標準治療を受けている日本人慢性心不全患者に対してエプレレノンを追加投与した際の費用効 果分析について,「医療経済評価研究における分析手法に関するガイドライン(ver. 1.0 2013 年3 月29 日)」23に記載されている分析手法に沿って,基本分析として設定した条件を以下に記載す る。
モデル分析
本研究では,EMPHASIS-HF 試験に組入れられた患者集団および,当該試験により検証された 慢性心不全患者に対するエプレレノンの有効性ならびに安全性のデータを用いて,先行研究とし て2.3項で詳説したシミュレーションモデルを活用して分析を行うこととした。
第1 章で述べたとおり,心不全患者はその治療の経過において心血管イベントによる入退院を 複数回繰り返し得ること,また,前回起こった臨床イベントが次回の臨床イベントの発生リスク に影響を与えること48から,そのような病態を適切に反映する必要があった。そこで本研究で用 いるシミュレーションでは,離散イベントシミュレーションモデル(DES)を採用した。本モデ ル で は , 医 学 的 , 経 済 的 に 重 要 な イ ベ ン ト が 発 生 す る ま で の 時 間 お よ び 回 数 に つ い て ,
EMPHASIS-HF 試験の患者レベルのデータを用いてその発生リスクを算出し,仮想的に作成した
患者を1例ずつシミュレーションすることが可能である。図 6にモデルの概念図を示し,当該モ デルを構築する際に設定した仮定およびパラメータについて詳述する。なお,本モデルではSimul8
(バージョン15.0)およびMicrosoft Excelを用いて,仮想症例およびイベントの創出と臨床アウ トカム,ならびに費用の算出をそれぞれ実施した。
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図 6 本研究で用いた離散イベントシミュレーションモデルの概念図(先行研究論文46より引用)
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本モデルでは,患者背景の同じ25,000例の慢性心不全患者集団を仮想的に作成し,標準治療群 およびエプレレノンの追加投与群として,それぞれシミュレーションを実施した。これにより,
実際の臨床試験でランダム割付を行うことと同様の状態を仮想的に実現したことになる。エプレ レノン群においては,慢性心不全治療で用いられる用法・用量に従い,エプレレノン25 mg 1日1 回を4週間投与した後,50 mg 1日1回に増量し投与を継続することとした。図 6に示したとお り,本モデルのシミュレーションに採用した臨床イベントは,EMPHASIS-HF 試験で評価した以 下のものである。
・心血管イベントによる死亡
・その他の死亡
・心不全悪化による入院
・その他心血管イベントによる入院
・心房細動の新規発症
・埋め込み型除細動器(CRTまたはICD)の留置,
・有害事象(高カリウム血症,低カリウム血症,腎不全,低血圧,女性化乳房)
・治療中止:有害事象,入院またはその他の理由
本研究における心血管イベントとは,EMPHASIS-HF 試験に従い以下のイベントと定義した:不 整脈,心筋梗塞,不安定狭心症,胸痛,脳梗塞,一過性脳虚血発作,低血糖,心臓タンポナーデ,
心内膜炎,高血圧,心臓弁膜症,肺塞栓症,その他の閉塞性動脈硬化症および破裂動脈瘤
仮想患者1 例ずつに対して,EMPHASIS-HF 試験の患者レベルデータから得られたリスク分布 を用いて,コホート内で定義した上記イベントの発生患者数をシミュレーションした。発生する 最初のイベントが決定された後,患者はそのイベントに進行し,以下の2つのパターンで推移す ることとした:
1. 死亡または心臓デバイス(ICDまたはCRT)が留置された場合,モデルから脱落する
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2. それ以外のイベントの場合は,患者はモデルに留まり,次のイベントまでの時間が計算される
あるイベントが他のイベントの発生までの期間に影響を与えると見なされる場合は,これらの イベントの時刻は次の式を使用して再計算した。
E + T2 * E1((T1-E)/ T1)
E =現在のイベントの時間
T1 =関心のあるイベントの最初に計算された時間
T2 =現在のイベントに基づいて調整されたリスク方程式を使用して関心のあるイベントについ て新たに計算された時間
該当するイベントは以下のとおりとした。
・心不全悪化による入院;心血管イベントによる死亡の発生リスクを高める
・心不全悪化による入院;将来の心不全悪化による入院の発生リスクを高める
・その他の心血管イベントによる入院;心血管イベントによる死亡の発生リスクを高める
・その他の心血管イベントによる入院;将来の他の心血管イベントによる入院の発生リスクを高 める
・有害事象;将来の有害事象の発生リスクを高める
心不全悪化による入院,心血管イベントによる入院,または有害事象が発生した場合は,それ ぞれ関連する治療費用および効用値の減少を定義した。なお,心房細動の新規発症については,
本モデルでは効用値の減少のみに関連すると仮定した。心房細動は脳卒中や心血管イベントによ る入院などの発生リスクを増加させることが知られているが,これらのイベントは既にモデル内 の他のイベントとして定義されており,心房細動のみの治療費用は本検討の結果に影響を及ぼす 可能性は低いと判断した。
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以上の設定によりシミュレーションを実施した結果,1 症例ごとに発生するイベント(ここで は心不全悪化による入院)のタイミングと回数の例を図 7に示す。Patient IDが症例単位,Treatment が標準治療群またはエプレレノン群,Time of HF Hosp 1(2,3,4・・・)は,心不全悪化による入 院というイベントが発生するまでの日数をそれぞれ示している。例えばPatient ID 1の症例は,初 回の入院が投与開始から1,314日に発生し,その後1,465日,1,660日,と再発入院を繰り返して いる。一方,Patient ID 2の症例は,分析期間中一度も心不全悪化による入院が生じなかった症例,
