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ジェンダーレ ジー ムの展開

第 5 章 福祉 国家類型 論とジェンダ ー

3. ジェンダーレ ジー ムの展開

エスピン-ア ンデルセ ンの福祉国家 類型論は 、ジェンダー 視点の批 判を受け 入れてから、 国家、市 場、家族へと より拡張 された福祉レ ジーム論 を展開 する ものとなった 。雇用労 働を中心に据 えるもの であるとはい え、ジェ ンダー平等 均衡と福祉国 家の適応 へと議論 は押 し進め ら れたのである 。他方、 ジェンダー 研究者らは、 エスピン -アンデルセ ンの福祉 国家類型論に 触発され て、それを 批判的に再検 討する過 程で、「 脱商品化 」に 取って代わる 新たな指 標に基づく 、 いわゆるジェ ンダーレ ジームを展開 した。

例えば、ルイス( Lewis, 1997:166-169)は、無償労働( unpaid work)、有償 労働(paid work)、福 祉( welfare)に焦点 をおきながら、労働市 場、社会保障 と租税システ ム、育児 、各々におけ る女性の 地位を変数と して、福 祉国家が男 性稼ぎ主モデ ルにどの 程度依拠して いるかを 比較分析し、 ジェンダ ー福祉レジ ームの類型化 を行なっ た。第一 に、男性稼ぎ主 の政策論理が 強く残さ れている、

イギリスやア イルラン ド、ドイツは 、「 強固 な男性稼ぎ主 モデル( The strong male breadwinner model)」に 分類され る。 このモデルで は、ケア 労働( care work)に対す る公的責 任と私的責任 が明確に 線引きされて いる。女 性は、妻や 寡婦として、 または、 労働者、ある いはシン グルマザー と して給付 を請求する ことができる が、両方 を同時に認め られるわ けではない。 このモデ ルは、女性 被扶養者を維 持するた めの男性稼ぎ 主の義務 強化や、女性 の就労へ のペナルテ ィ97、 も し く は 、 女 性 が フ ル タ イ ム で 母 親 と し て の 任 務 を 遂 行 す る こ と を 促 す

97 例 え ば ド イ ツ で は 、「 育 児 手 当 」は 、専 業 主 婦 を 含 め 育 児 の た め に 就 業 を 抑 制 す る 親 に 対 し て 支 給 さ れ て き た 。 1986 年 の 導 入 当 初 の 手 当 は 、 定 額 で 、 月 額 300 ユ ー ロ( 約 4 万 7000 円 )が 最 長 2 年 間 支 給 さ れ た 。し か し 、育 児 手 当 に は 、1994 年 か ら 所 得 制 限 が 行 わ れ 、 そ の 限 度 額 も 次 第 に 引 き 下 げ ら れ 、 2004 年 以 降 は 、 夫 婦 の 場 合 、 年 間 16,500 ユ ー ロ ( 約 259 万 5000 円 ) を 超 え る 所 得 額 に 応 じ て 支 給 額 が 減 額 さ れ た 。 そ の 結 果 、 受 給 者 数 は 、 2003 年 の 約 65 万 人 か ら 、 2004 年 に は 43 万 人 に 大 幅 に 減 少 し 、そ の う ち 、約 6 万 人 は 最 初 の 6 か 月 し か 受 給 し

93 ことなどを決 定する際 に 、より精密 な検討を 必要とする。 第二の、 ノルウェー を 例 外 と す る98ス カ ン ジ ナ ビ ア 、 す な わ ち 、 ス ウ ェ ー デ ン と デ ン マ ー ク の 類 型 では、共稼ぎ 夫婦世帯 が一般的であ る。この モデルは、育 児給付の 増加や、父 親育児休業と 分離課税 の導入などに よって女 性の賃金労働 者化を促 進しながら 、 男性稼ぎ主モ デルから 最も離れた「 弱い男性 稼ぎ主モデル ( The weak male br eadwinner model)」へ 移って行って いる。第 三に、フラン スは「修 正された男 性稼ぎ主モデ ル( The modified male breadwinner model )」であっ て、女性の 受給権利(claim)は 、一方では妻 や母とし て、他方では 賃金労働 者( paid worker)としての地位 にもとづくが 、両方の 権利は 並行し て維持さ れ ている。

ルイスの福祉 レジーム 類型は、男性 稼ぎ主モ デルが全ての 国の政策 を支えて いると想定し たうえで 、福祉国家と ジェンダ ーの関係を「 男性稼ぎ 主モデル」

