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視床下部オレキシンニューロンにおける小胞体ストレス感 受性の解析

第1節 背景

第3章および第4章の実験結果より, 培養視床下部組織切片中のオレキシンニ ューロンは近傍に存在する他のニューロンよりも神経活動の変動や薬物による 影響を受けやすいことが明らかとなった. したがって, オレキシンニューロン は生体内で起こりうる様々なストレスによる細胞傷害に対しても, 他のニュー ロンとは感受性が異なる可能性が考えられる.

オレキシン-Aは構造上, 2本のジスルフィド結合を持っており(Fig.1B), また これまでの研究により, オレキシンは視床下部の他のニューロペプチドよりも 代謝回転が速く, 盛んに生合成および分泌を繰り返していることが示唆されて いる. このような性質を持つペプチドは, タンパク質の生合成を行う小胞体に おいて折りたたみ不全(ミスフォールド)が起こりやすく, 何らかの原因により 生合成過程に異常が生じると小胞体内にミスフォールド産物が蓄積し, 小胞体 ストレスが生じてしまう. したがって, 本研究では, 生体内で起こりうる細胞へ のストレスとして小胞体ストレスに注目した.

小胞体では, 新たに合成されたタンパク質の折りたたみや切断, ジスルフィ ド結合の形成などが行われ, これらのプロセスはタンパク質が正常に機能する ために極めて重要である63. このような役割を担う小胞体は, 変異タンパク質や ミスフォールドタンパク質の蓄積, タンパク質の過剰な生合成などにより過大

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な負荷を受けると正常な機能が破綻してしまう64, 65. このような状態は「小胞体 ストレス」と呼ばれており, 細胞内では小胞体ストレスに対して小胞体ストレス 応答 (unfolded protein response; UPR) と呼ばれる防御機構が働き, 小胞体へ の負荷を軽減する66, 67. UPRにおいては, 小胞体膜上に局在している

RNA-dependent protein kinase-like kinase (PERK), activating transcription factor 6 (ATF6) , inositol requiring protein-1 (IRE1)が重要な役割を担ってお り, これらの分子が小胞体の負荷を感知することで防御シグナルを起動させる (Fig.17). PERKは, タンパク質の翻訳をコントロールするeukaryotic initiation

factor 2eIF2の脱リン酸化を阻害し, 新規タンパク質の翻訳を抑制するこ

とで小胞体への負荷を軽減する68, 69. ATF6およびIRE1はタンパク質の折り畳み を行う分子シャペロンやタンパク質分解酵素などの発現を増加させ, 変異タン パク質やミスフォールドタンパク質を除去することで小胞体への負荷を軽減す る70. しかしながら, このようなUPRによる防御機構が働いているにも関わら ず, 小胞体ストレスが改善されずに持続してしまうと, 細胞傷害性の転写因子 であるC/EBP homologous protein (CHOP)などの発現が増加し, 細胞はアポト ーシスを起こしてしまう71- 73.

これまでの多くの知見により, 小胞体ストレスはパーキンソン病や筋萎縮性 側索硬化症など, 特定のニューロンの変性・脱落が認められる神経変性疾患の発 症の一因であることが示唆されている74-76. そこで, 本研究ではオレキシンニュ ーロンと視床下部に局在する他のニューロペプチド含有ニューロンとで小胞体 ストレスに対する感受性に違いがみられるかを, 培養視床下部組織切片を用い て検討した.

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Fig.17. Unfolded protein response for ER stress. PERK, IRE-1 and ATF-6 are localized on ER membranes and activated when misfolded or unfolded proteins accumulated in ER. PERK is autophosphorylated and induces attenuation of translation via phosphorylation of eIF2. IRE-1 is also autophosphorylated and increases splicing of XBP-1 mRNA resulting in regulation of expression of several genes. ATF-6 is transported into Golgi and cleaved, and works as a transcription factor resulting in regulation of expression of several genes such as Bip. Although attenuation of translation and expression of Bip are protective against ER stress, sustained ER stress induces expression of CHOP resulting in neuronal damage.

