第 3 章 神経活動に依存した視床下部オレキシンニューロンの機能 維持
第 3 節 考察
以前の検討において, 培養視床下部組織切片に興奮性の刺激を与えると切片 中のオレキシン陽性細胞が選択的に減尐するという結果が得られていることか ら24, 本研究では神経活動の役割に注目し, 神経活動を持続的に阻害した時のオ レキシンニューロンに対する影響を検討した. 視床下部切片にTTX (30, 100お よび300 nM) あるいはMg2+ (10 mM) を72時間処置することにより, オレキ シン陽性細胞は顕著に減尐した (Fig. 2). その一方で, 近傍に局在するMCH陽 性細胞については細胞数の減尐はほとんど見られなかった (Fig. 2). また, TTX およびMg2+処置によるオレキシン陽性細胞の減尐は, CGRP陽性細胞よりも顕 著であった(Fig. 3). つまり, オレキシンニューロンは視床下部に存在する他の ニューロペプチド含有ニューロンよりも神経活動の阻害による影響を受けやす いと考えられる. 切片中のオレキシン免疫反応性が減尐する原因として, オレ キシンニューロンの細胞死あるいは細胞内のオレキシンの枯渇が考えられるの で, TTXおよびMg2+によるオレキシン陽性細胞の減尐が細胞死によるものか否 かについて検討したところ, 本研究で用いた濃度のTTXおよびMg2+ 処置では 細胞死がほとんど惹起されないことが確認された(Fig. 4A). また, 72時間の薬 物処置後, 薬物を含有しない培地で72時間のポストインキュベーションを行っ たところ, TTXおよびMg2+ により減尐したオレキシン陽性細胞数は著明に回 復した(Fig. 4B, C). これらの結果は, TTXおよびMg2+ により惹起されたオレ キシン陽性細胞の減尐はニューロンの脱落ではなく, オレキシンの可逆的な枯 渇によるものであることを示している. さらに第4項の実験より, オレキシンの 前駆体であるプレプロオレキシンのmRNA発現量がTTXおよびMg2+ の処置
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によって減尐したことから, 転写レベルでの発現抑制が, 神経活動の遮断によ って惹起されるオレキシン枯渇のメカニズムに尐なくとも一部関与すると考え られる. しかしながら, TTXおよびMg2+ によるプレプロオレキシンmRNA量 の減尐の程度は, 免疫組織化学的検討によって認められたオレキシン陽性細胞 数の減尐の程度と比較すると軽度であった. したがって, オレキシンの枯渇に は転写レベルでの抑制以外に, プレプロオレキシンからオレキシンの生成に至 るまでのプロセシング機構の変化なども関与する可能性が考えられる. 今回の 結果より, オレキシンはMCHやCGRPといった視床下部に発現している他の ニューロペプチドよりも枯渇しやすいことが示唆され, 細胞死を伴わないオレ キシンニューロンの機能不全によるオレキシンの減尐がナルコレプシーで見ら れるような睡眠・覚醒の調節異常にも関与しうる可能性が推察される.
これまでに, オレキシンの発現制御に関与する細胞内シグナルについてはほ とんど検討されていない. 本研究では, 様々な遺伝子の発現調節に関与する cAMPを介したCREBのリン酸化の関与の可能性についても検討した38. cAMP アナログである8-bromo cAMP (1 mM) をTTX (300 nM) と24時間共処置す ることにより, オレキシン陽性細胞の減尐が抑制されるか否かを検討したが,
8-bromo cAMPは TTXによるオレキシン陽性細胞の減尐を抑制しなかった
(data not shown). また, アデニル酸シクラーゼを活性化することによって細胞
内cAMP濃度を増大させるforskolin (20 M) をTTXと共処置したが, やはり オレキシン陽性細胞の減尐は抑制されなかった (data not shown). これらの結 果は, cAMPシグナルとその下流のCREBのリン酸化はオレキシンの発現調節 には関与していないということを示している.
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ニューロンにおける遺伝子の発現や神経伝達物質の遊離には, Ca2+ チャネル を介した細胞外からのCa2+ の流入が重要な役割を果たしている32. 中枢神経系 には様々なタイプの電位依存性Ca2+ チャネルが存在するが, 主に細胞体に局 在すると言われているT型, および神経伝達物質の遊離に関与しているN, P/Q 型のCa2+ チャネルを阻害することにより, オレキシンの顕著な減尐が誘発さ れた (Fig. 6). これらのCa2+ チャネルの開口は脱分極刺激に引き続いて起きる ことから, TTXによるオレキシンの減尐においても, 活動電位の発生の遮断に よるCa2+ チャネル開口の抑制が関与していることが考えられる. つまり,
TTXの処置とT型およびN, P/Q型Ca2+ チャネル遮断薬の処置によるオレキシ
ンの減尐は, Ca2+ チャネル活性化の抑制という共通の機序を介して生じている 可能性がある. これまでに, プレプロオレキシン遺伝子のプロモータ領域に神 経活動依存的転写調節因子として知られるMEF2の結合部位が存在することが 報告されている39. MEF2はCa2+シグナルのメディエータの一つであるカルシ ニューリンによって調節されていることから40, Ca2+チャネルを介して細胞内 へ流入したCa2+ がカルシニューリンおよびMEF2を介してプレプロオレキシ ンの遺伝子発現を調節することで, オレキシンの発現維持に関わっている可能 性が考えられる (Fig.9).