の単一基本次 元のみに もとづいて捉 えようと したところに 限界があ ると言わざ るを得ない。 しかしセ インズベリ( Sainsbury, 1994;1996)は、社 会政策にお ける二つの極 の次元 、「男性稼ぎ主 モデル」 と「個人モデ ル( The individual model)」とい うジェン ダーモデルを 提示する ことで、ルイ スの限界 を大きく改 善し、ジェン ダーレジ ーム論を一層 発展させ た。セインズ ベリ(Sainsbury, 1999)はさら に進んで 、特定の国家 経済組織 ( state-economy organization)

は独自の政策 論理を生 み出すと仮定 し、福祉 国家レジーム への対応 として、「 男 性稼ぎ主レジ ーム( male breadwinner regime)」、「ジェン ダー役割 分離レジー ム(separate gender roles regime)」、「個 人稼得者・ケ ア提供者 レジーム(

individual earner-carer regime)」からな る三つの「 ジ ェ ン ダ ー・ポ リ シ ー ・

て い な い 。 つ ま り 、 低 所 得 の 家 庭 を 支 援 す る も の と な っ た の で あ る 。 事 実 上 、 支 給 額 が 少 な い た め 出 産 ・ 子 育 て 期 の 家 庭 に と っ て 効 果 的 な 所 得 保 障 と な っ て い な か っ た と 言 わ れ た 。 と こ ろ が こ こ 数 年 、 そ の ド イ ツ で 、 共 稼 ぎ 家 族 を モ デ ル と そ る 新 た な 家 族 政 策 へ の 転 換 が 行 わ れ て い る 。そ れ を 象 徴 す る の が 、「 親 手 当 」の 導 入 で あ る 。ド イ ツ は 2007 年 に 、従 来 の「 育 児 手 当 」に 代 え て 、子 の 出 生 前 の 就 業 所 得 の 67% を そ の 支 給 額 と す る 、 所 得 比 例 方 式 の 「 親 手 当 」 を 導 入 し た 。 家 庭 と 職 業 と の 両 立 を 目 指 す 親 手 当 制 度 へ の 転 換 は 、 ド イ ツ が ス ウ ェ ー デ ン に 倣 っ た 、 両 親 が 共 に 働 き 共 に 育 児 に あ た る 、 共 同 モ デ ル へ と 歩 み 始 め た こ と を 意 味 す る ( 斎 藤 , 2007:55-57; 原 , 2016:156-158)。

98 ノ ル ウ ェ ー で は 、 ス ウ ェ ー デ ン や デ ン マ ー ク と 違 っ て 、 未 婚 や 未 亡 人 、 離 婚 な ど を 理 由 に 、 一 人 で 子 育 て す る 片 親 ( single providers) に 特 別 な 受 給 権 を 与 え て い る 。 ノ ル ウ ェ ー に お け る 育 児 制 度 は 、 女 性 の 賃 金 労 働 を 促 進 す る た め で は な く 、 児 童 の 利 益 を 最 優 先 に す る 考 え 方 に 基 づ い て 設 け ら れ た も の で 、 こ の

94 レジーム( gender policy regimes)」の構築 を試みた。ジェ ンダー・ポ リ シ ー ・ レジームは、 性別の役 割、義務、権 利を規定 する原理や規 範(ジェ ンダーイデ オロギーや慣 行)によ って形成され る、ジェ ンダー関係の 構造と 特 定の政策論 理との結合を 具体化す る。したがっ て、ジェ ンダー・ポリ シー・レ ジームは、

男女間の実際 の、また は好ましい関 係、受給 権の原則、政 策構築を あらわす、

イデオロギー に基づい て区別するこ とができ る。

セインズベリ は、図 表 5-1 のとおり、8 つの次元に基 づいて三 つの「ジェン ダー・ポリシー・レジ ーム」に分類 し た。ま ず、「男性 稼ぎ主レ ジ ーム」は、性 別によってそ の役割が 厳密に分担さ れ、夫は 家族を扶養す る稼得者 の役割を、

妻は家庭内で のケア提 供者の役割を 担うモデ ルで、社会福 祉の受給 資格が扶養 の基準によっ て定めら れているため 、男性は 家族の扶養者 として受 給資格を持 つことができ るが、女 性は被扶養者(妻 )と しての地位に 依存せざ るを得ない。

これに対し 、「ジ ェン ダー役割分離 レジーム 」は、厳 密な性別役 割 分担という面 からは「男性 稼ぎ主レ ジーム」と同 様である が、受給資格 が性別役 割に基づい て分離されて いるため 、男性は家族 の扶養者 としての 地位 によって 、女性は家 庭内でのケア 提供者と しての地位に よって 、受給資格を得 る。最 後 に、「個 人稼 得者-ケア提 供者レジ ーム」は 、個 人が稼得者 でありながら ケア提供 者となる、

性別と関係な く 役割を 共に分担する モデルで 、受給資格は 市民権ま たは居住権 によって付与 される。 社会的権利や 納税義務 の主体は、家 族ではな く個人とな る。また国 家は、子育 てや介護など に関する ケア・サー ビス や給 付 を提供する。

