お け る 「 社 会 契 約 」 は 、 1980 年 代 以 降 、 社 会 保 障 の あ ら ゆ る 分 野 に お け る 「 福 祉 の 契 約 主 義 」 化 へ と 変 容 し 、 社 会 的 諸 権 利 を め ぐ る 責 任 と 権 利 の 関 係 は 、 市 民 と 国 家 と の 関 係 で は な く 、 個 人 と 国 家 と の 関 係 と な っ た と い う ( 原 , 2016:164)。
84 ポ ラ ン ニ ー は 、 商 品 の 概 念 を も っ て 、 市 場 の メ カ ニ ズ ム を さ ま ざ ま な 生 産 活 動
85 必 要 で あ り85、 個 々 人 の 福 祉 ( well-being) や 安 全 が 許 容 可 能 な レ ベ ル に 達 す る上での条件 でもある 。
ところが、社 会的市民 権の概念には 社会的階 層化にかかわ る側面も 含まれて いる。一般的 に福祉国 家は、不平等 な社会構 造を是正しよ り平等な 社会をつく りだすメカニ ズムであ るとされるが 、エスピ ン-アンデル センは、 福祉国家の 社会政策によ ってどの ような階層構 造が制度 化されるかと いう、よ り根本的 な 問題を提起し た( Esping-Andersen, 1990=2001:25-27)。エスピ ン -アンデルセ ンによれば、 福祉国家 はそれ自体が 階層化の 制度であって 、社会関 係を形づく る能動的な力 なのであ る。例えば、 ミーンズ テスト付きの 社会扶助 は明らかに 階層化を目指 したもの で、受給者に たいして 制裁を加え烙 印を押す ことで、社 会的な二重構 造を拡大 したし、コー ポラティ ズム的な社会 保険モデ ルもまた 、 様々な階級や 地位集団 ごとに異なっ た社会保 険基金を制度 化するこ とで、賃金 生活者を分断 すること となった。さ らにまた 、ミーンズテ スト 付き の公的扶助 やコーポラテ ィズム的 な社会保険の 代替案と して 、地位の 平等を推 し進める普 遍主義的な福 祉国家は 、階級や市場 における 地位の如何を 問わず、 市民に同等 の権利を与え 、階級を 超えた国民全 体の連帯 をつくりだそ うとする が、労働者 階級が豊かに なり新し い中間階級が 台頭する につれて、均 一給付の 普遍主義は 維持できなく なる。 意 図せざる結果 として、 貧困層は国家 に、それ 以外の人々 は民間の年金 や労使間 のフリンジ・ ベネフィ ットなどの市 場に依拠 する二重構
の 諸 要 素 ( elements of industrial life) に 関 係 付 け 、 市 場 経 済 の 制 度 的 本 質 と そ れ が 社 会 に も た ら す さ ま ざ ま な 危 険 に つ い て 次 の よ う に 述 べ た 。「 ど の 生 産 の 要 素 も 、 販 売 の た め に 生 産 さ れ た と み な さ れ る が 、 こ の よ う な 場 合 、 そ し て こ の よ う な 場 合 に お い て の み 、 生 産 の 要 素 は 価 格 と の 相 互 作 用 を 行 う 需 要 と 供 給 の メ カ ニ ズ ム に 従 属 す る こ と 」 に な る 。 労 働 、 土 地 、 貨 幣 は 生 産 の 本 源 的 な 要 素 で あ っ て 、 こ れ ら の 市 場 は 経 済 シ ス テ ム に お い て 絶 対 的 に 欠 か せ な い 部 分 を 構 成 す る 。だ が 、こ れ ら の い ず れ も 、販 売 の た め に 生 産 さ れ た も の で は な く 、 明 ら か に 商 品 で は な い 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 こ れ ら を 商 品 と す る の は 、 ま っ た く 擬 制( fiction)で あ り 、こ の 擬 制 の 助 け に よ っ て 、労 働 、土 地 、貨 幣 に 関 す る 市 場 が 実 際 に 形 成 さ れ る の で あ る 。 人 間 と そ の 自 然 環 境 の 運 命 を 市 場 メ カ ニ ズ ム に ま か せ る こ と 、と り わ け 、「 労 働 力 」と い う 商 品 化 す る こ と は 、社 会 の 破 滅 を 引 き 起 こ す こ と と な る ( Polanyi, 1944=2009:124-126 )。
