(実際はのぞみ)」という性別以外の情報を述べた。また,
性別に関する情報は,再認質問での正反応も含め,全員 が正しく答えることができた。眼鏡の有無については,
多くの者が正しく「かけてなかった」と判断したが,全 員ではなかった。顔の特徴に関する質問では,「かわいい」
等の,人物特定の手がかりとはならない主観的情報しか 得られず,約半数は,「わからない」と反応した。また,
髪の特徴に関しても誤った情報を述べる者が多かった。
348 発 達 心 理 学 研 究 第 21 巻 第 4 号 幼児の目撃記憶の発達 349
まず,本研究で用いたラインアップのディストラクタ は,ターゲットと類似度が高い人物の写真で構成されて いたが,そのことが,言語化による負の影響をもたらし た可能性がある。Kitagami et al. (2002)は,ディストラ クタとターゲットの類似度が高いラインナップで再認課 題を行う高類似条件と,ディストラクタとターゲットの 類似度が低い低類似条件のそれぞれで言語化群と統制群 を比較した。その結果,高類似条件のみで,言語化群が 統制群よりも再認成績が悪くなった。つまり,類似性の 高いラインナップからターゲットを弁別する場合にの み,言語隠蔽効果がみられることを明らかにした。本研 究のディストラクタは,ターゲットと髪型や印象が類似 しており類似したディストラクタからターゲットを区別 するためには,言語化はできないようなイメージの情報 の差異を弁別することが必要であったと考えられる。事 前にターゲットの顔を言語化しようとすることで,言語 情報に変換が可能なおおまかな情報が喚起され,言語化 できない些細な情報の弁別が阻害されたのではないだろ うか。
また,本研究では,自由再生での反応が少ない者には 顔や髪型についての補足質問や,性別と眼鏡の有無につ いての再認質問行ったが,この教示方法が,言語群の成 績を低下させた可能性も否定できない。Meissner (2002)
は,言語化を行わせる際の教示方法が再認成績に影響す ることを明らかにしている。この研究では,自由再生群
(思い出したことを記述するように教示される),注意再 生群(はっきり思い出せることのみを記述し,あいまい なことは記述しないよう教示される),強制再生群(あ やふやなことでもよいので,とにかく多くのことを記述 するように教示される),統制群(言語化なし)の4群 を設け,複数のラインナップの方法で再認率を比較した。
その結果,一貫して,強制再生群の再認成績がどの群よ りも劣ることが明らかになった。本研究での言語化を行 わせる際の教示は,強制再生群の教示と同じような影響 をあたえた可能性がある。実際,顔や髪型の特徴につい ての補足質問に対する子どもの回答は妥当でないものが 多く,「あやふやなことをとにかく記述した」状況と類 似していたのではないだろうか。
一方,唯一子どもを対象とした言語隠蔽効果に関する 研究であるMemon & Rose (2002)では言語隠蔽効果は みられないと結論づけているが,言語化が再認成績を促 進しないという点では本研究と一致していた。Memon
& Rose (2002)で言語化の影響がみられなかった理由と
しては,次のようなことが考えられる。まず,参加者平 均年齢が8歳5ヶ月と高く,目撃した登場人物も1名で あり,顔を正確にイメージとして記銘していたために,
言語情報の妨害をうけなかった可能性がある。また,言 語化群が12名と少数であり,このことが結果に影響を
与えた可能性も否定できない。いずれにせよ, Memon &
Rose (2002)や本研究の結果だけで結論をだすのは時期
尚早であり,発達的視点を伴った研究データを構築する 必要があるだろう。
周辺人物の存在の認識については,言語群の方が,周 辺人物がいたと正しく判断していた者が多く,統制群は,
「いなかった・わからない」と判断していた者が多かっ た。この結果は,言語群については,主要人物の特徴を 言語化させる質問の際に,周辺人物についても自発的に 言及した者も周辺人物がいたと認識しているとみなした ことによるところが大きい。統制群では,主要人物の特 徴を言語化させる質問がないため,「紙芝居をしてくれ た人の他にだれかいたかいなかったか」という質問のみ で周辺人物の存在の認識を調べたが,この質問について,
質問者の意図と異なった解釈をした者がいた可能性があ る。質問者は,紙芝居を実演した人物は主要人物のみで 周辺人物は紙芝居をした人物ではない,という意図で質 問を行ったが,周辺人物も紙芝居をした人物だと解釈し た者がいたため,統制群の誤反応が多くなったと推察さ れる。日本語の特性として,名詞に単数形と複数形の区 別がないことも,「紙芝居を読んでくれた人」という表 現に複数の解釈可能性が生まれる原因となったのではな いだろうか。
本研究の結果から,周辺人物についての認識を調べた
Sugimura (in press)の結果について,次のようなこと
がいえるであろう。この研究では,4人の人物(司会者,
2人の手品師,お手伝い)が登場する手品ショーの舞台 を子どもに見せ,ショーの内容や登場人物についての記 憶テストを行った。その結果,「手品をしてくれた人の 他にだれかいたかいなかったか」という再認質問に対し て,成人66名は全員「いた」と答えたが,幼児59名に ついては,22名(37.3%)が「いなかった」,9名(15.3%)
が「わからない」と答え,「いた」と答えたものは半数 に満たなかった。この研究の場合,周辺人物の認識率が 低かった主な理由としては,子どもは注意分割能力が低 いため(e.g., Donnelly et al., 2007; Karatekin, 2004; Irwin-Chase & Burns, 2000),登場人物の人数が多くて中心人 物と周辺人物がはなれた場所にいるような場合は,周辺 人物の記銘が困難であったことが考えられる。しかし,
再認質問における「手品をしてくれた人」の意味を,司 会者やお手伝いの人間も含んでいると解釈したために
「いない」等の誤反応をした者がいる可能性も否定でき ない。
このように,本研究やSugimura (in press)の結果か ら,複数の人物が登場した可能性のある出来事について 子どもに尋ねる場合,質問の方法について十分に注意が 払われる必要があるといえる。本研究のように,登場人 物が2名と少なく,至近距離で観察するような条件でか