このモデルの 下では、 結婚の有無や 性別役割 に関係なく、 個々人が 同等な社会 権を享受でき る( Sainsbury, 1999:77-80)。

点 で は 、 ス ウ ェ ー デ ン や デ ン マ ー ク と 大 き く 異 な る ( Leira, 1992:102-104)。

95 図表 5-1 三つのジェンダー・ポリシー・レジーム

男性稼ぎ主レジーム 性別役割分離レジーム 個人稼得者・ケア提供者レジーム

家族イデオロギー 頑固な性別役割分担 夫=稼得者

妻=ケア提供者

頑固な性別役割分担 夫=稼得者

妻=ケア提供者

役割共有

父親=稼得者・ケア提供者 母親=稼得者・ケア提供者

受給資格 配偶者間不均等 性別役割に基づき分離 同等

受給資格の基準 扶養の原則 家族責任 市民権または居住権

受給主体 世帯主

被扶養者に対する付加給付

家族の扶養者としての男性 ケア提供者としての女性

個人

課税 合算課税

被扶養者に対する控除

合算課税

両配偶者の被扶養者に対する控除

分離課税 均等減税

雇用と賃金政策 男性優先 男性優先 男女に同等

ケアの領域 主として私的領域 主として私的領域 強力な国家の関与

ケア労働 無償労働 家庭でのケア提供者による有償労働 家庭内・外でのケア提供者による有償労働

資料:Sainsbury, D. ed. (1999) Gender and Welfare State Regime, p. 78.

96 セインズベリの「ジェンダー・ポリシー・レジーム」は、福祉国家の類型化 を究極の目標としたものではなく、いわゆる、「規範的代替モデル」として 提示 されたものである99。例えば、男女が稼得者とケア提供者との両方の役割と責 任とを共有することを支援する「個人稼得者・ケア提供者レジーム」は、フレ イザー(1997=2003)の「普遍的ケア提供者モデル(universal caregiver model)」

100や、ゴールニックとマイヤース(Gornick & Meyers, 2003)の「夫婦ともに 稼ぎ手兼ケア提供者モデル(dual earner-carer model)」101とも類似している。

セインズベリは、スカンジナビアの 4 ヶ国、ノルウェー、フィンランド、デ ンマーク、スウェーデンを、それらの 1980~90 年代の政策の変化をも視野に入 れ、「ジェンダー・ポリシー・レジーム」の理論的枠組みに基づいて比較分析し た。分析結果によれば、スカンジナビア 4 ヶ国は、程度の差こそあれ「個人稼 得者・ケア提供者レジーム」に向かって移動しているが、次のような特徴を残 している。ノルウェーは「性別役割分離レジーム」にもっとも近く、フィンラ ンドは「性別役割分離レジーム」と「個人稼得者・ケア提供者レジーム」とが 組み合わされている。デンマークは、4 ヶ国の中で「性別役割分離レジーム」

からもっとも遠い。デンマークを「個人稼得者・ケア提供者レジーム」へと大 きく進展させた公共サービスの拡充は、女性の労働市場参加を促進 するととも に、家庭の外部における有償のケア労働を増加させた。だが、男性のケア提供 者としての役割を促進する政策を持たない点においては、ほかのス カンジナビ ア国と異なる102。最後に、1960 年代に強い「性別役割分離レジーム」であった

99 田中(2015)は、セインズベリの「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論を「規 範論」「政策論」「動態論」の 3 つの視点から、ルイスの「男性稼ぎ主モデル」

論、フレイザーの「ジェンダー公平」論と比較分析した。

100 フレイザー(1997=2003)は、「男性稼ぎ主モデル」から脱却するための三つの 対案モデルとして、「普遍的稼得者モデル(The Universal Breadwinner Model)」、

「ケア提供者対等モデル(The Caregiver Parity Model)」、「普遍的ケア提供者

(The Universal Caregiver Model)」を提案した。

101 ゴールニックとマイヤース(Gornick & Meyers, 2003)は、ケア(caring)と 雇用(earning)の両方、また、子どもの福祉(well-being)とジェンダー平等 の両方の重要性を尊重する、最後の政策モデルとして「夫婦ともに稼ぎ手兼ケ ア提供者モデル(dual earner-carer model)」を提案した(2003:4)。

102 セインズベリは、デンマークにおける保育サービスの提供は、女性が家事と仕

事とを併行する可能性を高め、労働力の女性化をもたらしたが、男性のケア提 供 者 と し て の 役 割 を 促 進 す る 政 策 を 持 た な い た め 、 普 遍 的 稼 得 者 モ デ ル

( universal-breadwinner model ) で は あ っ て も 、 ケ ア 提 供 者 対 等 モ デ ル