第 3 章 〈研究 2 〉「過去」の経験がもたらす「現在」の恋愛関係
1. 自己観と人間関係
本研究において、30-40代の男女26名にインタビュー調査を行ったところ、人間関係 に重きを置く点は、これまでの日本人に関する先行研究結果と一致していた。一方、日 本人は相互依存的自己観の傾向が強いとするMarkus & Kitayama(1991)の主張が反映 された発言も存在したが、それと同時に独立的自己観に関する発言も多かった。このこ とから、研究参加者の「個」に注目し、その発言と自己観の両面から考察を行うことで、
日本社会における恋愛関係や恋愛観の特徴がより顕著に表れると考え、研究参加者の 個々の「自己観」に注目した。
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日本人と欧米人(特にアメリカ人)との「自己観」や「個」に対する考え方の違いに ついて、これまで繰り返し比較および議論が行われてきた(例:Kitayama, 2000; Kitayama et al., 2000; Markus & Kitayama, 1991; Morling, Kitayama, & Miyamoto, 2002; Rothbaum et al., 2000)。Markus & Kitayama(1991)によると、欧米人は独立的自己観を持ち、個人と周 囲の人間との境界が明確であり、自らを他者から切り離した独自の存在であると認識し ている。一方、日本を含む東アジアの人々は、相互依存的自己観を持っており、周囲の 人間と自己の境界が曖昧で、自分の存在を周囲の人間関係の一部であると捉える傾向が 強い。
そして、自己観はコミュニケーションにおいて頻繁に表れるため(Morling et al., 2002)、
コミュニケーションを通して構築される「恋愛関係」にも自己観が反映されている。例 えば、欧米では恋愛相手に対する愛情の土台は、信頼、希望、忠誠などであると考えら れているため、それらの土台がなくなった場合、二人の関係は解消へ向かうことが多い。
一方日本では、人は周囲とうまくやっていくこと、義務を果たすこと、関係の一部にな ることが何より重要で、個人の意見、能力、特質など、個人に関することは二の次だと されてきた(Rothbaum et al., 2000)。日本では相互依存的自己観に基づいた社会的関係 が重んじられているため、二人の恋愛関係であっても、それは社会や周囲と切り離すこ とはできないと言えるだろう。
さらに自己観は、人間関係において「コントロールする対象が誰なのか」ということ に違いをもたらすことが分かっている。欧米では、自分自身が主体となり、他者に影響 を与え、相手や周囲を変化させることができると考えられている(Kitayama, 2000)。「個 が主体である」ということが前提であるアメリカ社会では、周囲の状況、そして相手や 二人の関係でさえ、自分の意思によってどうにかできる、つまりコントロールできると 考えられているのだろう。一方、日本では相互依存的自己観が根付いており(Markus &
Kitayama, 1991)、「個」は社会関係を取り囲む一部である。そして日本における行動と は、相互依存している相手に対する返答であると考えられており、人は自分の考えや行 動を周囲に合わせていこうとするため、相手ではなく、自分自身をコントロールしよう とする(Kitayama, 2000)。これらのことからも、コミュニケーション研究を行うにあた り、研究対象となる人物が「どのような自己観を持っているか」を理解することは、重 要な視点のひとつであると考えられる。
さらに、あらゆる社会や文化において、共通認識のように捉えられている「幸せ」と いう概念にも(Oishi & Diener, 2001; Uchida et al., 2004)、自己観や個に対する考え方が
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反映されている。Kitayama ら(2000)の「幸福感に関する調査」によると、日本で人々 が幸せを感じていたのは、「社会的調和」が保たれている状態であった。一方、アメリ カでは「自己尊重」や「自己実現」を感じられる状態において、人々は幸せを感じてい た。そして、文化によって解釈が異なるこの「幸せ」という概念が、時に人間関係を壊 すこともある。Uchidaら(2004)によると、日本における幸せとは、「相互の共感」や
「協力」などが根底にあるため、欧米で重んじられている「個人の成功」を日本社会に おいて強調することは、他者に嫉妬心を植え付け、妬みをかうことにつながるという。
欧米で幸せだと感じることが日本では受け入れられず、そして日本で幸せだと感じるこ とが欧米では受け入れられないということなのだろう。このことからも、どのような「自 己観」を持っているのか、「個」についてどのような考え方を持っているのか、そして どのような「社会」で生きているのかということは、その個人の生き方、日々の行動、
