3. 中国語母語話者と日本語母語話者の共起表現の心的処理に関する言語認知脳科学的研究
3.1. 実験 2-1 中国語母語話者と日本語母語話者の共起表現の処理パターンの違いに関する研究
3.1.4. 考察
件の刺激文を処理する際に, チャンネル2, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 11, 12 (左半球), チャンネル16, 17, 21, 22 (右半球)が活性化した(ps < .1, 図3-4を参照)。左半球の活性チャンネル数が右半球よ り多かった。しかし日本語母語話者の場合と異なりVIO条件の活性チャンネル数は一番少
なく, COL条件の活性チャンネル数が一番多かった。両グループの活性チャンネルの数を比
較すると, 中国語母語の日本語学習者の活性チャンネルの数は日本語母語話者より多かっ た。
図 3- 4課題期間中に賦活したチャンネル JNS:日本語母語話者, CJL:中国語母語の日本語学習者。
COL:コロケーション, NOV:創造的表現, VIO:意味逸脱句。
トポグラフ中の各点はチャンネルを示している。チャンネル位置は図2-2に示しているとおりである。それぞれの条 件の略称の下の数字は, 課題期間の活性チャンネルの数を表している。角括弧の数字は, それぞれ左半球と右半球の活性 チャンネルの数を示している。本実験では, 脳内活性チャンネルの数によって脳内活性範囲を表している。
これらの図は, 各条件の課題期間開始3s後のoxy-Hb 変化状態を示している。右側のカラーバーは, ヘモグロビンの
変化量 (単位:mMol*mm)を示している。
語の日本語学習者の脳血流データの場合は, 3条件の活性領域が COLからNOVおよびVIO まで減少傾向を示した。つまり, 日本語母語話者の場合, 行動データと脳血流データの結果 が正の相関を呈したのに対し, 中国語母語の日本語学習者の場合, 行動データと脳血流デ ータの結果が負の相関を呈していた。
反応時間データも脳血流データも意味統合の難易度を反映すると仮定したため, 一目見
語の語彙意味的な関係までしか反映しない場合もあると先行研究によって考察されている (Smith, Theodor, & Franklin, 1983; Baumgaertner et al., 2002; Zhu et al., 2013) 。
従って, 本実験で得られた日本語学習者の行動データと脳活動データが一致していない 原因として, この二つの指標が文処理過程の異なる段階を反映していることが考えられる。
具体的には, 反応時間データは単語と単語の語彙意味的な関係までしか反映しておらず, 脳活動データは意味統合過程まで反映すると考えられる。
反応時間データは日本語母語話者も中国語母語の日本語学習者もCOL, V-SEM, V-SYNの 3条件への反応時間は同じ上昇傾向を示した。なぜ反応時間データは単語と単語の語彙意味 的な関係を反映すると言えるのであろうか。コネクショニストモデルによると, 言語は単独 的に存在するのではなく, ユニットとユニットを繋ぐコネクションという形で存在してい る。単語と単語の出現頻度が頻繁であればあるほど, 単語間のコネクションが強くなる (Bybee & McClelland, 2005; McClennand & Rumelhart, 1985; Rumelhart & McClelland, 1986)。こ の理論に基づけば, 刺激文を構成する個々の単語のコネクションの強度, あるいは単語間 の語彙連結関係はCOL条件のとき一番強く, VIO条件のとき一番弱く, そしてNOV条件で は両者の中間に位置すると考えられる。単語間の連結の強さを単語と単語の距離によって 表すならば, 予測可能性の高いCOL条件の刺激文を構成する二つの内容語の距離が一番近 く, 予測可能性の低いVIO条件の刺激文を構成する二つの内容語の距離が一番遠く, そし てNOV条件の刺激文を構成する二つの内容語の距離が両者の中間に位置するとイメージで きるであろう (図3-5)。図3-5によって示されているCOL, NOV, VIOの3条件の単語間の距 離は本実験で得られた反応時間と一致する傾向(ともに上昇傾向)を示している。よって, 本 実験で得られた反応時間の結果は刺激文を構成する二つの内容語の間の「距離」を反映し ている可能性が高い。つまり, 本実験で得られた反応時間のデータは意味統合過程前の段階 の単語と単語間の語彙意味的な関係までしか反映していないと推測できる。
COL, NOV, VIOの3条件の脳内活性範囲は, 日本語母語話者の場合はCOL, NOV, VIO の
順に上昇傾向を示しているが, 中国語母語の日本語学習者の場合は下降傾向を示している。
上述のように, 本実験の結果は, 脳内活性範囲は反応時間と異なり, 単語と単語間の語彙意 味的な関係ではなく意味統合過程を反映していることを示唆する。脳内活性範囲がどのよ うに意味統合の難易度を反映しているのかについて説明しなければならない。日本語母語 話者にとって「焦点を絞る」のようなCOLは熟知しており予測できる可能性の高い表現で ある。つまり「焦点を」のような名詞句を見た後, 日本語母語話者は「絞る」を予測できる。