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第 2 節 実験成績

第 1 項 Tunicamycin 処置によるオレキシン陽性細胞の減尐

小胞体ストレスによる視床下部切片中のオレキシン陽性細胞への影響を検討 するために, 小胞体ストレスを引き起こすことが知られているtunicamycinの処 置を行った. 小胞体内では翻訳されたタンパク質の糖鎖付加が行われ, この過 程はタンパク質が正しく折り畳みを受けるために重要である. Tunicamycinは, 小胞体におけるタンパク質の糖鎖付加を阻害することで, タンパク質のミスフ ォールドを引き起こし, 小胞体ストレスを惹起することが知られている77. Tunicamycin (10 g/mlおよび20 g/ml)を24時間処置したところ, 切片中のオ レキシン-A陽性細胞の顕著な減尐が認められた (Fig. 18A). その一方で, 同じ 切片中に局在しているMCH陽性細胞はわずかに減尐傾向を示す程度であった

(Fig. 18A). さらに, 切片中のオレキシン-A陽性細胞およびMCH陽性細胞を計

数し, 細胞数の変化を定量化したところ, tunicamycin (10 g/mlおよび20

g/ml)を24時間処置することにより, オレキシン-A陽性細胞数は有意に減尐し ていた. その一方でMCH陽性細胞は10 g/mlのtunicamycin処置では有意な減 尐は認められず, 20 g/mlの濃度で有意な減尐がみられたが, オレキシン-A陽性 細胞の減尐と比較すると減尐の程度は非常に軽度であった(Fig. 18B).

続いて, tunicamycin処置によるオレキシン-AおよびMCH陽性細胞数の変化に おける時間経過を調べたところ, tunicamycin (20 g/ml)を3時間から24時間ま で処置したところ, オレキシン-A陽性細胞数は6時間処置で有意に減尐し, 24時 間処置まで時間依存的に減尐した(Fig. 18C). 一方で, MCH陽性細胞は, オレキ

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シン-A陽性細胞の有意な減尐がみられたtunicamycinの6時間処置では細胞数の 有意な減尐は認められず, 12時間および24時間処置で細胞数の有意な減尐が認 められたが, 減尐の程度はオレキシン-A陽性細胞よりも軽度であった(Fig.18C).

オレキシンニューロンでは, 前駆体であるプレプロオレキシンからオレキシン

-Aおよびオレキシン-Bが生成される(Fig.1B). そこで, オレキシン-Bについて

も検討を行ったところ, オレキシン-Aの結果と同様, tunicamycin (20 g/ml)の6時 間処置よりオレキシン-B陽性細胞数の有意な減尐が認められ, 細胞数は24時間 処置まで時間依存的に減尐した(Fig.18D).

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B

A

C

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D

Fig.18. Tunicamycin preferentially decreases orexin-immunoreactive neurons.

(A) Representative photographs of neurons immunoreactive for orexin-A and MCH in hypothalamic slice cultures. Tunicamycin (TM, 20 g/ml) was applied for 24 h. Scale bars = 50 m. (B) Concentration-dependent change in the number of orexin-A-positive cells (white bars) and MCH-positive cells (black bars) by application of TM. n = 9-15. ** P < 0.01, *** P < 0.001 vs. control (Cont). (C) Time-dependent change in the number of orexin-A-positive cells (white bars) and MCH-positive cells (black bars) by application of 20 g/ml TM for indicated periods. n = 15. *** P < 0.001 vs. control (Cont). (D) Effect of TM on the number of orexin-B-immunoreactive neurons. Tunicamycin (20 g/ml) was applied for indicated periods. n = 15. ** P < 0.01, *** P < 0.001 vs. control (Cont).

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第 2 項 Thapsigargin 処置によるオレキシン陽性細胞の減尐

次に, tunicamycinとは別の機序で小胞体ストレスを引き起こす薬物である

thapsigargin処置によるオレキシン-A陽性細胞およびMCH陽性細胞への影響

を調べた. Thapsigarginは, 小胞体内のカルシウム恒常性を破綻させ, 小胞体の 機能不全を引き起こすことで, 小胞体ストレスを惹起させることが知られてい る78. そこで, thapsigarginの24時間処置を行ったところ, 5 M および10 M の処置濃度においてtunicamycin処置の結果と同様, オレキシン-A陽性細胞数 の顕著な減尐が認められた(Fig. 19A). また, 5 M および10 Mの

thapsigargin処置によりMCH陽性細胞数の減尐傾向もみられていた(Fig. 19A).

細胞を計数し, 定量化したところ, thapsigarginの1 Mおよび2 M処置では オレキシン-A陽性細胞数の有意な減尐はみられず, 5 Mおよび10 M処置によ り細胞数は有意に減尐していた(Fig. 19B). また, MCH陽性細胞においても, 5

Mおよび10 Mのthapsigargin処置により細胞数の有意な減尐がみられたが,

オレキシン-A陽性細胞と比較すると減尐の程度は軽度であった(Fig. 19B).

続いて, thapsigargin (10 M) 処置によるオレキシン-A陽性細胞数および MCH陽性細胞数の変化における時間経過を調べたところ, オレキシン-A陽性

細胞はthapsigarginの3時間処置より有意な減尐が認められ, 24時間処置まで

時間依存的に減尐した(Fig.19C). 方で, MCH陽性細胞数はオレキシン-A陽性 細胞の減尐がみられた3時間および6時間処置では有意な減尐はみられず, 12 時間および24時間処置により有意に減尐していたが, オレキシン-A陽性細胞と 比較すると, 減尐の程度は軽度であった(Fig.19C).

