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突然変異とランダム性

 これまで第2章と第3章で述べた研究結果から, IS256Bsu1にコードされたトランスポゼー スによる挿入配列の転移には, 相同組換え酵素遺伝子recAが必要であることが分かった. た だし, recAがこれまでよく研究されてきた相同組換えは, この転移反応とは関係が無いよう である. さらに, バクテリオファージMuにコードされたmuBrecAの本実験における転移 反応への必須性を相補することが分かった. 相同組換え遺伝子とmuBを含む網羅的な分子 抵当解析の結果から, muBが既存のrecA遺伝子から派生したという可能性は低く, バクテリ オファージ Muとその近縁のウイルスが保存しているmuBホモログは一つのクレードを形 成し, その近傍に存在するクレードがバクテリオファージT4に代表されるウイルス群の持 つuvsXであった. muBrecAを置換した株への紫外線照射実験から, muBには, uvsXや他の 相同組換え遺伝子のような, 宿主に紫外線耐性を付与する能力は見られなかった. 他方, 未 だ疑問が残る. 系統解析結果を考慮すると, 相同組換え酵素遺伝子は出鱈目に変異を繰り返 しながら都合の良いものが残って来たとは考えにくい. 第一, もしランダムに変異が生じて も遺伝子が宿主にとって有用で在りさえすれば良いのならば, なぜrecAradAの分岐に 従ったGC含量の増加が見られるのだろうか. DNA上の突然変異がランダムに生じるならば, 4種類の塩基の置換は等確率に生じるはずである. そこで本章では, より発展的な研究を交 えつつ, ゲノム上の突然変異の生ずる様式について考えてゆく.

1-1. 突然変異とランダム性が結びつくことになる歴史的背景

 まず, 突然変異とそのランダム性が関連づけられた経緯について振り返る. 突然変異がラ ンダムに生じる可能性を示したのは, Salvador Edward LuriaとMax Ludwig Henning

Delbrückである. 両博士は1942年, 大腸菌のウイルス抵抗性突然変異体の出現と遺伝性を継

代培養により確認し, ウイルスに抵抗性の大腸菌の現れ方がランダムであり, さらにこの形

担い手がDNAであることが 1944 年Oswald Theodore Avery, 1952年にAlfred Day HersheyとMartha Cowles Chaseによって其々示され, 1953年, その立体構造がRosalind Elsie Franklinのデータに基づきJames Dewey WatsonとFrancis Harry Compton Crickらに よって提案されるよりも前であるということである[79-81].

 ここで言う突然変異はいわゆる自然突然変異(spontaneous point mutations)の事であ るが, その原因は, 現在では塩基が稀に互変異体を形成することにあると考えられている

[82,83]. 核内互変異性の場合, 環構造を持つ分子のプロトン転移により異性体を生じるが,

これによりDNAでは通常見られないAC対とGT対を発生する要因になるとされる. ここか ら, 核酸分子が等しく一定確率で互変異体を生じるならば, ゲノム上における自然突然変異 の発生がランダムに起こると考えられるようになったと推察される. しかしながら, 現時点 では, 細胞内において核酸の互変異体がどの程度生じているのか, それが突然変異に寄与す る割合はどの位なのかは不明であり, 今の所この言説は否定も肯定もされないものと思わ れる. 互変異体と自然突然変異を結びつける仮説の問題点は過去に言及があり, (a)生理 的なpHに起因する「稀な」互変異体の形成という仮定に証拠がないこと, (b)自然突然変 異はトランジション変異だけでなくトランスバージョン変異も存在するが, これは互変異体 の形成だけでは説明できないことが挙げられている[82]. 近年の, 互変異体の形成を医療に 応用した例にKP1212が挙げられる. HIV薬として開発されたKP1212はDNAのアナログであ り, pHが7より大きい条件において5つの異なる互変異性体となることを利用してHIVの突然 変異頻度を上昇させ, ウイルスを不活化に追い込む[84]. ただし, KP1212自体はあくまでも 核酸のアナログであり, pHが互変異性体の変換率を高める事実が細胞内のDNAにおいてど の程度適用可能かどうかは依然として不明なままである. Danaらは, 大腸菌のDNA Polymerase I(Klenow fragment)のE710A変異体がin vitroにおいてA-dCTP, G-dTTP(鋳 型は一文字, 対合する塩基はdNTPとして表記)の誤対合が野生株よりも顕著に高いことを 示し, その原因は活性部位の形状が変化することで, 取り込んだ塩基を正確に配置できない ためである可能性があることを, 好熱菌の立体構造を参照しながら議論している[85]. この 時, 他の組み合わせの誤対合が生じにくいのは活性ポケット内での塩基と酵素のフィットの 具合に依存しているとしているが[85], これは取りもなおさず, 突然変異が単なる間違いな どではなく, DNA複製酵素による反応産物の一つであることを意味している.

1-2. ランダムの定義

 ここで「ランダム」という言葉の定義を見直す. ランダムである, という言葉が一般に使 われる際, 人為性のなさの他に, 「一見してよく分からない」ということにまでその意味が 拡張されることがあるが, この言葉を数量的な議論の下で扱う場合, その意味は観察対象の 現れる確率が互いにおよそ均等であることを意味する. ある遺伝型のバクテリアが薬剤に抵 抗性を示す時, その出現する数が単位あたり常に一定ならば, 「どの細胞が変異するかはラ ンダムな事象である」ということになる. では, ゲノム上の突然変異は本当にランダムに生 じているのだろうか.

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