このため, 日本語母語話者にとって, COLを構成する二つの単語を容易に意味統合すること ができる。その結果として現れたのは, COLの活性化範囲が狭かったことであった。
しかし, 「ぶどうを絞る」のようなNOVは予測できる可能性の低い表現である。日本語 母語話者が「ぶどうを」のような名詞句を見た後, 動詞「絞る」を予測する可能性は低かっ た。穴埋めテストの結果が示しているように, 日本語母語話者はむしろ「食べる」「買う」
のような動詞を予測することが多かった。日本語母語話者は予測していなかった動詞を見 た後, 元々予測していた動詞から「脱出」し, 名詞句と新たな動詞の意味を統合することに よって, 意味理解を行ったのであろう。その結果として現れたのは処理需要(processing
demand)の増加や脳活動領域の増加であった。しかし, 予測できる可能性は低いがNOVを構
成する二つの内容語の距離がVIOほど遠くないため, 脳活動領域がVIOほど広くならなか った(図3-6)。
「焦点を縮める」のような意味的に逸脱しているVIO条件の刺激文の場合, 日本語母語 話者は「焦点を」のような名詞句を読んでも, 「焦点を縮める」を予測する可能性はゼロに
図 3- 5日本語母語話者と中国語母語の日本語学習者の心的辞書における語結合を構成する単語 の心的距離の違い
単語と単語を繋ぐ灰色のバーの長さは語結合を構成する名詞と動詞の心的辞書における相対的な距離を表している。
JNS: 日本語母語話者, CJL: 中国語母語の日本語学習者。COL: コロケーション, NOV:創造的表現, VIO: 意味逸脱句。
中国語母語の日本語学習者の場合, COLとNOVの大きな活性領域は, 余分な再分析のプ ロセスとそれによる統合処理の需要の増加による可能性がある。具体的には, 中国語母語の 日本語学習者は日本語母語話者と同じように「ぶどうを絞る」のようなNOV表現を処理す る可能性がある。つまり, 中国語母語の日本語学習者も日本語母語話者と同じように「売る」
ではなく「食べる」などの動詞を予測した可能性はある。しかし, 動詞「売る」を見た後, 前 の文脈とこの動詞を再統合する必要が出てくる。この再統合のプロセスによって処理需要 が高くなり, 活性領域も多くなったのではないかと考えられる。
COL条件の活性領域が大きかったのも, 意味統合の必要性が大きかったことに起因して いる可能性がある。COL条件の意味統合の必要性の増加はNOV条件の意味統合の必要性の 増加とは異なる原因による可能性がある。COL条件の刺激文に含まれる動詞は多義動詞で ある。例えば「絞る」は文字通りの意味も比喩的な意味も持っている。しかし, これらの動 詞はCOL条件の刺激文では比喩的な意味として使われている。一方, COLの中の名詞は文 字通りの意味として使われている。このため, COLの刺激文を半透明的であると定義した。
学習者がどのように不透明的な慣用句を処理しているかに関する先行研究によって, 学習 者にとって慣用句の文字通りの意味は, 比喩的な意味より処理優位性があるという結果が 得られている(Cieślicka, 2006; Siyanova-Chanturia et al., 2011a; Matlock & Heredia, 2002)。これ に基づいて, 中国語母語の日本語学習者が「焦点を絞る」のような半透明的なコロケーショ ンを処理する際に, まず多義動詞「絞る」の文字通りの意味にアクセスしたのではないかと 考えられる。しかし, この文字通りの意味だけでは前の文脈に意味統合しにくい。このため, 文字通りの意味から比喩的な意味に乗り換えしたのではないかと考えられる。NOV条件の 刺激文の処理と同じく, 再統合の過程が必要になってくる。このように, 意味統合需要が大 きくなり, 脳内活性領域も広くなったのではないかと考えられる。
NOVとCOL条件とは異なり, VIO条件の刺激文によって生じた活性領域は狭かった。こ れは中国語母語の日本語学習者にとってVIO条件の処理需要が低かったことを反映したも のと考えられる。なぜ元々大きくなるべき処理需要が低くなったのかというと, 中国語母語 の日本語学習者はVIO条件の刺激文を処理する際に, 意味統合をやめたかもしれないから である。具体的には「焦点を縮める」のような意味逸脱文を処理する時, 中国語母語の日本 語学習者は心理距離が長い, つまり心理的に離れている二つの単語の意味をそれぞれ検索 し意味統合する必要がある。しかし, VIO条件の刺激文は意味的に逸脱しており意味統合が 不可能である。このため, 意味統合を試みても統合できない。日本語母語話者のようにこの VIOの意味を修復することは中国語母語の日本語学習者にとってあまり簡単なことではな い。本実験で使われたオンラインの意味判断課題にも時間的な制限がある。課題遂行に集