脳卒中高齢者と支える看護師の現状と課題
第1節 脳卒中高齢者のライフスタイル再編成の現状と課題 第1項 研究の背景と目的
従来の看護の方向性は,「障害をもちながらその人らしく生活していくこと」を原則とし,
障害された運動機能の再獲得と障害受容を目指している(酒井,1998).障害受容に関しては,
Cohn の障害受容のプロセスや Fink の危機モデル(遠藤,1988;小島,2008)などの理論を演繹的 に用いられた研究(小島,2003),自尊感情(篠原.児玉.迫田他,2003)の視点から行われた研究が 多い.これらの理論について本田(2000)は,結論の抽出法が不明確なこと,各時期やリハビリ テーションとの関係が不明確なこと,中枢神経障害を対象とした研究から導き出された理論で はないことを指摘している.
また,脳卒中高齢者の回復過程に関する研究について Doolittle(1988)は,医療者の視点で あること,認知能力や表現能力の障害により研究対象にされにくい点,発症初期からの脳卒中 高齢者の主観的体験についての研究が少ない点をあげている.脳卒中高齢者の主観的体験に焦 点を当てた研究は,ある一時点の横断研究(高山,1997; Burton CR,2004)であり,発症初期か らの脳卒中高齢者の主観的体験の変化は述べられていない.縦断的な研究(三毛,2003)では,
発症からの経時的な変化に影響を及ぼす要因については明確にされていない.『看護の社会政 策声明』(American Nurses Association,1995)においては,健康と疾病に対する人間の経験と 反応や高齢者等の主観的体験の理解から得た知識と,客観的データを統合する必要性を強調し ている.
このことより,脳卒中高齢者の主観的体験に着目しその体験を体系化することは,従来の障 害受容モデルに加え,脳卒中高齢者固有のライフスタイル再編成につながる保健,医療,福祉 の新たな方向性を見出すことを可能にすると考える.そこで,脳卒中高齢者の主体的な治療や 療養生活への取り組みをサポートするという観点から,発症後から引き起こされる強い心理的 ダメージ(岡田,小林他,1998)と,ライフスタイル再編成との関連について,脳卒中高齢者の 主観的体験による現状を把握し,課題を明らかにすることを目的とした.
第2項 研究方法 1.方法
本研究は,半構成的面接によるインタビュー内容の内容分析から,脳卒中で運動機能障害を もちライフスタイル再編成に向かう高齢者の主観的体験による現状や課題を明らかにするため に質的帰納的研究を行った.
2.研究対象
対象は,A 県 B 病院の脳卒中急性期病棟に入院し,急性期もしくは急性期を脱して間もない 状態よりインタビューが可能である,脳卒中による運動機能障害を有する 60 歳以上の患者で,
A 県 B 病院の病院管理者に紹介を受けた 16 名とした(Table2.1).運動機能障害は,麻痺があ り(程度は基準を設定していない),リハビリテーションを行っている者とし,失語症,認知障
害,高次機能障害を有する者は対象としなかった.インタビュー開始後,退院し外来通院もし くは A 県 C 病院(リハビリテーション)へ転院となった場合も,対象者として扱った.
平均年齢は 75.5(SD10.5)歳であった.発症時の麻痺の程度は,完全麻痺から軽度の麻痺ま でさまざまであった.1回のインタビューの平均時間は 41.4(SD14.9)分,インタビュー回数 は1名につき平均 5.4 回であった.インタビューは理論的飽和が得られるまでとし,発症後 10 日目から平均2~3ヵ月後までの期間で行った.16 名全員から録音許可が得られた.
Table2.1 対象の概要 *MMT:徒手筋力テスト N=16
3.調査期間と方法
インタビューは 2009 年4月~9月に実施した.事前に病院管理者及び看護管理者に対し,
研究対象となる脳卒中高齢者の選定,半構成的面接の実施に関する依頼をした.インタビュー は個別に病棟の面会室で実施し,1回の時間は 30 分程度とした.Glaser 版 Grounded Theory Approach(以下,GTA)(Glaser,B.G,1978,1992a,p.22-38,1992b,p.1-210)では,基本的には話の 文脈を重視することから,発症後の思いや生活について自由に語ってもらった.インタビュー 内容は,研究対象者本人の承諾を得て IC レコーダーに録音し,録音当日中に逐語録を作成後,
速やかに消去した.
4.分析方法
脳卒中高齢者に対し,半構造的面接から得られたデータを,Glaser の確立されているプロ セス(Glaser,B.G,1978,1992,2002;志村,2008))に準じて分析した.この分析方法については,
第1章で詳述した.