と理解することができる。
図 7 シミュレーションにより得られる症例ごとの臨床アウトカムの例
分析の立場
本研究では,基本分析および感度分析のいずれにおいても「公的医療費支払者の立場」を取る こととした。
Patient ID Treatment
Time of HF Hosp 1
Time of HF Hosp 2
Time of HF Hosp 3
Time of HF Hosp 4
Time of HF Hosp 5
Time of HF Hosp 6
Time of HF Hosp 7
Time of HF Hosp 8
Time of HF Hosp 9
1 1 1314 1465 1660 1781
2 1
3 1
4 1
5 1
6 1
7 1
8 1
9 1 79 255
10 1
11 1 635 678 693 736 750 863 887 947
12 1
13 1
14 1
15 1
16 1
17 1 4163 4286 4543
18 1
19 1 2951 3001 3539 3603 3629 3633 3661
20 1 1597 1802 2444
21 1
22 1 1460
23 1 634
24 1 653 714
25 1 906 943 1087 1123
26 1 2053 2081 2387
37 比較対照技術
EMPHASIS-HF 試験では慢性心不全の標準薬物治療を受けている集団に対し,エプレレノンを
上乗せした際の有効性および安全性を評価した。したがって本研究においても,慢性心不全の標 準薬物治療(費用の測定の項目にて詳述する)を比較対照技術することが妥当と判断した。
分析手法
本研究では,アウトカム指標としてQALYを用いた費用効用分析を実施した。結果は,下記方 法を用いて増分費用効果比(ICER)を算出することとした。
ICER = IC/IE = (Cepl-Cstd)/(Eepl-Estd)
IC: 増分費用,IE: 増分効果
Cepl: エプレレノン上乗せ投与群の期待費用,Cstd: 標準治療群の期待費用 Eepl: エプレレノン上乗せ投与群の期待効果,Estd: 標準治療群の期待効果
分析期間
基本分析では,生涯にわたる期間を分析期間として設定した。シナリオ分析では,EMPHASIS-HF 試験の観察期間とほぼ同期間である2年間をシミュレーション期間として,検討を行った。
アウトカム指標
質調整生存年(QALY)をアウトカム指標として選択した。また,EMPHASIS-HF試験では,エ プレレノンの上乗せ投与により全死亡の発生割合も有意に低下したことから,生存年(Life Year)
も合わせて算出することとした。
効用値(QOL)に関しては,EMPHASIS-HF試験およびJ-EMPHASIS-HF試験ともにQOL関連 情報の収集を行っておらず,また,日本人心不全患者のQOLについて利用可能な文献データを見
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出すことが困難であった。したがって,本研究の対象集団における QOL とイベント発生に伴う QOL値の変動については,先行研究にて使用された海外での検討結果49を引用し,EMPHASIS-HF 試験の患者背景データから算出した(表 4)。
表 4 効用値の変動
パラメータ 効用値の増加ま
たは減少
標準誤差 EMPHASIS試験での 値
インターセプト 0.759 0.040
年齢 0.002 0.001 69
(Age-50)^3 (used only in age >50) -0.0000033 6487
(Age-65)^3 (used only in age >65) 0.0000066 49
(Age-80)^3 (used only in age 850) -0.0000033 -1462
男性 0.054 0.009 78%
糖尿病の既往 -0.041 0.009 31%
急性心筋梗塞(>2)の既往 -0.061 0.009 0%
脳卒中/TIAの既往 -0.074 0.014 10%
末梢血管疾患の既往 -0.046 0.012 0%
慢性閉塞性肺疾患の既往 -0.035 0.013 14%
入院(1回) -0.024 0.007
入院(2回) -0.031 0.009
入院(3回以上) -0.055 0.001
39 有効性および安全性データ
慢性心不全に対するエプレレノンの有効性および安全性については,エビデンスレベルの高さ を考慮して,日本人慢性心不全患者を対象としたJ-EMPHASIS-HF試験ではなく,EMPHASIS-HF 試験で得られた結果を用いた。海外試験で得られたデータを活用することの妥当性については,
考察の項で詳述する。なお,併用薬については,日本の治療実態および薬剤費用をより適切に反 映するため,J-EMPHASIS-HF試験におけるベースライン時の併用薬のデータを用いた。
本モデルにおいて,シミュレーション開始時点の対象患者背景は,EMPHASIS-HF 試験に組入 れられた軽症心不全患者の患者背景を活用し,以下のとおりとした。
・NYHA 心機能分類クラス:II(シミュレーション期間中にクラスは変化しないと想定)
・平均年齢:69歳
・男性:78%
・左室駆出率:26%
生産性損失
本研究では生産性損失については含めないこととした。
割引率
割引率は2.0%を基本分析とし,シナリオ分析において0%または3.5%と仮定して検討した。
費用
今回検討するエプレレノンの継続投与に係る費用のみでなく、臨床上のアウトカムや将来の関 連する合併症,有害事象等の費用も含めて検討すべく,以下の費用について,株式会社メディカ ル・データ・ビジョン社が保有する医療データベースから算出した。
1. 心不全またはその他の心血管イベントによる入院費用 2. その他のイベント費用