システムに関与することを見出した. 興味深いのは, この変異が特定の群れで生じ, 交配に よって3つの群れに広まったのではなく, 3つの群れにおいて同時多発的にこの変異が獲得 されたということである. このことは, DFTDの形質に由来する細胞内の環境が, この突然変 異の発生の由来であることを示唆している. 筆者の行った突然変異のGC含量偏向性と ミューテーターの研究では, ミューテーターとなる遺伝型(mutS)を持つ枯草菌168株の rpoB遺伝子上の突然変異の傾向が, ATではなくGCに偏ることのみならず, 特定の座位にお ける突然変異選択率が格段に上昇することを示唆した[86]. また, 相同組換え因子の系統関 係と, そのGC含量の相関性の解析結果は, 各系統の分岐回数の増加に伴って, GC含量が多 くなることを示した(図9). このことは, 細胞の生息環境のみならず, 細胞の内的環境が染 色体の突然変異の傾向を生む要因であることを意味すると考えられる.
ゲノム上の変異がランダムに生じるわけでは無いと言うと, 木村資生博士, 太田朋子博士 の中立説(ほぼ中立説)と異なる立場であると誤解を受けることがある[99-101]. しかし, 木村博士は, ゲノム上の変異がランダムに生じる, とは述べていない. ここでは, 中立説とゲ ノム上の変異の分布のランダム性の関係性を否定する上で重要な要点を挙げる. まず, 第一 に, 中立進化説は, 一つの遺伝子を複数の生物で比較した時, その推定分岐年代から逆算す ると, 時間あたりの変異回数が一定であり, しかもその変異の多くがアミノ酸配列上の変異 を伴わない, というものである. 中立であるとした理由は, アミノ酸配列上の変異を伴わな いならば, 表現型に影響しないから, 自然選択を受けないためである. 第二に木村博士は, 遺 伝子ごとに, 時間あたりの変異蓄積数が異なることを示している. これは取りも直さず, あ る個体の細胞内にある染色体において, その座位ごとに変異の発生確率が異なること, つま り, あるゲノム上に発生する変異がランダムでは無い(座位ごとに等確率でない)というこ とを意味する. 非選択的な変異の, 時間あたりの蓄積率が異なるならば, ゲノム上の変異はラ ンダムに生じているとは言えない. 第三に, 自然選択との関係であるが, アミノ酸の活性に 関わる遺伝子上のコドンでは変異が発生し辛く, これは変異が起きても選択により淘汰さ れるためであると考えられている. 筆者のGC含量に関わる研究は, 抗生物質による選択がか かった条件でもなお, 細胞内の選択に関わる座位(rpoB遺伝子のregion I)に見られる変異 は, その細胞の遺伝型によって異なっており(表3), このことは特定の遺伝型が変異の種 類や生じる座位の決定に影響する可能性があることを示唆している[86].
繰り返しになるが, ランダムであるとは, 観察される事象の発生確率が互いに等しいとい う意味である. リファンピシンを用いた枯草菌野生株とmutS欠損株における薬剤耐性菌出 現頻度が示すように, 純粋な遺伝型を持つ集団において, つまり実験などの状況のみにおい て, どの細胞が突然変異体となるかはランダムな事象であり, 各遺伝型に固有の確率が存在 するのかも知れない. 一方, リファンピシン耐性変異のパターンと遺伝型の対応関係, およ びヒトSNPsの分布の研究より, ゲノム上の各座位における変異確率が等しくはなく, かつそ の確率の偏向にはゲノムの物理的な構造および宿主の遺伝型が影響していると考えざるを 得ない.
以上, 3章からなる本論により, 相同組換え酵素遺伝子がトランスポゾンの転移に関与す る遺伝子であり, しかもバクテリオファージにコードされるDNA結合タンパク質遺伝子と 共通祖先を有することが示唆された. 相同組換え酵素遺伝子は通常の遺伝とは異なる様式, つまり水平伝播または感染を介して細胞間を移動し, 宿主のゲノムに近いGC含量を持つに 至ったと考えられる. ゲノム上の突然変異には具体的な様式が存在せず, 出鱈目に変異し, 適 応的なものが偶然残るといった考え方が未だ根強いが, 少なくとも筆者らの研究では, ゲノ ム上の突然変異には固有の偏りが存在することが示唆された.では, これらの実験事実が示 す, 進化学的意義とは一体何か. 次章では, これらの実験による結果を背景に, 分子系統解析 結果に基づく相同組換え遺伝子の進化の経緯を紐解いてゆく.