5.分析の信頼性と妥当性
インタビュー中は,高齢者の語りを確認しながら,訂正や補足を受けることでデータの信頼 性を確保した.データの分析過程は,教育研究者に,コアカテゴリーの生成方法から分析結果 の取りまとめに至るまで,スーパーバイズを受けた.データ分析結果の信頼性と妥当性の確保
のために,複数の研究協力者と共にインタビューのデータを繰り返し読み,再度分析に努め検 証した.
6.倫理的配慮
病院関係者に文書と口頭で研究の趣旨と方法を説明し,対象者の紹介を受けた.対象者に研 究の趣旨と方法,研究への参加は自由意思であり,同意書への署名後でも辞退でき不利益は被 らないこと,インタビューはプライバシーの守られる個室での実施,データの厳重な保管,研 究結果の公表とその際の個人情報の保護について,文書と口頭で説明した.インタビューの逐 語録やメモは,個人を特定できないように ID で記載した.スーパーバイザーへのデータの一 部開示について,守秘義務を履行した.
なお,本研究は,秋田大学医学部倫理委員会,病院倫理審査委員会で承認された後に実施し た(2009 年 3 月承認).
第3項 結果 1.分析結果
初期のインタビューからコーディングを開始し,カテゴリーの積み上げ,カテゴリー同士の 関係を分析するために,インタビューを入退院の状況とすり合わせながら継続した.
以下,コアカテゴリー【 】,カテゴリー[ ],コンセプト〈 〉,コード( ),各場面 に意味関連ある対象のことばは「 」と記載した.
継続的比較分析法によって創発されたコアカテゴリーは,【絶望と希望の去来における自由 の選択】であり,その特性としては,【絶望と希望の去来における自由の選択】は,[疾患や 障害をもったことを確認する段階][新たな価値観を得て自己実現を目指す段階][自分らしさを 獲得していく段階]の3つの段階と [他者との関係性を構成すること] の1つの条件を含有し ている.このうち,[疾患や障害をもったことを確認する段階],[新たな価値観を得て自己実 現を目指す段階],[自分らしさを獲得していく段階]の3つの段階は,コアカテゴリーを成立 させるプロセスである.[他者との関係性を構成すること]は,3つの段階を得ていく条件でも ある.
[疾患や障害をもったことを確認する段階]は,〈生きた心地がしない〉〈身動きがとれな い〉〈運命に任せるしかない〉の3つのコンセプトによって段階が構成されており,〈運命に 任せるしかない〉というコンセプトをトリガー18として,プロセスアウトし,第二の段階であ る[新たな価値観を得て自己実現を目指す段階]として,〈障害と共に生きていく〉〈希望を探 求する〉の2つのコンセプトに移行する.第三の段階である[自分らしさを獲得していく段階]
である〈自分らしさを取り戻す〉〈自分の生きる道を自分で決める〉の2つのコンセプトによ って構成する.これらは順番に経過したり,ある一定方向のみに向かうものではなく,さまざ まな場面で【絶望と希望の去来における自由の選択】を繰り返しながら,ライフスタイル再編 成にむけて,各段階や条件,コンセプト間を行き来するという関連性があった(Table2.2).概 念図(Figure2.1)とマトリックス(Figure2.2)で関係性を構造化した.
18トリガーとは,銃の引き金のように,物事を引き起こすきっかけのことである(大辞泉).
Table2.2 脳卒中高齢者のライフスタイル再編成における現象
Figure2.1 脳卒中高齢者のライフスタイル再編成の概念図
Figure2.2 他者からの関係性と自由の選択のマトリックス
1)疾患や障害をもったことを確認する段階
[疾患や障害をもったことを確認する段階]は,脳卒中高齢者は,疾患や障害をもったことに より葛藤を強く抱く段階で,〈生きた心地がしない〉〈身動きがとれない〉〈運命に任せるし かない〉の3つのコンセプトによって構成されている.いずれのコンセプトも自由の選択によ って,脳卒中高齢者自身の心理面への影響を表したものであった.〈生きた心地がしない〉は,
(大変な病気をしてしまった)(地に足がついていない)(針のむしろ気分)(生きた感じが しない)(静かで寂しい夜)(心が砕かれる)(家族の一員になれない)の7つのコードで構 成される.高齢者は,病気や障害を実感して,嫌悪感を抱き,これ以上どうすることもできず に失望し,消極的な思いに移行していく中で,さらに脳卒中高齢者から,〈身動きがとれな い〉というコンセプトを浮上させることができた.〈身動きがとれない〉は,(言われるがま ま逆らえない)(監視されている生活)(欠陥住宅)(板挟み)(抑制された生活)(まな板 の上の鯉)(追い詰められる)の7つのコードによって構成されている.脳卒中高齢者は,自 分がしたいことができない,思い通りにならないという体験を通し,もどかしさと苛立ちを感 じる状態でもあった.