オレキシンニューロンは他の様々なニューロンからの興奮性および抑制性の シナプス入力を受けており, それらの入力によって神経活動が厳密に制御され
ている14,15. 中でも本研究においては, オレキシンの発現維持における重要な因
子の候補としてグルタミン酸作動性ニューロンからの興奮性入力に注目した.
グルタミン酸は, 中枢神経系の主要な興奮性神経伝達物質として様々なニュー ロンの活動を制御している41. オレキシンニューロンについても, 遠位からの投
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射に加えて, 視床下部内の局所神経回路の一部としてのグルタミン酸作動性ニ ューロンからの興奮性入力の存在が確認されており, オレキシンニューロンの 神経活動の制御におけるグルタミン酸神経系の重要性が示唆されている42. グ ルタミン酸受容体の中でも特に, イオンチャネル型受容体に分類されるNMDA 受容体とAMPA受容体は脳内で広範に分布しており, グルタミン酸の結合によ り, 自身のカチオンチャネルを開口し, 細胞内へNa+あるいはCa2+を流入させ ることで刺激を伝達する36. 電気生理学的検討により, NMDA受容体あるいは AMPA受容体のアゴニストを適用すると, オレキシンニューロンの発火頻度が 増加することが示されており43, オレキシンニューロンの神経活動の制御にお いて, これらのグルタミン酸受容体が重要な役割を担うことが示唆されている.
そこで, NMDA受容体およびAMPA受容体の遮断薬を用いて検討したところ, NMDA受容体の遮断薬であるMK-801およびAP-5を処置することによって, オレキシンの顕著な減尐が誘発された(Fig. 7). 一方で, AMPA受容体遮断薬で あるNBQXを処置しても, オレキシンの減尐はほとんどみられなかった.
NMDA受容体のカチオンチャネルは通常Mg2+ により阻害されており, 細胞外 からのNa+やCa2+ の流入は抑制されている44. 細胞膜の脱分極によってMg2+
がチャネルの結合部位から解離すると, NMDA受容体チャネルを介したカチオ ンの流入が誘発される. 海馬ニューロン等においては, AMPA受容体刺激によ る脱分極に伴って, NMDA受容体のカチオンチャネルの活性化が誘発されるこ とが報告されている45. すなわち, NMDA受容体のカチオンチャネルが活性化 するためには, AMPA受容体刺激などによる脱分極を介して細胞膜の興奮状態 がもたらされることが重要である. しかしながら, オレキシンニューロンは静 止膜電位が浅く、平常時においても活動電位の自発的発射を繰り返していると の報告がある27. つまり, オレキシンニューロンに関しては, AMPA受容体刺激
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を伴うことなく, NMDA受容体のカチオンチャネルが活性化状態に移行できる ことが考えられる. 本研究において, NBQXによるオレキシンの減尐がみられ なかったのは, このようなオレキシンニューロンの特性が関与しているもので あると考えられる. 一方で, MCH陽性細胞については, NMDA受容体および AMPA受容体遮断による細胞数の減尐は見られなかった. オレキシンニューロ ンとMCHニューロンのNMDA受容体遮断薬に対する感受性の違いは, グルタ ミン酸ニューロンによるペプチド発現の制御がオレキシンニューロンに選択的 な機構であることを示唆している. また, Mg2+処置により誘発されたオレキシ ンの減尐においても, NMDA受容体のカチオンチャネル阻害作用の関与が考え られ, MCHニューロンやCGRPニューロンに対してMg2+がほとんど影響を及 ぼさなかったことから, NMDA受容体を介するオレキシンニューロン特異的な 神経活動の制御機構の存在が推定される. オレキシンの発現におけるNMDA受 容体の関与をさらに検証するために, TTXとNMDAを24時間共処置したとこ ろ, TTXによるオレキシンの減尐はNMDAによって顕著に抑制された (Fig. 8).
TTXによって惹起されるオレキシン陽性細胞数の減尐は, オレキシンの枯渇に よるものであることから, NMDA受容体刺激はオレキシンの発現を正に調節す る要因であることが示唆された (Fig.9). NMDAによるオレキシンの発現制御に は, NMDA受容体チャネルを介した直接のCa2+流入, およびNa+流入による脱 分極の発生に伴う電位依存性Ca2+チャネルの開口を介した間接的なCa2+流入の 関与が考えられる.
以上, 本研究では, 視床下部オレキシンニューロンにおいてオレキシンの発 現レベルが持続的な興奮性神経活動によって維持されていることを明らかにし た. ナルコレプシーにおいてオレキシンニューロンの選択的な減尐が惹起され
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る機序はほとんど解明されておらず, また, ナルコレプシーの根本的な治療法 も確立されていない. 本研究で明らかとなったオレキシンニューロン特異的な 制御メカニズムは, ナルコレプシーの病態形成の機序の解明に向けて重要な示 唆を与えるものである.