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第 6 章 異所性脂肪沈着(脂肪肝)に関連する SNP の検討

第 7 節 考察

本研究により、GCKR遺伝子のrs780094 (オッズ比1.37、P = 0.0024)と TRIB1遺伝子のrs2954021 (オッズ比1.53、P = 4.5×10-5)が、日本人集団で

NAFLDと有意に関連することを確認した。

GCKR遺伝子のrs780094は、ヨーロッパの家系を用いた研究で NAFLD と

の関連が報告されている[66、80、81]。しかし、アフリカ系米国人やヒスパニ ック系米国人では関連がみられないことが報告されており[80、81]、人種によっ て関連が異なることが考えられた。

また本研究では、GCKR遺伝子のrs780094は、V/S比の増加(P = 0.0067)

や中性脂肪の上昇(P = 0.0029)とも弱く関連することを見出した。GCKR遺

伝子の rs780094 は血糖値の減少や中性脂肪の上昇と関連することが Speliotes

らにより報告されている[66]。また他の GWAS による研究でも中性脂肪の上昇 と関連することが報告されている[82]。

GCKR 遺伝子は糖類の代謝酵素であるグルコキナーゼを制御することが知ら れている。GCKR 遺伝子をマウスの肝臓で過剰に発現させるとグルコキナーゼ の活性が上昇し、血糖値が下がり、中性脂肪が増加することが報告されている

[84]。これらのことから、GCKR遺伝子のrs780094は内臓脂肪蓄積による中性

脂肪の上昇を引き起こし、NAFLDの発症に関与していることが示唆された。

TRIB1遺伝子の rs2954021 は ALTの上昇と関連することが欧米人の研究に

より報告されている[70]。また、rs2954021と同じ連鎖不平衡ブロック内(r2 =

82

1.00)に存在するrs17321515は中性脂肪の上昇と関連することが報告されてい

る[83]。マウスを使用した実験においては TRIB1遺伝子が脂肪蓄積の調節を通 じてメタボリックシンドロームの病態に関連することが報告されている[85]。本 研究では、rs2954021はNAFLDとの関連はみられたが、ALTや中性脂肪の上 昇との関連はみられなかった。さらなる検証が必要であるが、rs2954021 は中 性脂肪の上昇をとおしてNAFLDの発症に関与している可能性が考えられる。

我々は以前、日本人のNAFLD症例を用いた研究によってPNPLA3遺伝子の

rs738409が NAFLDと関連すること、また組織所見やAST、ALTとも関連が

みられることから、NAFLDの重症化にも関与することを報告している[68]。そ こで、本研究によりNAFLDとの関連がみられたGCKR遺伝子のrs780094と TRIB1遺伝子の rs2954021 に PNPLA3 遺伝子のrs738409 も説明変数に加え て、ロジスティック回帰分析で解析を行った。その結果、3つの遺伝子のそれぞ

れにNAFLDとの関連が見られたことから、GCKR遺伝子のrs780094、TRIB1

遺伝子のrs2954021、PNPLA3遺伝子のrs738409それぞれのSNPは独立して

NAFLDに影響していることが示唆された。

本研究ではGCKR遺伝子のrs780094とTRIB1遺伝子のrs2954021のどち

らにも、NAFLDの重症化の指標とは関連がみられなかったことからも、それぞ

れの遺伝子は独立して異なるメカニズムにより NAFLD に影響していることが 考えられた。

本研究では18箇所のSNPを対象としたが、日本人集団ではそのうちの8箇 所のSNPのマイナーアレル頻度が0.05未満であった。これらのSNPについて は検出力が不足しているために関連がみられなかった可能性も考えられた。ま た、人種間による LD パターンの違いや、人種特異的な関連、遺伝素因と環境 因子の相互作用の違いなども関連がみられなかった理由として考えられる。関

83

連がみられなかったSNPについては、さらにサンプル数を増やして検証を行う 必要があると考えられるが、本研究により、GCKR遺伝子のrs780094とTRIB1

遺伝子のrs2954021 が日本人集団で NAFLDに感受性の SNP であることを示

唆した。

84

表26 NAFLDとコントロールの関連解析

染色体

番号 SNP ID ポジション

(build 132)

近傍の 遺伝子名

アレル1/

アレル2

リスク アレル

リスクアレル頻度

P値 オッズ比 (95%信頼区間)

NAFLD コントロール

1 rs12137855 219,448,378 LYPLAL1 T/C C 0.94 0.95 0.72 0.93 (0.61 - 1.40)

1 rs2499604 238,103,501 ZP4 A/G A 0.46 0.48 0.59 0.95 (0.77 - 1.16)

2 rs780094 27,741,237 GCKR G/A A 0.62 0.55 0.0024 1.37 (1.12 - 1.68)

4 rs6834314 88,213,808 HSD17B13 G/A A 0.69 0.66 0.30 1.12 (0.91 - 1.38)

