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本研究は,これまで検討されていなかった,日本人慢性心不全患者に対しエプレレノンを追加 投与した際の費用対効果について評価することを目的に実施した。慢性心不全患者の病態推移を 離散イベントシミュレーションモデルにて表し,「医療経済評価研究における分析手法に関するガ イドライン(ver. 1.0 2013 年3 月29 日)」23で推奨されている一般的な分析手法を用いて基本分 析を行った結果,QALYを指標とする増分費用効果比(ICER)は570,270円となり,本剤の心不 全患者に対する使用は費用対効果に優れるという結果が得られた。割引率および分析期間を変動 させたシナリオ分析でも傾向は変わらず,分析期間を2年とした検討では優位であった。また,

薬剤経済評価研究において重要である感度分析について,DSAおよびPSAの2つの方法で実施し たところ,いずれも基本分析の結果に大きく影響しなかったことから,本研究で得られた結論の 頑健性が確認された。

エプレレノンの心不全に対する適応症は2016年に我が国で承認取得されたばかりであり,今後 の実臨床での使用と,それによる臨床アウトカム向上が期待されるところである。今回の研究の 結果は,エプレレノンが近い将来,標準治療として日本の慢性心不全治療に導入されることを薬 剤経済性の観点から強く後押しするものと考える。我が国における慢性心不全の治療ガイドライ ンは2010年以降更新されておらず,EMPHASIS-HF試験やJ-EMPHASIS-HF試験の結果を反映し たアルドステロン受容体拮抗薬の評価,推奨に至っていないのが現状である。次回の診療ガイド ライン改訂時には,上記の臨床試験に加えて,費用対効果も考慮した評価が盛り込まれること,

その際に本研究が正しく活用されることを期待する。

本項では,いくつかの観点から本研究の科学的妥当性や意義について考察したい。

薬剤経済評価研究の重要性

第1 章で論じたとおり,我が国の保健医療制度の持続可能性を維持することは喫緊の政策課題 であり,特に近年高騰を続けている新しい医療技術を適切な形で社会に導入することは重要であ

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る。その観点から,新しい薬剤や医療機器の有用性を,臨床上の有効性や安全性だけでなく,財 政に対するインパクトも合わせて総合的に評価することの重要性が増してきており,医療技術の 費用対効果評価を薬価制度に導入するための検討が進められている 22。既に,英国をはじめとす る海外諸国では,医療技術評価を政策の意思決定に応用する仕組みが確立しており,さらにNICE

(国立医療技術評価機構)では,費用対効果に基づいた医薬品の使用ガイダンスが発出され,治 療方針にも大きな影響を与えている。一方日本では,2016年から費用対効果評価の試行的導入と して,複数の薬剤および医療機器の評価が開始された段階であり,実際の政策応用に至っていな いのが現状である。こうした状況を危惧する声は高まっており,2017 年 11 月に開催された中央 社会保険医療協議会総会の場においても,費用対効果を踏まえた治療ガイドラインの作成を国が 主導して推進するよう健保連からの提言があった50

本研究は,今後の医療技術評価の我が国への導入に向けて,研究手法ガイドライン23に沿った 研究事例をひとつ追加するという点でも意義のあるものと考える。また,新しく適応症を取得し た直後の薬剤の経済性を評価した検討である点や,入院費用や疾患処置費用,薬剤費用などを推 計値ではなく医療データベースから抽出される実データを用いた検討であり,我が国の医療環境 を反映した薬剤経済評価という点からも,有益性の高い検討と言えよう。

モデルを用いた分析の妥当性

今回の研究では,慢性心不全を対象にエプレレノンを評価したEMPHASIS-HF試験のデータを そのまま活用した分析ではなく,当該試験に基づいて離散イベントシミュレーションモデルによ り仮想的な患者集団を構築し,その長期予後を予測することで経済性評価を行った。1.5項で論じ たとおり,薬剤経済評価研究においては,対象とする医薬品や医療技術の価値を評価するために

「十分に長い分析期間」を設定することがガイドラインで推奨されている23。今回の研究対象と した慢性心不全の患者は,通常数年にわたり治療が継続されるため,「生涯にわたる期間」の病態 推移や,治療介入の効果と安全性,それらに係る費用を評価することが理想である。しかしなが ら通常の臨床試験では,対象とする医薬品の有効性や安全性を評価するために最低限必要な期間

