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考察

ドキュメント内 Kyushu University Institutional Repository (ページ 79-87)

4.1. 結果のまとめ

これまで,多数の疾患感受性SNPsがGWASによって同定されているが,これらのSNPs の多くは⾮コード領域に位置しているため,実際に遺伝⼦発現および機能に影響を与え ている多型(機能多型)は不明であった.本論⽂では,代表的な多因⼦疾患の⼀つであ る乾癬を対象として,GWASで同定された疾患感受性SNPsの情報から機能多型を予測 するための解析パイプラインを新規に構築した.本パイプラインでは,様々な公共デー タセットを統合し,遺伝⼦発現への影響や転写因⼦結合への影響など,複数の条件をす べて満たす多型を抽出する⽐較的厳密なプログラムを構築することで,より確からしい 機能多型を同定することを⽬標とした.その結果,遺伝⼦領域および転写制御領域にお いて機能多型候補を複数同定することに成功した.

同定したいくつかの機能多型候補は,同じ染⾊体領域に集中していた.例えば,6番 染⾊体上に1個のスプライス部位における機能多型候補(rs199503730),1個のエクソ ン領域における機能多型候補(rs3134900),および3個のプロモーター領域における機 能多型候補(rs6906175,rs3132089,rs3130923)を同定したが,それらが独⽴して乾癬 の発症リスク上昇に関与しているかどうかは明らかではない.したがって,今後は,真 の原因多型を同定する優先付け(prioritization)を⽬的とした実験が必要である.

本パイプラインにおいて機能多型候補として抽出された 22個のSNPsのうち,乾癬 感受性SNPsであるものは5個であり,それらはすべて既知機能多型であった.このこ とからも,感受性 SNPs,すなわちマーカーの情報のみでは乾癬の病態を⼗分に理解す ることは困難であり,連鎖不平衡を考慮した上で新規の機能多型を探索することによっ て初めて真の病態理解につながると考えられた.

4.2. エクソン領域およびスプライス部位の機能多型候補

エクソン領域およびスプライス部位においては14個の機能多型候補を同定し,そのう ちの 11 個はすでに乾癬を含む免疫疾患との関連が報告されているものであったが,3 個は本論⽂で新規に乾癬との関連を⾒出した多型であった.エクソン領域,とくにコー ド領域の有害な多型はタンパク質の構造および機能への影響を⽐較的容易に解釈でき るため,本パイプラインで新規の機能多型候補が発⾒されたことは予想外の結果であっ

本論⽂で新規に同定したCOQ10A遺伝⼦(NM_144576.3)のstart lostを引きおこす機 能多型候補rs60542959は,STAT2遺伝⼦座に位置する3つの乾癬感受性SNPsと強い連 鎖不平衡の関係にあった.JAK/STATパスウェイは,乾癬の発症機序において重要な役 割を担っていることが報告されており113–117,また,STAT2遺伝⼦座の近傍に位置する

IL23A遺伝⼦はインターロイキン23(IL-23)を構成するタンパク質IL23Aをコードし

ており,IL-23 は Th17 細胞の分化を促すことで⾃⼰炎症を誘導することが知られてい

118,119.これらのことから,乾癬感受性SNPs付近のSTAT2および IL23A遺伝⼦の乾

癬発症リスクへの関与のみが注⽬され,約80 kb以上の距離にもかかわらず強い連鎖不 平衡の関係にある COQ10A 遺伝⼦のstart lost 多型という,有望な機能多型候補が⾒過 ごされていたと考えられた.COQ10A遺伝⼦はcoenzyme Q-binding protein homolog Aを コードしており,電⼦伝達体の一つであるユビキノン(CoQ10)に結合し,その機能に 必須な役割を果たすことが知られている120.マウスを⽤いた実験において,ユビキノン の経⼝摂取はTh17細胞の増殖を制御し炎症を抑えるなど121,複数の先⾏研究において ユビキノンと免疫機能の関連が報告されているが 122,123,乾癬発症リスクとの関連は未 だ明らかでない.しかしながら,乾癬患者の病変部では正常部と⽐較して COQ10A 遺 伝⼦の発現量が有意に低下していることや,start lost が引き起こされる転写産物 NM_144576.3はnatural killer cellやT cellにおいて⾼発現していることなどから,機能

多型候補rs60542959は免疫細胞におけるCOQ10A遺伝⼦の発現量を変化させることで,

乾癬発症リスクに対して何らかの影響を及ぼしている可能性が⽰唆された.また,タン パク質のドメイン検索の結果から,start lostが引き起こされた転写産物から翻訳される

COQ10Aタンパク質は N末端の低複雑度領域(SLSPGAQPAPPPGPLPPPRP)を⽋損す

ることが予想された.低複雑度領域とはアミノ酸配列中において⼀般的な頻度から期待 されるよりも統計学的に有意に多くの同じアミノ酸が出現する領域のことであり 124, 天然変性タンパク質によくみられ,近年タンパク質間相互作⽤による液‒液相分離の誘 導における重要性が⽰唆されている125–127.COQ10Aタンパク質は天然変性タンパク質 であるとの報告はないものの,低複雑度領域を介した他のタンパク質分⼦との凝集体形