4 rs2710833 169,409,958 PALLD T/C T 0.13 0.12 0.53 0.91 (0.67 - 1.23)

7 rs343062 35,549,066 no gene T/C T 0.46 0.47 0.92 0.99 (0.81 - 1.22)

8 rs4240624 9,184,231 PPP1R3B G/A A 0.99 0.99 0.40 0.64 (0.23 - 1.79)

8 rs2126259 9,185,146 PPP1R3B A/G G 0.99 0.99 0.37 0.62 (0.22 - 1.74)

8 rs2645424 11,684,463 FDFT1 C/T C 0.23 0.21 0.30 1.13 (0.90 - 1.43)

8 rs2954021 126,482,077 TRIB1 A/G A 0.52 0.45 4.5×10-5 1.53 (1.25 - 1.88)

10 rs1227756 71,588,504 COL13A1 A/G G 0.72 0.72 0.82 1.03 (0.82 - 1.29)

10 rs10883437 101,795,361 CPN1 A/T T 0.83 0.82 0.64 0.94 (0.73 - 1.21)

10 rs11597390 101,861,435 CPN1 A/G G 0.96 0.95 0.80 0.94 (0.59 - 1.51)

10 rs2862954 101,912,064 ERLIN1 C/T T 0.97 0.95 0.58 1.16 (0.69 - 1.94)

10 rs17668255 102,000,701 CWF19L1 T/C C 0.97 0.95 0.54 1.17 (0.70 - 1.97)

12 rs887304 3,757,548 EFCAB4B A/G A 0.005 0.001 0.70 1.46 (0.22 - 9.64)

12 rs6487679 9,371,332 PZP C/T C 0.11 0.11 0.75 1.05 (0.77 - 1.43)

19 rs2228603 19,329,924 NCAN T/C T 0.05 0.06 0.41 0.82 (0.51 - 1.32)

オッズ比は、年齢、性別、BMI、糖尿病治療の有無で補正した

85

表27 脂肪分布パラメーター

SNP ID BMI VFA* SFA* V/S比*

β P値 β P値 β P値 β P値

rs780094 -0.004 0.37 0.023 0.051 -0.011 0.26 0.036 0.0067

rs2954021 -0.007 0.11 -0.024 0.048 -0.023 0.021 0.002 0.87

BMIとV/S比のP値は年齢と性別で補正し、VFAとSFAのP値は年齢、性別、BMIで補正した。V/S比(*)は439人

表28 血清パラメーター

SNP ID rs780094 rs2954021

NAFLD コントロール NAFLD コントロール

β P値 β P値 β P値 β P値

血糖値 -0.018 0.0047 -0.007 0.014 -0.003 0.67 -0.003 0.29

総コレステロール 0.182 0.94 1.464 0.34 2.663 0.28 0.187 0.90 中性脂肪 0.037 0.0029 0.039 2.5×10-5 0.013 0.30 0.005 0.58

HDL-コレステロール -0.588 0.49 -0.946 0.12 0.750 0.39 0.014 0.98

収縮期血圧 0.000 1.00 -0.280 0.69 -0.180 0.88 -1.102 0.13 拡張期血圧 2.222 0.018 -0.082 0.86 -1.115 0.24 -0.311 0.50

AST 0.005 0.72 0.009 0.21 -0.009 0.51 0.007 0.33

ALT -0.008 0.58 0.019 0.036 -0.017 0.27 0.012 0.18

P値は年齢、性別、BMIで補正した

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表29 肝細胞の組織所見(重症度)

SNP ID 脂肪化の程度 炎症 風船様膨化 NAFLD活動性スコア 線維化

β P値 β P値 β P値 β P値 β P値

rs780094 0.013 0.76 0.006 0.89 0.004 0.92 0.002 0.99 0.049 0.42

rs2954021 0.005 0.92 -0.140 0.0016 -0.072 0.09 -0.214 0.029 -0.152 0.014

P値は年齢、性別、BMI、糖尿病治療の有無で補正した 表30 各SNPの独立した効果

説明変数 P値 オッズ比

(95%信頼区間)

rs738409 4.1×10-13 2.20 (1.78 - 2.72)

rs2954021 9.7×10-5 1.52 (1.23 - 1.88)

rs780094 0.0011 1.42 (1.15 - 1.76)

ロジスティック回帰モデルY=β01×rs738409+β2×rs2954021+β3×rs780094+β4×age+β5×sex+β6×log10(BMI)+β7×DM.