そして他者とのコミュニケーションと密接にかかわっていると考えられる。自己観はコ ミュニケーションを通して形成され、そしてその自己観がコミュニケーションの特徴に 影響を与えるため、「自己観」と「コミュニケーション」は共依存の関係であると言え るだろう。
1996年Kimらは、「文化的」ではなく「個人的」な視点から、自己観を4種類に分 類した。「独立的自己観」と「相互依存的自己観」の2種類、そして個人の中に「独立 的自己観」と「相互依存的自己観」の両方を持つ「2文化型自己観(bicultural type)」、
さらにどちらの文化の自己観の特徴もあまり持たない「周辺化型自己観(marginal type)」
を加えた「4つの自己観(four-type model of self-construal)」を提唱した。そしてKim ら(1996)は、「異文化間の会話に対する適応と自己観に関する調査」を日本、韓国、
ハワイ、アメリカ本土の大学生に行った。その結果、異文化間の会話に最も適応できた のは「2文化型自己観」を持つ者で、次いで「相互依存的自己観」、「独立的自己観」、
そして最も適応し難かったのは、両方の自己観の特徴を持たない「周辺化型自己観」で あった。
このKimら(1996)の研究は、研究対象者の「文化的」視点からではなく、「個人的」
視点に基づいている。言い換えると、それぞれの研究対象者がどの文化の出身かという
「文化的基盤」に基づくのではなく、「個人が持つ自己観」の視点から研究が行われて いる。これまでの「自己観」に関する研究の多くは、「文化的」視点に基づいており、
例えば、「日本人は相互依存的自己観を持つため〇〇である」、「独立的自己観を持つ アメリカ社会では△△という傾向が強い」のような結果が導かれていた。しかしKimら
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(1996)が、「個人的」視点に基づく自己観の考察を行ったことで、「相互依存的自己 観を持つ者は●●である」、「▲▲という傾向は独立的自己観を持つ者に見られる」な ど、「個」の自己観に特化したコミュニケーション研究の可能性が示されたと言える。
そしてYamaguchi, Kim, Oshio, & Akutsu(2016)も、Kimら(1996)と同じく4つの 自己観の視点から研究を行っている。Yamaguchiら(2016)は、「自己観の違いによっ て健康と幸福に対する認識にどれくらいの差があるのか」について、日本人とアメリカ 人の中年層を対象に調査を実施した。その結果、どちらの文化においても、「2文化型 自己観」を持つ個人は、自分は健康であり、かつ、幸福であると感じていた。
この「2文化型自己観」の傾向が強い者は、楽観的で幸福を感じやすく、常に感謝の 念を抱き、人生における満足感が高いことに加え、他者とのかかわりの中で強い相互的 な関係を維持している。さらにこの自己観を持つ者は、さまざまな状況において、自分 の感情をコントロールすることができ、自らの感情を周囲と共存させながら、他者との 関係を築いていく能力に長けているという特徴を持つ。そして、「独立的自己観」の傾 向が強い者は、他の3つのグループに比べ、自尊心が強く、自己肯定感を高める行動を 起こそうとする(Yamaguchi et al., 2016)。従ってこの自己観を持つ者は、自分の意思や 感情を貫く傾向が強い一方、周囲と協調することは得意ではないと考えられている
(Diener & Diener, 1995)。また、「相互依存的自己観」の傾向が強い者は、社会的不安 を抱えることが多いが(Markus & Kitayama, 1991)、他者との関係を円滑にしたり、周 囲を調整する能力を発揮するなどの協調性がある(Jochen & Lerner, 1999)。最後に、
「周辺化型自己観」を持つ者は、物事を否定的に捉えがちであり、周囲とのつながりを 自ら積極的に持とうとしない傾向がある(Yamaguchi et al., 2016)。
そして「文化的」レベルから自己観を調査した結果、Yamaguchiら(2016)の研究対 象だった、アメリカ人と日本人の中年層が持つ自己観はそれぞれ異なっていた。アメリ カでは多い順に「2文化型自己観」(46.3%)、「周辺型自己観」(22.3%)、「独立的 自己観」(17.1%)、そして「相互依存的自己観」(14.3%)だった。一方日本では、
「周辺化型自己観」(52.6%)、「2文化型自己観」(21%)、そして「独立的自己観」
と「相互依存的自己観」がそれぞれ13.2%だった。このYamaguchiら(2016)の調査結 果は、Kitayama(2000)やMarkus & Kitayama(1991)が主張していた、欧米では「独立 的自己観」が、そして日本では「相互依存的自己観」の傾向が強いというものとは異な っていた。さらにYamaguchiら(2016)の研究対象であった日本人中年層の半数以上が、
「周辺化型自己観」だった。だがこの周辺化型自己観の特徴は、他の3つの自己観と比