つ,登場人物についての自由再生をさせた場合には,子 どもから,その場にいた両方の人物についての情報を引 き出すことのできる確率は高くなる。しかし,「他にだ れかいたかいなかったか」というようなクローズド質問 を行うと,たった2名であっても,人物の人数につい てあやふやなもしくは誤った情報を引き出しかねないと いえる。Waterman, Blades, & Spencer (2000)の研究で は,意味不明なクローズド質問に対しても何らかの回答 をしてしまう幼児がいることが示されているし,Brady, Poole, Warren, & Jones (1999)も,クローズド質問の様々 な問題点を指摘している。クローズド質問は,幼児の自 由再生における情報の少なさを補助する機能をもつこと も確かだが,その使用にあたっては十分な注意が必要で ありかつ,反応の解釈も慎重に行われなくてはいけない だろう。
言語群の人物供述の特徴については,まず,紙芝居を した人物がどんな人だったかという質問に対しては,約 半数の者が性別について述べるにとどまり,形態的特 徴については髪の毛の長さに言及した1名(0.05%)の みであった。この結果は,本研究と同様に3 6歳児を 対象として人物供述を調べている,カナダで行われた Pozzulo, Dempsey, & Crescini (2009)の研究と大幅に異 なる。この研究では,子どもは女性がお面作りを見せる というイベントを体験した後,その女性について,お面 づくりの先生はどんな人だったか思い出すように言わ れた( Remember the mask-making teacher, what did she
look like? )。その結果,髪の色について言及した者が
58%,以下同様に,髪の長さ(20%),背の高さ(7%),
肌の色(6%)等,形態的特徴に関する言及が多くみら れた。両者の違いについては,日本語での「どんな人だっ たか」という表現が,英語の what〜look like と比べ ると,形態的特徴を尋ねているという意味合いが低いた めに起こったのかもしれない。もしくは,欧米では,髪 や肌,目の色等,人物の形態的な特徴が多種多様であり,
日常的にその違いを意識する機会が多いが,日本のよう にほとんどの人の髪や肌の色が同じ環境においては,形 態的特徴の差異に言及するようなスキーマが形成されな いという可能性もあるだろう。
また,どんな顔だったかという質問に対して,顔の形 態ではなく,「かわいい」などの主観的な印象を述べる 傾向が強かった。上述したPozzulo, Dempsey, & Crescini
(2009)では,このような反応がどの程度出たかの記述 はないが,おそらく,形態的特徴への言及が多く,主観 的印象への言及はほとんど見られなかったのではないか と予想される。この違いについても,上述したような理 由に加えて,次のようなことが考えられる。幼児によ る出来事の語りについての文化差の研究(Minami, 1996;
Minami & McCabe, 1995)では,英語圏の幼児は個別的
な細かい情報を多く話すのに対して,日本の幼児は全体 的な情報を少量話すことが指摘されている。これを,顔 の記述の特徴に一概に結びつけることはできないが,こ のような発話自体の文化的な特徴も,顔についての細か い描写ではなく全体的な印象を述べる傾向と関連がある のではないだろうか。
今後の検討課題としては,まず,何についてどのよう な方法で言語化させることが,正確な言語情報を最大限 に得ることにつながるのか,また,人物の顔のようなイ メージ的な記憶への負の影響が一番少ないのかについ て,発達的観点を含めたさらなる検討を行う必要がある。
本研究では,人物についての言語化は,顔写真を用いた 再認課題成績に負の影響を及ぼす傾向があった反面,そ の場にいた人物の存在に関する情報を引き出せるという 点では,有益なものであった。しかし,本研究では,人 物について尋ねたこと自体が影響しているのか,髪の特 徴等,細かいことについて尋ねたことが影響しているの かは不明である。また,その場にいた人物の存在を確か める質問方法についても,例えば,人数を直接尋ねる等 の他の方法を用いた方がよいのかもしれない。このよう な事項について,言語発達や,会話能力の発達の違いも 含めた検討が行われるべきであろう。
次に,使用言語の特性や文化的背景の違いを十分に考 慮したうえで,人物供述を行わせる際のインタビュー方 法の検討や開発を行う必要がある。仲・上宮(2005)も 指摘しているように,主に欧米で行われた研究結果を日 本の子どもに適用することについては,十分な考慮が必 要である。本研究においても,日本語には単数形や複数 形が存在しないために言及されている人物の特定が困難 になることや,日本には欧米と異なり人物の形態的特徴 の差異に言及するような文化的背景がないことの影響が 示唆されている。現状では,日本の子どもを対象とした 目撃証言研究は極めて少ないが,言語や記憶の発達に関 する基礎研究を含め,検討を重ねていく必要があるだろ う。
文 献
Bjorklund, D.F., & Douglas, R.N. (1997). The development of memory strategies. In N. Cowan (Ed.), The development of memory in childhood(pp.201246). Hove East Sussex: Psychology Press.
Brady, M.S., Poole, D.A., Warren, A.R., & Jones, H.R.
(1999). Young childrenʼs responses to Yes-No questions:
Patterns and problems. Applied Developmental Science, 3, 4757.
Clifford, B.R., & Hollin, C.R. (1981). Effects of the type of incident and the number of perpetrators on eyewitness memory. Journal of Applied Psychology, 66, 364370.