〈運命に任せるしかない〉のコンセプトは,(家族を巻き込む大変な病気)(どうにもなら ない運命)(未知なる世界への不安)(自分にとっての転院の意味)(おとなしく医師の指示 に従う)(決められた道が正しいのかわからない)(反省だらけの人生)の7つのコードによ って構成されている.脳卒中高齢者は,「家族」,「医療者」と関係をとる中で,例えば,医 療者同士の意見の食い違いによって,脳卒中高齢者は「自分がどのように動いたらいいのかわ からず悩んだ」のような二者間に立ち苦しむことが多く,〈身動きがとれず〉,他者に従う以 外に方法がないと選択したり,〈運命に任せるしかない〉ことをトリガーとしてプロセスアウ トして,自身のライフスタイル再編成に向けて,マイナスや後ろ向きな思考であったり,無意 識もしくは意識的に次の段階である[新たな価値観を得て,自己実現を目指す段階]へと移行す る.
2)新たな価値観を得て自己実現を目指す段階
[新たな価値観を得て自己実現を目指す段階]は,症状の改善を実感し,将来の見通しが見え てくると自らの意志がみられる段階になり,〈障害と共に生きていく〉〈希望を探求する〉の 2つのコンセプトによって構成されている.いずれのコンセプトも脳卒中高齢者における自由 の選択によって,今後の生活への心構えを持ったり,模索しながらライフスタイルの再編成の 方向性を表したものであった.
[障害と共に生きていく]は,(障害と共に生きていくための闘い)(野菜を作るどころか麻 痺を作る)(外泊での喜び)(鳥籠から旅立つ)(リハビリテーションを継続する源)(生活 の全てがリハビリテーション)の6つのコードで構成されている.障害をもつことで自分はも うこれまでの自分ではないと考えたり,また障害をもって生活しなければならない状況への苦 しみや不安,迷いを抱き,否定的になったり消極的な思いを抱いていた.しかし,さまざまな 不安を抱えながらも,自己を信じ前向きに現状を捉え,[障害と共に生きていく]覚悟を決める 段階でもあった.
[希望を探求する]は,(一人で歩いている自分)(一番の願いごと)(希望に向けて一歩前 進)(夢を叶うための要素)(家族の負担を軽減したい)(家族の思いに応えたい)の6つの コードで構成されている.病気に負けず,乗り越えて頑張っていかなければならないという強 い意志を持ち,〈希望を探求〉し始める段階でもあった.
また脳卒中高齢者において,[新たな価値観を得て自己実現を目指す段階]は,脳卒中高齢者 にとって何かができるようになるという成功体験が,喜びや満足感を得て,自信へとつながり,
[障害とともに生きていく]ことをトリガーとして,次の段階の自分らしさを取り戻したり,
[自分らしさを獲得していく段階]に移行していく.
3)自分らしさを獲得していく段階
[自分らしさを獲得していく段階]は,障害を持ちながらも,自分らしく生きるための意志や 今後の方向性を見出そうとする段階であった.これは,〈自分らしさを取り戻す〉〈自分の生 きる道を自分で決める〉の2つのコンセプトで段階が構成されている.〈自分らしさを取り戻 す〉は,(白紙に戻してスタートする)(リハビリテーションで生まれ変わる)(健康な自分 を取り戻したい)(目標が定まったことでの気持ちの変化)(人は成長する)(頑張るための 見本)の6つのコードで構成された.脳卒中高齢者は,再び危機に戻ることへの不安を抱きな がらも,元気な頃の自分への願望をもち,新たな〈自分らしさを取り戻そう〉としていた.自 分はこうなりたいという願望を常に持ち,日々の生活の中でその願望を意識しながら療養生活 に取り込もうとしていた.(頑張るための見本)では,同じ障害を持つ患者と出会い,この患 者から自分の現状をさまざまな角度から客観視してもらい,今の自分を振り返ることで前進し,
前向きな思考への変化につながり,一方で「あの患者のようには動けない」のような消極的な 感情を抱く段階でもあった.
〈自分の生きる道を自分で決める〉は,(決心の外泊)(これが自分の運命)(病院から解 散する)(つまずいても前に進む)(自分の将来は自分で決めたい)(覚悟を高める)(諦め ない決心)の7つのコードで構成されている.病気や障害の回復を期待しながら,病気である ことから逃れられないと察知し,障害を持ちながらも自分らしく自己実現を目指し,〈自分の 生きる道を自分で決め〉ようと変化する段階であった.