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第1項および第2項の結果より, 視床下部切片においてオレキシンニューロン とMCHニューロンでは小胞体ストレスに対する感受性が異なり, オレキシン ニューロンの方が小胞体ストレスによる影響を受けやすいことが示唆された.

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B C

A

Fig.19. Thapsigargin preferentially decreases orexin-immunoreactive neurons. (A) Representative photographs of neurons immunoreactive for orexin-A and MCH in hypothalamic slice cultures. Thapsigargin (TG, 5 or 10 M) was applied for 24 h.

Scale bars = 50 m. (B) The dose-dependent change in the number of orexin-A positive cells (white bars) and MCH positive cells (black bars) by application of TG.

n = 9-15. ** P < 0.01, *** P < 0.001 vs. control (Cont). (C) Time-dependent change in the number of orexin-A-positive cells (white bars) and MCH-positive cells (black bars) by application of 10 M TG for indicated periods. n = 15. *** P < 0.001 vs.

control (Cont).

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第 3 項 小胞体ストレスによる CGRP 陽性細胞への影響

第1項および第2項の結果より, 視床下部切片中のオレキシンニューロンと MCHニューロンでは小胞体ストレスに対する感受性が異なることが示唆され たので, 視床下部切片中に局在するCGRPニューロンについても小胞体ストレ スに対する影響を検討した. 第3章の結果より, 視床下部切片中のオレキシン陽 性細胞やMCH陽性細胞が局在している領域において, CGRP陽性細胞も局在し ていることが確認できている. そこで, tunicamycin (20 g/ml)および

thapsigargin (10 M)を24時間処置し, CGRP陽性細胞の変化を観察したところ, 細胞数の減尐が認められた(Fig. 20A). さらに, CGRP陽性細胞数を計数し, 定 量化したところ, tunicamycinおよびthapsigargin処置により細胞数の有意な減 尐が認められたが, 第1項および第2項でみられたオレキシン陽性細胞の減尐と 比較すると, 減尐の程度は軽度であった(Fig. 20B).

これらの結果より, 視床下部切片においてオレキシンニューロンはCGRPニ ューロンよりも小胞体ストレスによる影響を受けやすいことが示唆された.

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A

B

Fig.20. Effect of ER stress on CGRP neurons. (A) Representative photographs of CGRP-immunoreactive neurons in hypothalamic slice cultures.

Tunicamycin (TM, 20 g/ml) or thapsigargin (TG, 10 M) was applied for 24 h. Scale bars = 50m. (B) Quantitative results of the effect of TM and TG applied for 24 h on the number of CGRP-immunoreactive neurons. n = 15.

*** P < 0.001 vs. control (Cont).

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第 4 項 小胞体ストレスによるオレキシンの枯渇

パーキンソン病やアルツハイマー病など多くの神経変性疾患では, 特定のニ ューロン群において顕著な細胞死が認められる. 第1項および第2項の実験より, 小胞体ストレスを惹起するtuncamycinおよびthapsigarginがオレキシン陽性細 胞を顕著に減尐させるという結果が得られたので, この細胞数の減尐が細胞死 によるものであるか否かを検討した. 小胞体ストレスが持続すると細胞のアポ トーシスが惹起されることが知られているので, アポトーシスの有無を活性型 カスパーゼ-3の発現により調べた. Tunicamycin (20 g/ml)を24時間処置し, オ レキシン-Aおよび活性型カスパーゼ-3の抗体を用いて免疫組織化学染色を行っ たところ, オレキシン-A陽性細胞の中で活性型カスパーゼ-3陽性の細胞は認め られず, また, 切片中でも活性型カスパーゼ-3の染色はほとんど観察されなか った(Fig. 21A).

また, tunicamycin処置による視床下部切片中のニューロン数の変化を確かめ るために, ニューロンのマーカーであるNeuNの染色を行った. Tunicamycinの

24時間処置により, オレキシン-Aの染色は顕著に減尐したが, オレキシン陽性

細胞が局在している領域において, NeuN陽性細胞数はほとんど変化していなか った(Fig. 21B).

オレキシンは細胞体内で生合成された後, 軸索輸送を介して神経終末に輸送 され, 神経伝達物質として放出される. そこで, 微小管形成を阻害することで軸 索輸送を阻害する薬物であるcolchicineをtunicamycinと共処置し, オレキシン 陽性細胞数に変化がみられるかを調べた. 100 nM 以上のcolchicineが大脳皮質 ニューロンや海馬ニューロンのアポトーシスを惹起することが報告されている

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