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総括

本研究は、メタボリックシンドロームに関連するSNPについて、日本人にお ける疾患感受性SNPを明らかにすることを目的とした。

BMIや脂肪分布については13箇所のSNPについて1424人(男性 635人、

女性789人)で検討を行った。脂肪分布は性的特異性があることが知られてい るため、男女別に関連解析を行った結果、NUDT3遺伝子のrs206936がBMI や 皮下脂肪面積と強い関連を示すことを見出した。皮下脂肪面積との関連はBMI で補正するとみられなくなることから、BMIの増加に伴う皮下脂肪の蓄積に関 与するSNPであると考えられた。この関連は男性ではみられず、女性のみでみ られたことから、NUDT3遺伝子の関与には性差があることが示唆された。

血中アディポネクチン量については、アディポネクチン(ADIPOQ)遺伝子 内とその近傍に位置する7箇所のSNPについて2488人(男性1114人、女性 1374人)で検討を行った結果、血清パラメーター(インスリン、インスリン抵 抗性)や血中アディポネクチン量が、ADIPOQ遺伝子の5’上流領域に位置する

2箇所のSNP(rs10937273とrs1648707)と強い関連を示すことを見出した。

これらの関連は2型糖尿病の治療の有無で補正した後にもみられた。2箇所の SNPはBMIや内臓脂肪面積とは関連しなかったことから、脂肪蓄積によって 引き起こされたインスリン抵抗性とは独立して血中アディポネクチン量の減少 やインスリン抵抗性に関与することが示唆された。またその関与には性差があ ることが示唆された。

異所性脂肪沈着(脂肪肝)については、NAFLD患者を用いて18箇所のSNP について1552人(一般集団1012人、NAFLD患者540人)で検討を行い、GCKR 遺伝子のrs780094とTRIB1遺伝子のrs2954021がNAFLDと関連しているこ とを見出した。また、GCKR遺伝子のrs780094は、V/S比、血糖値、中性脂肪、

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血圧とも弱い関連がみられた。

GCKR遺伝子のrs780094とTRIB1遺伝子のrs2954021にPNPLA3遺伝子

のrs738409も説明変数に加えて、ロジスティック回帰分析で解析を行った結果、

3つの遺伝子のそれぞれにNAFLDとの関連が見られた。GCKR遺伝子の rs780094とTRIB1遺伝子のrs2954021は、NAFLDの重症化の指標とは関連 がみられないことから、それぞれが独立して異なるメカニズムにより、NAFLD の発症段階に関与していることが示唆された。

本研究により、日本人集団でメタボリックシンドロームに関連する感受性 SNPが明らかとなった。しかしメタボリックシンドロームは多因子疾患である ため発症には数多くの遺伝素因が関わっており、個々の遺伝素因の寄与は小さ いことが知られている。また様々な環境因子も関与し、その寄与度も異なるた め、疾患に関連する遺伝素因を明らかにするためには非常に多くのサンプル数 が必要になる場合がある。そのため、本研究で感受性がみられなかったSNPに ついては、さらに多くのサンプルによる検証が必要であると考えられる。今後、

これらの遺伝子についての機能解析を行うことにより、メタボリックシンドロ ームの発症機構が明らかになると考えられる。

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謝辞

本論文をまとめるにあたり非常に多くの方にお世話になりました。ここに深 く感謝いたします。主査を担当していただきました東京農業大学応用生物科学 部バイオサイエンス学科動物分子生物学研究室の喜田聡先生、副査を担当して いただきました同動物発生工学研究室の河野友宏先生、尾畑やよい先生、大阪 大学医学部附属病院未来医療開発部の堀田紀久子先生には大変お世話になり、

また論文を精査していただいた上での適切なご助言と有益な議論の場を提供し ていただきましたことに深く感謝いたします。

さらに本実験の遂行にあたり、ご指導、ご協力をいただきました千葉大学予 防医学センターの関根章博先生、住友病院の松澤佑次先生、筑波大学大学院人 間総合科学研究科スポーツ医学専攻の田中喜代次先生、蘇リナ先生、労働安全 衛生総合研究所健康研究領域有害性評価研究グループの松尾知明先生、筑波大 学医学医療系次世代医療研究開発・教育統合センターJA茨城県厚生連臨床研究 地域イノベーション学寄附講座の中田由夫先生、JA広島総合病院消化器内科の 兵庫秀幸先生、広島大学大学院医歯薬保健学研究院応用生命科学部門消化器・代 謝内科学肝臓研究室の茶山一彰先生、越智秀典先生、防衛医科大学校数学研究 室の中村好宏先生、DHCサプリメント研究所の蒲原聖可先生、香川大学医学部 衛生学教室の宮武伸行先生、大阪健康倶楽部の小谷一晃先生、市立豊中病院内 分泌代謝内科糖尿病センターの嶺尾郁夫先生、岡山大学大学院医歯薬学総合研 究科腎・免疫・内分泌代謝内科学の和田淳先生、横浜市立大学附属病院消化器 内科肝胆膵消化器病学教室の中島淳先生、米田正人先生、小川祐二先生、大阪 大学大学院医学系研究科代謝血管学寄附講座の船橋徹先生、新山手病院生活習 慣病センターの宮崎滋先生、みどり健康管理センターの徳永勝人先生、琉球大

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