置しており,さらに亜鉛の結合部位と⾮常に近接していることから,乾癬発症のリスク アリルであるrs4600514-AはTRIM47タンパク質の構造安定化に影響を及ぼすことが予 測された.TRIM47遺伝⼦は,前⽴腺がん128や⾮⼩細胞性肺がん129,⼤腸がん130にお いて⾼発現し,細胞増殖を促進することが報告されている.また,ヒトは60種を超え るTRIMタンパク質を有しており,これらの多くはI型およびII型インターフェロンに よって誘導され,病原体の認識および抗ウイルス応答において重要な役割を果たすこと が知られている131.また,乾癬患者の病変部では正常部と⽐較してTRIM47遺伝⼦の発 現量が有意に上昇しており,その発現量変化⾃体も乾癬の発症に寄与している可能性が ある.以上より,今回同定した機能多型候補rs4600514-AはTRIM47タンパク質による 細胞増殖制御機構に影響を与え表⽪細胞の過増殖を促進したり,免疫応答制御機構に影 響を与えたりすることで,乾癬の発症に関与する可能性が⽰唆された.

エクソン領域に存在しアミノ酸残基を変化させる機能多型について,その多型がヘテ ロで存在する場合,産⽣される変異タンパク質が本来のタンパク質の機能を阻害

(dominant negative)もしくは亢進(dominat positive)する可能性が考えられる.本研究 で同定した機能多型候補については dominant negative / positive の評価は⾏っていない が,今後機能多型の病態形成への関与メカニズムを詳細に調査する際には,産⽣される 変異タンパク質が正常タンパク質に与える影響について実験的に検証する必要がある と考えられた.

機能多型候補rs2549797はERAP2遺伝⼦第15エクソン3´末端のスプライス部位近傍 に位置していた.ERAP2 遺伝⼦はendoplasmic reticulum aminopeptidase 2をコードして おり,MHCクラスIによる抗原提⽰のためにペプチドを適切な⻑さにトリミングする 機能を担っている 132.ERAP2 遺伝⼦領域の多型は乾癬を含むさまざまな⾃⼰免疫疾患 と関連することがすでに報告されている 133,134.Rs2549797-Gを含むアリルからはPTC を含むmRNA が産⽣されNMDによる分解が誘導されるため発現量が顕著に低下して いたが,機能的なERAP2遺伝⼦の発現量が低いと⾃⼰炎症におけるT細胞への過剰な 抗原提⽰が抑制されるため,乾癬の発症においてrs2549797-Gは⾮リスクアリルとして 振る舞うことが予想された.

先⾏研究において,HLA 遺伝⼦の多型は乾癬感受性 SNPs として報告されているが

135,本解析パイプラインではHLA遺伝⼦のエクソン領域における機能多型候補を同定 することができなかった.これは,今回の連鎖不平衡解析に⽤いたソフトウェアLDlink

が biallelic な多型のみを解析対象としているため,通常 2 つ以上のアリルを持つ HLA

遺伝⼦の多型が検出できなかった可能性が考えられた.HLA 遺伝⼦のような 2 つ以上 のアリルを持つ多型の遺伝型の推定(imputation),および連鎖不平衡の計算が可能なソ

フトウェア136,137を実装することにより,本論⽂において⾒逃している機能多型候補を 探索することができると考えている.

4.3. 転写制御領域の機能多型候補

転写制御領域においては,転写開始点上流のプロモーター領域およびエンハンサー領域 を機能多型の探索対象とした.先⾏研究において,乾癬感受性SNPsはCD4陽性ヘルパ ーT細胞(Th0,Th1,Th17)やCD8陽性細胞傷害性T細胞といった免疫細胞のエンハ ンサー領域にエンリッチすることがすでに報告されている66,68.本論⽂において構築し た解析パイプラインが先⾏研究の結果を再現できているかどうか検証するため,同定し た転写制御領域の機能多型候補およびターゲット遺伝⼦の情報を⽤いて,3種類のエン リッチメント解析を⾏った.

まず,GO・Pathwayエンリッチメント解析の結果,機能多型候補ターゲット遺伝⼦群

にはT細胞分化に関するGO(“CD8-positive, alpha-beta T cell differentiation”)がエンリ ッチしており,他にも免疫機能に関連するGO・Pathway(“positive regulation of leukocyte cell-cell adhesion”,“natural killer cell activation”,“Antigen processing and presentation”,

“cytokine-mediated signaling pathway”など)や細胞死に関するGO(“positive regulation of cell killing”)が抽出されていた.この結果は,これまでに知られている乾癬の病態およ び先⾏研究とよく⼀致していた.また,乾癬感受性SNPsと染⾊体上の距離が最も近い 遺伝⼦群(乾癬感受性SNPs最近傍遺伝⼦群)のみを⽤いて同様のエンリッチメント解 析を⾏ったところ,機能多型候補ターゲット遺伝⼦群と同様に,免疫機能に関するGO・ Pathway(“cytokine-mediated signaling pathway”,“regulation of response to cytokine stimulus”,

“antigen processing and presentation of endogenous peptide antigen”,“type I interferon signaling pathway”など)や細胞死・細胞増殖に関するGO・Pathway(“cell killing”,“negative regulation of cell proliferation”,“apoptotic signaling pathway”)が多数抽出された.しかしながら,

最も低い P 値でエンリッチしていたのは“Measles”(⿇疹)であった.⿇疹はウイルス

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