85 ポ ラ ン ニ ー に よ れ ば 、「 あ ら ゆ る 社 会 防 衛 の 目 標 は 、市 場 の 仕 組 み を 破 壊 し 、そ れ が 存 在 で き な く な る よ う に す る こ と 」で あ っ て 、例 え ば 、社 会 立 法 、工 場 法 、 失 業 保 険 、労 働 組 合 等 の よ う な さ ま ざ ま な 社 会 防 衛 制 度 の 目 的 と は 、「 人 間 労 働 に 関 す る 需 要 と 供 給 の 法 則 に 干 渉 し 、 人 間 労 働 を 市 場 の 作 用 か ら 守 る こ と に あ っ た 」 と い う ( Polanyi, 1944=2009:316)。
86 造が生み出さ れてしま う のである。
かようにして エスピン -アンデルセ ンは 、T. H. マーシャ ルやカー ル・ポラ ンニーの業績 を手掛か りに、社会的 市民権の 概念から「脱 商品化」 と「社会的 階層化」とい う二つの 指標を導出し 、これら に基づいて現 代の福祉 国家を異な る三つのレジ ーム類型 、すなわち 、「自由主義 的」(アン グロ・サクソ ンの国々 )、
「保守主義的 」( ヨー ロッパ大陸諸 国)、「社 会民主主義的 」( 北欧 諸国)福祉国 家レジームに クラスタ ー化した。
第一の「自由 主義的」 福祉国家では 、資力調 査(ミーンズ テスト) と最低限 のニーズにも とづく選 別主義的な扶 助、最低 限の普遍主義 的な所得 移転、ある いは、最低限 の社会保 険 プランがみ られる。 公的な福祉給 付の受給 権の付与は 厳格なルール に基づい ておこなわれ 、烙印( stigma)がつき まとう だけでなく、
その水準は最 低限にお さえられてい る。「小 さな政府、リスクの 個 人的責任、市 場 中 心 の 問 題 解 決 に 向 け た 政 治 的 取 り 組 み を 軸 と し て い る 」86「 自 由 主 義 的 」 福祉国家のあ り方が、 他方で市場を 活性化す る。こうした レジーム は、脱商品 化効果が最小 限のもの となり、一連 の社会権 は実質的に抑 制され、 低水準の福 祉給付者と市 場におけ る能力に応じ た福祉が 行われる通常 の市民と の間に二重 構造をつくり 上げる。 アメリカ、カ ナ ダ、オ ーストラリア などがこ のレジーム 類型に属する 。
第二の「保守 主義的」 福祉国家では 、諸権利 は階級や職業 的地位に 付随する ものとされる 。保険原 理によって そ の体制の 基礎が作られ 、雇用と 拠出に基づ いて社会権を 保障し、 平等よりも契 約上の公 正が強調され る。社会 保険は、職 業上の地位に よってき め細かく分化 されてい ることが多く 、コーポ ラティズム 的な連帯の原 理がみら れる。寛大な 所得移転 と非常に限ら れた社会 サービスと が組み合わさ れた福祉 国家である。 このモデ ルは、伝統的 な家族の あり方を維 持するという 性格をも つ。社会 保険制度 は、未 就労の主婦を 給付対象 に含めず、
母性を支援す る家族手 当を給付する 。 デイケ ア や同様の家 族サービ スは未発達 である。個人 のニーズ は一次的に は 家族が充 足し、家族が その構成 員にサービ スを提供でき なくなっ た場合に限っ て国家が 介入する。こ のモデル の典型とし
86 Esping-Andersen, 1999=2001:117。
87 ては、ドイツ 、オース トリア、フラ ンス、イ タリアなどが 挙げられ る。