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が設定されるため,長期のデータは取得できていないことが多い。特にEMPHASIS-HF試験では,

試験期間中に実施した中間解析でエプレレノンの有効性が確認されたことから,予定よりも早く

(観察期間の中央値:21か月)臨床試験が終了している。また,医療技術の進化が非常に早く進 む現代においては,仮に臨床試験での観察期間の十分に長い期間設定し評価を行っても,試験の 結論が出る時点で治療方針そのものが変わっていることも考えられる。このような観点から,本 研究では臨床試験で得られた実データではなく,それらに基づくモデルを構築し,死亡に至るま での期間,すなわち生涯にわたる期間を分析した。

また,モデルの構築にあたっては,Caroらはコホートアプローチ方法が適切なのは,人口特性 が移行確率に影響しない場合や,競合するリスクがなく,時間や病歴などの相互作用を反映する 必要がない場合であり,薬剤経済評価において,それらの条件を満たすことは稀であると論じて いる50。今回の研究で対象とした慢性心不全患者においては,年齢や合併症などの人口特性が予 後のリスクに影響すること,例えば入院回数の増加が死亡に至る確率を増加させるといった競合 リスクが存在する。したがって,長期予後のリスクが変動しないと仮定してシミュレーションを 行うマルコフモデルではなく,離散イベントシミュレーションモデルを用いたことは,科学的に 妥当であると判断できる。

モデル化した仮想症例数の設定根拠

本研究では,標準治療群とエプレレノン群をそれぞれ25,000例ずつシミュレーションして分析 を行った。一般的にシミュレーションモデルを用いて分析を行う場合,仮想症例における不確実 性(同じパラメータを入れても異なるアウトプットが出されること,first-order uncertainty)を最 小化するためには,可能な限り大きなサイズで検討を行うことが推奨されている52。先行研究で は事前検討が行われており,表 19の結果から,25,000例のシミュレーションを行うことが,標 準偏差を最小化し,精度高く安定した結果を得るために必要十分と判断した。これによりベース ラインの患者背景は両群間で一致し,表 13で示した臨床イベントにおける両群の差は,介入し た治療効果,すなわちエプレレノンを上乗せした際の影響として見ることができる。本研究では,

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この検討結果を踏襲し,各群25,000例のシミュレーションにて評価を実施した。

表 19コホートサイズの検討(Leeより提供)

コホートサイズ 平均ICER 標準偏差(5回試行)

5,000 £3,308 £212

10,000 £3,123 £119

25,000 £3,144 £60

アウトカム指標について

分析手法ガイドラインでは,薬剤経済評価に用いるアウトカム指標としては,分析者が最も適 すると考えるアウトカム指標を用いて良いが,疾患や技術によらず使用できる共通尺度として質 調整生存年(QALY)を用いた分析を可能な限り含めることが推奨されている。また,生存期間に 影響を及ぼす医療技術については,生存年(LY)での評価もあわせて提示することが望ましいと されている。今回の検討では,QALYおよびLYの両方を用いて評価を行い,いずれの分析におい ても費用対効果に優れることを示した。QALYを算出する際のQOL値(効用値)に関しては,デ ータソースとして引用したEMPHASIS-HF試験では情報を収集しておらず,また,残念ながら日 本人心不全患者のQOLについて利用可能な文献データを見出すことは困難であった。したがって,

本研究の対象集団におけるQOLと,イベント発生に伴うQOL値の変動については,先行研究に て使用された海外での検討結果 49を引用し,EMPHASIS-HF試験の患者背景データから算出する ことで代用した。今後我が国でも様々な疾患で日本人の効用値を定める研究が進み,広く利用で きる仕組みが確立されれば,薬剤経済評価研究の質はさらに向上することが期待される。

今回の研究における臨床アウトカムは, EMPHASIS-HF試験で評価されていた臨床イベントを すべて採用した。一般的に循環器疾患の臨床試験では,死亡率などのハードエンドポイントが重 視されるが,近年の医学の進歩により標準治療の質が改善され,新規技術の介入による効果を測 るためには,死亡だけでなくその他の臨床的に重要なイベントを複合的に組み合わせて,複合エ

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