第三の「社会 民主主義 的」福祉国家 は、強力 で包括的な社 会権を保 障し、普 遍主義的な連 帯の原理 を活用した高 度に脱商 品化されたモ デルであ る。肉体労 働者もホワイ トカラー 職員や公務員 と同一の 普遍主義的な 保険制度 上の権利 に 浴し、しかも 、より裕 福な階層が享 受するの と同様のサー ビスや給 付が保障さ れるので、最 も高い水 準での平等が 進められ る。このモデ ルは、家 族がかかえ こむコストを 社会化す ることで、家 族への依 存を最大化す るのでは なく、個人 の 自 立 を 最 大 化 す る こ と を 原 理 と す る87。 具 体 的 に は 、 福 祉 国 家 は 児 童 を 直 接 に給付の対象 とし、育 児や高齢者介 護の責任 を引き受け、 家族のニ ードに応じ た社会サービ スを行な う責任を負う 。また、 女性が家事よ りも就労 することを 選択できるよ うにする 。このように 福祉と労 働との融合を その特質 とする社会 民主主義的レ ジームは 、完全雇用の 保障に取 り組んだモデ ルである といえる。
このレジーム 類型は、 スウェーデン 、デンマ ーク、ノルウ ェーなど のクラスタ ーである。
従来の比較福 祉国家研 究は、社会保 障の量的 比較分析に重 心が置か れていた が88、エスピ ン-アン デ ルセンは、福祉レジ ー ムを、福祉 国家の再 定 義89によ っ
87 エ ス ピ ン - ア ン デ ル セ ン は 、 社 会 民 主 主 義 的 レ ジ ー ム の 原 理 は 、 家 族 に お け る ケ ア の 責 任 を 社 会 化 す る こ と で 、 家 族 に 依 存 せ ず 、 個 人 の 自 立 の 最 大 化 を 図 る こ と で あ り 、 そ の 意 味 で は 、 リ ベ ラ リ ズ ム と 社 会 主 義 の あ る 種 の 融 合 で あ る と 述 べ て い る ( Esping-Andersen, 1990=2001:30)。
88 エ ス ピ ン - ア ン デ ル セ ン は 、 そ れ ま で の 福 祉 国 家 の 研 究 は 、 権 力 や 産 業 化 、 資 本 主 義 の 矛 盾 な ど の 現 象 に 関 わ る 理 論 的 関 心 に も と づ い た も の が ほ と ん ど で 、 福 祉 国 家 そ れ 自 体 の 概 念 に つ い て の 研 究 は あ ま り 見 ら れ ず 、「 市 民 の た め に 基 礎 的 な 福 祉 を 保 障 す る 国 家 の 責 任 」 の よ う な 教 科 書 風 の 定 義 し か な か っ た た め 、 比 較 福 祉 国 家 研 究 の 第 1 世 代 は 、 社 会 支 出 の 量 に よ っ て そ の 国 家 の 福 祉 へ の コ ミ ッ ト メ ン ト の 程 度 が よ く 分 か る と 考 え た が 、 そ の 根 拠 に つ い て は 深 く 考 え て い な か っ た と 指 摘 し た ( Esping-Andersen, 1990= 2001: 19-25)。
89 エ ス ピ ン - ア ン デ ル セ ン に よ れ ば 、福 祉 国 家 は 、1930 年 代 か ら 1960 年 代 に か け て 現 れ た 、 あ る 特 殊 な 歴 史 的 産 物 で あ っ て 、 社 会 的 な 不 幸 を 軽 減 し 、 基 本 的 な リ ス ク を 再 分 配 す る た め の 社 会 政 策 だ け で な く 、 政 府 と 市 民 と の 社 会 契 約 を 見 直 す こ と を 約 束 し た も の で あ る と い う ( Esping-Andersen, 1999=2000:62)。 エ ス ピ ン - ア ン デ ル セ ン は 、 マ ー シ ャ ル が 福 祉 国 家 の 核 心 的 理 念 で あ る と 述 べ た
「 社 会 的 市 民 権 」 に 含 ま れ て い る 「 社 会 権 」 を 「 脱 商 品 化 」 と 捉 え 、 そ れ に 基 づ い て 、 福 祉 国 家 を 単 に 国 家 が ど の よ う な 社 会 的 サ ー ビ ス や 給 付 を 行 う の か に よ っ て 理 解 す る の で は な く 、 国 家 の 活 動 が 市 場 お よ び 家 族 の 役 割 と ど の よ う に む す び つ い て い る の か と い う 、 福 祉 国 家 に 埋 め 込 ま れ て い る 原 理 に 焦 点 を 当 て て 、比 較 福 祉 国 家 類 型 論 を 展 開 し て い た 。( Esping-Andersen, 1990=2001:23, 35)。